第132話 退学の後で・・・
玲菜の妊娠が発覚し、大騒ぎになってから1日が経過した。
全ての授業が終わり、刹那は校長室に居た。全てのことを話し、この学校から退学するために。
「・・・といったわけです。退学、したいのですが」
「ふー、事情はわかりました。君のお父さんからも連絡もらいましたしね」
溜息をつき、納得がいかないと言いたげな顔をしている。
刹那は今年で3年生。あと1年で無事卒業できるというのに、ここで辞めてしまうのはいささかもったいない。
「考え直してもらえませんか。あと1年で卒業なんです、あと1年なんですよ?」
「・・・よく考えました。それで、この結果に至りました」
「・・・わかりました。退学届は受理します。・・・明日から、来なくてもいいです」
「はい、今までありがとうございました」
刹那は深く頭を下げ、校長にそう言った。
「・・・珍しい、と言えばいいでしょうかな」
「え?」
不意に、校長がそんなことを言い出した。
何かと思って、刹那は顔を上げた。
「普通なら、子供を堕ろして、高校生活を優先するもんなんですけどね。私の知ってるやつでは、女性のほうに全て押し付け、自分はのうのうと生活してる輩もいました」
校長の行っていることは、いわゆる責任逃れ、というやつだ。
妊娠の原因をすべて相手側に押し付け、産むか堕ろすかの判断も委ね、自分は関係ないと言い張り、一切の責任を取ることもない、最低の行為。
怖くだってなる、周りの目を気にして、逃げ出したくだってなるだろう。
だが、相手側だってそれ以上につらい。だって、逃げられないのだから。ダメージは、女性のほうしか受けないのだから。
「君は、相手のことが本当に好きみたいだね。普通、そこまでできないよ」
「・・・はい」
「がんばりなさい。やり通しなさい。君ならできる」
「・・・はい」
応援してくれた。自分はやってはいけないことをして学校から出なければならない存在なのに、この人は応援してくれた。
がんばれと、そう言ってくれた。
こみ上げてくる熱いものを押さえながら、刹那は校長室を出た。
「刹那」
校長室の外には、博人が待っていた。
一緒に帰ろうと言ってくれたのだが、校長室に用事があると言ったらここまで付いて来てくれた。
「刹那くん」
ひょっこりと博人の後ろから恵利が出てきた。
てっきり先に帰っているものだろ思っていたのに、意外だった。
「恵利。居たのか」
「ちょっと気になって。何の用事だったんですか?」
「えっと・・・ちょっと」
「?」
刹那がどうしてお茶を濁した言い方をするのがわからないのか、恵利は頭に疑問符を浮かべていた。
「まぁ、あまり気にしなくてもいいよ。大したことじゃないからさ」
「そっか。うん、わかりました」
刹那のその言葉で納得したのか、恵利はそれ以上追及してこなかった。
「それで、もう用事は済んだのか?」
「あぁ、全部」
「それなら帰りましょう。そろそろ暗くなりますし」
恵利の言うとおり、さっきまで5時だったのに、今ではもう6時近くになっている。
早く帰らなければ日が沈んで暗くなってしまう。
「ごめん、長くなって・・・」
「ま、気にしてねぇよ。行こうぜ」
「そうですね、帰りましょうか」
博人の言うことに頷き、刹那と恵利は玄関へと向かっていった。
何の変哲のない帰り道。
だんだんと眩しくなってくる夕日をバックに、刹那たち3人はそれとない会話をしていた。
「・・・だからな? それがいいんだよ! お前はわかってないなぁ!!」
「メガネが世界を救うなんてモンわかってたまるか!!」
「博人君・・・私よりもメガネのほうが・・・」
「何を言ってるんだ! ・・・お前が、俺のナンバーワンだぜ?」
「博人君・・・」
「恵利・・・」
「もうお腹いっぱいだから」
いつも通りだった。
変わりのない、本当に変わりのない帰り道。
昨日までは、いつまでもこういう時間が続くと思っていた。当たり前の、この帰り道も。
でも、終わってしまう。家に着けば、こんな何でもない時間は終わってしまう。
無くなってから初めて気づくものがある―――。
以前小説か何かで知ったそんな言葉を、ふと思い出した。
「・・・何かあったんだろ」
「え?」
博人が、ふとそんなことを言ってくる。
慌てて博人のほうを向いてみると、先ほどまでのふざけた表情はどこへ行ったのか、真剣な表情で刹那を見ていた。
「・・・何かって、何がだよ」
「とぼけんな。校長室に、一般生徒のお前が用あるわけないだろ」
「・・・それに、今日の刹那君、ボーっとしてること多いし、どうしたんですか?」
さすがは親友、といったところだった。
刹那はいつも通り振る舞ったつもりだったが、博人と恵利はいつもとは違う微妙な変化を見抜いていた。長い付き合いでも、ここまでできる友人はそうそういない。付き合いが深いという何よりの証拠だった。
