最終話 続いていく幸せ
ざわざわと、子供たちが先生らと一緒に出てくる。
少子化の世の中だというのに、それを疑ってしまうくらい子供の数は多くて、その中から小柄な女の子を見つけ出すのはちょっと難しかった。
だけど、
「未来〜、迎えに来たぞ〜」
こういう風にして呼んでやればすぐ飛んでくる。
・・・ほら、来た。
たくさんの子供たちの中から、髪を2つに束ねた小さな女の子が刹那のところまで走ってきて、そのまま足に抱きついた。
「パパだぁ!」
「よしよし、今日も楽しかったか?」
「うん! きょうはね! おりがみしたんだよ! それでね! それでね!」
「はは、家に帰ってから聞かせてくれよ。ママが家でご飯作って待ってるぞ」
「ごはん! はやくかえろ!」
未来ははしゃぎながら刹那の中指と人差し指を握った。
刹那の手は大きすぎるから、いつもこんな感じだ。
指じゃなくて、ちゃんと手を握れる日はいつのことやら・・・。
まだたくさんいる子供たちは、自分の親はどこかと必死になって探している。
親もまた、自分の子供はどこかときょろきょろ探している。
・・・何だかちょっと嬉しい。どうだ、お前達よりも早く見つけてやったぜ。へへへ。
「パパぁ、どうしてわらってるの?」
「え? あ、いや、なんでもないよ」
「へんなパパ」
・・・娘に変って言われた。少しショックだ。
2人はすぐに歩き出し、幼稚園をあとにした。
未来が産まれてから、もう5年も経った。
もうすぐ小学校に入学する年齢になる。・・・長かったようで、短い時間だった。
でも、とても幸せな日々だったのはちゃんと覚えてる。
A・B・K社と祖父らとの抗争のときはどうなるのだろうか? と、とても不安だった。
いや、そのときは不安だったが今は違う。
玲菜が身ごもって身動きが取れないのをいいことに、自分の他に玲菜まで殺そうとした祖父の計画は、5年経った今思い出しても腹が立つ。
いつ自分の額に銃弾が食い込むかわからない状況だったのに生きていられるのは、やはりA・B・K社のおかげだった。
今でも幸一さんと里奈さん、シリスさんには頭が上がらない。
なんたって、今の自分達があるのはあの人たちのおかげなのだ。
あの人たちが居なければ、今頃は墓の下で安らかな眠りについていて、今の幸せを感じることもなかったかもしれない。
あの人たちには、本当に感謝している。
だが、シリスさんに関しては本当に申し訳ないことをしたと思う。自分たちのせいで、片方の目と左腕を失わせてしまったのだから。
シリスの容態を知った当時の刹那は土下座をしてシリスに謝った。
俺のせいでこんなことにしてしまって申し訳ありません!!
本当にすみませんでした!!
何度も額を地面に擦りつけて、そして大声で謝った。失ったものを戻せる力などない刹那にできることは、ただ謝ることだけだった。
謝っただけで済むとはもちろん思わない。片目と片腕、失ったものはこの上なく大きいものだ。それが、刹那が原因となればなおさら。
ベッドから起き上がり、刹那の必死な謝罪を見たシリスは、笑ってこう言ってくれた。
『それならば、頑張って玲菜お嬢様と未来様を幸せにしてもらいましょう。一生、死ぬまでですよ?』
はい! と、元気よく返事をしたのをよく覚えている。
その約束は、ちゃんと守れていると思う。笑っている玲菜と未来の顔は、幸せいっぱいだったから。
・・・余談ではあるが、あの『相良』は戦いの直後にA・B・K社に入社したらしい。
理由は詳しく聞いていないからわからないが、あの『相良』が加わってくれれば、もうA・B・K社に怖いものはないだろう。だって、最強がいるのだから。
家にはたまに里奈が遊びに来る。大半は玲菜にべったりしているか、未来と一緒に遊んでいる。
たまに刹那をいじめるが・・・以前よりは扱いが大分マシになったと思う。
どうしてかはわからないが、優しくなったような、そんな感じ。
幸一やシリスたちは仕事の関係で忙しい、とのことでなかなか会う機会がない。
明のほうも相変わらず海外を飛び回っているらしく、昔同様ほとんど日本には帰ってこない。
一度くらいみんなで食事にでも行きたいのだが、時間がないのだから仕方ない。
・・・残念だ。成長した未来を見てもらいたいのに・・・。
最後の角を曲がり、自宅が見えた。
キッチンの換気扇からは湯気と一緒に食欲をそそるいい匂いが出てきている。
玲菜の料理の腕は相変わらずだ。いや、それどころか以前よりも良くなった気がする。
作れる種類も日に日に増えていったし、味も良い。
・・・今日の夕飯はなんだろうか? とても楽しみだ。
「ただいま」
「ただいま〜! ママ〜!」
未来は靴をきちんと揃えてから玲菜のいるキッチンへと駆けていった。
・・・どんなに急いでいても、きちんと靴を揃えるところは玲菜と里奈さんの教育によるものだ。
当たり前のことは当たり前にやること、これをただひたすら教えたらこうなった。
「こ〜らこら。お母さんに会う前に、手を洗わないといけないでしょ?」
「あ! 里奈おねえちゃんだ〜! ただいま〜!」
