第139話 幹部の団結 シリスの計画
「・・・というわけでございます。間もなく、私たちは戦闘に入るでしょう」
事の次第を全て伝えられた刹那と玲菜は、現状のあまりの壮絶さに呆気に取られていた。
殺し屋と殺し屋の抗争。全ては自分たちを中心とした争い。
・・・なぜ自分たちがこんな目に合わなければならない。いや、自分だけならまだいい。玲菜と子供まで巻き込むことはないじゃないか。
下手をすれば、みんな殺されてしまうかもしれない。せっかく手に入れた幸せを、みすみす壊されてしまうかもしれない。
なぜだ。なぜこんなことになるのだ。・・・俺は、俺は・・・。
「・・・刹那、しゃんとしなさい。今はそんなこと考えてる暇なんてないわ」
「・・・・・」
里奈の言葉は正しい。でも、自分はそんなに簡単に割り切ることができない。幸せのこのときを妨害されて、壊されてしまうかもしれないと、一体誰に予想できた?
そんなイレギュラーなことをあっさり受け取るなんて、刹那にはできなかった。
「・・・それで? シリスさん、あたしたちは何をすればいいの?」
「はい。これから一刻も早く清十郎を暗殺しにいきます。そうすれば、あの『相良』と直接闘わなくてもいいかもしれません」
「・・・でも、その間も黒羽の殺し屋はこっちに向かってるわけよね? ここ、大丈夫なの? 一般の社員もいるんでしょ?」
「えぇ。ですから、始める前に社員には早急に出て行ってもらいます。それから幹部を招集、黒羽家の敷地に向かい、そこで殺し屋たちの足止めを」
「わかったわ。それじゃ、放送しに行ってくる」
「・・・お姉ちゃん」
不安がる玲菜。当然だろう、もしかしたら里奈たちはこの戦いで死ぬかもしれないのだ。
自分たちのために戦い、その結果刹那たちが生き残ったとしても、A・B・K社の人間が1人でも死ねば意味がない。・・・そんなのは嫌だ。絶対に。
「大丈夫よ、そんなに不安がらなくても」
里奈は笑って言った。
「信じなさいって。みんなとっても強いんだから。お姉ちゃんに全部任せなさい♪」
おちゃらけたその言い方。
その言い方が、今ほど頼もしく聞こえたことはなかった。
里奈はそのまま何でもないように手を振って、応接間を出て行った。
「刹那様、玲菜お嬢様、ついてきてください。これから地下へと案内いたします」
シリスがそう言いだし、刹那と玲菜は顔を見合せて頷く。
かくして、A・B・K社内での抗争への準備はちゃくちゃくと進んでいった。
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刹那と玲菜を地下のシェルターに入れて、シリスが再び応接間に戻ってきた頃には、すでに10人の幹部が集まっていた。
「一般社員は、もういないのですね?」
「ちゃんと見回ってきたから大丈夫よ。1人だっていないわ」
イスに座り、足を机に上げているというあまり行儀のよくないポーズでいる里奈がそう言う。・・・すでに里奈のほうは準備が整っているようだった。
防弾用の鉄が埋め込まれている白い剣道着を着込み、手に『天上天下』と彫られた真黒な刀を抜身のまま持って刃の鋭さをチェックしている。
長い髪は1つに束ね、のんきに鼻歌まで歌っている。もういつでもいけるという感じだった。
「ふくしゃちょー。何があったんっすかねー」
幹部の女性がが、首をかしげながらそうシリスに尋ねる。
集められた理由は里奈から聞いていないらしく、ここにいる誰1人としてそれを知るものはいなかった。
「ありましたからこうして召集をおかけしたわけでございます。今日、社長が瀕死の重傷を負ってA・B・K社に帰還しました」
その言葉だけで、幹部たちは驚き、そして殺気立つ。
自分たちの敬愛している幸一が傷つけられたとなれば、誰だって怒るし相手方を殺したいと思う。それはA・B・K社の殺し屋であれば誰もがそうであり、当然の感情だ。
仲間意識が強いというのも、殺し屋機関A・B・K社の特徴の1つだった。
「玲菜お嬢様の夫である刹那様の情報を改ざんした黒幕が、黒羽家頭首、黒羽 清十郎であることは皆さんご存じであると思います。
その配下についている殺し屋が、まもなく玲菜お嬢様と刹那様を殺しにやってきます。
そこで、本日は皆様に2人の護衛、ならびに報復に協力していただくため集まっていただいた次第でございます」
「玲菜ちゃんまで殺そうってのか黒羽の大馬鹿野郎はっ!!」
幹部の古株が怒声を上げる。小さい頃から玲菜を知っている者にしてみれば、そんな理不尽で身勝手なことをする黒羽家に怒りを覚えるのも無理はない。
「あ〜っきれた! ひっど〜い話! わ〜たしたちが殺らなかったらじ〜ぶんからやるな〜んて!」
「・・・それなら、殺されても、文句は、言えませんね。ふふふ・・・」
「っは! オレたちの報復を恐れんとは、黒羽は馬鹿なんだか何なんだか!」
最初の古株の幹部の怒声を皮切りに、次々と幹部が怒りの声を漏らす。中には怒りのあまり自分の腕を力一杯ひっかき、血をだらだら流しているものまでいた。
報復を前提として怒る幹部たち。・・・だが、みんな知らない。
あの『相良』が黒羽に属しているということを知らない。
それを知っても、みんなは意見を変えず、共に戦ってくれるだろうか?
