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第43話 お姉ちゃんの昔話

里奈と恵利は現在2階にある2−Aの教室の中にいた。

1階は全て探し終えたのだが、どの教室を探してもゴムボールが見つからなかったため、諦めて2階に移動した、というわけなのだが・・・・・。


「え、恵利ちゃん。そんなにくっつかれると歩きにくいかな」


「ご、ごめんなさい・・・。私、怖いの本当にだめで・・・。さっきだって・・・・」


「あれは風のせいだったんだから、そんなに怖がらなくても大丈夫よ」


さっき、というのは1階を探しているときに入った3−Cの教室を探していたときのことだ。

教卓にゴムボールが置いてあるか恵利が確認しにいったところ、急に夜風が吹いて窓がガタガタっと鳴ってしまい・・・今に至るというわけだ。

恵利は怖いのが駄目なのだ。おばけ屋敷なんて絶対入らないし、今回の肝試しだって博人以外の人が誘わなければ絶ッッッ対行かないつもりだった。何てったって暗い夜道を歩くだけで駄目なのだ。学校の前に来るまでも大変だったのに、こんな暗い学校の中を歩き回るなんてもう拷問に近い。


「すみません・・・。あの・・・・・迷惑でしょうか・・・・・?」


申し訳なさそうに恵利が謝るが、里奈はにっこり笑った。


「全然。むしろ・・・・・懐かしいかな」


「懐かしい?」


「うん。ちょっと小さい頃のことだけどね。聞きたい?」


こくり、と恵利は小さく頷いた。里奈のことが知りたい、というのもあったが、何よりも話を聞いて怖いというのを少しでも紛らわしたかった。

里奈はそれがわかっているのか、ふふ、と笑ってから話し始めた。


「実はね、あたしと玲奈ちゃんって捨て子なの」


「え・・・・・・?」


「親が誰なのかもわからないし、どの町で生まれたかもわからない。おまけに、物心がつく前までどこで生活してきたのかもわからない。気が着いたらいつの間にかこの町をうろついてたの。玲奈ちゃんの手を握ってね」


突然の告白に、恵利は言葉を失った。

てっきり母親からおつかいを頼まれたときに一緒に手を繋いだとか、遊びつかれて家に帰るときに手を握ったとか、そういう明るい話を期待していたのに、里奈の口から出てきた言葉はあまりにも暗い、酷な話だった。


「毎日おなか空かせてね。とにかく歩き回ったのは覚えてる。コンビニのゴミ箱から賞味期限の切れたお弁当とか、公園の水道水とか、とにかくおなかが膨れればいい食事だったの。でもね、その頃はあたしも玲奈ちゃんも育ち盛りで、食べるものの栄養がこれからの成長に重大な影響があったの。あたしはそれがわかってたからとにかく玲奈ちゃんにおかずあげたっけな〜」


けらけら、と笑って明るく話す里奈だが、恵利はちっとも笑う気になんかなれなかった。幼い頃の里奈と玲奈の苦労を思うと、とうてい笑うことなんてできやしなかった。


「冬なんて悲惨だったわね。寒いのなんのって、とにかく寒かったの。普通子供だったら雪が降ったら嬉しいもんなんだけど、あたしたちは逆。むしろうっとうしかったわね。そのまま寝るともちろん死んじゃうから、そこら辺からダンボールとか新聞紙とかいろいろ集めてきてね、必死に防寒したわ。たまに見つかる古い毛布とか見つけたときはもう飛び上がって喜んだもんだわ」


寒い日の夜。温かくて柔らかい布団の中で気持ちよく眠っているときに、里奈と恵利はどうしていたのだろうか? 眠らず、ただ必死になって、冬の夜空の下で凍えていたのだろうか? 満足に食べることもできないだけではなく、十分な睡眠だって取れない。

そんな環境の中で育ってきたのだ、この人は。文字通り、『死ぬ思い』をして幼少の頃を過ごしてきたのだ。自分たちが友達と笑い合っている間に、この人たちは必死になって生きていたのだ。


