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第143話 全速力で

黒羽家の敷地に侵入し、そして計画を開始してから20分ほどが経った。

各自幹部と里奈は黒羽の殺し屋たちが屋敷から出動してくるのを、今か今かと待ちわびていた。

・・・何もしていないと、不安なのだ。こうやって、ただ黙って待っているのは。

だが、その殺し屋たちはいつまで経っても出てきやしない。てっきり早めに動いてくると予想していただけに、この遅さは幹部たちのイライラを募らせていた。

ある者は何度も銃からマガジンを取り出して銃弾を確認したり、またある者は武器である針を近くにある木を目がけて投げたりしていた。

幹部たちが苛立ち始める中、ただ1人里奈は冷静だった。


{・・・おかしい}


自分たちが来るということはすでに相手方にはわかっているはずだ。

それなのに、なぜ屋敷から出てこないのだ。

おかしいじゃないか。放っておけば踏み込まれてくるかもしれないのに、それをわざわざ放置しておくなんて理にかなっていない。

罠だってこのメンツだと意味を成さないし、絶対突破できないなどということはない。

中に大規模な爆弾を仕掛け、自分たちが入ってきたところをを狙って爆殺するという手もあるが・・・それよりももっと嫌な予感がしてならない。


{様子・・・見てきたほうがいいか}


シリスが遅いということも気になったし、動きがないのも気になる。ここは乗り込んで様子を見てきたほうがいいだろう。

中に爆弾が仕掛けられていたとしても、自分とシリスだけが死ぬだけで他の幹部は無傷だ。自分たちがいなくとも、何とかしてくれるはず。

よし、と意気込み、黒羽家へと向かう。・・・一体、何がどうなっているのだろう。





+++++





世界に名高い黒羽の屋敷だが、見張りは1人もついていなかった。

もちろん防犯カメラは設置されているものの、それだけの防犯設備だった。こんなもの、殺し屋にとっちゃおもちゃに等しいものだ。まるで意味を成さない。

なぜ殺し屋を配置しない? 殺し屋を止めることができるのは殺し屋だけだ。

それなのになぜいない? 気配を殺しているとしても、自分が感じ取れないほど上等な殺し屋がごろごろいるわけでもないだろう。いるとしても『相良』くらいだ。

殺し屋も配置されておらず、どうぞ入ってくださいと言っているような防犯設備。

・・・何だこれは。無防備にもほどがある。

妙な胸騒ぎを感じながら、里奈は高い塀を乗り越える。


「・・・?」


ふと、屋敷の屋根に目が行く。

何か黒い物体が、積もった雪の上に雑に置かれていた。

布きれで覆われているのか、夜風に吹かれてパタパタと軽い音を鳴らしていた。

そう、一般人にはそう見える。

月明かりしかないこの状況下では、訓練していない人間はそれにしか映らない。






だが、里奈にはわかってしまった。






訓練をしているだけに、その物体の周りの雪が真紅に染まっていることにも。






そしてその物体が・・・シリスだということも。






「・・・っ!!」


血の気が引き、大慌てでシリスの元に寄る。


「シリスさん・・・?」


恐る恐るその名を呼ぶ。

ぐったりとしていて、まるで反応がない。

あんなに強かったシリスさんが、なぜこんなことに?

