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第151話 朗報

「・・・ちょっと、待ってくれないか、『相良』君」






声がして、里奈は閉じた目を再び開いた。

聞こえるはずのない声。

誰の声かは、姿を見なくてもわかる。

でも、なぜここに?

立ち上がれる体ではなかったはずだ。

それなのに、どうしてこんなところまで?


「お父・・・さん」


今頃闇医師のところで治療を施してもらっているはずの幸一が、そこに立っていた。

とても立てる状態じゃないはずなのに、それでも確かに存在していた。


「里奈ちゃん、よく頑張ったね。あとは僕に任せてよ」


倒れている里奈に労いの言葉をかけ、そして幸一は『相良』と対峙する。


「・・・まだ動けたか。一体何をしにきた?」


「ちょっと確認にね。あの2人を殺すの、止めてもらえないかな?」


「悪いができない、仕事なんでな」


「・・・どうしても、できないかな?」


「どうしても、だ。・・・どうする? 力づくで止めてみるか?」


無事なほうの腕で、刀を構える『相良』。

普通なら泣き叫ぶほどの腕の激痛も、『相良』にしてみれば転んで擦り剥いた程度の痛みなのだろうか?


「いや、それはちょっと厳しいかな。1回負けてるしね。

それに僕はね、戦うために来たんじゃない。君に朗報を教えるために来たんだ」


「朗報?」


「そうさ。君の雇い主の黒羽 清十郎・・・











僕が殺した。もうこの世にいないんだよ」













*****




「清十郎様、こちらへどうぞ」


「うむ、わかっておる」


執事に連れられ、清十郎は地下通路を歩いていた。

先には黒羽の者しか知らない秘密の部屋がある。誰も来なくて、そして入ってこれない場所。

・・・完璧だ。『相良』を放して刹那と玲菜を殺させ、そして自分は事が終わるまで安全な場所でのんびりとワインでも飲みながら過ごす。

『相良』1人に任せれば、他の殺し屋も動かす必要がない。金を食うだけでろくな実力を持たない雑魚どもに動いてもらわずとも、確実性のある化け物1人を動かすほうがいい。

この仕事が終わったら・・・今度はどうしようか。邪魔な企業の頭を片っ端から潰してやろうか。

それとも、世界中の名高い殺し屋を『相良』に潰させてまわろうか。

考えるだけでゾクゾクする。もはや世界を手に入れたに等しい。やりたい放題だ。

長い階段を降り、そして部屋の目の前に着く。ここに入り、内側から鍵を閉めればもう誰1人入ってこれない密室が完成する。


「では今お開けいたします」


壁に隠れてあるボタンを押し、数字のついた盤を出現させる。

暗証番号は頭に入っているのか、執事の指には迷いがなく、次々にそれを押していく。


「・・・・・」


と、いきなり執事の手が止まる。

暗証番号を忘れてしまったのだろうか? いや、それはない。この執事は優秀だ。こんな大事なことを忘れるほど愚かではない。


「・・・どうした、なぜ開けん」


「・・・・・」


「おい」


清十郎の声に、執事は答えない。

何事かと清十郎が訝しんだその瞬間、執事は脱力し、だらしなく地面に倒れ込んだ。


「なっ!?」


そして頭からあふれ出る、血。

それはものの2、3秒で水たまりを作るほど大量に噴出していて、突然の出来事に清十郎は混乱する。


「な、なぜ・・・なぜこんな」


「慌てなさんなや。わかってんだろ? 死んだんだよ、そいつはよ」


後ろから聞こえるはずのない声が。

・・・馬鹿な、いるわけがない。

そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと振り返る。

そこには、瀕死の状態のはずの幸一が立っていた。

手には銃。そしてそれは、自分に向けられていた。


「な、なぜ貴様ここに!?」


「てめぇを殺すためだ。見ろ、傷だって縫ったままだ。大変だったぜ、移動中はふらふらするしよ」


馬鹿な・・・馬鹿な・・・!!

死にかけだったはずなのに!!

それなのに、こいつはわずかな治療を施してもらっただけでここまで動くことができるのか!!

ありえない。途中で力尽きるはずだ。ここまで来られるわけがない!!


