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第149話 里奈の才能

底なし、という言葉がある。『相良』の強さはまさにその言葉がふさわしかった。

限度がなく、底がいつまで経っても見えてこない。最初に攻撃された時でさえ恐ろしい速さと攻撃だったのに、それが徐々に強まってきている。

もはや里奈は加速した『相良』の姿を見ることができず、次々に襲いかかってくる刃をぎりぎりのところで防ぐことだけで精一杯という苦戦を強いられていた。


「んっ!!」


もう視覚などあてにならず、わずかな大気の揺れと空気を斬る音だけで反射するしかなかった。

頭を狙ってきた斬撃を防いだ思ったら、コンマ何秒かの後にすぐさま足を防がなければならない。それを何とかはじき返しても、今度は背中から刀を振り下ろされる。ランダムで素早い攻撃を数多く出されては、里奈も反撃できるわけがなかった。


「ふふ、やはりか。ふふふ、頑張ってるじゃないか」


「話しっ!! かけんじゃっ!! ないっ!! わよっ!!」


しかしながら、里奈の強さは『相良』の目論見通り、徐々にではあるが確実に高まっていた。

普通なら呆気なく死んでいるはずのこの状況で生きていられるのも、とてつもない速さの『相良』の攻撃を防げているのも、里奈の中で眠っていた『適応力』のおかげであった。




『青は藍より出でて藍より青し』




かつての英雄である『witch』を里奈は遥かに越え、そして今『相良』をも越えようとしていた。

その証拠に、必死に防いでいる里奈の顔にも若干の余裕が出てきており、『相良』の動きが見えるほどに目が慣れていた。このたったの1分程度の時間の中でだ。その成長の速度は、『相良』でさえ目を見張るものであった。

『相良』の手抜きも、もうじき終わりを告げる。本当の力で里奈と戦う時が、一歩、また一歩と近づいているのだ。長年待ち続けてきた、全力でぶつかるその時が。

刀を振るう手に力がみなぎってくる。自然に浮かんだ笑みは抑えられず、心臓が張り裂けそうなくらい高鳴っている。

『相良』の今の心境は、新しい遊びをやろうとして友達に声をかけている子供と同じだった。純粋で、自分の行為に一点の曇りもなく、そして邪念が一切ない。今からくる楽しみに打ち震え、そして開始されるまでの時間を楽しんでいる。

自分のやるべき仕事のことなどとっくに頭から離れ、『相良』はただ盲目的に刀を振るう。周りなどもはや見えておらず、あるべきはずの理性は『楽』という感情に完全に支配されてしまっていた。


―――もうじきだ。


もうじき、人生で一番楽しいことが行われる。


『相良』の心の中にあるのは、それだけだった。





*****





見えない暗闇から繰り出される連撃を、里奈は臆することなく冷静に捌く。


「くっ!! んっ!!」


捌き切ったと同時に、頭上から振り下ろされる斬撃を刀を盾にして両手で受け止める。あれほど無茶苦茶だと思っていた『相良』の動きを、里奈は完全に読むことができるようになっていた。

・・・自分がたったの数十秒でここまで成長できるとは、夢にも思わなかった。限界だと思っていた自己の能力が急激に上がり、そしてどこまでも伸びてゆく。

そういえば、長らく自分より遥かに強い相手と戦ったことなどなかった、と里奈は思い出す。仕事ではいつもターゲットを暗殺して終わりだし、殺し屋とまっ正面から戦うことになっても、手こずることなくあっさり倒してしまう。

だから成長しなかったのかもしれない。自分より弱い者をあっさり倒して得られるものなどないに等しい。仕事に差し支えがないほどの力があるのだったら、それ以上の力は必要ないと判断した里奈には、向上心というものがなかった。

向上心がなければ、里奈の持っている驚異的な『適応力』は存在しないものと扱われてしまう。強い者と戦うことで初めて発揮される能力なのに、弱い者とぬくぬくと戦っていてはその能力が生かされるはずもなかった。

だが、ふと疑問に思う。一昔前、里奈より格上だったシリスと訓練と称して戦ったことがあった。里奈はギリギリまで粘ったものの、結局は負けてしまった。

その時、なぜこの能力に気づかなかったのだろう。シリスは、確かに里奈を上回る実力を持っていたというのに。


「考え事か?」


空から言葉が降ってくる。

それとほぼ同時に振り下ろされる刀を薙ぎ払いながら、里奈は言い返す。


「ま、そんなとこよっと!!」


言い終えたと同時に地を蹴り、『相良』に急接近しつつ刀を振り下ろす。

当然ながら『相良』は黙って受けるわけもなく、あっさり里奈の後ろに回り込んで一閃を加える。

里奈は攻撃されることがわかっていたのか、瞬時にしゃがみこんで斬撃をかわし、後ろに跳んで距離を取る。

・・・さて、次はどうしようか、と考える。

『相良』はおそらく今油断している。徐々に力を上げてきているということは、里奈自身の能力は自分より下なのだと判断している何よりの証拠。

里奈が勝てるとすれば、この油断を利用した一撃しかない。これ以上の攻撃はしてこないだろうと思わせておいて、ありったけの攻撃を仕掛ければ、いくら『相良』といえど倒れるに違いない。