「はい、おかえりなさい。ご飯ができるまで遊んであげるから、その前に手を洗いに行こうね」
「は〜い!」
私服の姿をした里奈が未来の小さな体を抱きかかえ、よしよし、と頭を撫でた。
仕事服じゃないから、おそらく今日は非番だったのだろう。
仕事の要となっている里奈さんが休みなんて、珍しいこともあるものだ。
「あんたもおかえり。まだ夕飯まで時間がかかるみたいよ」
「あ、はい。わかりました。そういえば、仕事はお休みですか?」
「有休とったの。ちょっと今日は、ね」
「? 今日は何かあるんですか?」
「あとでわかるわよ。それじゃ、あんたも手はちゃんと洗うのよ」
そう言うと、里奈さんは未来を連れて先に洗面所へと向かった。
・・・今日、何かあるのだろうか? 里奈も何か言いかけていたし・・・。
「・・・まぁいいか」
後でわかるのなら、ここで考えることもない。
そう切り替えて、刹那も洗面所へと向かった。
+++++
夕飯がもうじきできる時間になる。
その間、刹那と里奈は一緒に未来と遊んで時間を過ごしていた。
「じゃ〜んけ〜っぽ!!」
「あら、未来ちゃんの勝ちね〜」
「次パパと〜! じゃ〜んけ〜っぽ!!」
「ありゃ、負けちゃったか。未来は強いな〜ははは」
「うん! せんせいにも勝っちゃったんだよ〜!」
「へ〜、未来はすごいな〜。えらいえらい」
「えへへへ〜」
・・・のんびりというか、しみじみというか。
もうこの子は天使だ。この家に笑顔を運んできてくれる、刹那と玲菜の大切な天使。
でも、だ。
こんな可愛らしい娘も、あと10年もすれば・・・
『お父さんと洗濯物一緒にしないでよね!』
『お父さんの入った後のお風呂なんて入れるわけないでしょ!』
『授業参観? 笑われるから、絶対来ないでよね!』
こんなことを言うようになってしまうかもしれない。
こんな可愛い、天使が。
「ははは、ははは・・・」
「? パパどうしたの〜?」
「め、目にゴミが・・・」
とっさに目を押さえて、目にたまった涙を隠す。
そんなこと絶対にないと言いきれないだけあって、かなり不安だ。
・・・本当になっちゃったら、ショック死するかも。
「な〜にがショック死よ。玲菜ちゃん遺伝の子が、そんなこと言うわけないでしょ」
「読心術は相変わらずですね。・・・まぁ、そうだと信じたいですけど」
「心配性ねぇ、あんたは。・・・ん、来たわね」
「え?」
何のことかを聞こうとしたその時、
ピンポ〜ン♪
可愛らしいチャイム音が。
「あたしが出てきてあげるわ、あんたはちょっとここに居なさい」
「え? はぁ・・・」
てっきり、『あんた、さっさと出てきなさいよ』と言われるかと思っただけに、里奈の言葉は意外だった。
やっぱり、未来が生まれてからちょっと丸くなったのだろうか? かっこ悪いところ見せないようにと。
「パパ、だれが来たの〜?」
「う〜ん、誰だろうね。パパにもわからない」
本当に誰が来たのだろう。すごく気になるのだが・・・。
そう思った矢先、きぃとドアが開き、里奈が戻ってきた。
その後に続いて入ってきたのは・・・
「よ、元気だったか」
「みんな元気そうで何よりだね。お、未来〜おじいちゃんだよ〜」
「社長、あまり羽目を外しすぎないよう」
「父さん! 幸一さんにシリスさん!」
珍しい顔が次々と並んでゆく。
なかなか揃わないメンツだっただけに、このサプライズはかなり嬉しい。
明に関しては、ようやく未来の姿を見てもらえる。
「あ〜、おじいちゃんだ〜!」
嬉しそうに幸一に向かって駆けていく未来。その小柄な体を抱き上げ、幸一は笑う。
「ははは、未来〜ひさしぶり〜」
「うん! ひさしぶり〜! ・・・? ねぇこっちの人は?」
明の顔を見て、未来が不思議そうに幸一に尋ねた。
「こっちもおじいちゃんだよ〜」
「この人もおじいちゃんなの?」
幸一が抱えている未来を明に向け、対面させる。
未来にしてみれば生まれて初めて見る顔。
明にしてみても、玲菜の腹の中にいる時しか見ていない。
つまるところ、お互いは初対面、というわけだ。
「ほら、明。お前も何か言ってやれよ」
「・・・未来、俺もおじいちゃんだ。未来のお父さんのお父さんだ」
「そうなの〜?」
「あぁ、そうだよ」
「ん〜、それじゃあ2人ともおじいちゃんだね!」
「ん、そうだな。2人ともおじいちゃんだ」
子供の扱いになれていない明に、明るく話しかける未来。
この2人のやりとりが何だかおかしくて、刹那はちょっとだけ笑ってしまった。
・・・微笑ましい。自分も子供のころ、あぁだったっけ。
何だか懐かしくて、しみじみとしてしまう。
「あ、それより、今日って何かあるんですか?」
「あれ? 刹那君知らないの?」
「はい、里奈さんが何か後でわかるって言ってたので・・・」
「・・・それなら、夕食の最中に発表ということにしてはいかがでしょうか。刹那様は知らないようですし」
「そういうわけだ。刹那、もうすぐわかる」
みんなが何やら嬉しそうにそう言う。
幸一も明はもちろん、いつも無表情のシリスさんでさえも、珍しく微笑んでいる。
一体何があるのだろうか?