「・・・驚いてるな。俺だって驚いてる。

人間ってのは不思議なもんでよ、こんな状態でも動けるらしい。

てめぇのおかげさ。てめぇが俺を怒らせなければ、たぶん俺はここまで来られなかった」


幸一が笑って言う。

・・・完全な誤算だった。他の殺し屋など必要ないと思っていた清十郎を、今は誰も守ってくれない。ボディーガードだった『相良』も今はおらず、自分は武器1つ持っていない。

一方的に、嬲られるだけの存在だった。


「こ、この場所は黒羽の者しか知らぬはず・・・なぜわかった」


苦し紛れに、清十郎が幸一に尋ねる。


「おめでたい野郎だ。俺が何もしないで『相良』に半殺しにされたと思ったか。

発信機だよ。それでてめぇの場所がわかった。

・・・・もっとも、発信機のことを『相良』は見逃してくれたみたいだったがな、壊されてたりでもしたらアウトだった」


発信機・・・確かに、ここは電波の妨害をしていない。外部の情報を取り入れるためだ。

それが仇となって自分の居場所を知らせてしまったという結果になる。・・・何と間抜けなことか。おかげで、この様だ。


「さぁ・・・死ぬ時だ、覚悟しろ」


「・・・こ、幸一よ、取引きをしようじゃないか」


「あ?」


「儂を生かしておいてくれれば、『相良』に連絡を取って2人の暗殺を止めてもらうよう命令しよう。

損害を与えたそちらには多額の金を払う。それでも気に入らなければ、これからA・B・K社のほうにかなりの仕事を回してやる。

・・・どうだ、悪くない条件のはずだ」


「・・・・・」


「やりすぎたと反省をしている。それは詫びの印じゃ。な? 頼む、命だけは助けてくれ」


必死の命乞い。清十郎は誇りも面子も全て捨てて、幸一に助けを求めていた。

世界に名高い大富豪の黒羽家の頭首としての威厳はもはやなかった。

恐怖し、脂汗を流し、そして隙あらば逃げようとしている。

・・・どの口が言うんだ。

どの口が、そんな言葉を吐くんだ。


「・・・ふざけるな」


「?」


「ふざけんなこのクソ野郎がぁあああああああ!!!!」


幸一の怒声の後に放たれる1発の弾丸。

その弾丸は、清十郎の足に見事命中していた。


「ぎぃいああああああ!!!」


撃たれた箇所を手で押さえ、清十郎は悶絶する。

初めて味わう、焼けるような痛み。

後からじわじわと痛みが徐々に広がっていき、傷口からは大量に血が流れる。


「命だけは助けてくれだと? さんざん罪のない人間の命を奪ってきたてめぇが、今さらなに言ってやがんだっ!!」


「うっぐ・・・ぐぅあああ」


死を怖がり、幸一から逃げるようにして地面を這う清十郎。

そこには、もう威風堂々としたあの姿はない。生にしがみこうと無様にあがく、醜さしかなかった。


「こんな・・・こんなやつに早苗ちゃんは・・・」


「ひぃ!! うぎ、うぅぅ!!」


怒りが沸いてくる。

散々人を殺しておいて、自分の番になると急に態度を翻すこの様に。


「てめぇさえ・・・てめぇさえいなかったら・・・」




こいつさえいなければ。




害悪としか呼べないこいつさえいなかったのなら。




あの幸せだった2人は・・・。




・・・早苗は。










「あいつらは、もっともっと幸せでいられたはずだったんだっ!!」











パシュッ! と、サイレンサー独特の銃声が耳に入る。


銃弾は清十郎の額に命中し、そして貫通する。


あれだけ騒がしかった絶叫も消え失せ、静寂が辺りを包み込んだ。


「・・・・・」


撃った銃を下ろし、幸一は清十郎の死体を見る。

・・・全ての元凶だった清十郎。殺してみれば、実に呆気ないものだった。

本当に、殺したのかと疑いたくなるほど。


「・・・・・」


清十郎は確かに殺した。だが、これからどうすればいいだろうか?


おそらく、『相良』はもう進撃している。幸一自身が半殺しにされてから、およそ3時間程度。この時間の中に、この戦局が動かないわけがない。それは当然、『相良』がA・B・K社の敷地内に侵入している可能性があるということを指している。


ここへ来る際に察知した、幹部たちに清十郎を暗殺したことを知らせ、A・B・K社に行ってもらえれば一番いいのだが、黒羽家から殺し屋が出ないとは言い切れない。もし自分がそのことを幹部に頼み、抜けた穴のせいで殺し屋たちの進撃を止められなければ・・・ゲームオーバーだ。


