第18話 お墓参り
朝起きて居間に行くと、ビールやら酒やらのビンや缶がテーブルの上に散らかっていた。・・・明と幸一の仕業だということは簡単に予想できた。おそらく、久しぶりの再会が嬉しくて一晩中飲み明かしたのだろう。そうでなければ、こんな量の酒を飲むことなどできない。
「・・・・・ん?」
小さな手紙が、空き缶や空きビンに埋もれるようになってテーブルに置いてあった。・・・誰の手紙だろうか? 親父だろうか? 幸一さんだろうか?
刹那はその手紙を手にとって目を通す。その手紙に書いていたのは・・・・・
『後片付けよろしく。 明より』
「あんのクソ親父ぃぃいいいいいいいいい!!!!!!!」
短い文を読み終えた刹那は、明の書いたふざけた手紙をこれでもか!! というくらいビリビリ破き、手でくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にぶち込んだ。
あんの親父!! 自分達で飲んだんだから自分達で片付けろよ!! 何が「後片付けよろしく」だこのやろー!! なめてんのか!!
心の中で不満をぶちまけていると、キッチンのほうから玲菜がやってきた。手にはお玉を持っていて、朝食を作っているようだった。
「あ、刹那おはよう」
「玲菜!! 見てくれよこれ!!」
「だいぶ片付けたんだけど・・・ご飯を作る時間がなくなっちゃうからちょっと中断しちゃった。ごめんね」
これでだいぶ片付いた?! あの人たち一体どんだけの量を飲んだんだよ!! よく倒れなかったな!!
刹那は頭をポリポリと掻き、玲菜に尋ねた。
「それで、肝心の親父と幸一さんは?」
「それが・・・もう帰っちゃったみたい・・・」
くぁ・・・まじかよ・・・。
明と幸一がいない。ということは、やっぱり自分達で片付けないといけないというわけだ。・・・久しぶりに帰ってきたと思ったら、何だこの仕打ちは・・・。
「おはよ〜。って、酒臭!! 何よこれ・・・お酒の空ばっかりじゃないの・・・・」
起きてきた里奈は鼻を押さえて言った。・・・確かに酒臭いけど、鼻を押さえるほどじゃないと思う。窓も開けて換気してるし、そんなに臭くはないはずなのだが。まさか・・・。
「里奈さんって、もしかしてお酒だめなんですか?」
「うぅ〜、当たり前じゃないの。あんなもの飲んだら死んじゃうわ・・・。駄目・・・気分悪くなってきた・・・。ご飯は後で食べるわ・・・」
よろよろ〜、とおぼつかない足取りで、里奈は回れ右をして部屋に戻っていった。なんと言うか、その歩き方は酔っ払った親父がよくやる千鳥足のような感じだった。
意外だった・・・。まさか里奈さんが酒に弱いなんてなぁ・・・。ウォッカとか普通にラッパ飲みしてそうなんだけどなぁ・・・・・。
「ふぅ。次はテーブルの片づけだね」
料理を終えたのか、玲菜はキッチンから出てきてテーブルの上の酒の残骸を見て呟いた。心なしか、少し疲れたような表情をしている。・・・・・よし。
「玲菜、俺も手伝うよ」
「え、ホント? 助かるよ、ありがとう」
いつも家事をやってもらっているのだ。これくらいはやらないと罰が当たる。玲菜も本当に助かった、という表情をしていた。・・・かわいいな。うん。
ちらっと時計を見る。時間は・・・・・6時47分。まだ余裕がある。とっとと片付けて、ゆっくり朝食を食べることにしよう。
自分の近くの空きビンを両手に取ってキッチンに向かう。玲菜も大量の空き缶を抱えるようにしてキッチンまで運ぶ。その作業を2、3回繰り返し、やっとのことでテーブルの上にあった酒の残骸は片付いた。・・・酒の臭いがするのは、まぁ仕方ない。半日くらい窓を開けておけば大丈夫だろう。
「ふぅ。終わったな」
「そだね。それじゃご飯にしよっか」
ちらっと時計を見る。・・・まだ余裕がある。朝食はゆっくり食べられそうだ。
刹那は椅子に座ると、玲菜の作った朝食が来るのを楽しみに待つのだった。
