第37話 お姉ちゃんの魅惑
楽しい時間はあっというまに過ぎていく、とはよく言ったもので、何回かチーム変えをしてビーチバレーをやっているうちに、お昼になっていた。ずっと体を動かしていたのだから、当然おなかが空く。刹那の大きな腹の虫を合図に、昼食を取ろうということになった。
「それで、みんなは何か持ってきてるか?」
博人のその問いに、手を上げる者はいなかった。どうやら、揃いも揃ってそのことがすっかり頭から抜け落ちていたらしい。みんな行き帰りの電車賃しか持ってきていないようだった。
「ふう、それじゃ仕方ない。・・・・・捕るか」
「・・・はい?」
博人が何か言ったが、よく意味がわからなった。・・・・・捕る? 何を? 昼飯を? 馬鹿言うな。昼飯がそこら辺にあるわけないだろ。大体捕るって何だ、捕るって。
「魚の10匹や20匹、かる〜く捕まえてくるぜ」
・・・・・博人の言う昼飯とは、どうやらそこら辺を気持ちよさそうに泳いでいる魚のことのようだった。泳いでいるといっても、そんなにたくさんいないし、あまり大きくもない。どう考えても、昼食に適しているとは思えない。
「っと、さすがに1人じゃ無理だな。理恵さん、手伝ってくれますか?」
「え? 別にいいけど、何でアタシ?」
「ちょっと、ね。それじゃ、30分くらいで戻ってくるから、火の用意をしておいてくれ」
そう言うと、博人は浜辺を歩き始めた。確かに、ここは魚が少ない。もっと別の場所にたくさん魚がいるかもしれないから、移動するのは当然だ。
博人に名指しされた理恵は頭に疑問符を浮かべていたが、渋々博人の後をついていった。・・・・・魚を捕まえるから、運動神経のいい理恵を選んだのだろうか? そこら辺は博人じゃないからわからないが、博人なりに考えがあるのだろう。
「それじゃ、俺たちは火の準備をするか。火を囲むための岩と、薪が必要だな」
「そうだね。それじゃ、私と刹那が岩を拾ってくるよ」
「えぇぇええええええええええ!!!!」
「何でそんな露骨に嫌そうな顔するんですか?! えぇ?!」
「あんたが玲菜ちゃんと一緒なんて10年早いわ!! だめ!!」
「それじゃ、俺と恵利が?」
「それもだめ!! 人の彼女さんに手を出そうなんて10年早いわ!!」
「せ、刹那君・・・・・私をそんな目で・・・・・」
たじたじ、と俺との距離をとる恵利。・・・恵利に手を出そうものならば、博人に殺されるのは目に見えている。刹那だって命は惜しい。そんなことしない。
「あんたはあたしと!!」
「えぇぇええええええええええ!!!!」
今度は、刹那が露骨に嫌そうな顔をした。刹那が嫌がるのは無理もない。どうせ1人で岩を運べとか言うに決まってる。それじゃわざわざ2人ずつに分けた意味がない。
「・・・何? 文句あるの?」
「ありません」
しかし、ここでそれ以上反対するようなことを言えば、この世のものとは思えない恐ろしい目に合わされてしまう。ここは素直に頷いておくのが一番だ。
「それじゃ、分かれましょ。2人とも危ない男には気をつけるのよ?」
「大丈夫です。すぐに逃げますから」
「うん、大丈夫だよ。それじゃ、行ってくるね刹那」
そう言い残し、玲菜と恵利は薪を拾いに言った。波に打ち上げられているものが結構たくさんあるから、探すのに手間はかからないだろう。
問題は・・・・・むしろこっちだ。いや、岩を探すのが難しいとかそういう問題じゃない。この人と2人きりというのが、問題だ・・・・・。
「はぁ・・・・・」
「ため息つくんじゃないわよ。ほら、とっとと探しに行くわよ」
「わかりましたよ」
すたすたと歩いていく里奈とは逆に、のそのそと歩いていく刹那。顔からは、神様なんか大嫌いだ、という心の叫びが窺える。
「そんな顔しないの。こんな美人さんと2人っきりよ? 少しは嬉しがりなさいよ」
「確かにすげぇ美人ですけど、性格が悪かったら喜びたくても喜べませんよ・・・」
「ふぅ〜ん・・・・・。じゃ、少なくとも刹那はあたしの外見はいいって思ってるんだ」
言ってから、しまったと思った。いや、性格を悪いと言ったからそう思ったわけではない。その前に言った、『すげぇ美人』という言葉に対して、しまったと思ったのだ。つまり、刹那は里奈が美人である、と認めてしまったわけで・・・。それを聞いた里奈が何もしないはずはないわけで・・・。
「ふふふ、そっか。刹那って、あたしのこと美人だって思ってるんだ」
「い、いや! 今のなし!! 無効!!」
「だめだめ、一回言っちゃったんだから、もう引っ込めれないわよ〜」
ぐ・・・・・まずい、これは絶対からかわれる。うかつだったぁ・・・・。
と、何かからかわれるようなことを言われるかと思ったが、里奈は別に何も言ってこず、辺りをきょろきょろと見渡していた。・・・・・これは、助かったのだろうか?
