第130話 不安な気持ち
「お話終わりましたよ〜ん」
2人で2階から降りてきて、居間に入る。
「あ、あらお父さん、早かったじゃない」
「そそそ、そうですよ社長! 早いですよ!」
「せ、刹那もおかえりなさい、あはは・・・」
取り繕ったように平静を装う3人。
・・・いったいさっきまで何を話していたのだろう。実に気になる。
「ん〜・・・ま、怪しいけどまぁいいや。用事も済んだし、そろそろ帰ることにするよ」
「そうですね、お仕事のほうもだいぶ片付けなければいけないようですからね」
「う・・・まぁいいさ。今日はめでたい、何だってやっちゃうさ」
力こぶを作って、幸一ははっはっはと笑ってみせる。
・・・無理して作っているその笑顔が何だか痛々しい。
「それじゃ帰るから、何かあったらまた連絡してよ」
「うん、今日はごめんね、お父さん、シリスさん」
「構いません、玲菜お嬢様のためならば何ともないことです」
「里奈ちゃん、あんまり遅くならないようにね」
「わかってるわよ、ちゃんと時間通りに帰るってば」
「それならいいや。じゃあね」
そう言い残して、2人は居間を出て行った。
一段落ついて落ち着いたのか、刹那はふぅ〜と長いため息をついてソファーにボフッと身を沈めた。
「お疲れさま、刹那」
「うん、ありがと玲菜」
「もっとシャンとしなさいよ、大変なのはこれからよ?」
「わかってますよ。・・・でも、何をしたらいいか・・・」
全てを受け入れ、これから歩いていこうと決意した刹那だが、まだ子供だ。
これから味わう苦しみ、圧迫感、疲労、苦痛。
それらを想像しただけで、震えてくる。
まだ産まれてはいないが、子を養うというものはこういうものなのか、と、漠然としたものがのしかかってくる。
・・・要するに、不安なのだ。これから進むべき道が、どのようなものなのか、どんな苦しみがあるのか。
怖くないはずがなかった。例え、進むと決めていてもだ。
「・・・俺って、情けないですか?」
「えぇ。たぶん、今ものすごくかっこ悪いわ。・・・無様ね」
「・・・・・」
「でもいいじゃない。かっこ悪くても。別に、それが悪いって言ってるわけじゃないわ。大事なのはこれから。不安な姿見せないで、どこまで玲菜を守っていけるか。・・・そうでしょ?」
「・・・はい」
「刹那、玲菜を見なさい」
言われた通り、玲菜を見てみる。
・・・不安そうで、怯えていて、今にも壊れてしまいそうな、そんな悲しげな表情をしていた。
お腹に手をやり、優しく撫でている。
こんな顔、今までずっと暮らしてきて見たことがなかった。
・・・玲菜も、不安なのだ。自分と、同じくらい。いや、それ以上。
「・・・あなたが笑ってあげないと、玲菜も笑えない。だから笑いなさい。つらいことがあっても笑い続けなさい。・・・わかったわね?」
・・・そうだ。里奈の言う通りだ。
支えるべきものが不安だったら、支えられているものも不安になってしまう。
それならば、不安がらせないように笑わなければならない。
そうしなければ、この先つらいことには耐えていけない。
「・・・わかりました」
「なら笑ってみなさい。ほら、笑う!」
「は、はい!」
おろおろしながら、とりあえず里奈の言われた通りに笑ってみる。
ぎこちなく、にか〜っと。
そのまま玲菜のほうを向いて見る。
「・・・っぷ、あはははは! せ、刹那、その顔・・・あはははは!」
「えっと、玲菜さん?」
「あは、あはははは! ちょ、ちょっと、く、苦しい・・・あっはははは!」
腹を抱え、大笑いをする玲菜。
何だか初めて見るようなその光景に、刹那は一瞬呆けてしまう。
「ほら、笑わせられるじゃないの」
「・・・笑わせたって言うより、笑われたみたいですけど」
「あたしから言わせれば同じよ。その調子で、乗り越えなさいな」
「・・・わかりました」
里奈の目を見て、しっかりと頷いてみせる刹那。
「あはははは! あっはっはは!」
だが、横で大笑いしている玲菜のせいで台無し。
・・・何であんなのでここまで笑えてしまうのだろうか? そんなに面白い顔だとは思えないのだが。
「あははは! あはは、はぁ、はぁ・・・・・」
「れ、玲菜、大丈夫か?」
「う、うん・・・はぁはぁ・・・笑いすぎて、疲れた・・・」
「ちょっと玲菜ちゃん、本当に大丈夫? 笑い過ぎも体に毒よ?」
「うん・・・わかった・・・」
何だかすごく疲れたような顔をしている。
まぁ、あれだけ笑ったら誰でもそうなるか。結構疲れるもんだって聞いたし。
「刹那、それよりまだやることがあるんじゃないの?」
「やることですか?」
不意に、里奈がそんなことを言い出した。
「そ。あたしたちのお父さんにはそのことは話した。でも、あんたのお父さんには話してないでしょ?」
・・・そうだった。玲菜のことを、刹那は明に話していない。
自分のやってしまったことと、これからのこと。
玲菜と里奈の父である幸一には話したが、肝心の明には何1つ伝えていない。
「そうでした、言わなくちゃ・・・」
「やっぱり。ほら、さっさと電話してらっしゃい。・・・ちょっと言いにくいかもしれないけどね」
「わかりました」
緊張してドクドクと高鳴る心臓の鼓動を感じながら、刹那は廊下へと出た。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!