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刹那が家を出て学校に歩いていく頃、明は墓場に来ていた。お盆や彼岸の日ではないため、人は全然いなかった。そんな中、明はたくさんの供え物と水と柄杓の入ったバケツを持ち、たくさんの墓の中の1つに向かって歩いていった。
「早苗、ただいま」
墓石の前で、明は言った。墓石に刻まれている文字は、「木下家ノ墓」。そしてこの墓の下には明の妻、早苗が眠っている。あれから、もう何年経っただろうか? つらく、悲しく、寂しい日々を送ったあの日から・・・。
明はあらかじめ用意しておいた供え物を置き、花を添えた。供え物は早苗の大好きだったお菓子で、花も早苗が好きだった百合の花だ。供えたあとに蝋燭や線香に火をつける。
ここには毎年来ている。刹那のいる自宅へ帰る暇はなくとも、どうしてもここに来る時間だけは作らなければならなかった。だって、ここでしか早苗とは話せないのだから。
「俺は、何とかやってる。刹那も・・・たぶんうまくやってくれてると思う。親子で暮らせないのがちょっと残念だけど、仕方ないか。一緒に暮らすと危なくなるからさ」
汲んでおいた水を墓石の天辺からかけたあと、明は墓の前にしゃがみ込んで言葉を続けた。
「それからさ、刹那が女の子と同棲してたんだ。それも1人じゃないんだ、2人なんだよ。面白いだろ? それだけじゃない。その女の子たち、幸一の子供だったんだよ。幸一から娘が出来たって聞いてたけど、実際に見るのは初めてだった。とても綺麗な子達だったよ」
笑いながら、明は話した。早苗も、たぶん笑っているだろう。あの明るく、元気をくれるあの表情で・・・。
「・・・もし、早苗が生きてたら。そのときは、今と全然違う生活になってたのかな、って、最近思うようになってきたんだ。3人でさ、色んなところ行って、色んな景色を見て、おいしいものいっぱい食べてさ。今みたいに別々に離れてなくて、一緒の家に住んでて、刹那の学校であったこととか聞いて笑ったり、テレビとか見ながらお茶飲んだりさ」
それはずっと、ずっと明が求めてきたものだった。自分と早苗と刹那、3人揃って一緒の家で生活して、他愛ないことで笑いあっていて、日曜の休みにはみんなで出かけて、また家に帰ってくる。そんな当たり前のことを、明はずっとずっと望んできた。
でも、それはもう叶わない。早苗はもういないし、自分も外国に行ってて刹那をほったらかしにしている。帰ってこれれば一番いいのだが、そういうわけにはいかない事情がある。
こんな当たり前のことが、どうして叶わなかったんだろう。別に贅沢な望みでもなんでもない。普通で、当たり前で、誰もがこれが幸せだと気付かないくらい平凡な望みが、どうして自分達家族にだけ訪れてくれないのだろう。
早苗が生きていて、家族全員が一緒にいたら、今頃はもっと温かい家庭を築けるはずだった。刹那の成長も間近で見られた。運動会や文化祭だって見に行けた。息子の頑張っている姿を心に留めておけた。寂しい思いだってさせずに済んだ。親のいない日々を送らせずに済んだ。
今の自分は刹那に何もしてやれていない。ただ金を送っているだけだ。こんなの、親でもなんでもない。もっと身近にいて、成長を見届けて、愛情を注ぐというのが本当の親なのだ。それが自分はどうだ? 親としての義務をどれ1つ成せていないではないか。
{俺は、父親失格だな}
苦笑いをしながら、明は立ち上がった。・・・早苗に報告をしに来ただけのつもりだったのだが、胸にぽっかりと開いた穴の存在を確かめることになってしまった。
「それじゃあ早苗。また来るよ」
墓石に背を向けて、明は立ち去った。
明が去った後に風が吹き、供えられた百合の花びらが揺れた。揺れている花びらはとても可愛らしく、まるで人が笑っているかのようだった。
ちょびっと真面目なお話になってしまいました。
しばらく真面目なお話はお休みして、コメディ路線でいきたいなぁと思っています。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!