第16話 やってきたダブルパパ!! その2
玲菜は帰ってからキッチンに立って料理をしていた。たくさん買い込んだ材料はまな板の上で次々とさばかれ、鍋に入れられる。今日のメニューは大勢いるとのことで鍋ということになった。和風な醤油がとてもいい匂いだ。うん、今日も夕飯はおいしくなるだろう。今から楽しみだ。
その間、刹那はと言えば幸一と里奈の3人で話し合いをしていた。いや、話し合いと言っても、幸一が一方的に刹那に質問し、それに刹那が答える、というもので、里奈もたまに話しに入ってくるが、ほとんど聞いているだけだった。
「それで、君は本当にやっていないんだね?」
「はい、そんなことはやってないです」
「ね? やってないって言ってるでしょ?」
内容は会話の通り、刹那への尋問だった。尋問といえば、容疑者を揺さぶる警察や法廷の弁護士などがわざと怒らせるようなことを言ったり、裏をつくような汚いやり方を思い浮かべるかもしれないが、このときの尋問は比較的穏やかな感じで、尋問と言うよりは質問という感じだった。
そのおかげで刹那も気を張ったりしなくてよかったのだろう、リラックスした状態で幸一の質問に答えていた。
一通り終わったところで、幸一はとりあえずの結論を出した。
「ん〜・・・嘘を言ってるようには思えないな。目が嘘をついてる目じゃない」
「お父さんもそう思った? 目が腐ってないのよ、この子」
「うん、真っ直ぐないい目だ。・・・でも、念のためにもう何日か娘達を置かせてもらうね」
「・・・わかりました。でも・・・その・・・・」
「? なんだい?」
「俺って、一応凶悪な人物としてマークされてるんですよね? そんな危ない男の家に、玲菜たちを住ませていいんですか?」
幸一は、刹那の言葉にきょとんとしていた。
この男は、一歩間違えれば自分が殺されるかもしれないというのに、自分よりも玲菜たちの心配をしている。その玲菜たちが自分を殺すかもしれないというのにだ。
幸一は、何だかおかしくなって、ふっと笑って言った。
「心配無用さ、僕の娘たちは強いからね。大丈夫だよ」
「は、はぁ。そうですか・・・」
・・・このとき、刹那が玲菜たちの安全を心配したのではなく、自宅を乗っ取られつつある自分のことを心配していた、というのは秘密にしておこう。
質問も終わったのか、幸一はぐ〜っと伸びをし始めた。里奈も長い質問に退屈したのか、ふぁ〜とあくびをしている。・・・もうそろそろ、夕飯も出来上がる頃かな。
そのときだった。玄関のドアがガチャっと開く音がして、続けて男の声が聞こえてきた。
「ただいま〜。刹那ぁ、帰ったぞ〜」
こ、この声は!! お、親父だ!! 本当に帰ってきやがったッ!!
どうしようどうしよう! と刹那が慌てているうちに、トントンという足音がどんどん近くなってきて、ガチャと、ドアが開いた。・・・あぁ・・・。来てしまった。来てしまったよ・・・。
「ただいま。ってあれ? 何だ、お前も居たのか。俺のほうから行くって言わなかったっけ?」
「やぁ、久しぶり。いやね、ちょっと待ちきれなくてさ。あはは」
話し方からして、この2人は本当に友達同士らしい。・・・嘘だと思ってたのに。
今幸一と話しているのが、わかっているとは思うが刹那の父親である「木下 明」である。海外で仕事をしているためこの家には住んでおらず、息子の刹那とは別居という状態になっている。
どんな仕事をしているのかというと、外国中にあるA・B・Kの子会社を回って経営状況などをチェックし、その情報を年に1回のペースで日本にあるA・B・K本社に届ける、というものだった。つまり、明はA・B・K社の社員、ということになる。
そんなもの、ファックスか何かで送ればいい、と思うかもしれないが、それだと明は日本へ帰ってくる機会がぐんと減ってしまう。そうなってしまえば、家に残った刹那の成長を見る機会だって減るだろうし、亡くなった明の妻の墓参りだって行けなくなるかもしれない。そういうことを考慮した幸一が特別に許可をしたのだ。・・・まぁ、信頼できる人間から直接話しを聞きたい、ということもあるのだが。
明は、居間とキッチンのほうにいる人影に気がついたようだった。
「あぁ、君だったのか。さっき電話を取ってくれたのは。・・・里奈さん、だっけ?」
「はい、そうです。それで、キッチンにいるのが妹の玲菜です。いつも刹那さんにはお世話になっており、大変感謝していますわ」
本当にだよ!! そう思うんならたまに自分で自分のことをやってくれ!! ・・・まぁどうせ演技だろうけどさ・・・。
刹那が心の奥でそう叫んだ瞬間、里奈の目線が明から刹那へと移った。表情は相変わらずにっこりしている。・・・・・うぅ、恐い。ってか、俺また心を読まれたのか・・・?