みんなの表情からしてそう悪いことではないだろうけど、それでも気になってしょうがない。
夕飯の時間が、いつも以上に待ち遠しいぞ・・・。
「みんな〜、できたよ〜」
大きな鍋を持ってきたエプロン姿の玲菜がキッチンからやってくる。
どうやら、みんなが来ることを知っていたらしく、まだまだたくさんの料理が運ばれてくるようだった。
「それじゃ食べましょ。未来ちゃん、お母さん手伝ってほしいって」
「うん! いってくる〜!」
里奈の言うことに素直に頷き、未来は台所へと駆けて行った。
もうじき夕飯。
何があるのかを少々不安がりながらも、刹那は初めて囲む大人数の夕飯を楽しみにしていた。
+++++
そこそこ料理も片付いてきたところで、刹那はずっと疑問だったことを切り出した。
「えっと皆さん、今日はどうして揃って集まってくれたんですか?」
「うん、そうだね。そろそろ言ってもいいんじゃないかな」
「確かにそうだな。刹那も、もう知りたくて仕方ないって顔してるし」
幸一と明が、何やらにやにやしながらそんなことを話し合う。
「では里奈お嬢様、お願いします」
「はいはい。それじゃ、発表しちゃうわよ〜」
いつになく上機嫌な里奈が、ごそごそとテーブルの下から何かを取り出す。
それが何なのかわからないうちに、里奈がこちらに向かってそれを差し出してきた。
「はい、これ」
「これって・・・えっ!? 結婚式場のカタログじゃないですか!?」
ウェディングドレスを着た新婦の姿が、花束を持ってにこりと微笑んでいる表紙は、どこからどう見ても式場のカタログ以外の何物でもない。
そもそも、だ。何でこんなものを里奈は渡してきたのだろうか?
だって、玲菜ともそういうことをまだ取りきめていないのに、周りが決めるなんておかしな話だし・・・。
「・・・えっと、それでこれは一体どういうことでしょうか」
「明日あんた達の結婚式やるから、よろしく」
・・・・・。
・・・。
え?
今、この人何て言った?
結婚式?
明日?
・・・・・。
本当に?
「・・・冗談ですよね?」
「本当よ。ほら、そのカタログの表紙の教会でやるから。予約もしちゃったし、キャンセルするとまたお金取られるわよ」
どうやら本当のようだ。それなら仕方がない。
キャンセルすると、別料金が発生だし、それならやるしかないな。
博人と恵利と理恵さん、来てくれるかな・・・仕事あるし、難しいかな。
・・・・・。
・・・って待って! ちょっと待って!
「あ、明日って!! し、式場とか、呼ぶ人とか、金とか!! 色々問題あるでしょ?!」
ようやく我に返った刹那が、里奈に抗議する。
「問題なしよ。全部クリア。それに、あんたも玲菜ちゃんと話し合ったんでしょ?」
確かに玲菜とはそういうことも話し合ったが、そんなのたった5日前のことだ。
誰だってこんなに早く、しかも自分の知らないうちに式を挙げることが決まっていると知ったら驚くに決まってる。
それに、結婚式というのは夫婦達が自分たちで選びながら計画を進めるものだ。
いくら里奈たちと言えど、勝手に決められたのでは玲菜が納得しないだろうし・・・。
「まぁ、あたし達が勝手にやらかしたことじゃないわ。玲菜ちゃんが持ちかけてきて、一緒に考えてこうなったわけ」
「えぇ!? れ、玲菜?! いつの間にこういうこと進めてたの?!」
「えっと・・・その、5日前から」
「話した当日に?! 行動がずいぶん早いですね!」
「思い立ったが吉日って、よく言うから・・・」
「いくらなんでも急すぎませんか?!」
「でも刹那、もう未来だって大きくなったし、このままだとうやむやになっちゃいそうだったから・・・」
・・・それに関しては刹那も悪いと思っている。資金は十分たまっているものの、何かと忙しくてずいぶん結婚式を延長させてしまった。
籍こそ入れているものの、やはり女性は綺麗なドレスを着て、ちゃんと教会で式をやった上での結婚がいいに決まっている。
玲菜もそうしたかったはずなのに、結局話し合ったのが5日前だ。それも、しっかりと話し合ったわけでもなく、こうならいいな、という実に抽象的なものだった。
これならば、玲奈が痺れを切らして話を進めたのも頷ける。
「えと、ごめんね。その・・・びっくりさせたかったから・・・」
「いいよ、気にしないで。俺も、そういうことに気を遣ってあげられなくてごめん」
「・・・自分1人で式のこと決めちゃって、怒ってない?」
「別にいいよ。むしろ、俺と一緒に決めてたらすごく時間がかかっちゃいそうだからさ」
刹那はそういう風に物事を決めるのが苦手なほうだ。
仮に玲菜と一緒に決めたとしても、たぶん足を引っ張ってしまって、逆に式を遅くしてしまったかもしれない。
そういうことを考えると、里奈たちに相談したのは正解だ。迅速に、玲菜の望むしっかりとした式を決めてくれただろうから。
「あんたパっと決めれないもんねぇ。式のこと決めるだけで1年かかっちゃうんじゃないの?」
「そんなにかかりませんからね?! 俺を馬鹿にしすぎでしょ?!」
・・・でも本当にそれくらい引き伸ばしてしまったかもしれない。ちょっと反省。
「ね〜おばあちゃん、けっこんしきってどういうことやるの〜?」
「おば・・・そ、そうですね。まず、お母様のドレス姿を見ることができます。
純白の綺麗な飾り物がついたドレスが、お母様の綺麗さを引き立たせてくれるのですよ。
それと、お二方の永遠の愛の誓いですね。
互いに宣言をし、そして神の名の元、結ばれるのです」
「? むずかしくてわからないよ〜」
「あ、そうですね。簡単に言うと、お母様の綺麗な姿を見ることができて、お父様とお母様の仲の良い光景を見ることができるのですよ」
「おかあさん、きれいになるの? もっと?」
「そうです。天使みたいに」
「未来もみられるの?!」
「もちろんでございます。
ただ、式の最中はお静かにしないとお邪魔になりますので、お喋りをしないで大人しく見ていましょうね」
「うん! じっと見てる!」
未来も明日の式が楽しみなのか、シリスのところではしゃいでいる。
親の結婚式を見られる子供なんて、一体この世に何人いるのだろうか?
