第152話 夕陽の丘で
里奈と幸一を闇医師の元へ送り届けた『相良』は、その後黒羽家の周辺で待機している幹部の元へと向かった。抗争が終わったことを告げるためだ。
黒羽家の雇っている殺し屋も出ておらず、戦闘になっていなかったのが幸いし、あっさりと幹部たちと接触することができた。
接触に成功した『相良』は、あった出来事を洗いざらい話した。里奈と戦ったこと、幸一が清十郎を暗殺したこと、そして抗争は終わったのだということ、全て。
最初、幹部たちは『相良』の言うことを信じなかった。油断をさせて、その隙に攻撃されるかもしれないからだ。・・・もっとも、そんなことをするほど『相良』は落ちぶれていないのだが。
いつまで経っても信じようとしない幹部たちに業を煮やしたのか、『相良』は好きにしろ、と一言言って、自身も闇医師の元へと向かってしまった。自身を苦しめた里奈の容態も気になったし、腕の治療もしなければならなかったからだ。
取り残された幹部たちには、もう『相良』の言うことを信じるしかなかった。抗争が終わったのだと思いこみ、A・B・K社へと向かう。
里奈と『相良』の戦闘のせいで、荒れに荒れていたA・B・K社の庭を見た幹部たちは、慌てて刹那と玲菜のいる地下シェルターへと向かう。
派手に破壊された扉の奥には、刹那と玲菜が手を繋いでベッドの上にただ黙って座っていた。2人とも、今にも泣き出してしまいそうなくらい不安な顔をしていた。
刹那たちに、「里奈と『相良』が出ていってしまった」ということを聞いた幹部たちは、『相良』の言ったことは紛れもない事実だということを知った。同時に、抗争の終わりを告げてくれた『相良』を疑ってしまったことを後悔した。
刹那たちに抗争が終わったことを告げた幹部たちは、半々に分かれて動き始めた。一方は他の幹部との接触、そしてもう一方は念のための刹那と玲菜の護衛。
無線を持ち合わせていたということもあり、すぐさま他の幹部たちを合流することができた。
集結した幹部たちは、まず先に幸一が搬送された闇医師の元に向かった。運びこまれた3人の容態が気になったからだ。
結論から言うと、3人とも命に別状はないとの診断結果だった。里奈はかなりの疲労と肩の複雑骨折だけだし、幸一も重傷だったものの、『相良』が急所だけは避けてくれていたため、数日の絶対安静で済んだ。
問題は・・・シリスだった。『相良』も本気ではなかったとは言え、殺す気で攻撃したのには変わりない。シリスは、本当に死ぬ一歩寸前だった。
何時間にもわたる手術の甲斐もあり、命だけは助かった。だが、安静にしていれば治るというわけにはいかなかった。
『左肩から指先まで、一生使い物にならないだろうね。神経から筋から全部駄目になっちゃってるし、たぶんほとんど動かないよ。
それに・・・右目。完全に潰されてる。左目はかろうじて無事だけど、距離間が取りづらいと思う』
医師から告げられた言葉が、それだった。
シリスの殺し屋としての人生が、終わった瞬間だった。
目と腕が使い物にならない殺し屋など、もはや活躍などできるわけがない。
かつて『witch』と呼ばれた殺し屋の末路が、これだった。
・・・でも、たぶん大丈夫だろう。
殺し屋としては駄目でも、A・B・K社の秘書として生きる道がある。
それでも最初は大変だろうが、あのシリスだ。きっと、無事にやり遂げてくれるに違いない。
それからまた月日が経ち、ずっと待ちわびてきた未来が生まれてきてくれた。
未来は女の子だ。成長していくにつれて、だんだんと玲菜に似てきているのが嬉しい。
予定より少しだけ早い出産だったが、生まれてきた未来は元気そのもので、今も病気1つせず元気に育ってくれている。
元気にすくすく育ちますように、という刹那と玲菜の願いは、見事叶えられたと言ってもいいだろう。
「風が出てきたな」
「うん、いい風」
春風の気持ち良い5月の上旬。刹那と玲菜、そして未来は、旅行に来ていた。
何でも、幸一が昔買った別荘らしく、夕陽と海が一度に見渡せるからオススメなんだとか。
最初は本当かどうか疑わしかったが、夕陽が沈む時間帯になると・・・なるほど、納得できる。
だんだんと暗くなってゆく空。
オレンジ色に染まった海。
沈んでゆく真っ赤な太陽。
聞こえてくる波の音。
これは、確かに素晴らしい。心が洗われるかのようだ。
「綺麗だな」
「うん、綺麗」
芝生の上に座り、2人並んで夕日を見る。
未来はというと、玲菜の膝の上ですやすやと寝息を立てている。
その顔は何よりも優しく、愛らしく、可愛らしかった。
か弱い存在、自分達親にとっては何よりも大切な存在。
そんな大切な人が、玲菜の膝の上で暢気に眠っている。
・・・可愛いやつだな、と少し笑ってしまった。
刹那は座っていた玲菜の隣に寄り、そっと肩を抱いた。
玲菜は何も言わないで、ただ微笑みながら刹那に抱かれていた。
やがて日は沈んでいき、海に沈みかけている夕日がより一層輝き始めた。
オレンジ色の柔らかい光が刹那と玲菜と未来を照らし、その眩しさに少し目を細めた。
「あのさ・・・」
刹那が話を切り出した。
玲菜は夕日を見ながら返事をした。
「うん・・・?」
「やっぱり、俺たち前にどっかで会ってないか?」
「うん、たぶん・・・どこかで会ってるよね」
「でも、どこで会ったっけ? 俺よく覚えてないんだよな」
「私も。わかんないや」
当然だ、わかるわけがない。
この2人の前世がかつて共に異世界で運命的に出会い、
共に戦い、
共に笑い、
共に泣き、
共に過ごし、
共に愛し合い、
そして、転生後必ず一緒の未来を歩いていく約束をしたことなど、
この2人には知る由もないのだから。
次で最終話です!
あと1話だけ「殺し屋」よろしくお願いします!