第127話 もちろん!
ジリリリリー!
A・B・K社の社長室に、幸一の趣味で置いてある黒電話のベル音が鳴り響いた。
放っておけばそのうち鳴りやむだろうと思ってしばらく放置していた幸一だったが、一向に電話は切れる様子がない。
「ん〜・・・誰だよ、このクソ忙しいときに・・・」
シリスから渡された山ほどの書類の処理にイライラしていた幸一だが、電話を取らないわけにはいかない。
不機嫌そうに手を伸ばし、ぶっきらぼうに受話器を取った。
「・・・もしもし、俺」
『あ、もしもしお父さん? あたし、里奈』
てっきり仕事関係の電話かと思っていただけに、自分の娘からの電話はかなり嬉しかった。
「お、里奈ちゃんか。どうしたの? 今日は非番のはずだけど?」
『えっと・・・その・・・なんていうかさ・・・』
「?」
あの里奈が、ここまで言いごもるというのも珍しかった。
それに、何だか慌てているというか、混乱しているというか、そんな感じの態度。
・・・何があったのだろうか?
「大丈夫? 何かあったの? 今どこ?」
『えっと、あたしは大丈夫。何かあったっていうか、ものすごいことはあった。今は刹那ん家』
「あ、遊びに行ってたんだね。いいなぁ〜・・・。それで、何があったの?」
『えっと、ね・・・驚かないでちょうだいよ?』
「? まぁ内容によるけど、できるだけ驚かないようにするよ」
『まぁいいわ。それよりいい? 言うからね?』
「はいはい」
『玲菜ちゃんが妊娠した』
・・・時間が止まったと思った。
「あ? え? 何だって?」
聞き間違いかもしれないかと思って、里奈に聞き返してみる。
『玲菜ちゃんが妊娠したの』
・・・聞き間違いではなかった。
「だ、誰の?」
『刹那の。あぁ〜、もう! だから2人で暮らすのは危ないって言ったのよ! いくら度胸のない刹那でも男なのよ?! 玲菜ちゃんみたいな可愛い子が近くにいたら襲わないわけないじゃない! あぁ〜〜〜!!! まだ玲菜ちゃん17なのよ?! 今年でやっと18なのよ?! そんな年で子供作るって早い! 早すぎ―――』
「く・・・ふふ」
電話の途中。その内容は大真面目で、冗談などはさむ余地などないのに、だ。
幸一は・・・
『? お父さん?』
「あ〜っはっはっはっはっはっは!!」
腹を抱えて笑いだした。
何が面白いのか、心の底から、清々しいくらいの大声で、思いきり笑った。
こんなに盛大に笑ったのは、もう高校のとき以来だった。
あの楽しかったころと同じくらい、幸一は笑った。
『な、何? お父さん、大丈夫? ショックでおかしくなっちゃった?』
「ははは、い、いやいや、全然そんなことはないよ、ふ、ふふふ」
『? じゃあ、何でそんなに笑ってるのよ?』
「ふふふ、いやなに・・・刹那君はやっぱり、紛れもなくあいつらの子供だなって思ってさ」
『あいつら?』
「何でもないよ。それじゃ、今からシリスちゃんと一緒にそっちに行くから」
『う、うん。じゃあ、とりあえず早くお願いね』
「わかった。それじゃ一旦切るよ」
受話器を置いて、幸一は大きく息を吐いた。
抑えきれない興奮を、どうにかして落ち着かせようとしたが・・・無理だった。
そう、落ち着くことなんて、出来やしなかったのだ。
自分の娘と、親友の息子の間に、子供ができる。
これほど嬉しいことは、一生のうちに何回かしかないくらいない。
「まったく・・・本当にお前たちにそっくりだよ、明、早苗ちゃん」
心底幸せそうな顔をして幸一は受話器を取り、シリスの携帯電話の番号にそってダイアルを回した。
「電話終了〜」
「お、お姉ちゃん、それで、お父さん何て言ってたの?」
「シリスさんと一緒に来るってさ」
それを聞くなり、玲菜に何かずーんと重いものがのしかかってくる。
刹那も同様、これからのことを予期して大変な落ち込みを見せていた。
「あ〜あ。まさかとは思ったけど、本当に妊娠してるとはね」
理奈は、はぁ、とため息をつきながら、正座している刹那と玲菜をじぃっと見た。
「ふぅ〜・・・んで、やらかしたのは何日前よ?」
「3ヶ月くらい前・・・」
「はぁ・・・ちょっとは避妊とか、考えなさいよね。特に刹那、あんたまだ学生でしょ? どうすんのよ?」
びしっと里奈に指差された刹那は、迷うことなくはっきり答えた。
「辞めますよ、学校。働きます」
その答えに、意思を尋ねた里奈も、それを聞いた玲菜も驚きを隠せない。
絶対に口ごもってしまうと思っていただけに、こうもあっさり答えるとは思ってもみなかった。
「あんた、本当にそんなこと言ってるの?」
「本当、です。でも、あくまで俺はそうしたいっていうだけで、玲菜がどうかは・・・」
まさに竜頭蛇尾。
最初はまっすぐ強い意志のこもった瞳を里奈に向けていた刹那もだんだんと自信をなくしていき、ちらっと横の玲菜を見た。
「だそうよ玲菜。あんたはどうしたいの?」
「・・・・・」
「どしたのよ? 何でそんなにびっくりしてんのよ?」
「ん、えっとね、ちょっと・・・嬉しかった。それだけ」
少し照れくさそうに玲菜はそう言った。
その言葉が何を意味しているかわからず、刹那は玲菜の顔を見る。
「? ・・・ふふふ」
だが、玲菜は何も言わず、頭に疑問符を浮かべている刹那の顔を見て笑っているだけだった。
・・・一体何が嬉しかったのだろう。
刹那にはそれがさっぱりわからなかった。
ぴんぽーん♪
「来たみたいね」
「え?! 早くないですか?!」
「まぁ2人ともよっぽど慌ててたんでしょうね〜・・・。ま、いいわ。あたしが出てくるから、あんたらは座ってなさい」
そう言って里奈は立ち上がり、居間を出て行った。
残された刹那と玲菜。
何か話せばいいのだが、あまりな展開に何を話していいかすらもわからない。
ほんの少しの時間、2人の間に変な沈黙が流れる。
「刹那、えっと、その・・・・・」
そんな中、玲菜が顔を赤らめながら刹那に話しかけた。
「? どうした?」
目を泳がせて、もじもじしながら玲奈は言った。
「で、できちゃったから、その・・・・・責任、とってね?」
なんてことない。
玲菜が刹那に言ってきたことは、
「・・・よろこんで」
愚問だった。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!