第140話 出会った不幸 出会えた幸せ
「・・・何だか、大変なことになったな」
「・・・うん」
刹那と玲菜はお互いに寄り添いあっていた。まるで、自分たちの中にある不安を半分にするかのように。
シェルターの中には、簡素なベッドと、非常食である乾パンの缶詰やミネラルウォーターなどが並んでいる棚しかない。
明かりはスイッチを入れてばついてくれるが、それ以外は何もない、本当に避難するためだけのシェルターだった。
何もできず、ただ寄り添い合い、そして時間が過ぎるのを待つ。
「・・・ごめんな、玲菜」
黒羽の殺し屋が来るとシリスから告げられたときからずっと抱えてきた罪悪感。
そんなたった一言で償えるとは思えないが、どうしても謝りたかった。
・・・全ては、自分のせいだ。自分がいたから、玲菜まで危険な目に遭わせてしまった。それなのに、自分は何もできず、結局里奈たちに頼りっぱなし。罪悪感に見舞われないほうがおかしかった。
もし仮に、この抗争で誰かが死ぬようなことがあったら、それは刹那の責任だ。だって、始まりは全て刹那の家系にあるのだから。自分がいなかったら、こんなことにならなかったかもしれないから。
・・・とことん自分が嫌になる。人生は不幸ばかりで、やっと手に入れた幸せも、壊されてしまうかもしれないという不安でまみれている。
挙句の果てには、最愛の玲菜までこんなひどい目に・・・。
「・・・俺は、玲菜と出会わなかったほうが、よかったのかもしれない」
ぽつりと、そう呟く。
・・・そうだ。
俺は、玲菜と出会うべきではなかった。
そうしたら、玲菜はもっと幸せな日々を送れたかもしれない。
こんな何もない場所で、ただ不安がって震えなくてもよかったかもしれない。
もっと明るくて素敵な日々が待っていたかもしれないのに・・・。
それなのに・・・。
「俺の周りのみんなは、不幸になっていくんだ・・・」
この戦いで万が一玲菜が死んでみろ。俺はもう立ち直れなくなる。
自己嫌悪でいっぱいになって、そして自ら命を絶つ。
自分の定めと血と無力さと、世の中の不条理さを心の底から呪いながら。
・・・ほら見ろ。俺の人生は、不幸だけしかなかった。
母親も早く死に、幼少期は1人で過ごし、そして最後には自分の祖父に命を狙われる始末。
幸せだって、こんな騒動の中いつの間にかなくなっていった。
もうあの温かい日々には帰れない。そんな気だってしてくる。
・・・笑えてくるだろ。周りの人間だって、自分のせいで悪い方向へと向かっている。
これが、自分のせいじゃなくて、一体誰のせいなんだ?
誰もこの気持はわからない。
今すぐここから消え去ってしまいたい。
多大な迷惑をかけてしまったみんなに一言謝って、それからどこか遠い所に行ってしまいたい。
そんな孤独で、つらくて、心底自分が嫌になってしまうこの気持ちは、誰もわかってくれない。
「・・・刹那」
不意に、玲菜が刹那の肩を掴み、そして顔を正面から見つめてくる。
肩を掴んでくる玲菜の手の力は強く、ギリギリと万力のように締めつけてきていた。
「ねぇ刹那。今、何て言ったの? もう1回言ってみてよ」
目に怒りの色を浮かべながら、玲菜は刹那にそう言う。
玲菜は、怒っていた。なぜかはわからない。睨みつけるような視線から感じ取れる感情は、激怒そのものだった。
「もう1回言ってみなさいよっ!!
誰が・・・誰と誰が出会わなかったほうがいいって言うのっ!!
誰が周りを不幸にするっていうのっ!! 言ってみてよっ!!」
目に涙をためながら、それでも玲菜は激昂するのをやめない。
刹那をただ揺さぶり、そして怒りのまま言葉をぶつけてくる。
「なら私は何なのよっ!!
刹那と会えて、子供まで出来て、それで幸せいっぱいな私は何なのよっ!!
刹那が私を不幸にした? そんなのあるわけないじゃないっ!!
刹那と出会えて、人を殺してきたっていう十字架から解放されて!
普通の生活がどれだけ温かいものか、刹那といる時間がどんなに心地いいものかって教えてくれて!
それなのに刹那は否定したのっ!! 幸せな私を否定したのっ!! 」
「玲菜・・・」
「もう1回・・・もう1回そんなこと言ったら、絶対に許さないっ! 絶対に、許さないんだから・・・!!」
ぼろぼろと涙を流して、玲奈は刹那に訴えた。
自分の心の叫びを声にして、それを必死に刹那にぶつけた。
・・・馬鹿だった。
俺は馬鹿だった。
こんなに近くに居たのに。
俺の傍にいるだけで幸せだって言ってくれる人が、こんなに近くに居たのに。
俺はそれが当たり前だって思ってて。
でも、それはとても大事なことで。
なかったほうがよかったなんて言ったら本気で怒ってくれて。
・・・出会わなかったら幸せだった未来も、確かにあったかもしれない。
お互い名前も知らない他人通しのままこの世の中を生きて。
そしてそんな中で違う人が人生のパートナーとなって生きる道が。
でも。
それでも。
こうやって出会ったほうがよかったんだ。
つらくても。
厳しくても。
怖くても。
それも全部ひっくるめて、俺たちは出会ってよかったって言える。
玲菜が本気で怒ってくれて、やっとわかった。
俺は、玲菜と出会えてよかった。
「・・・ごめん。もう言わないよ」
「・・・ひくっ・・・うん・・・もう、絶対、言わな、いで・・・うぅ」
しゃっくりをあげて、嗚咽を漏らしながら、玲菜はそれを願った。
刹那の肩に置いた手で顔を覆い、そして声を上げて泣いた。
・・・わかってる。言うもんか。口が裂けたってもう言わない。
刹那は泣きだした玲菜を自分の腕に収める。
ごめん。やっぱり、俺も幸せだったよ、と、そう囁いて。
・・・全てが終わるまで、このまましていようと刹那は思った。
もうこの存在は離さない。
例え、この抗争が終わった後に命を落とすことがあっても、絶対に。
もう少しだけ「殺し屋」よろしくお願いします!