第2話 目が覚めたら・・・
「!?っは!!・・・・・・・あれ?ここは?」
意識が覚醒した途端に起き上がるが、見慣れない部屋だとわかるとすぐさま辺りを見回した。壁には今はやりのロック歌手のポスターが張っており、大きいタンスもあった。
床はマンガなどがぶっきらぼうに置いてあったが机の上は割りとあっさりしており、英文に蛍光ペンで印をつけたままの参考書が広げてあった。
「どこ・・・・なんだろ?」
ベッドから起き上がろうとするが、その瞬間頭がボーっとしてすぐに寝込む形になってしまった。ふと気になって自分の額に手を当ててみる。―――熱かった。風邪で自分の手も熱くなっているはずなのに、その手よりもずっとずっと熱かった。自分が抹殺した人たちの呪いか?とくだらない考えを頭に浮かべ、苦笑する。殺された怨みが積もった呪いが風邪、本当にくだらない。
とにかく、玲菜はこれからどうすればいいかを考えなければならなかった。まず、このまま寝ているわけにもいかないだろう。すぐに起き上がって出て行かなくてはいけない。出口はあの窓から出いいだろう。顔を手でかばいながら突っ込む形で窓ガラスを破り、すぐさま脱出する。問題はそのあとだ。このふらふらの体で「A・B・K」本社に帰還することができるか?答えは否だ。この厄介な風邪のせいで再び倒れてしまうに決まっている。
どうすればいいか・・・・・・考えていると不意にドアが開き、入ってきた人物を見た瞬間、玲菜は呆気に取られてしまった。なぜならば、入ってきた人物は今から抹殺しなければならないターゲット、「木下 刹那」だったからだ。
「あ、起きたな。具合はどう?玄関先で倒れてるから驚いたよ」
ターゲットは手に水とタオルの入った洗面器を持っていた。おそらく、高熱で倒れた自分の額に乗せて熱を下げようとしているのだろう。
ゆっくりとターゲットは玲菜の寝ているベッドに近づき洗面器を床に置くと、中に入っている水に浸しているタオルをギュッと絞り、風邪のせいで熱くなっている玲菜の額の上に乗せた。ひんやりとしていて、熱が一気に引いていくような錯覚に襲われたが、今はそんなことどうでもいい。
問題は、なぜこのターゲットが自分を助けたか、だ。普通だったら例え道に倒れていようとも、見知らぬ人を自分の家にあげて介抱するということはありえない。病院か警察に連絡するはずだ。そしてその二つのどちらかがやってきたら、はいさようなら。後は人事、知らん振りのはずなのだ。なのにこのターゲットは見ず知らずの女性を自宅まで運び込み、ご丁寧に看病までしてくれている。幸一から渡された書類に書いてあったターゲットの情報からだとどうしても結びつかない行為だった。
玲菜が自分を怪しげな目でじっと見ているのに気がついたのか、ターゲットはにこっと笑って立ち上がった。
「ああ、腹が減ったんだな。じゃあおかゆでも作ってくるよ。大人しく寝てるんだぞ」
そう言い残すと、ターゲットはドアの向こう側へと消えていった。
自分のためにおかゆを作るだ?ますますターゲットの考えていることがわからなくなった。書類には強盗、恐喝、殺しの常習者だと記されてあった。だが、今ターゲットがしている行為は、そういうのとは無縁の人助けだ。
{私を助けて、何か得が?}
そうだ、そうに決まってる。犯罪者が良いことなどするはずがない。自分を助けているのは、あとでお礼として多額の金を貰おうとしているからだ。なんて卑劣なヤツ!なんて最低なヤツ!