普通は生まれる前か、生まれても物心がつく前ににやるだろうから、きっと式で見たことを覚えている子は少ないと思う。
そのことを考えると、未来は運がいいのかもしれない。
印象に残る、しっかりとした式にしなければ・・・!
「明よ〜。どうだ、心境のほうは?」
「・・・嬉しいさ。まさか、相手方はお前だとは思ってなかったけど」
「そりゃ俺もだ。何か、夢ん中にいるみてぇだ」
「確かにな。俺も、そんな感じさ」
「ふふふ・・・」
「ははは」
明と幸一の2人も、嬉しそうな顔をして笑っている。
親友同士だと、やはり何かとこみ上げてくるものがあるのだろう。今まで見たことない、とてもいい顔をしていた。
「・・・あ」
「? どうしたの刹那」
「俺、式の手順とかわかってないんだけど・・・」
「あとで教えるよ。明日のためのリハーサルしないとね」
「そうだな、手取り足取り頼むよ、玲菜」
「任せて。ちゃんと教えるから!」
そして浮かべる、とびきりの笑顔。
何だかんだで結構驚いてしまったけど、この笑顔が見られたからよしとしようかな・・・。
+++++
夕飯の後、明日の段取りを皆と話し合い、明と幸一、シリスに里奈はそれぞれ帰っていった。仕事はみんなもう1日だけ休むらしく、明日は思う存分祝ってくれるらしい。
それから時間も経ち、現在は午後10時半。
未来を寝かしつけ、刹那と玲菜は2人きりで式の手順について話し合っていた。
「・・・それから並んで式場を退場して、おしまい」
式の手順を1から10まで説明してもらい、刹那は覚えることの多さに溜息をついた。
「ん〜、結構大変そうだな。できるかな・・・」
一生に1度の大切な結婚式。刹那が緊張するのも無理はない話だ。
うまくいけば大切な思い出として死ぬまで残るが、失敗すれば嫌な思い出として記憶に刻まれてしまう。
玲菜にいい思い出を作ってあげるためにも、しっかりしなければ
「大丈夫大丈夫、楽しみながらやれば、ちゃんとできるよ」
「・・・うん、そうだな」
緊張しながらやるも、楽しんでやるも、同じ結婚式。
それならば、楽しみながらやったほうがいいに決まっている。
失敗したらどうしようとか、そんなことを考える必要なんてこれっぽっちもない。
精一杯楽しもう。玲菜が居てくれるんだ、心配することはない。絶対に大丈夫。
「・・・ねぇ、刹那」
ふと、穏やかな口調で玲菜が呼ぶ。
「ん?」
「初めて会ったときのこと、覚えてる?」
忘れるはずもない。あの雨の日のこと。
家に帰ってきてみれば、全身びしょぬれで倒れている女の子。
慌てて家の中に連れ込み、バスタオルで必死に拭いたのを覚えている。
「衝撃的だったよ、色んな意味でさ」
「だよね。・・・私ね、こうなるってあの時は思ってなかった」
始まりは命を奪われる側と奪う側の関係だった。刹那はターゲット、玲菜は殺し屋として。
それから始まる、長い月日。2人の関係も徐々に縮まっていき、終いには結婚するような関係になってしまった。
殺し屋とターゲットがこのような関係になるなんて、誰が聞いてもおかしな話。
でも、こうなってしまったのは確かなことで。それが強制ではなく、お互いが望んだことも確かだということで。
「殺し屋が、今じゃ普通の奥さんだもんな。誰もそんなこと考えられないよ」
「うん。とっても不思議」
そう言って、玲菜は笑った。
「何て言うのかな・・・色々運命的だよね。うん、運命」
「運命か・・・」
確かに、偶然にしては出来過ぎているし、かと言って誰かが仕組んだわけでもない。
それならば、刹那と玲菜がこうしているのも、きっと運命なのだろう。出会いから、こうなるまでの過程まで、すべて。
全てが予定調和の運命。予め定まっていることで、覆すことができないもの。
刹那は、これまでその運命に対してそういうイメージしか抱いていなかった。
未来が決まっているなんて、自分の可能性が全て潰されているのと同じことだから。
でも、今は違う。玲菜に出会わせてくれた運命に感謝している。
偶然だけでは絶対たどり着けないこの道を進ませてくれたことに、ただただ感謝だ。
「刹那・・・」
そう玲菜が呟いて、そっと刹那の手に自分の手を重ねてくる。
・・・同じなんだ、玲菜も。刹那にはわかる。
今玲菜は、紛れもなく自分と同じ気持ちなのだと。
「・・・明日さ、いい式にしような」
「うん、絶対ね」
幸せそうな玲菜の笑顔。
―――渡すなら、今だろう。
そう思い、刹那は隠しておいた小さな箱を、自分のポケットから取り出した。
「玲菜。これ」
「? え、これって・・・」
驚く玲菜。
中に入っているものが予想できたのか、ちょっと顔を赤くしてあたふためいている。
「いや、結婚式を計画しておいて今さら赤くならなくてもさ」
思ったことを口にしてみる。
「えっと、だって、その・・・」
「結婚式やるんだから、こういうのも予想してたんだろ?」
というより、予想できてなかったら式も何もないだろう。
当然、ありがとうと言って素直に受け取ってくれるとも思っていた刹那は、戸惑っている玲菜にちょっとだけ疑問を抱いた。
「・・・ごめんなさい、指輪のこと忘れてた」
何デスト・・・?