「あ、ほら。ここら辺に岩がゴロゴロ転がってるわよ」
「ん? あ、本当だ」
里奈が指差した場所には、程よい大きさの岩がそこら中に転がっていた。火を囲むようにするには大体4つくらい必要だから、お互い2個ずつ持っていけばいいだろう。
「これと、これがいい感じだな。里奈さんも選んでくださいよ」
「あたしの分もあんたが持つのよ」
「持てるわけないでしょ?! こんな重いもの4つも持てませんよ?!」
刹那が拒否すると、里奈はそれを舞っていたと言わんばかりにニヤ〜っと嫌な笑みを浮かべた。・・・・・これは、何か嫌な予感がする。とてつもなく、嫌〜な予感がする。
「あら、美人のあたしにこんな重いもの持たせる気なの?」
「そ、それとこれとは関係ないでしょ?!」
・・・・・だめだ、どうしても声がうわずってしまう。
そんな刹那の声を聞いた里奈は、片目を瞑って色っぽく、すんげぇ色っぽく刹那にこう言った。
「お・ね・が・い」
・・・・・だ、だめだ。くそ、こんなの断れっこない。反則だ。詐欺だ。卑怯だ。破壊力抜群だ。
息を呑むほどの美女から、こんな色っぽくお願いされて断れる男などいるか? いや、いない。いるわけがない。
刹那だって男だ。そりゃ色気には弱いのである。だから、里奈の頼みを断れるわけがないはずなのだが、1人でこんな重いもん持っていけるわけないだろっ、という現実が刹那を寸でのところで引き止めてくれた。
「い、いいや! だめです! ちゃ、ちゃんと持ってもらわないと、こ、困ります!!」
「あれ? だめだったか。色気がいまひとつ足りなかったのかしら? それじゃ・・・・・」
と、何を思ったのか、里奈は自分の豊かで大きな胸を右手で寄せ上げてみせた。里奈の胸は正直言って大きい。そんな大きな胸が寄せ上げられたらどうなるか? 答えは簡単だ。何だ、その・・・・・た、谷間が出来るわけで、高校生の刹那にとってそれを生で、間近で見るのはとっても刺激的なわけであって・・・・・。
「ちょ!! ちょっと里奈さん!!!」
「ん〜? なぁに〜?」
わかってるくせに、里奈はわざととぼけたような感じの声で刹那に聞き返す。・・・・・自分の胸の谷間を強調させながら。
「ところで刹那〜」
「な、何ですか?!」
もう一度、里奈は片目を瞑り、色っぽい声で刹那に言う。だが、さっきと違うのは凶悪と言っても過言ではない大きな胸を存分に見せつけられていることだ。すなわち、さっきと同じ発言でも、刹那の精神に対するダメージの威力が倍以上に膨れ上がることになる!
「お・ね・が・い」
はい、KO。一本負け。一撃必殺。絶対勝てません。
「わ、わかりましたよ!! だ、だからそ、その!!!」
「ん? なぁに?」
「む、胸!! そ、その!! そんなに寄せないでください!!」
所詮刹那も男。勝てるわけなかったということは予想ついていたが、今回は見事にやられたような気がする。いつものように力技じゃなくて、何と言うか、してやられた、という感じか。
「面白いわね〜。今度はこんな感じでいじめてみようかしら」
「絶対止めてください、お願いしますから・・・・・」
あんなの毎回毎回やられていたら身が持たない。というより精神のほうが持たない。是非今回で打ち止めになってほしいと心の底から思った刹那であった。
海って言ったら・・・・・浮き輪ですよね。
みなさんは海と言ったら何を思い浮かべますか?
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!