そう強く思い込み、玲菜はゆっくりとベッドから起き上がった。
あのターゲットを抹殺する。
玲菜はドアを開け、階段を降り、キッチンのすぐ入り口のところまでやってきた。だが、
{やっぱり・・・・・駄目かな・・・・・}
自分の体が悲鳴を上げている。ただでさえ高くなっている体温をさらに上げて、安静にしていろと警告している。だが、そうすることは許されなかった。この社会のごみを抹殺しなければ、他の人々に害が及ぶかもしれないのだ。ここで何としてでも消さなければならない。
頭がボーっとして体がだるいが、抹殺の二文字に励まされキッチンへと足を踏み入れた。ゆっくり懐に手をやり、いつも使っている愛銃を取り出・・・・・・
{あ、あれ!?お、落としちゃった!?}
せなかった。どうやら、この家の玄関まで歩いてくる際に落とし、体の状態のほうに気がいっていたため落としたのに気がつかなかったようだった。
だが、問題はない。撲殺や絞殺などの、そこら辺であるもので殺すという訓練を受けてきている。つまり、銃がなくとも殺すことができるのだ。
ターゲットは調理に夢中で自分の存在に気がついてはいない。テーブルに置いてあった果物ナイフをそっと手に取り、ターゲットに忍び寄る。が、
「!?」
調味料を取り出すためなのか、ターゲットはくるっと玲菜のほうに体を向ける。そうなれば当然ナイフを持った玲菜の姿が目に映る。つまり、自分を殺そうとしている女の姿が目に入る。
事を理解する前に抹殺しなければ!そう思い、玲菜はターゲットの心臓めがけてナイフを振り下ろすが、急に足の力が抜けターゲットに体を預ける形になってしまう。やはり、無茶だったのだ。
「お、おい大丈夫か?・・・・・お前、手に持っているのって、果物ナイフ?」
ナイフを持ち、なおかつ自分のほうを向いている。この二つのことから、ターゲットは玲菜の意図にやっと気がついた。
「・・・・・もしかして・・・・・」
ばれてしまった、と玲菜は思った。抹殺の意図がターゲットにばれてしまった。こうなってしまえば抹殺は困難になる。うかつに後ろ姿を、隙を見せることもなくなるだろうし、自分に対して何をしてくるかもわからない。やっかいな失敗をしてしまったと玲菜は・・・・・
「りんごだな!?りんごが食べたかったんだな!?」
玲菜の考えは、あまりにも間抜けなターゲットの発言によってがらりと変わってしまった。殺そうとしたのに、それをどう取ればりんごが食べたいになるのか。このターゲットはもしかして天然なのか、と思わずにはいられなかった。
「今剥いてやるから待ってろよ」
そう言うと背中を押されて部屋まで強制的に歩かせられる。そして再びベッドに寝たのを確認したターゲットは、「今もって来るから」と一言を残してキッチンへと戻ってしまった。
玲菜はベッドの中で考え込んだ。もちろん、ターゲットの殺害方法。基本的には殺しさえすればいい。方法は問わない、どんな手でも構わない。後に証拠隠滅班がやってきてどんな証拠も消し去ってくれる。
だが刺殺はもう無理だ。近くに手頃な武器がないからだ。カッターなど、文房具的なものはターゲットの机の中を探せば出てくるかもしれないが、その最中にターゲットが部屋に入ってきたらアウトだ。今度こそ怪しまれるし、第一刺そうとしても刃が折れてしまって刺せないだろう。
確実に、かつ手頃な武器で。この2つの条件を満たせばいいのだが、熱のせいで頭の働きが鈍っているのか、どうしても考えが浮かんでこない。―――今ほど風邪を恨めしく思ったことはなかった。
ふぅ、とため息をつき、額に乗っている濡れタオルを取った。冷えていれば心地よいが、体温を奪った分ぬるくなった濡れタオルは気持ち悪いだけだった。
{・・・・・・これだ!}
手に取った瞬間、鈍った頭に考えが浮かぶ。そう、このタオルで絞め殺してしまえばいいのだ。何とか後ろに回りこんで、気取られないようにタオルを首に巻き、ターゲットが気付いた瞬間一気に絞める。ターゲットは突然のことにパニックを起こすはず、そこをうまく利用すれば抵抗されないはず。
トン、トン、トン、と階段を上がってくる音が聞こえた。ターゲットが調理したおかゆを持ってきたのだろう。玲菜はベッドから起き上がり、ドアのところへ素早く移動する。タオルをねじり紐状にし、構える。―――準備は万端、いつでも来い。
ガチャ、とドアは開いた。
瞬間、玲菜はターゲットの首めがけてタオルをひっかけようとする。が、
{えっ!?}
足元に置いてあった―――いや、散らかしてあったマンガに足を取られ、そのまま横転してしまう。ドテッと情けなく転んだ玲菜は散らかした本人のターゲットを睨むことしかできなかった。このマンガさえなければ・・・と。
「何・・・・・・やってんの?」
ターゲットは本当に不思議そうな目で尻餅をついている玲菜を見ていた。キッチンミトンがはめられている手には鍋が握られており、中のおかゆがほこほこと湯気をたてていた。おかゆのにおいが玲菜の鼻をくすぐり、腹の虫が鳴いた。
くぅ〜〜
「・・・・っぷ、はははははははは。やっぱりおなか空いてたのか。ほら、ベッドに戻って」
玲菜は顔を真っ赤にさせ、しぶしぶと言われるがままベッドに戻った。
腰のところに枕を置き、上半身を起こす形をとる。寝たまま食べるわけにもいかないのだから当然だった。
「1人で・・・・・・無理か」
そう言うと、ターゲットはスプーンでおかゆをすくい、ふーふーと息を吹きかけておかゆを適温に下げる。
「はい、口開けて〜」
言われたままに口を開け、ターゲットの作ったおかゆを口にする。特別おいしい、というわけでもなかったが、何だか優しい味がした。
おかゆを食べさせてもらっている最中、玲菜は考え込んだ。あの青年、刹那は恐喝、強盗、殺しの常習犯だ。それは情報屋からの確かな情報、間違いなどあるはずがない。今まで間違った情報など一度も送られてこなかったのだから。
だが、玲菜にはどうしても刹那がそんなことをするとは思えなかった。こんな間抜けで、お人好しが、人の体を、心を傷つけるような真似などするはずがない。根拠があるわけではない、だが『この人は絶対に違う』という気がしてならないのだ。
確かめてもいいかもしれない。あつあつのおかゆを口にしながら玲菜は思ったのだった。
玲菜のターゲットである木下 刹那、登場です!
さて、これからどうなっていくのでしょうかね?