「この子は僕の娘だよ。初めて見るよね?」
「うん、初めて見るな。電話に女の人が出るなんて思わなかったから変だなっては思ってたけど、まさかお前の娘さんだったとはなぁ」
「ちなみに、里奈ちゃんも玲菜ちゃんもこの家でお世話になってるから、そこのところよろしくね」
「あぁ?!」
明は心底驚いたようだった。素っ頓狂な声をあげて刹那のほうを見る。・・・どうやら本当かどうか刹那に聞きたいようだ。よし、それなら父と子でしか語れない『目』の会話で説明してやるぜ!!
じぃ!! っと明の目を見つめ、そして『目』だけで語り合う。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
{息子よ、お前が女の子と同棲しているというのは本当か?}
{いかにもだ、父よ。しかも1人じゃない、2人だぞ}
{何?! それなら、部屋はどうした。女の子が2人だ、お前はきっと個室を作っただろう}
{心配ご無用。父の部屋と物置の部屋を使わせてもらっているぞ}
{・・・そういうことは本人の許可が要るんじゃないか? 息子よ}
{細かいことは気にしちゃいけないぜ、父よ}
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ふぅ・・・・・。目で語るっていうのも、結構疲れるもんなんだな。でも、親父に伝わったからよしとするか。
「・・・なぁ刹那。俺の目ばっかり見てないで、とっとと説明してくれよ」
通じてなかったぁ!! 今までの苦労が水の泡と消えたぁ!!
刹那は目の会話が通じていなかったことに少しショックを受け、渋々今の状況を明に話し始めた。
「・・・とりあえず、何て言えばいいのかわからないけど・・・。家の前で倒れてた女の子を介抱したら、一緒に住むことになった」
「・・・どこがどうなればそういう風になるんだ」
明が呆れたように刹那に言う。家の前で女の子が倒れてる、という時点でおかしいというのに、介抱したら一緒に住むことになりました〜、なんて不自然にもほどがある。どこの3流コメディ小説だ? と疑いたくなるほどの言い訳だった。
はぁ、と明はため息をつき、一番大事なことを刹那に聞いた。
「とりあえず、里奈さんと玲菜さんと一緒に暮らしてるってのは本当なんだな?」
「あぁ、本当だよ」
「部屋はどうした? 年頃の女の子が2人だ、個室じゃないとまずいだろ?」
「里奈さんの部屋は片づけした物置の部屋。玲菜は親父の部屋を使わせてもらってる」
「・・・あのなぁ。物置はともかく、人の部屋を使うのには本人の許可がいるんじゃないのか?」
「細かいことは気にしちゃいけないぞ。・・・って、あんた絶対さっきの会話わかってたでしょ?!」
「? まぁいいか。部屋はどうせ使わないし、好きにさせていいぞ。あ、クローゼットの中は開けないようにな」
刹那の言っていることの意味が少しわからなかったが、自分の部屋を使わせることは了承しておいた。もともとあまり使わない部屋だったし、空き部屋になって埃がたまるよりだったら、誰かに使ってもらって部屋としての機能を発揮してもらったほうがよっぽどいい。
ただ・・・クローゼットの中には明の思い出がしまってある。その思い出は、できることなら他人に見せたくはない。だから、クローゼット以外だったらどこを使ってもらっても構わなかった。
「あ、刹那のお父さんですね。始めまして、玲菜って言います」
「ん? あぁ、妹さんのほうか。いつも刹那がお世話になってます」
玲菜はキッチンから皿やら鍋敷きやらを抱えてやってきた。・・・ん? ってことは・・・?
「夕飯出来たから、みんなテーブルに座って。ふふ、今日はちょっと頑張りすぎちゃった」
そう言って、玲菜は笑顔のままキッチンに戻っていった。
ただでさえおいしい玲菜の料理だ。頑張りすぎたのなら、その分おいしいはず。う〜ん・・・とにかく楽しみだ。
「・・・あら、椅子が足りないわね」
椅子に座ろうとした里奈が、テーブルに備わっている椅子が足りないことに気付いた。
今この家には刹那、玲菜、里奈、幸一、明の5人がいる。椅子は対面で向き合うように置いてあるから、4つしかないことになる。・・・つまり、1人座れない人が出てくるわけだ。
「・・・・・」
「な、何ですか? 里奈さん・・・?」
里奈が刹那の目を、じぃ〜っと覗き込んでくる。・・・何か言いたげな顔をして。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりましたよ、俺が別の椅子取って来ますよ」
「よろしく〜♪」
にっこりと笑う里奈に、ため息をついて椅子を取りにいく刹那。
刹那は、改めて疑問に思った。・・・ここって、俺ん家だよなぁ・・・? と。
明登場です。・・・まぁそんなに出るわけでもないのですが・・・
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!