第24話 危険な夜道
「・・・・・・」
3人と分かれ、1人で帰り道を歩いていた刹那は、後ろから追いかけられていた。いや、追いかけられているではなく、そっとついて来られていると言ったほうがいい。刹那が歩けば、こそこそと物陰に隠れながらついてくるし、立ち止まったら立ち止まったで追いかけてきているやつも立ち止まる。走って撒こうとしても、まるで磁石でもついているのかのようにぴったりと後ろからつけられてしまう。右に曲がっても、左に曲がっても、どんなに撒こうとしても撒けない。
・・・誤解のないように言っておくが、刹那の足は速いほうである。力と同じでクラスでは目立たないものの、校内では結構速いほうだ。つまり、刹那の後ろについてきているやつはそれ以上に速いということになる。
「・・・・・・」
まさか男をストーカーするやつなんているとは思わなかった。すっかり油断してつけられてしまった。・・・何とか撒かなければならない。このまま家に帰れば、玲菜や里奈さんにも危害が及ぶかもしれないからだ。そんなこと・・・させてたまるものか。
戦おうとも思ったが、現役高校生の足でも振り切れないほどの速さを持っているやつだ、恐ろしく体を鍛えているに違いない。下手に戦えば返り討ちに合うのは目に見えていた。
走っても撒けない、戦うわけにもいかない。・・・・・さぁ、どうする? どうすればいい?
「・・・・よし」
自分より強いやつに勝つことができる方法。それは・・・・・不意打ちだ。幸いにも、時間が8時を回っているだけあって辺りは暗くなっている。これならば、相手は自分の攻撃がよく見えなくて、反応どころか回避もできないだろう。
・・・よし、手順は決まった。次の角を右に曲がる。そこで待ち伏せして、追いかけてきているやつが来たと同時に蹴りをお見舞いする。・・・倒すわけではない。要はついてきているやつを撒ければいい。だからぶつかりどころが急所でなくとも構わない。不意打ちの蹴りを食らったらさすがにどんなやつも怯むはず・・・。その瞬間を狙って自宅へ向かって全力疾走すればいい。これなら撒けるだろう。・・・行くか。
刹那は右の角を曲がり、体勢を低くして攻撃に備えた。・・・これで準備は万端だ。あとは、ストーカー野郎がやってくるのを待つだけだ。
コツ、コツ・・・と、今までの自分の歩いていた速さに合わせている足音が、徐々に徐々に近くなっている。・・・心臓がバクバクいっている。握っている手にも汗が滲んできた。緊張しているのだな、と刹那は思った。まるで運動会の短距離走のスタート前みたいな感じ。隣にいる人の速さが気になって気になって仕方が無くて、ビリになったりしないだろうか? などという疑問がどんどん頭に浮かんでくる、あの嫌な緊張感。ただ、違うのは今からやることは確実に成功させなければならないことだ。
短距離走はベストを尽くせばいいだけだ。どんなに遅くても、ビリになっても、命までは取られはしない。だが、今からやる攻撃は違う。しくじれば、相手が逆上して殺されるかもしれない。大袈裟かもしれないが、有名人でもない普通の男のあとをつけてくる頭のいかれたやつだ。その可能性だって否定はできない。・・・誰だって殺されたくはない。それは刹那だって同じだ。殺されるかもしれない、という恐怖を感じずにはいられなかった。
絶対に成功させなければならない。その緊張感が頂点まで達したとき、足音が一段と高く響き、黒い影が曲がってきた。・・・今だッ!!!
「うぉぉおおおおおあああああああああああ!!!」
決して、空手部のような足が真っ直ぐになっている綺麗な蹴りではなかった。運動が得意といっても定期的に行っているわけではないから、蹴るときの足だって筋肉が固くてうまく伸びず、無様に曲がったままだった。だが、勢いはついている。この勢いならば、急所でなくても十分だ。
刹那の蹴りは黒い影に吸い込まれるようにして伸びていき、みごと命中した。・・・はずだった。
「おわ!!!」
刹那の足は黒い影にガシッと掴まれ、足首を180度ぐるっと回された。となれば、強制的に体も回らせられるわけで、刹那はうつ伏せの状態で道路に叩きつけられた。・・・攻撃は、失敗したのだ。まさか、こんな視界の悪さで、不意打ちで反撃されるなんて思わなかった。甘かった。自分の思っていた以上に、こいつは強い。
逃げ出そうにも、うつ伏せの状態で叩きつけられたため、内臓へのダメージが大きくて立てない。反撃しようとしても同じだ。痛みに耐えられず、起き上がれない。・・・くそ、ここまでかよ・・・。
相手が逆上し、自分に拳や蹴りが振り下ろされるのを覚悟した。殺されるという恐怖を、体の痛みが消してくれるのはありがたかった。・・・さぁ、いつでも来いよ。でも、痛いのは嫌だから、なるべく一気にやってくれよ。あ〜あ、玲菜と里奈さん、今頃帰ってこないなぁって心配してるだろうなぁ。心配かけたくないのになぁ・・・。せめて最後に、玲菜の手料理が食べたかったな・・・。
「攻撃するのはいいけど、殺気が丸見え。しかも、角を曲がった辺りから足音がしなくなったから待ち伏せしてるのがばればれ。蹴りも全然甘いわね、刹那」
・・・聞き覚えのある声だった。上体を起こして先ほど反撃された黒い影のほうを見ると、そこにいたのは・・・。
「・・・こんなところで何やってんですか里奈さん」
「ストーカーごっこ」
「あんたねぇ!? 俺がどんだけ撒こうとして苦労したと思ってんですか?!」
「あんた必死だったもんね。あっはっはっはっは」
「笑ってんじゃないよ!!!」
ったくも〜・・・、と言いながら、刹那はゆっくり起き上がった。痛みは少しあるが、立ち上がれるくらいには回復していた。・・・手加減してくれたのだろうか? そうだよな。してくれなかったら、今頃物言わぬ死体だろうな。
「いや〜、玲菜ちゃんに心配だから探してきて、って可愛い声でお願いされたからわざわざ来てみたんだけどね? 普通に会うのも癪だから後ろから追い掛け回してやったの。面白かったなぁ〜」
「・・・つまり、俺は里奈さんの都合であんな必死になっていた、と」
「そういうことね。あっはっはっはっは」
「笑ってんじゃないよ!!!」
うぁぁぁ・・・相手が里奈さんじゃ撒けないわけだ。殺し屋だぞ? 俺より速いのも、不意打ちを反撃してきたのも当然なはずだ・・・。はぁ、何だか一気に疲れた・・・。早く帰ろ・・・。
「何とぼとぼ歩いてんのよ。早く玲菜ちゃんをギュッとしたいんだからさっさと歩きなさいよ」
「あんたのせいでしょ?!」
・・・まぁこんな感じで刹那と里奈は一緒に帰宅したのであった。
ちょうどその頃。
「ほらほら、言ってくださいよ。どう思ったんですか?」
「・・・その・・CDのジャケット見てる刹那が・・・可愛いかなって・・・」
「うんうん、それでそれで?」
「うぅ〜・・・もういいでしょ・・・? 恥ずかしいよぉ・・・」
「ははは、何言ってんですか。まだこれからですよ。店員さ〜ん! カフェオレ追加〜!」
「あ、私はココアをお願いします」
「うぅ〜・・・まだ続くの、これ?」
「「当然!!」」
・・・喫茶店でこんなことが起こっていたとさ。
こんなオチだろうと思ったよ!! と思った方が大半ではないでしょうか? 奇想天外なお話を書けなくて申し訳ありません・・・。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!