・・・決まっている。『相良』しかいない。

あいつしか、こんな真似できるわけがない。

殺し屋がこんな末路を歩むのは当たり前だ。

それはもちろん、シリスだって例外ではない。

いずれくる時がくるだろうと、里奈だって覚悟はしていた。

だが、現状を目の当たりにした里奈は完全に動けなくなってしまった。

シリスさんが・・・今までずっとそばに居てくれた母親のような人が。

血まみれで倒れていて、生きているかどうかも定かではない。

あっさりと受け入れることなんて、できやしなかった。


「あ・・・あ・・・」


しっかりしないといけない。

こんなところでうろたえてなどいられない。

・・・自分にそう言い聞かせても、体が動いてくれない。

情けない声を出して、泣き出しそうになる。

自我が・・・崩れてゆく・・・。






「・・・そんな、情けない、声・・・出さないで」






「シリスさんっ!」


真っ青な顔をしたシリスが、弱々しくそう呟く。

かろうじてだが、生きているようだった。

・・・よかった、生きていてくれた。死んではいなかった。


「今、すぐ・・・A・B・K社に・・・」


「? どうして? 何があったの?」


「・・・奴が、『相良』が・・・私の・・・心を・・・」





*****





『・・・情けないものだな。かつての英雄が、死ぬ寸前だ』


『・・・っぐ、あ』


『さて、ターゲットの居場所を吐いてもらおうか』


『・・・・・』


『言わないつもりか。まぁそれでも構わん』


『? ・・・何、を』


『質問する。刹那と玲菜の居場所はどこだ?』


『・・・・・』


『・・・・・なるほど、A・B・K社の地下シェルター、か』


『!? ・・・な、ぜ』


『読心術、だな。悪いが、貴様程度なら読ませないようにしても無理やり読み取れる』


『・・・そん、な・・・そ、んな・・・』


『・・・さて、殺しに行くか。貴様もじきに死ぬだろう。己の力のなさを恨みながら死んでゆけ』


『ま、て・・・まって・・・』





*****





「そんな・・・それじゃもうあいつ、A・B・K社に向かってるの?!

・・・そうだ! 清十郎は?!」


「・・・おそ、らく、もうこの屋敷、から・・・」


「脱出? じゃあ暗殺は無理じゃないの!」


―――清十郎の行方はもうわからない。

それならば、もう『相良』を止める方法は存在しない。

シリスでさえ破れた『相良』を、力ずくで止められるわけがないじゃないか。


「はや、く・・・玲菜・・を・」


必死に声を絞りだすシリス。

守ってあげてほしい、助けてあげてほしいと、目がそう言っていた。

・・・無理でも、やらないといけない。

今からA・B・K社に行って『相良』と対峙したとしても、おそらく殺されて終わりだろう。

かと言って、あの2人が殺されたら、例えこの抗争で生き残ったとしても、自分たちはもはや死んだも同じ。

同じ死ぬのなら、やるだけやったほうがマシだ。

ひょっとしたら、何かの偶然が重なって運よく止められるかもしれない。

小さな可能性でも、それしか賭けるものがないなら・・・やろう。


「・・・わかった。それじゃ、行くからね」


「・・・・・」


こくり、と、シリスは頷いた。


「・・・もうちょっとだけ、頑張って」


それだけを言い残して、里奈は屋根を蹴ってその場から離れる。

A・B・K社に向かうと言っても、里奈にはシリスをそのまま放置するようなことはできなかった。

一刻を争うのはわかっている。でも、シリスだって一刻を争う容体なのだ。

ここから一番近い幹部のもとへと足を急がせる。

吹雪いている雪を追い越し、そして吹いている風よりも速く。

里奈は幹部の1人がいるポイントまでたどり着くと、暇を弄びながらも集中して屋敷を見張っている幹部に急接近した。


「!? っち・・・」


里奈の気配に感づいたのか、幹部は手に持っていた銃を里奈のほうへと向ける。


「待った待った、あたしよあたし」


「? あぁ、里奈さんっすか。びっくりしたっす」


里奈の姿を認め、幹部は銃を下ろす。


・・・今のはなかなか良い反応だった。

苛立ちで集中力が途切れてるかもしれないと思ったが、杞憂だったようだ。


「あんた今すぐ屋敷の屋根に行ってくれない?」


「何かあったんすか?」


「シリスさんが重傷を負って倒れてる。『相良』にやられた」


「!? それって・・・」


「かろうじて生きてるから、回収して。

あと、あたしこれから『相良』のとこ行くから、他の幹部にうまく言っておいて」


「任してください! ・・・って、大丈夫なんすか? 1人で」


「束になったところで勝てるわけじゃないし、みんなついてきたら屋敷から他のやつらが出てきたら止めるやつがいなくなっちゃう。

1人でも何とかするから大丈夫」


・・・口先だけの嘘だった。

何とかする? できるわけがないじゃないか。

本当はみんなについてきてもらいたい。

あの強大な化け物相手に、たった1人でなど立ち向かえない。

決定的な実力差。殺しの容赦のなさ。噂通りの無敵っぷり。

1人で対峙するなど、狂気の沙汰じゃない。

逃げ出したくなるに決まってる。




・・・でも、やらないといけない。

どうしようもなく怖くても、絶対勝てない敵でも。

やらないと守れないから。

何もせずに失うなんてごめんだったから。


「・・・じゃ、頼んだわ」


いつもと同じようなそっけない口調でそう言って。

里奈はA・B・K社へと全速力で向かった。


もう少しだけ「殺し屋」よろしくお願いします!

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