「俺さ、学校辞めたんだ」
あっさりと刹那は言った。
それが些細なできごとのように、実にあっさりと。
「・・・は?」
「・・・え?」
突然の刹那の言葉に固まる2人。どうやら、言ったことが理解できていないようだった。
当然だ。あと1年で卒業という時期なのに、そんな中途半端なところで辞めるなんて意味がわからない。理解できないのは当たり前だ。
「どうしてだ」
尋ねるというよりは、問い詰めるような感じの口調だった。
お茶を濁すような答えだけは許さない。博人の目がそう言っていた。
だから、隠さないで言おうと思った。元より、隠す理由などないのだから。
「・・・玲菜さ、一緒に暮らしてるって言ったよな」
「まぁ、前に聞いたな」
「それが、何か関係あるんですか?」
「ある。実は、妊娠、してさ・・・」
「・・・それでか」
「・・・・・」
2人は、事実を聞かされた今でもそのことを疑っていた。
実は刹那の言っていることは嘘なのではないのか、と。本当のことではないのではないのか、と。
信じたくないのは痛いくらいわかる。刹那自身、同じ立場だったら絶対にそうなるだろうから。
「・・・いつ頃からそのことはわかってたんだ?」
「昨日。前々からわかってたわけじゃないよ」
「それで報告が遅れたんですね」
納得、といった表情をする2人。
だが、それで話が終わるとは思えなかった。これからどんなことを言われるのか、刹那だって想像がつかないわけではない。
ずっと一緒だった幼馴染み同士。これからの1年、馬鹿やって、楽しくやろうと思っていた時間が、刹那のせいで終わりを告げてしまった。
そのやりきれない感情はどこへ行く? 期待感は? ・・・当然、原因である刹那に行くだろう。
だって、全部刹那のせいなのだから。
「・・・なぁ刹那」
「・・・ん?」
「俺さぁ、去年、すごく楽しかったんだよ」
不意に、博人がそんなことを言い出した。
遠い目をして、噛み締めるように、一言一言。
「俺とお前と恵利に理恵さん。それに、里奈さんに玲菜ちゃん。今までにないくらい、楽しい1年だった」
「・・・あぁ、そうだったな。楽しかった」
「あぁ。だから、今年も同じくらい楽しいに違いないって、そう思ってた。絶対に楽しくなる。高校生活最後の1年は、楽しくないはずがないって、そう思ってた」
「博人君・・・」
「・・・でも、お前がいなくなる。俺と恵利の2人だけになる。去年は理恵さんがいなくなって、今年はお前がいなくなる。いなくなるはずなんてなかったお前がだ。・・・この理不尽さが、お前にわかるか?」
刹那は何も答えられなかった。
言いたくとも言えなかった。そもそも、考えるということすら忘れていた。
初めてとも言える博人の感情を目にして、冷静ではいられなくなってしまった。
博人の感情・・・それは怒りだった。爆発的ではない、静かな怒り。
友人が去っていく理不尽さ、期待を裏切られた無念さ、それら2つが合わさった感情が、紛れもない怒りだった。
「・・・玲菜ちゃんに会いに行く」
「え?」
唐突だった。唐突の提案だった。
「今からお前の家に行く。居るんだろ? 玲菜ちゃん」
「あぁ、いる・・・はずだ」
「・・・どうしても言いたいことがある。いいよな?」
博人が確認をしてくる。
いつもの博人ならば、別に軽い返事でことを済ませただろう。
だが、今の博人は違う。怒っているのだ。こんな状態で玲菜に会わせたら、一体どんなことになるのか想像できない。
・・・いいのか?
博人を家に連れて行っていいのか?
とんでもないことが起こるかもしれないんだぞ?
玲菜が傷つくかもしれないんだぞ?
いいのか?
・・・脳内でそんな言葉が聞こえてくる。
その言葉を受取り、刹那は博人を見つめ返す。答えは、決まっていた。
「・・・わかった、行こう」
刹那は、博人を信じることにした。長年の付き合いなだけに、はっきり言えることがある。
博人は絶対に人を傷つけるような真似はしない人間だ、ということだ。例え怒っていたとしてもだ。こいつが人を、玲菜を傷つけるようなことは、絶対にない。
「あの、私も行っていいですか?」
遠慮がちにそう恵利が呟くようにして言った。
「構わないよ。・・・じゃあ、行こうか」
「・・・あぁ、行こう」
3人は歩き出す。
玲菜の待つ、刹那の家へと。
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・・・見られてるかどうか、不安な気持ちでいっぱいになってきてしまいました。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!