逃げ出したりしないだろうか?
・・・それが唯一の心配だった。
「・・・報復の前に、皆様に報告しなければならないことがあります」
言いにくそうに、シリスが口を開く。
「社長に大怪我を負わせたのは・・・『相良』だそうです」
そのたった一言。
『相良』というたった一言。
その一言で、怒りに溢れていた応接間はシン、と静まりかえってしまった。
いかに『相良』の恐ろしさと強さが、殺し屋の中に浸透しているかを証明していた。
「当然、抗争の際にも『相良』を出してくるでしょう。運が悪ければ、『相良』と戦わなければならない方も出てきます。
はっきり言いまして、私でも『相良』には勝てません。そうなれば、誰1人として『相良』には勝つことができず、むざむざ殺されてしまうことになるでしょう。
・・・申し上げます。この抗争、参加したくない方は今すぐ逃げてください。貴方達に死んでくれと言うつもりは毛頭ありません。最悪、誰1人として残らずとも、私と里奈お嬢様だけで戦います」
静まりかえった応接間に、シリスの声だけがやけに高く響く。
「今までの仕事とはわけが違います。今度だけは命懸けです。無理に参加なさる必要はありません。今ならまだ間に合います。この抗争に参加したくない方は、今すぐ・・・」
「・・・いや、あのさ。そんなこと言っても、誰も逃げないと思いますよ?」
幹部の1人が、頭をぽりぽりと掻きながらそう言う。
「そりゃあ、『相良』と鉢合わせになったら死ぬけどさ、それでも社長を半殺しにした奴を許すような幹部は、たぶんいないんじゃないかな」
「・・・そうです。私たち、社長に、色々御世話に、なりましたから」
「そ〜れに、お嬢ちゃんこ〜ろそうとするようなわ〜るいやつは・・・殺さないといけないし?」
「玲菜さんのふぃあんせ、だっけ? も、危ないみたいだし、いっちょオレたちがやるしかないだろ!」
「ですが・・・本当によろしいのですか? 本当に殺されるかもしれないんですよ?」
確認の意を込め、シリスはもう1度だけ一同に訊く。
「何でもねぇことですって副社長。お前ら、いけるよなっ?!」
「「「おおーーっっ!!!」」」
幹部が1人残らず拳を挙げ、そして叫ぶ。
誰1人嫌な顔をせず、むしろ喜々として手を上げている。
・・・あぁ、よかった。
やっぱり、この会社の危機に逃げ出すような人は1人もいなかった。
みんな1人1人が、社長のために、A・B・K社のために、玲菜のために、そして刹那のために立ちあがってくれた。
この会社は、信頼で成り立ってたんだ。
「・・・ありがとうございます、皆様」
溢れだす感情を心の中に押し込め、そして切り替える。
「さっそくですが、手順をお教えいたします。私と里奈お嬢様、そして幹部の半分のメンバーは黒羽家に向かいます。私が清十郎を速やかに暗殺いたしますので、皆様はA・B・K社に向かってくる黒羽の殺し屋を足止めしてください」
「足止め? ここにいるのかい、玲菜ちゃんたちは」
「はい。地下のシェルターに隠れております。
そのため、万一足止めの網から抜け出した場合を考えて、もう半分のメンバーはここで待機し、必要があれば撃退してください」
幹部一同はシリスの言うことにこくりと頷き、お互いに顔を合わせて無言のまま班を分ける。言葉にせずとも、長年の付き合いなだけに言いたいことをすぐにわかってくれる。
「足止めのメンバーは『相良』と対峙する可能性があることを頭の片隅に置いておいてください。
『相良』を撃破するのは並大抵のことではありません。世界に名を連ねた殺し屋全員がかかり、ようやく何とか戦えるというレベルです。我々が束になってかかっても、絶対に勝てません。
ですから、『相良』と遭遇したときは逃げることを前提に動いてください。何があっても、視認しだいすぐに逃げること。・・・いいですね」
幹部の半分が頷く。
「護衛のメンバーは、先ほど言ったことを実行してください。『相良』が来た場合は・・・玲菜お嬢様と刹那様のことは構わず逃げてください」
「・・・いいん、ですか? それだと、見つかる、かも」
「地下のシェルターのことは我々しか知りません。奴らにはどうせ居場所なんてわかりっこないのですから」
「・・・それ、だと、私たち、いなくても、いいんじゃ?」
「いえ、逃げてここへやってきた黒羽の殺し屋を戦闘不能にしてもらう必要がありますので、申し訳ありませんが居てもらいます。確実に戦力を削ぐ、という意味合いも込めますので」
「・・・わかり、ました」
「それでは、準備ができ次第向かいます。2分以内ですべての準備を済ませてください」
言葉はもうない。
幹部たちはただ頷き、音も出さず応接間を出て行った。
「・・・よかったわね」
「・・・はい。本当に」
里奈の言葉にそれだけ答え、シリスも自らの準備のため、応接間から出て行った。
もう少しだけ「殺し屋」よろしくお願いします!