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第28話 帰りのバスの中で





「監督〜。いい加減機嫌直してくださいよ〜」


「・・・・・いいもん。どうせ私なんて・・・・・あと回しだもん・・・・・」


帰りのバスの中。ソフトボール部監督は拗ねていた。理由は、優勝したときに一番最初に胴上げしてもらえなかったからだ。全員が理恵を胴上げしているときに、ベンチで1人寂しく人差し指でのの字を書いていたことに気がついたのは、お互い整列して挨拶をしたあと、ベンチに帰ってきたときのことだった。


「悪かったですってば〜。・・・・・ほら、苺飴あげますから、機嫌直してくださいよ〜」


「え?! ホント!? じゃあ直しちゃおっかな〜♪」


「もう、子供ですね監督は。それで本当ににじゅ―――」


「歳のことは言わないのぉ〜!!!」


「ひ、ひひゃいひぇひゅひょはんほふ〜(い、痛いですよ監督〜)」


外見も性格も子供っぽいのに、あれで年齢のことを気にする歳なのだ。実年齢を喋りそうになったら・・・・・このようにほっぺを抓られる。本当にこんな人が全国優勝高の監督なのだろうか? とつい疑ってしまうほどの子供っぽさだ。その性格が良いのか、ソフトボール部みんなに好かれている。・・・・・もちろん、練習時は真面目にはなるが。


「・・・・・はぁ」


そんな中、一番喜んでいるはずの理恵は、窓ガラスの外を眺めていた。チームメイトと共に勝利を喜び合ったりせず、ただただぼ〜っと外を眺めているのだ。

・・・・・なんだろう、この感じは。嬉しいはずなのに、喜びたいはずなのに、なぜかそんな気分になれない。何かが足りない。何かが物足りないのだ。心の中にぽっかり穴が開いた感じだ。


「理恵ちゃん」


「あ、監督」


外を眺めていた理恵に、苺飴を頬張った監督が話しかけた。・・・・・もごもごと口が動いていて可愛いが、もう少し歳のことを考えてほしい。そんなんだから結婚できないのではないか? にっこり笑顔で飴玉を頬張る四捨五入三十路の女。女のアタシが言うのもなんだが、ちょっとひく・・・。


「・・・・・今すごく失礼なこと思ったよね、理恵ちゃん」


「そ、そんなことありませんってば。それより、どうしたんですか監督。アタシに何か用ですか?」


「うん、元気ないかなって思って。何か悩みがあるんだったら聞こうか?」


やっぱりそういう風に見えるのだろうか、と理恵はため息をついた。監督はソフト部の女の子から毎日のように恋愛の悩み相談されている。それはもう告白から仲直りの方法まで様々な相談だ。・・・・・本人が快く引き受けているかどうかは知らないが。

そのためだろうか、人の悩んでいるときの表情には敏感だ。現に、いま理恵の表情を見て悩みの相談を持ちかけている。

・・・・・正直に話そうか。話したら何でこんな気持ちになるのかわかるかもしれないし・・・・・。


「・・・アタシたち、全国制覇したんですよね。監督」


「したよ。したから、今こうやってバスの中ではしゃいでるんじゃないの」


「アタシ、勝利投手なんですよね。全国決勝の」


「そうだよ。みんなとっても感謝してたよ。理恵さんのおかげだって」


「それなの、全然嬉しくないんです。なんていうか、実感がないっていうのか。何かが足りないっていうか・・・・・わからないんですけど。心の中に穴が開いちゃった感じで、その・・・・・なんて言いますか・・・・・」


理恵が必死に自分の中のことを整理して言葉にしているというのに、肝心の監督はにこにこ笑っていた。・・・この人は。人の話をちゃんと聞いているのだろうか?


「理恵ちゃん」


「はい、何ですか?」


「理恵ちゃん、今とっても可愛いよ」


・・・・・は? 何だって? 監督って・・・・・そっち方面の人だったの?


