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第129話 昔話

2階に上がり、ベランダへと出る。

ここならばいくらシリスや里奈といえど、話は聞かれないはずだ。


「いや〜、いい天気だね。仕事なんて馬鹿らしく思えてくるよ」


ぐっと背伸びをして、そんなことを幸一は呟いた。

日頃から苦労をしているせいだろうか、とても穏やかな表情をしていた。


「さて、こっちも本題に入ろうか」


「・・・はい」


「ははは、そんなに緊張しなくていいよ。・・・そうだね、ちょっとした昔話をしようか」


「昔話ですか?」


「そう。君のお父さんとお母さんの話だ。・・・聞きたくないかい?」


仕事に追われて自分をほったらかしにしている父と、写真でしか見たことのない母。

いずれにせよ、自分には関係のない話かもしれない。

2人の過去など知ったところで、今の生活にはなんの変化もないのだから。


「・・・聞きたくないです」


「やっぱりか。ははは。・・・明のこと、恨んでるかい?」


恨んでいる、というのは、幼少のころほったらかしにされたときのことを言っているのだろう。

恨んでいないと言えば嘘になる。

ずっとずっと1人で生きてきたと言っても過言ではないのだから。

だがしかし、


「・・・もう何とも思っていません。仕事だから仕方ないって踏ん切りつけてますから」


「それは本心かい?」


「・・・そうです」


「嘘はよくない。心の中じゃ違うって言ってるよ」


・・・忘れていた。この人も一応殺し屋だった。


「まぁ、恨まれて当然だろうね。寂しい思いをさせて、愛情もかけてもらえなくて。ひねくれなかったのが不思議なくらいだ」


「友達に恵まれましたから」


「そっか。・・・刹那君、実はね、君と明を引き離したのは他の誰でもない・・・この僕なんだよ」


「え・・・?」


寝耳に水とは、まさしくこのことだった。

それはあまりにも唐突で、意外すぎる事実だった。


「少し事情があってね。一歩間違えれば、君と明は死ぬかもしれなかったんだ。それでやむなく引き離してしまった」


「その事情、というのは?」


「それは言えない。話すとしても、もうすぐあとになる。・・・とにかく、僕は君に謝罪しなければならない。すまなかった」


頭を下げる幸一。

こんなに真剣に頭を下げられたのは、人生で初めてだったそしてわかった。こんなことをされても、困ると。


「止めてくださいよ。やむをえない事情がなかったのなら・・・仕方ないです」


「・・・僕は、君の人生を狂わせてしまったのかもしれないんだよ?」


「命があるだけマシですよ。下手すれば死ぬところだったんでしょう?」


「・・・そうだ」


「ならいいです。今俺は生きている。それだけでいいんです」


「・・そう言ってもらえると、助かるよ」


そこで、幸一はようやく頭を上げた。

そして、再び話は始まる。


「・・・明もね、離れたくないって、そう言ったんだ」


「・・・・・」


「早苗が残してくれた大切な宝物を置いていくわけにはいかないって。絶対に行きたくないってね。

僕が命に危険が迫っている、ということを話したら・・・折れてね、渋々外国へ飛んだんだよ」


「信じられませんよ、そんな話」


・・・話してくれている幸一には申し訳ないのだが、到底信じられなかった。

あの父が、自分を大切に思ってくれている。

今までの仕打ちを考えたら、信じられるはずもなかった。


「ほら、やっぱり恨んでいるんじゃないか」


「・・・すいません、嘘つきました」


「いや、いい。正直だね、刹那君は」


くすくすと笑いながら、幸一はタバコを口にくわえた。

火はつけず、そのまま口元で揺らして遊ばせていた。


「話させてほしい。君の両親のことを。大馬鹿だったけど、ひたすらまっすぐだった2人の話を。

内容はそんなに長くない。肝心なところを君にわかってもらいたい」


幸一の瞳は、真剣だった。

まっすぐに刹那の瞳を見て・・・逸らそうとしなかった。

そこまで言うならと、刹那は頷いた。


幸一がそこまでして自分に聞かせたいと言う昔話が、一体どれだけのものなのかと。


幸一は胸のポケットからライターを取り出して、くわえているタバコに火をつけた。

すぅ〜と、大きく吸ってから、1つ1つ思い出すようにして、幸一は静かに語りだした。


「明と早苗ちゃんとは、中学校のときに知り合ったんだ。最初が明で、次が早苗ちゃん。僕が2人をくっつけたんだ。

