第20話 チョコクレープと理恵先輩
「・・・ってわけだから、今日夕飯は済ませてくるよ」
『うん、わかった。作る直前で連絡してくれてありがと』
「あ、そうだ。里奈さん、どうなってる? やっぱり、まだ気持ち悪いって?」
『うん、もう大丈夫なんだけど・・・ちょ! お姉ちゃん! 変なところ触らないの!』
『こうしてると具合がよくなるんだから。我慢してよぉ〜』
『い〜やッ!! は〜な〜れ〜て〜よッ!!』
・・・今どこが、どうなされて、どうなっているのか。いつも見ているだけに、玲菜の恥ずかしそうな顔と里奈さんのデレっとした顔が目に浮かぶ。ってか、里奈さん大丈夫なんじゃないのか?
『もう! お姉ちゃんったら!』
『うぅ、玲菜ちゃんにぶたれた・・・。痛いよぉ・・・』
どうやらもう終わってしまったらしい。・・・里奈さんもいつもの調子を取り戻したらしい。
「里奈さんはもう大丈夫そうだな。それじゃ、あまり遅くならないうちに帰るよ」
『うん、わかった。・・・・・はぁ、お姉ちゃんと2人きりか。やだなぁ・・・』
『玲菜ちゃんひど―――』
プツッ! ツーツーツー。
何か最後、里奈さんの声が聞こえたような気が・・・。こりゃなるべく早く帰ってやらないと玲菜が危険だな。2人きりだと何するかわからないからな、あの人・・・・・。
そう思いながら刹那は受話器を置き、電話ボックスから出て、ベンチでクレープをほおばっている3人のところに戻った。って、何で理恵さん2つも持ってるんだ。しかも同じやつ。どうせだったら違うのを1つずつ買えばよかったのに。
「で? 玲菜ちゃん何て言ってた?」
ほっぺにクリームをつけた博人が聞いてきた。それを見た恵利が、ポケットからハンカチを取り出して拭いてやった。・・・うらやましい。あ、博人のやつ照れてやがる。っちぇ、いい身分だな。
「夕飯前に連絡してくれてありがとうだってさ。そんだけだよ」
「夕飯、いつも玲菜さんが作ってるんですね」
「いや、夕飯だけじゃないよ。3食全部作ってもらってるし、家事もやってもらってる。別に俺がやるからいいって言っても聞かないんだよ」
(だってさ、姉さん。家庭的だよ、ピンチだよ)
(わ、わかってるよぉ。頑張ってみるってばぁ)
・・・ここのところ、よく今野姉妹は内緒話をするなぁ。しかも、俺のほうを見ながら。何の話だろうか? すっごく気になるのだが・・・。
まぁいいや。俺もクレープ買ってこよ。みんなの食べてるとこ見たらますます腹減ってきた。
そう決めた刹那は、屋台のほうに行って自分の好きなクレープを買いに行こうとした。と、そのとき、
「よ、よかったら・・・その・・・食べる?」
す、と理恵が刹那に食べてないほうのクレープをそっけなく差し出した。差し出されたクレープは、果物の上にチョコレートがかけられており、ナッツの香ばしい匂いがたまらない。って、問題はそっちじゃない。何で理恵さんが俺にクレープをくれるんだ? しかも・・・顔を赤くしながら。風邪だろうか? いや、それにしては元気がある。何でだろ?
「あ、ありがとうございます。えと、これいくらですか? 払いますよ」
「い、いいわよ! お金なんて! アタシに甘えときなさい!」
「は、はい。あの・・・ありがとうございます」
頭に疑問符を浮かべながら、刹那はクレープをかじった。うん、甘くておいしい。
理恵は刹那にクレープを渡した後、何だかほっとしたような顔をしていたが、クレープに夢中な刹那がそれに気付くことはなかった。
しばらくして4人全員がクレープを食べ終わり、今度は適当にぶらぶらしようという話になった。ただ、ぶらぶらするのは4人一緒じゃなくて、2人ずつで。予想がつくかもしれないが、発案者は博人だ。・・・恵利と一緒に行きたいという気持ちが見え見えだった。まぁ、2人は付き合ってるんだし、そうしたいってのも当然か。
というわけで、博人と恵利。刹那と理恵という組み合わせで町をぶらつくことになった。
「んと、今は4時半か。そんじゃ、6時にまたここ集合で。そのあとファミレスで飯ってことでいいか?」
「わかった。それじゃ、せ、せせ刹那! い、行くわよ!」
「え? あ、待ってくださいよ!」
「ふふ、姉さん。頑張って」
・・・何を頑張るのだろうか? ぶらつくのを頑張るのだろうか? 恵利がにこにこしながら言った言葉の意味を、刹那には理解できなかった。
とりあえず、今はそんなことよりも、1人で行ってしまった理恵さんを追いかけなければならない。うぉ、もうあんなところまで行ってるし。侮りがたし、ソフトボール部・・・。
理恵を追う刹那を見ながら、博人と恵利は笑いながら話し始めた。
「理恵さんの純情っぷりには困ったもんだ。刹那が好きなくせに、デートの1つも誘えないなんてな」
「ふふふ、そうですね。でも、私も同じですよ? 誘ってくるの、いつも博人君ですから」
「おう! そうだぞ! 誘わないといつまでも本ばっかりだもんな」
「本も面白いのに。博人君も読んでみたらどうです? 夏目漱石とか」
「い、いや。俺はいいや。それより、俺たちも行こうぜ」
「うん! それじゃ行きましょう」
2人はどちらがしよう、と言うまでもなく手を繋ぎ、そのまま仲良く街中の人ごみの中に紛れていった。
ちょっと先輩ルートっぽい感じです。玲菜が好きなお方、今しばらく我慢してください。
それと、読者の皆様に『お年玉』ということで、短編のほうを書いてみました。よろしければどうぞ見てみてください。
今年も『殺し屋』よろしくお願いします!