「・・・それじゃあさ、俺が今日渡さなかったら、明日どうなってんだ?」
「・・・たぶん、教会に指輪を預けるときに慌てることになったかも」
・・・よかった、今日渡すことにして。いや、本当に。
「・・・ちょっとやり直していい?」
「え? あ、うん」
さすがに今のじゃあんまりだ。全然ロマンチックじゃない。
っていうか、玲菜の爆弾発言で全て台無しになってしまった。
・・・ちょっとは空気読もうよ、俺のお嫁さん。
玲菜から指輪の入った箱を受け取り、1度だけ深呼吸をして落ち着く。
「では、改めて・・・」
刹那は玲菜の白くて綺麗な手を取り、真剣な表情をして玲菜の目を見る。
その顔は、さっき指輪を渡したときよりも驚いていて、いきなりの刹那の行動のせいか、ちょっと顔を赤らめていた。
・・・可愛い玲菜。
・・・俺の大切な玲菜。
ここまで来るまで色々大変だったけど。
平坦で歩きやすい道じゃなかったけど。
俺はここまでやってくることができた。
それも、玲菜が居てくれたから。
玲菜が隣にいなかったことなんて考えられない。
それくらい、大切な存在。
これからも、ずっとずっとそばに居てほしい。
「玲菜、俺と結婚してくれ」
綺麗な夜景もなくて。
贅沢な料理もなくて。
大して着飾ってもなくて。
テレビか何かでやるようなシーンには、似ても似つかなかったけれど。
それでも、この言葉を言いたかった。
「・・・・・」
玲菜の表情は、驚きから喜びへと変わっていき。
そして、目に涙を浮かべながら、
「・・・はい。刹那と・・・結婚、します・・・」
そう言ってくれた。
+++++
そして、結婚式当日。
刹那はタキシードに生まれて初めて身を包み、そしてそわそわしながら待機所のイスに腰掛けていた。
昨日なんだかんだ言ったものの、やっぱり本番は緊張する。そわそわして、全然落ち着かない。
「はぁ〜・・・」
落ち着きのなさを誤魔化すようにして溜息をつく。
玲菜に会って落ち着きたいものだが、今はできない。
ドレスを着こんでいるため、玲菜のいる部屋へと入ることができないのだ。
・・・本番までドレスを見るのはお預け、と釘も刺されたし。
「お〜い、刹那」
「こんにちは、刹那君」
「久しぶり、刹那」
懐かしい声がドアのほうからした。
顔を向けてみると、スーツという珍しい恰好をした親友3人がそこに立っていた。
博人と恵利に関しては、未来が生まれてから1度だけ。
理恵に関しては卒業式以来会っていない。お互い、忙しすぎて全然会う暇がなかったためだ。
それだけに、この3人を見るのは非常に嬉しい。
・・・そう、嬉しいのだが。
「お〜いおい、しっかりしろよ。何か死にそうな顔してんぞ」
「・・・それくらい緊張してるんだよ」
緊張のしすぎで、それどころではなかった・・・。何とも情けない。
「びっくりしましたよ、昨日いきなり里奈さんから電話がかかってきたときは」
「ホントホント。有給もらうの大変だったんだからね」
恵利と理恵が苦笑しながらそう語る。
・・・刹那と同様、この3人も昨日式のことを知らされたらしかった。
「ごめんごめん、俺も知らされたの昨日だったからさ」
「は? マジか?」
「まじまじ。びっくりさせたかったらしくてさ、玲菜と里奈さんたちで決めてたんだってさ」
「ふ〜ん。いいじゃないか、サプライズってのもよ」
「サプライズにもほどがあるっての・・・。本当にびっくりしたんだから」
TVのドッキリでも、たぶんこんなことはやらない。
「じゃあもう2つサプライズだな。驚き過ぎて腰抜かすなよ?」
「? 何だよそれ」
「ふっふっふ・・・。ま、そういうわけで、恵利。お前から言ってくれ」
「え、えぇ? 私から言うの?」
「お前の口から言ってもらいたいからな。頼む!」
「はいはい、わかりました。では、刹那君にお知らせします」
改まって、恵利がこほんと咳払いをする。
「えっと・・・私と博人君・・・結婚することになりましたっ!」
「えぇ!? 本当に!?」
「は、はい。その・・・・・プレゼントされて、結婚してくれって」
真っ赤になりながらも、嬉しそうにそう言ってくる恵利。