「監督・・・・・アタシ、そういう趣味は・・・・・」


「違う〜! そういうことじゃないの〜!」


両手をバタバタさせて否定する。・・・不覚にも、ちょっとだけ可愛いなって思ってしまった。

む〜、と、唇を尖らせていたが、監督は落ち着いたのか、再び理恵に話し始めた。


「女の子っぽい顔だなって思ったの」


「アタシ、女ですよ? そりゃ、たまに年下の女の子からラブレターとか、告白とかされたりしますけど・・・・・」


「あぁ〜。そういえばそんな子もいたね〜。理恵先輩にこの想いを伝えたいんです、どうすればいいんですか〜っていう相談が多かったのよ。どうすればいいかって、私も返事に困っちゃったり・・・・・って、話をはぐらかさないの! んもう・・・・・」


・・・さすがにちょっとからかいすぎたか。今度は少し真面目に聞いてあげることにしよう。


「相談に来る女の子とおんなじ顔してるの。恋してるなぁ〜って、そんな顔してる」


「え・・・?」


「好きな人、いるんでしょ? その人に、どうすれば自分の気持ちを伝えればいいかわからなくて・・・・・違う?」


「・・・合ってます」


あぁ、そうか。嬉しいはずなのに、喜んでいいはずなのに、全然そういう気分になれなくて、何かが足りないような気持ちになってたのは、そのせいだったんだ。好きな人・・・・・刹那にどうすれば気持ちを伝えられるのか、それがわからなくてもやもやしてたから、素直に全国制覇を喜べなかったんだ。


「好きな人って、素敵な人?」


「・・・わからないんです。カッコいいわけでもないし、お金持ちってわけでもないんですけど、優しいんです。一緒にいるとどきどきするんです。・・・・・好き、なんです」


「・・・そっか。そんなに好きだったら、素直に喜べないよね。全国制覇より、ずっと大事なことだもんね」


「監督・・・・・」


「あ〜あ、うらやましいなぁ〜。理恵ちゃんが好きになった人ってどんな人だろ。ね、教えてよ! 誰にも言わないからさ!」


「だ、だめですよ。言えるわけないでしょ!」


・・・・・たまに真面目になったと思ったらこれだ。どうしてこの人はこうなのだろうか? よくもまぁ真面目な相談からこうも簡単に雰囲気を方向転換させることができるものだ。

でも、自分の気持ちの正体がわかったのは監督のおかげだ。自分の気持ち、刹那への気持ち。それを気付かせてくれた。その辺は感謝しなければならない。


「何々?! 理恵に好きな人がいるって!?」


「うっそマジ?! 誰よ理恵!! 教えなさいよ!!」


「り、理恵先輩・・・・・そんな・・・・・」


・・・・・どうやら相談を聞かれていたらしい。バスの中のチームメイトが、一気に理恵の席へと詰め寄ってきた。


「ほらほらほらほら!! 白状しちゃいなさいって!! 相手は誰? 野球部エースの田中君?! それともバスケのキャプテンの内藤君?!」


「だ、誰なんですか!! どんなやつなんですか!! うぅぅ・・・・・許せない・・・・・」


「それにしても、あの理恵がねぇ〜・・・・・。世の中わからないもんだわ・・・・・」


「あ〜あ〜。だから嬉しそうな顔してなかったのか〜。納得納得〜」


「あぁ〜もう!! 何でみんな集まってくるのよ〜〜!!!」


さっきまでの重い表情とは違い、迫り来る部員の質問攻めに困っている理恵の顔を、監督は満足そうに笑って見ていた。

・・・・・やっぱり、理恵ちゃんは笑顔が似合ってるね。

そんなことを思いながら。










お次は夏休みに入りたいと考えています。

・・・・・時期が全然ずれとるがなorz

これからも「殺し屋」よりしくお願いします!

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