「あ、そうそう。夜の街とか歩いてるとね、あやっしい男があたしたちに声かけてくるの。ほんと、あのときは困ったわね。1晩5万でどうだ? って言ってくるの。まだ6歳にもなってないあたしたちによ? 変態でしょ? へ・ん・た・い。普通だったら関わらないんだけど、そのときのあたしたちってそんなこと言ってる場合じゃなかったからね。だって、5万円なんて大金があったら、しばらくは食べ物に困らないじゃない? 金に目が眩むって言うのかな?」


「そ、それで・・・・・その、誘いに乗ったんですか?」


「『乗ったふり』だけね。そう言ってくるってことは、ちゃんとお金持ってるってことでしょ? 着いていくふりして、後ろから・・・・・ドカ! って。そのあと財布を持って急いで玲奈ちゃんと逃げ出したの。その頃はまだ力が弱かったから、男も気絶はしてなかった。怖かったわね、追いかけてこられたときは本当に殺されるかと思ったわ」


まだ小さかった2人にしてみれば、怒り狂った形相で追いかけてくる大人の男は、地獄からやってきた鬼の如く目に映ったのだろう。小さい子供がそんな男を目にしたら、逃げるより前に恐怖で体が動かなくなるというのは目に見えている。

でも、2人は走った。怖いけど、体がガチガチ震えているけど、とにかく走ったのだ。捕まれば殺される。殺されるまではいかないかもしれないけど、死ぬほどつらい目に合わされるのは目に見えてる。子供だった2人でも、本能的にそれがわかっていたのだろう。だから逃げた。走った。とにかく遠くへ、遠くへと、逃げて逃げて逃げ回った。


「あたし、逃げ足だけは速かったから、玲奈ちゃんの手を握って必死になって走ったわ。後ろから本当に恐い怒鳴り声が聞こえてきても絶対走るのは止めなかった。路地の細い通路をとおって、近くの家の塀の下を潜って、木に登って屋根に飛び移って。そうしてるうちに男は何とか撒けたんだけど、体の震えはいつまでたっても止まらないの。ガタガタ震えてるうちに涙も出てきてね、本当に恐かった。玲奈ちゃんも同じみたいでね、お姉ちゃ〜ん・・・って言いながら、今の恵利ちゃんみたいにくっついてくるの。あたしも、とにかくすがるものが欲しかったから、玲奈ちゃんをぎゅっと抱きしめてそのまま1晩過ごしたの。それから2日くらいは眠れなかったわ。あの男があたしたちの住処を見つけてまた追いかけてくるんじゃないかって思うと、恐くて恐くて眠れなかった。警察っても考えたけど、あたしもちょっとやっちゃったしね。行くわけにはいかなかったの」


今は物騒な世の中だ。不審者も出ているし、誘拐の危険もあるから、小学校では登下校のときは細心の注意を払って子供たちを見守っている。

だが、そのときの里奈と玲奈には守ってくれるものがいなかった。小学生には親や近所の人といった心強い人たちがいてくれる。でも、里奈と玲奈にはその心強い人たちがいなかった。

誰にも守ってもらえず、ただ必死になって自分たちの身を守って、精一杯世の中を生きてきた。小さな体で、社会の厳しさを受けてきたのだ。重く、残酷な社会の現状を、その体で受けてきたのだ。


「こんな感じかな・・・・って、ど、どうしたの恵利ちゃん? 何で泣いてるの?」


「ご、ごめんなさい・・・・。うっく・・・。あ、あたし、里奈さんにそんなことがあったなんて・・・・・し、知らなくて・・・・・。ひっく・・・。軽々しく聞きたいなんて言って・・・・・」


「別にいいのよそんなこと! あたしが勝手に話したんだから! だから泣き止んで、ね?」


「うぅ・・・・・っく・・・・・」


「あぁもう・・・・・ボソッ(可愛いな、この娘)」


泣き止まない恵利の手を握りながら、里奈はゴムボールを探しに歩いたのだった。

・・・幼い頃、空腹を満たすための食料を求め、夜の街を玲奈の手を引きながら、うろうろと野良犬のように歩き回った、幸一と出会う前の頃のように。





以前のお話でわかっているとは思いますが、里奈と玲奈は、幸一の実の娘ではありません。

公園にいたところをたまたま幸一に発見され、養子にされた、ということなのですが・・・・・

これからも「殺し屋」よろしくお願いします!

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