やるんだ。




やらなければあの2人は守れない。




倒すんだ、何としてでも。




{・・・あぁ、そっか}





無意識のうちに浮かんだその言葉。





それが、答えだった。自分がここまで強くなることができた唯一の答えだった。







「・・・あんたさ、『守りたいっていう思いがあれば人は強くなれる』っていうの、信じる?」







不意に放たれる里奈の言葉。

『相良』は、質問の意図がわからないまま、あっさりと答えた。


「信じないな。そんなのは妄想だ。人は思いだけでは強くなることなんてできない」


「そう、あたしも同じ意見『だった』わ。でもね、それは本当のことだってたった今わかったの」


「・・・ほう?」


「あたしだって思いの強さがあれば人が物理的に強くなるとは思わない。

どんなに守りたいって思っても、いきなり力が湧き出してくるなんてことは絶対にないから」


シリスと戦って、そして負けたとき。

なぜあの頃の自分は、今の能力を発揮できなかったのだろうか。

今ならわかる。シリスは・・・






・・・倒すべき相手じゃなかったからだ。






「守りたいって思えばね、容赦がなくなるの。

切羽詰まってるから、手加減とかそんな余裕がなくなっちゃうのよ。

だから強くなる。相手をどうしても殺さなきゃならないって思ったから、あたしはここまで強くなったのよ」


里奈は、今までこんな状況に陥ったことなどない。絶対に守らなければならないとか、こいつだけは倒さなければならないという敵に遭遇することなどなかった。あるのは、向かってくる火の粉を払うだけの自己防衛だけ。

確実に倒せるだけの力を出して、そして撃退する。そこには少なからず手加減があった。全力で戦わなくても勝てるという、完全な油断と自信があった。

シリスと戦った時だって同じだ。殺すなんてとんでもないし、必ず勝たなくてはならないと気負う必要もなかった。だから、里奈は知らず知らずのうちに手を抜いていたのだった。

でも、『相良』は違う。手加減など許されず、かと言って逃げることもできず、確実に倒さなくてはいけない敵だ。

だからこそ、容赦がなくなる。自分の身を省みず、何としてでも倒さなくてはならないのだから、『殺す』ということに躊躇してはならない。

容赦という壁がなくなった今、里奈の才は発揮するのを妨げるものはもはやなくなった。眠っていた才能が思う存分発揮され、結果『相良』と対等に戦えている。


「・・・なるほどな。容赦がなくなったから、か。納得できる答えだ」


「ま、あんたが来てくれたからこんな風になれたんだろうけどね。その点だけに関しては感謝してあげるわ」


「ふふ、礼には及ばないさ。俺だって感謝してるからな」


「あたしと戦うことに?」


「あぁ。さっきからうずうずしてたんだ。・・・さぁ、もう準備はいいだろう。全力で戦わせてもらう」


薄い笑いを浮かべ、『相良』はそう告げる。

・・・だが、させるわけにはいかない。『相良』には悪いが、長々と戦いを続けている暇はないのだ。

戦いが長引けば、里奈が不利になるに決まっている。いくら急成長と遂げたからと言って、スタミナまで上昇しているわけではない。

呼吸を荒くしている里奈と、まだ余力がある『相良』。長期戦がどちらに有利に働くか、言わずともわかるだろう。

決着をつけるとしたら、今だ。『相良』がまだ全力を出していない今しかない。

だが、真っ向から勝負を挑んだのでは攻撃を防がれるか、かわされるかしてしまう。あと1回の攻撃で決着をつけるには、それを避けなければならない。

・・・勝算ならある。先ほど偶然に見つけた『あれ』を使えばいい。盲目的に自分との戦いを求めていて、周りのことが見えていない今の『相良』ならば、たぶん引っかかってくれるはずだ。


「・・・お楽しみにしてるとこ悪いんだけどさ」


「ん?」


「終わりにさせてもらうわっ!!」


それだけ言って、里奈は勢いよく地を蹴った。


おかげ様で100万hitです!

ありがとうございます!

もう少しだけ「殺し屋」にお付き合いください!

よろしくお願いします!

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