・・・楽しかったよ。本当に2人とも初初しくてね、それがたまらなく面白かった。

何だかんだで2人が付き合いだして、そのまま3年間を過ごしたんだ。3人で遊びにも行ったし、明と早苗ちゃんの2人きりのデートにお邪魔することだってあった。

本当に、いろんなことがたくさんあった中学校時代だった。

それで、高校のとき。僕たち3人は同じ高校に入学したんだ。また楽しい3年間を送れるって思ったら、とてもうれしかったのを覚えてる。

・・・だけど、物事はうまくいかないものだった。高校に入って半年もしないうちに、2人は僕だけ残して退学したんだ。

なぜだかわかるかい?」


「・・・わかりません。何があったんですか?」


「子供ができたから、さ。・・・想像通り、君だよ」


言葉が、出てこなかった。

驚きだとか、衝撃的だとか、そんなんじゃない。

もっともっとキツイ何かが、刹那の心を貫いた。


「2人とも、愚かだったと思う。一時の感情で体を重ねて、そのせいで子供ができて、高校を中退して。

物事をよく考えず、ただ2人が一緒だったらどんなことだって乗り越えていけるっていう、わけのわからない根拠で全てつらい道を選んでいった。

馬鹿だと思うよ、僕は。どうしようもないくらい、大馬鹿だってね」


「・・・・・」


「でも、僕はそんな君の両親を誇りに思っているよ」


「え?」


「2人が選んだ道は確かに愚かな道さ。つらくて、どうしようもなくて、休む暇なんて少しもない。

だから、愚かだって言われるんだ。わざわざつらい道を歩いていくっていうんだからね」


「・・・・・」


「でも、そんなつらい道でも、2人は投げ出さなかった。

バイトで貯めたお金も、生活費に当てないで堕胎するために使えばよかったのに、そうしたほうがずっと楽だったはずなのに、そうしなかった。

早苗ちゃん1人を養っていくだけでも大変なのに、君を家族に迎え入れることを選んだ。なぜだかわかるかい?」


「・・・いえ」


「堕胎は体に負担がかかる。

もしかしたら手術が失敗して、早苗ちゃんの体を傷つけてしまうかもしれない、っていうのもあったんだろうけど、

一番の理由は、君を殺したくなかったから・・・いや、違うな。君がとても大事だったからだよ。

間違いでできてしまったとしても、君は君だから。大事な子供だったから。だから、明は頑張ってこれたんだ。

自分と早苗ちゃんの子供だから、君にとっても会いたかったから、明は頑張れたんだ」


「・・・・・」


「明は地獄を見たって言ってたよ。

仕事はいくらやっても生活は楽にならない。歳を偽って働いていたことがばれてクビにもなった。

頭を何回も下げても、罵倒されたり殴られたり唾を吐きかけられたりした。近所の、事情も何も知らない主婦から陰口を言われた。

・・・普通の人なら耐えられないだろうね。逃げだして、苦しみから解放されたいって思うだろう。

それほど大変だったんだ、君を誕生させるってことは」


・・・そんなこと、刹那は初めて聞いた。

自分のために、明がそんな苦労をしてきただなんて・・・知らなかった。

その苦労が想像を絶するものであろうことも、初耳だった。

今まで刹那は、明は自分ことなどどうでもよいのではないか、とずっと思っていた。

いつも学校の行事に来てくれなかったり、自分のそばにいてくれなかったりしたから、

自分は本当はいらない子なのではないかと、心の奥でそう考えていた。

でも、そんなことはなかった。勝手な思い込みなだけだった。

明はいつも刹那のことを考えてくれていた。どんなにつらくても、きつくても、嫌なことでも、明は歯を食いしばって生きてきた。






・・・それもすべて、自分のために。





「今度は君の番だ。君が苦労をする番だ。君は、明のやってきたことをそのままやり通すんだ。

その覚悟は・・・あるかい?」






迷いなんて、あるわけがなかった。






「・・・もちろんです」


「君ならそう言うと思っていたよ」


ふっと笑って、幸一は携帯灰皿を取り出して、タバコをもみ消した。

そして、刹那の肩をぐっと両手で鷲掴みにする。


ぶつかり合う視線と視線。


今日何度目かわからない、幸一の真剣な表情。


そこから漏れる、たった一言。


「・・・玲菜を、よろしく頼む」


「・・・はい」


頷くこと以外、刹那の頭の中にはなかった。


これからも「殺し屋」よろしくお願いします!

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