いずれはするだろうなと思ってはいたが、実際そう知らされると、改めてこみ上げてくるものがある。
・・・親友の幸せっていうのは、自分のことくらい嬉しいものなんだな。
「? あれ、でも指輪してないな。式挙げるまでしまっておくのか?」
「あ、いえ、プロポーズのときにもらったものは指輪じゃないんです」
「え? じゃあ花束とか?」
「いえいえ、これです」
恵利がさっと自分の顔を近づけてくる。
よくよく見てみると・・・何だかメガネが昔かけていたのと違う気がする。
それに何だか宝石みたいなものも埋め込まれてるみたいだし・・・ってちょっと待て。
「まさかメガネを渡して結婚してくれって言ったのかお前?!」
「当然だろ! メガネこそ至高の逸品! 指輪よりも価値のあるものだぜ!!」
「あんた変態通り越して犯罪者だよ! っていうか恵利もよくそれで結婚にOKしましたね?!」
「とっても嬉しかったですよ」
「ダメだ! 遅かった! 洗脳されてる!」
「洗脳なんて失礼な・・・。ま、冗談はさておき、指輪はお前の言う通り、式の時までしないでおこうって決めてるんだ」
「・・・冗談に聞こえないから止めてくれ」
本当にやりかねない、こいつなら。
「そんでもって、もう1つのサプライズだ」
「あぁ、どんなのだ?」
「ふっふっふ・・・聞いて驚け。ここに居る理恵さん、実は・・・」
「赤ちゃんができたそうですよ、刹那君。もう2ヵ月だそうです」
「あああああ!! 恵利ぃい!! 俺に言わせてくれよおおお!!」
「ふふふ、言いたかったものですから」
慌てる博人に、微笑む恵利。そして、その横で顔を真っ赤にしている理恵。
何というか、これは本当にびっくりだ。
博人と恵利の結婚はまだ予想できたが、理恵の妊娠の話ははっきり言って予想なんてできなかった。
「ほ、本当ですか理恵さん!」
「・・・本当。まだ、その・・・ちょっと実感ないけど」
ふかぶかと照れたように自分のお腹をさする理恵。
確かに、そう言われてみれば少しだけお腹が膨れているような気もする。
そういえば、玲菜もこの頃はあんな感じの大きさだったっけ。
「おめでとうございます! 理恵さん!」
「ありがと。色々あったけど、私もちゃんとした人見つけることできたから」
卒業式の日。
ちゃんと前へ進むと誓ったあの日。
理恵はちゃんとその誓い通り前へと進むことができた。
過去を振り切るのも、好きな人を諦めるのもつらかったけど。
それでも、前へと踏み出すことができた。
「・・・ありがとね。色々」
「い、いえいえ。俺何もしてないですし」
「ふふ、まぁいいわ。玲菜さん、やっぱり準備? 会いたいんだけど」
「お、俺も会いたいな。きっとメガネが似合う、綺麗な格好してるんだろな〜・・・」
「ひ、博人君・・・結婚しようって言ってくれたのに・・・」
「馬鹿野郎っ!! 俺が好きなのは・・・お前だけだ」
「博人君・・・」
「あ〜はいはい。お前ら、そういうのお腹いっぱいだから」
相変わらずの2人だ。
結婚してからもこうなんだろうか?
・・・だろうな。たぶん、子供が産まれても目の前でいちゃつきそうだ。
「パパ〜!」
元気のいい声でして、そのまま足にドン、と軽い衝撃が。
下を見てみると・・・未来が嬉しそうに笑いながら足に抱きついていた。
我が娘ながら可愛い。本当に、玲菜に似てくれてよかった。
「その子が未来ちゃん? あ〜、確かに玲菜ちゃんに似てるわね」
よしよし、と理恵が未来の頭を撫でる。
未来はそれが心地よいのか、目を細めてされるがままになっていた。
「大きくなるもんだな。5年でもうここまでか」
「そうですね。やっぱり、子供は育つのが早いです」
赤ん坊だった未来しか見ていない2人にしてみれば、そう言いたくもなるのだろう。
親である刹那は毎日見てるからそんなに違和感がないのだが、間が空いてしまうと急成長したかのように見えてしまのも無理ない。
「だれ〜?」
「みんなパパのお友達だよ。挨拶しような」
「うん! はじめまして! 未来です! よろしくおねがいします!」
深々とおじぎをする未来。
ここまでできるのも、玲菜と里奈の教えの賜物だ。
グッドだぞ! 未来!
