第145話 進撃は止まず
「・・・・・」
もう立ち上がれなかった。
自分の仕掛けた罠をかかる前に破壊し、そして自分の攻撃をことごとく避ける。
罠の中に逃げ込んでも『相良』は追いかけてきて、攻撃せずにただ遊ぶ。
自分の力にそれなりの自信を持っていただけに、この戦術を破られた幹部の心は折れ、圧倒的な力そのものである『相良』の前に跪いていた。
「終わりか?」
「・・・はい、もう、罠は、尽きました」
「そうか」
黒と白の仮面。
『相良』の表情はそれで隠されていて、今どんな表情をしているのかまったくわからない。
笑っているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか。
それがわからないだけに、幹部は『相良』が怖くて仕方がなかった。
・・・自分は馬鹿だった。
やはり、最強に勝てるわけがなかったのだ。
今さら、とてつもない後悔に襲われるが、もう遅い。
あとは・・・殺されるだけ。
「・・・少しだけ、面白かった」
「・・・?」
「少なくとも、あいつよりは楽しめた。トラップをここまでうまく使うやつも、久し振りに見た」
仮面の奥から聞こえてくる声。
それが何を意味しているかもわからず、幹部はただ目の前の『相良』を見つめていた。
「その駄賃だ。生かしてやろう」
真っ白な刀を仕舞い、『相良』はA・B・K社の入り口を蹴破り、悠々と侵入していった。
その後ろ姿を追いかけようとして・・・足が震えて立てないのに気がついた。
どう頑張っても立ち上がれなくて、追わなくてはならないのにどこかほっとしたような気持ちでいる。
・・・情けなかった。所詮は自分も人の子。玲菜と刹那を守ろうと動いても、結局は自分の命が大事という事実。
何も恩を返せていない。足止めも失敗。時間稼ぎにしても、誰かが助けに来てくれるわけでもない。
何だったのだろう。自分のあの時の気持ちは・・・。
「優子さんっ!!」
「?」
半分放心状態のまま、声がしたほうを振り向く。
そこには・・・今もっとも顔を合わせたくない人物が立っていた。
来るはずのない人。
それが、なぜ?
「あ〜よかった・・・生きてた」
「・・・里奈さん」
「戦ったの? 相良と?」
何も言えず、ただ頷く。
・・・あっさりと負け、そして2人を守ろうともせず、ただこうして黙っている自分。
どの面を下げてこの人の前に顔を出せる?
頼む、と信頼されて任された結果がこの様だ。
会わせる顔なんて・・・あるわけがないじゃないか。
「怪我は?」
「・・・ない、です」
「よかった。それじゃ、早くここから逃げて。なるべく遠くに」
「・・・怒らないん、ですか?」
「は? どしてよ」
「・・・足止めも、できなくて、動けなくて、追いかけられなくて」
「ぜ〜んぜん。大体、『相良』に会ったら逃げろって言われたんだから当然じゃない。
逆に感謝してる。立ち向かってくれて、ありがと」
いとも簡単に許してくれた。
拍子ぬけしてしまうほど呆気なく。
それだけに、ますます自分が情けなくなってしまう。
「負傷は・・・してないみたいね。それじゃ、早くここから避難して。なるべく遠くにね」
「・・・里奈さんは、どうするん、ですか?」
「『相良』を追っかけるわ。・・・たぶん、死んじゃうんだろうけど」
苦笑いしながら、それを大したことじゃないように里奈は言ってのけた。
・・・なぜだ?
なぜこの人は立ち向かえる?
自分は駄目だった。
守りたいと思ったけど、結局動けなくて。
追いかけたくても追いかけられなくて。
何より、死にたくなくて。
そして今、ここでこうして佇んでいる。
この人だって同じはずだ。死ぬのが怖いはずだ。
自分と同じはずなんだ。
それなのに、どうしてだ。
死んじゃうかもしれないって、今言ったじゃないか。
殺されれることがわかってるんじゃないか。
それなのに、なぜ立ち向かえるんだ?
どうして、そこまでできるんだ?
「・・・何か、言いたそうね」
「・・・はい」
「手短にお願い、もうそろそろ行くから」
「・・・どうして、そこまでできるん、ですか?」
「ん〜・・・そうね」
ぐっと足を曲げながら、里奈は答えた。
迷うことなく、そして簡潔に。
「あたし、あの2人が大好きだからっ! それだけっ!」
たったそれだけを言い残して。
里奈は全速力でA・B・K社に突入して行った。
・・・大好きだから。
たったそれだけのことで、死ぬるのだろうか?
自分にはわからない。
わからないけど、これだけはわかる。
「・・・あの人には、敵いません、ね」
苦笑しながらそれだけぽつりと漏らし、優子は震える足で立ち上がってその場を後にした。
もう少しだけ「殺し屋」よろしくお願いします!