第141話 侵入
シリス達がA・B・K社を出発してから20分少々が経過した。
幹部たちを引き連れたシリス一行は、黒羽家の敷地内への侵入を成功させていた。
思ったよりもガードは甘く、この人数でも簡単に入ることができたのは、黒羽のほうに余裕があるからか、それとも自分たちがうまくやれただけなのかはわからない。
でも、ただ1つだけ確実に言えることは、今回の作戦はこんな簡単には成功しないだろうということだった。
これから1人で黒羽家に乗り込むシリスだが、邸内の防犯を突破して清十郎の元に辿りつくのは、おそらく今までで一番困難なことだと予想していた。
相手はあの黒羽。簡単に侵入を許してくれるとは思えないし、清十郎の正確な居場所もわかっていない。
そのため、すぐさま防犯を突破し、清十郎の居場所を突き止め、そして暗殺して『相良』にそのことを報告するまで、予想だと最悪でも10分はかかってしまう。
その10分間。たった10分間だが、『相良』が敷地内をうろつきまわっているとすれば、必ず1人は必ず遭遇してしまう。そうなればA・B・K社の戦力は確実に削がれ、こちらがどんどん不利になる。
黒羽の殺し屋の戦力がどのくらいかは不明だが、こちらより数が多いことは明らかだ。幹部たち5人に加え里奈の戦力を計算したとしても人数差は覆せない。多勢に無勢というように、いくら里奈たちが奮闘しても所詮数には勝てないからだ。
そうなると、やはり人数を減らされることが、こちらにとってかなりの痛手となってくることは間違いない。『相良』に当たれば確実に減らされるから、当たるたびにこちらが不利になっていく。
この計画はもはや運しかない。どうか『相良』には遭遇しませんように、と祈りつつ行動するしかない。
そんな危険な仕事に付き合ってくれた幹部たちには、本当に頭が上がらない。感謝してもしきれないくらいだ。
「・・・計画、最終確認といきます」
広大な黒羽家の敷地。その一角に集まった幹部たちに囲まれたシリスがそう言った。
「今から私が黒羽家に潜入します。最悪でも10分はかかるかと思います。その間、足止めを頼みます。
幸いなことに、まだ黒羽家の殺し屋たちは動きだしていない様子。
散らばって黒羽家を注意していれば、奴らの動きを把握できるはずです。
・・・では、参ります。くれぐれも無茶はなさらぬよう」
一同がシリスの言葉に頷き、それぞれが四方八方へと散ってゆく。
そして、シリスはただ1人黒羽の大豪邸へと向かう。
・・・自分の行動に全てがかかっている。自分がしくじれば全てが終わる。失敗は許されない。
自分にそう言い聞かせて走る。
さぁ、行こう。
大事なものを守るために。
私はあの子の母親なのだから。
+++++
黒羽家に到着する。
広大な土地を持っているだけあって、今まで見たどんな豪邸よりも広く、大きく、そして荘厳だった。
高く、そして厚い塀に張り付き、横眼で内部の様子を確認する。
{? ・・・なぜ?}
困惑し、そしてその理由を考える。
清十郎は自分たちA・B・K社がこうして報復に来ることを、少なからずとも予想していたはずだ。
それならば、自分の身を守るため自宅は武装を施した無数の殺し屋が警護をしているのが当然と、シリスは状況と長年の経験からわかっていたつもりだった。
それなのに・・・なぜ殺し屋どころか一般の警備員の姿が見当たらないのだ?
隠れていて見えないとか、たまたま見つけられていないとか、決してそんなことはない。文字通り、誰1人として屋敷の外に人がいないのだ。気配だってしないし、間違いない。
これならば、どうぞ入ってくださいと言っているようなもの。明らかに入って来いと誘っている、典型的な罠だった。
{・・・どうしたものでしょうか}
少々悩み、そして結論に至る。
・・・行くしかないだろう。それが例え罠だとしても。
『相良』はもうすでに屋敷を出ていて、A・B・K社に向かっている可能性も否定はできない。相手は伝説級の化け物。自分たちに悟られないレベルまで気配を殺すことだって、決して不可能ではないのだ。
と、なれば、一刻も早く侵入してしまうのが望ましい。こうして考えている間にも、刻々と時間は過ぎている。慎重に動くにしても時間がかかる。
{・・・行きましょうか}
長年使用してきた銃を取り出し、そしてシリスは大胆にも塀を乗り越え、そして庭への侵入を成功させる。
いくら外に人はいないとはいえ、豪邸内には使用人等がかなり控えているはず。強引に突破するには無理があるし、自論に反する。
・・・静かに豪邸へ入り、素早く清十郎の元へたどり着き、そして確実に仕留める。
それらを胸に刻み、カメラやセンサー、それに使用人たちの視線に注意しながら、明かりのついていない2階の部屋まで跳躍し、そして窓辺を掴む。
神経を集中させて、部屋の中に人がいるかを感じ取る。気配はちっともしなかったが、一応顔を覗かせて目で確かめる。・・・ピアノと机が1つずつ置いてあるだけの寂しい部屋の中には、本当に誰1人おらず、まるで時間が止まっているかのようだった。
懐からナイフを取り出し、勢いよく振るって窓ガラスをくり抜く。音を立てずに丸型のガラスを取り出して鍵を開け、そして入る。
長年使っていなかったのか、その部屋は埃にまみれていて、何だか物哀しかった。
{次、ですね}
侵入は完了した。次のステップは清十郎の居場所を割り出すことだ。
この屋敷の構造は、黒羽の情報を探る際に頭にたたき込んである。清十郎が普段過ごしている部屋ももちろん把握しているが、果たして今そこにいるのかわからない。刹那と玲菜のように、どこかのシェルターに身を隠し、抗争が終わるまでずっと場所もわからない安全な場所に隠れている可能性だってある。
・・・そうなると、もうどうしようもない。『相良』を止めることができないため、必然的にこちらの敗北になる。自分たちは全員殺されるし、刹那と玲菜もシェルターにいるとはいえ、いずれ場所を割られて殺されるだろう。
とにかく、行ってみるしかない。清十郎の部屋へと向かうしか、道は残されていない。
・・・かつて、これほどまで運に頼る仕事があっただろうか。
そんなことを思いながら、シリスは部屋の天井を窓ガラスと同様にナイフでくり抜き、天井裏に入り込む。
ここからは本気で気配を消して移動しなければならない。屋根裏という身動きがとりにくい状況下で、万が一敵に気配を悟られ、そして攻撃されてしまえば避ける術はないからだ。
・・・慌てることはない。身長に進んでいき、そしてなるべく早くすればいいだけだ。
自分にそう言い聞かせ、そして動く。
屋根裏のスペースがなかなかあったのが幸いし、シリスはしゃがみ歩きをしながら清十郎の部屋へ向かうことができた。もちろん気配は殺しているし、音も立てていない。並の殺し屋ならば絶対に勘付かれることはないほど、シリス完璧に自分を殺し切っていた。
{ここからだと、そう遠くないはず・・・}
屋敷の図面を頭に思い浮かべる。
乗り込んだ場所がよかったこともあり、清十郎の部屋はそう遠い所にはない。この調子で歩いていけば、2分も経たないうちに着くことができるくらいの距離だ。今歩いている方向のまま行けば、大丈夫。
清十郎に対する怒りと、失敗はできないという緊張感。
自分の心から湧きあがってくるその2つの感情をうまくセーブしながら、シリスは清十郎の元へと急いだ。
もう少しだけ「殺し屋」よろしくお願いします!