幹部たちには頼めない。ならば答えは1つしかない。幸一自らA・B・K社に行くのだ




行こう、A・B・K社へ。早く行かないと、手遅れになるかもしれない。




行って、そして終わらせよう。




「・・・待ってろ、玲菜、刹那君」


ぽつりとそれだけ漏らし、幸一は全速力でその場を後にした。





*****





「・・・嘘ではないようだな」


「ん? わかっちゃう?」


「お前の心が本当だと言っている。清十郎は、確かにお前が殺したんだろう」


構えていた真っ白な刀を腰の鞘に収め、『相良』は溜息をついた。


「・・・初めてさ、仕事を失敗したのも、ここまでやられたのも」


「2人は、諦めてくれたのかい?」


「あぁ。もう、やる必要もなくなったしな。それに・・・あの2人は、何だか殺したくなかった」


お互いを信頼し合って、死ぬ寸前だというのに取り乱さず、ただ来たるべき運命を2人で待ち受ける。

ここまでの感情を持ち合わせている人間はそうそういない。たくさんの人に死を運んできた『相良』だって、生まれて初めて見たのだから。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・この戦いに参加してる殺し屋って、もしかして君だけなのかな?」


『相良』は止まったが、他の殺し屋が止まったとは限らない。『相良』は清十郎に一番近い殺し屋だから、もしかしたら内部の事情を知っているのかもしれないと、幸一はそう尋ねた。


「清十郎の話では俺1人だけらしい。俺の実力が見たかったのと、多額の金を専属の殺し屋たちに払いたくなかったのと、両方だ。

・・・清十郎を殺した時点で、この戦いは貴様らの勝ちだということだ」


「そうか・・・よかった」


心から安堵のため息を、幸一はついた。他の殺し屋が動いていればどうしようかと思ったが、実際に動いていたのは目の前の『相良』1人だけ。ここまで来る際にずっと感じていた不安が、杞憂に終わった瞬間だった。


「金は貰えないが、悪くない仕事だった。里奈とも戦えたしな」


「失敗したのにかい?」


「あぁ。この戦いは俺にとって、国1つ買えるほどの金以上に価値があるものだ。生まれて初めて、戦いが楽しいと思ったからな」


「ふふふ、そっか。ならどうだい? うちに来ないかい?」


「?」


「ちゃんと給料も払うし、里奈ちゃんが許可すれば、殺さないんだったら戦ってもらっても構わないよ。

いつでも里奈ちゃんと戦える環境があるのは、とっても魅力的だと思うけど?」


「・・・・・」


ほんの少しだけの沈黙の後、『相良』はぼそっと答えた。


「・・・考えておく」


「うん、検討をしておいてよ。それより、君はこれからどうする?」


ぼぅっと立っている『相良』に、幸一が尋ねた。


「とにかく、貴様をもと居た場所に戻す。死にかけが無茶をしたんだ、それ以上無茶をすると、本当に死ぬぞ」


「意外だね、さっさと帰っちゃうかと思ったんだけど」


「・・・里奈には楽しませてもらったからな。その礼さ」


「ふぅん。まぁいいさ。それじゃ・・・あと・・・頼む・・・よ」


言い終えたと同時に、幸一は地面に倒れ込む。必死に繋いできた意識が、安心して途切れてしまった、というところだろうか。


「・・・ふ」


倒れた幸一に近寄り、無事なほうの腕で抱える。・・・よくもこんな体でここまで来られたものだと感心してしまう。それほど、幸一の体はボロボロだった。自分が痛めつけただけに、それがよくわかる。

そしてゆっくり歩き、横たわっている里奈に今度は近づく。


「・・・よかった、わ。ホントに」


苦しいのか、里奈は無理に笑顔を作って見せた。

息も荒く、どれだけ体のダメージが大きいかを教えてくれている。


「お前らにとっちゃな。・・・立てるか?」


「無理・・・。腕くらいなら、何とか動かせる。・・・ものすごく、肩、痛いけど、ね」


「わかった」


そう言うと、『相良』は一旦幸一を雪の上にそっと下ろす。

そして横たわっている里奈の体を起こし、それを背負う。


「そのまま何とかしがみついてろ。振り落とされるなよ」


「わかってる。・・・ってか、これ、胸当たるん、だけど」


「・・・嫌ならここに放置していくが?」


「・・・別に、構わないわ。欲情、しないで、よね」


「誰がするか」


ぎゅっと肩に回された里奈の腕に力が入ったのを確認し、『相良』は幸一の体を抱える。

片手が動かせない状態で2人を運ぶのはきついが、できないことはない。このまま何とか目的地まで行ってみせる。


『相良』は地を蹴り、なるべく衝撃を与えないように、けれどもかなりの速さでその場を後にした。








・・・かくして、A・B・K社と黒羽家の抗争は終わりを告げた。

刹那と玲菜は生き延び、そして未来もまた生き延びた。

『相良』という伝説を敵に回しながらも、A・B・K社は勝利したのだった。


あと2話だけ、どうぞお付き合いください!

「殺し屋」よろしくお願いします!

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