「はい初めまして。・・・刹那の子の割には、ずいぶん礼儀正しいな」
「ひ、博人君。刹那君に失礼ですよ」
・・・俺はそんなに教育にだらしないイメージなのだろうか。
まぁ本当のことを言ってしまうと、未来は全部きちんとしてるからわざわざ言う必要がないだけだ。
食事の時も、寝る時も、起きる時も、どんなときでもちゃんとしている。
まったく、本当によくできた娘だ。・・・親ばかなのはわかってるけど。
「刹那様、準備はよろしいですか」
入って来たのは、制服に身を包んだシリス。
その言葉からすると、もう式の準備は整ったようだった。
「シリスさん、それじゃ玲菜の準備も?」
「はい。すでに終わり、あとは本番を迎えるだけにございます」
「わかりました。・・・未来、シリスさんのとこに行って」
「うん! ばいばいパパ〜!」
とてとてと、危なっかしくシリスの元に走って行き、刹那の足に抱きついた時と同様に、未来はシリスの足に抱きついた。
その未来を抱き上げ、片手でぎゅっと抱きしめる。
「御三方、そろそろ式が始まりますので、こちらへどうぞ」
「はい。それじゃ刹那、へまするなよ」
「がんばってくださいね、刹那君」
「しっかりしなさいよね! 見てるんだから!」
刹那にそれぞれ声をかけ、そして控え室から出る。
それを手を振って見送って、刹那は再び1人になってしまった。
すると、途端にまた緊張してくる。喋っているだけでだいぶ落ち着けたのに、みんながいなくなると本番のことを考えてしまう。
やっぱり結婚式っていうと・・・・・あれやるんだよな。キス。誓いの口づけとかで。
みんなが見ている前で、キス。
今までこっそりやってきたことを・・・みんなの目の前でやる。
「うわぁ・・・」
想像しただけで恥ずかしい。
自分の親にも、子供にも、親友たちにも、そして玲菜の両親にも、A・B・K社の幹部の皆様にもお見せしなければならないわけで。
そんなことをしたら恥ずかしさでどうにかなってしまうそうなこと間違いないわけで。
うろうろと室内を歩きまわり、その緊張を誤魔化す。
でも、そんなことをしても無駄なわけで。
かえって緊張感を煽る結果になってしまうわけで。
「・・・はぁ〜〜」
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、深呼吸をする。
緊張している一方で、玲菜のドレス姿を楽しみにしている自分がいる。
待ち遠しいんだけど、緊張するのは嫌だ。
そんな板挟みの気持ちにもやもやしながら、刹那は部屋中を歩き回っていた。
「新郎様、準備ができましたのでこちらへ」
「・・・・・」
「新郎様?」
「っは!! あ! はい! 今行きます!」
係の人が部屋へやってきたことにようやく気付き、刹那は慌てて部屋から出た。
+++++
{・・・やばい}
式場に入り、あとは新婦である玲菜が入場してくるだけなのだが、刹那の頭はもう真っ白だった。
見知った顔ばかりだが、この人の多さ。そしてこれからやることの重大さ。
それらを改めて実感し、もう思考が完全に固まってしまった。
・・・たぶん、今の俺は最高に格好悪い。未来だって見てるのに、何てことだ・・・。
そんな自己嫌悪に陥っていると、何やら観客たちの驚いたような声が聞こえてくる。
何だろうと思って振り向いて見ると・・・
「あ・・・・・」
そこには、完全な美が存在していた。
とにかく綺麗で、もはやそれはこの世とは思えないほどのもので。
でもそれは確実に存在していて。
―――絵のようだな、と思った。
輝くスタンドガラス。
純白のドレス。
美しい教会。
それらも全て絵の一部にすぎなくて、絵の主役である玲菜には敵わない。
もともと顔立ちの良い玲菜の顔をうっすらと覆っている化粧は、その顔だちを十分に引き立てており、この上もない美しさを完成させていた。
本当に人か? と疑いたくなるような、それほどの美だった。
やがて、玲菜を連れた幸一が自分のとなりまでくる。
そして、笑いながら肩を叩いてきた。
「・・・あとはしっかりね」
それだけ刹那に耳打ちをして、幸一は観客席へと戻っていった。
緊張しながらも、横にいる玲菜の顔を見てみる。
玲菜も気づいたのか、刹那の顔を見つめてくる。
そして、笑いながら言った。
「・・・刹那、何だかとっても困ってる」
「・・・緊張してるんだよ」
「ふふふ、そっか。・・・この格好、似合う?」
「あぁ、とっても。何か、綺麗すぎて腰抜かしそうになった」
「何それ、ふふ」
・・・やっぱり、玲菜は偉大だ。
がちがちに緊張していたのに、ちょっとした話をしただけで気持ちが落ち着いてくる。
やっぱり、人の心を穏やかにしてくれるんだ、玲菜は。
「それでは、始めましょうか」
気の良さそうな神父がそう言った。
「これより、木下 刹那さんと佐々木 玲菜さんの結婚式を開始致します」
高らかにそう宣言し、刹那と玲菜の結婚式は始まった。
+++++
「・・・話は以上となります。2人とも末永く、いつまでも幸せでおられることを、お祈りいたします」
話が終わり、式場内で拍手が起こる。
それに合わせて、刹那と玲菜も神父に拍手を送る。
・・・ためになる話だった。これからの生活で、何かと役に立っていくだろう。
「それでは、誓いの言葉に移ります。私の言った誓約をそれぞれ誓ってください」
こほん、と咳払いをし、神父はまず刹那に向かって口を開く。
「刹那さん、あなたは玲菜さんと結婚し、妻にしようとしています。
あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って夫としての分を果たし、
常に妻を愛し、敬い、慰め、助け、その健やかなる時も、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、
死が2人を分かつときまで、命の日の続く限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「ち、誓います!」
緊張しながらも、刹那はそう答えた。
神父は満足そうに頷くと、今度は玲菜のほうを向いた。
「玲菜さん、あなたは刹那さんと結婚し、夫にしようとしています。
あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って妻としての分を果たし、
常に夫を愛し、敬い、慰め、助け、その健やかなる時も、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、
死が2人を分かつときまで、命の日の続く限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「・・・いいえ、私はその誓約に誓うことはできません」
玲菜の言葉が、静かな教会内に響く。途端、教会内がざわめいた。
・・・当たり前だ、結婚式で誓約を拒否するやつがあるか。普通そんなことはありえない。
お互い納得して結婚したのだから、式で誓約を拒否することなどありえないのだ。
でも、玲菜は平然としていた。自分が刹那への愛を拒否したというのに、穏やかな顔をしていた。
そして玲菜は、ざわつく空気の中、凛とした透き通るような声で、言った。
「私は、死んだあとも刹那のことを愛し、ずっと一緒に居ます。
命が続く限りだと、死んだらお別れになるかもしれないので、その言葉には誓えません。
私達は、死んだあともずっと愛し合います」
「玲菜・・・」
そう、玲菜は刹那への愛を拒否したわけではなかったのだ。
生きている間の愛では全然足りない。死んだらお別れなんて悲しすぎる。
死んだあとも、ずっとずっと同じ道を一緒に歩いていく。それが、玲菜の誓うべき誓約だ。
神父は驚いたような顔をしていたが、やがて穏やかな笑顔になり、言った。
「わかりました、訂正しましょう。
玲菜さん、あなたは死した後も刹那さんを愛し、永久に真心を尽くし、永遠に同じ道を歩んでいくことを誓いますか?」
神父の誓約に満足したのか、玲菜はにっこりと笑って言った。
「はい、誓います」
それを聞いた神父は刹那のときと同様、満足そうに頷いた。
「それでは、指輪の交換をしてください」
神父に預けていた指輪を渡され、玲菜も同様に指輪を受け取る。
今まででたぶん、一番高い買い物だ。この日のためにと、ずっと決めてあった大切な指輪。
ゆっくりと玲菜に向き直る。
玲菜は微笑んでいた。その微笑みはいつもの玲菜のイメージとは違って大人びたもので、ちょっとだけドキッとしてしまう。
「・・・怒った?」
不意に、玲菜が口を開く。
「さっきのことか?」
「うん」
「・・・びっくりしただけだよ」
「ごめんね、どうしても・・・言っておきたかったから」
「あぁ、わかってるよ」
短い会話をしながら、玲菜の細くて白い指にそっと指輪をはめる。
同じようにして、玲菜も自分の指にはめてくれた。
そして、再び神父のほうへと向き直る。
「はい、結構です。では、誓いの口付けをしてください」
・・・ついにこのときが来た。たぶん、この結婚式で一番緊張する場面だろう。
みんなの前でキスをするのだ、すごく恥ずかしい。手早く済まえば大丈夫だろう。
・・・・・よし。
心の準備もできた。まだ心臓が高鳴っているが問題ない。
刹那は、まるで兵隊のようにカクッ、と90度向きを変えると、花嫁姿の玲菜のほうに振り返った。
そして、『勢いよく』玲菜の唇を・・・
「・・・・ん?」
「大事なことを勢いでやっちゃだめ」
玲菜の細くて白い人差し指が刹那の唇に突きつけられ、玲菜がむっとしたような表情で言った。
そこで刹那は、はっと気がついた。
・・・そうだ。今自分たちがやろうとしていることは、一生に一度の大切なことだ。
もう二度と訪れることのない、大切なこと。
自分の想いを相手に伝え、相手の想いを受け止める、大切な誓いだ。
そんな大切なことを、自分は恥ずかしいからと勢いで済ませようとしてしまった。
自分はそれでいいかもしれないが、玲菜は違う。それだと、玲菜が可哀想だ。
「・・・ごめん」
「うん」
玲菜はにこっと笑顔で頷いてくれた。・・・玲菜の笑顔はどうしてこんなにも綺麗なんだろう?
ずっと近くでその笑顔を見てきたはずなのに、ふと疑問に思ってしまった。
まるで女神みたいだ。・・・俺だけの。
{・・・・・うわ、顔が赤くなってきた}
自分で考えておいて恥ずかしくなってしまった。
照れているのを誤魔化すように、刹那は玲菜の肩に手を乗せ、ゆっくりと顔を近づけていった。今度は勢いなんかじゃない。自分の想いをたくさん込めて、玲菜にキスをする。
「・・・・・刹那」
「・・・・・ん?」
顔が間近にせまったそのとき、玲菜は刹那の名前を呼んだ。
そして、にっこりと笑って、言った。
「私ね、今とっても幸せだよ」
「奇遇だな。俺もだよ」
「刹那・・・・・」
もう一度、玲菜が刹那の名前を呼んだ。そして・・・・・
「大好きだよっ!」
刹那の唇に、玲菜は自分の唇を重ねた。
そして一瞬の間の後に来る、拍手。そして、
「「「「「わぁああああああああああああ!!!!!」」」」
一瞬遅れて聞こえてくるたくさんの人たちの歓喜の声。
教会は一瞬にして幸せに包まれ、中には涙を流しながら喜んでいる人も居た。
そんな幸せの中、刹那と玲菜は唇を離して互いを見つめ合った。
自分が愛する人。
自分の特別な存在の人。
おそらく、ここまでの感情を抱ける男女の組み合わせは世界にそうないだろう。
見つめあった2人は誓いの口付けを交わしたというのにもかかわらず、もう一度唇を重ねあった。
2回目のキスのことは、式の前に打ち合わせなどしていたわけでもない。
直前になって、どちらかがしよう、と誘いかけたわけでもない。
遥か昔にした約束を守るかのように、それが当たり前で、ごく自然なことのように、2人はキスをした。
拍手と歓喜の声は、いつまでも鳴り止まなかった。
この物語はこれで幕を閉じる。しかし、刹那と玲菜の幸せはまだ始まったばかり。
そして、それはこれからも続いていく。
親しい人たちに囲まれ、温かな家庭を築いた刹那と玲菜の幸せは、ずっとずっと続いていく。
いつまでも。
いつまでも・・・・・。
最終話です!
・・・長かったです。
お暇があればあとがきも見てやってください。
「殺し屋」、今までありがとうございました!