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第123話 過去編12 〜苦渋

早苗の死という事実が、明の精神に与えたダメージは決して少なくはなかった。一番幸せな時期に、一番大切な人を失ってしまったのだ。それは、普通ならばもう立ち直ることなどできないほどのダメージだ。心に、そんな大きな傷を受けた人の気持ちがわかるだろうか? わからなくても、これくらいなら想像はできる。生きることを放棄してしまうかもしれない、自らの命を絶ってしまうかもしれない、と。


でも、明は倒れなかった。まだ倒れるわけにはいかなかった。だって、早苗と約束したから。刹那のことを頼む、と約束したから、その約束を破るわけにはいかなかった。その約束と、それを貫こうとする意思。そして、早苗が残してくれた幼い刹那が明を支えていた。


明は熱心に仕事をした。でもそれは、早苗の死を少しでも忘れようと無我夢中で取り組んでいるのではなく、ただ純粋に生活に余裕を持たせようというプラス思考の働き方だった。


そんな中、A・B・K社の社長室で明と幸一は2人きりで話をしていた。内容は、仕事の話。


「海外に栄転だぁ?」


「あぁ。頼まれてくれねぇか?」


幸一から海外へ栄転する話を聞かされたのは、刹那が中学校に入学する少し前のことだった。早苗がいなくて寂しく、貯金などなかったから刹那の学費を払うだけで家計は火の車だったが、A・B・K社の目覚しい発展による給料の増加に助けられ、何とか生活は軌道に乗っていた。

そんな矢先の話だった。


「俺には刹那がいるから無理だ。家に1人にしておけないよ。心配だし、何より12歳で一人暮らしなんてさせたくない」


明がそう答えるのも当然だった。早苗が残した大切な宝物を、家にほったらかしにするような真似などできるわけがない。


確かに、最近のA・B・K社の発展は凄まじいものだ。店を興してからこんな短時間のうちに日本おもちゃ会社企業の5本指に入るなど前代未聞だ。さらに勢いづけようと海外進出し、どんどん利益を上げたいという幸一の気持ちがわからないわけではなかったが、刹那のことと自分の外国語能力を見ても、自分が外国への栄転に適しているとは思えなかった。


幸一は明の反応がわかっていたのか大して驚きもせず、真面目な表情をして話し始めた。


「・・・殺し屋、って知ってるか?」


「殺し屋? 金を払えば誰でも殺してくれるっていうあれか?」


「そうだ。実は・・・俺もこの会社も、その殺し屋をやってるんだ」


明はそれを聞くなり、はははと声をあげて笑い出した。真面目な表情をするから何を話すかと思えば、この会社は殺し屋業をやってるだ? 冗談もいいところだ。笑うしかない。


だが、幸一は真面目な表情を崩さず、話を続けた。


「お前、最近国会議員が消えてるって事件知ってるよな」


「ん? あぁ、あれか。何でも、横流しとか裏金とかの汚いことばっかやってる議員が次々消えてるっていう、あれだろ?」


「その事件・・・実はこの会社が起こしてんだ」


「・・・なぁ幸一。4月1日はまだだぞ? しかも、あんま本当っぽくないから誰も信じないぞ?」


はぁ、と幸一はため息をつきながらリモコンを取り出し、ボタンを押した。すると、天井から巨大なモニターが降りてきて、自動的に電源がついた。画面に映っているのは・・・・・今まで行方不明になった国会議員の顔写真だった。


「幸一・・・これって・・・」


驚く明をよそに、幸一は何回かボタンを押す。小さいサイズでたくさんの人たちが写っていた顔写真は、1人だけの大きいサイズになり、幸一がボタンを押すたびに違う議員の顔が出てくる。その写真に混じって、たまに国会議員ではない若者と、目つきの悪い大男の写真が出てきていた。


幸一がボタンを押すのを止めると、モニターには1人の男性が映された。この男は・・・。


「今問題になってる田口じゃないか・・・。何で・・・」


「・・・そろそろ、か」


幸一はそう呟くと、もう一度だけボタンを押した。顔写真が一変し、ニュースの画面になった。


『・・・次のニュースです。今話題になっている、田口議員が本日の正午、何者かに殺害されました』


「・・・・・え?」


『田口議員は自宅で趣味の読書をしている最中、何者かに狙撃され即死。凶器は頭部を貫通したライフルの弾丸から、大型のライフル銃と断定。警察では・・・』


ニュースの途中でブツッ、と音を立てて画面が消え、モニターは再び天井に上っていった。

明と幸一は、しばらく無言だった。何を話して良いのか・・・・・わからない。あまりの驚きに、思考が固まっていた。


その無言の空気を最初に壊したのは幸一だった。


「・・・・・まだ、信じねぇか?」


「・・・いや、信じるよ」


信じるしかなかった。殺されるにしたって、白昼堂々狙撃されるなんて普通考えられない。大体、狙撃というものは銃によるものだ。それも普通の拳銃ではない。ライフルという護身を逸脱した攻撃用の銃でなければいけない。


ここは日本だ。唯一拳銃の装備が許される警察だってそんな大型の銃なんて所持していない。極道の人間なら密輸でどうにかなるかもしれないが、こんな表ざたになるような殺し方はしないはずだ。殺すのだったら警察に悟られぬよう、細心の注意を払って殺すはず。・・・毎日極道の世界で人が死んでいるのに、なかなか表ざたにならないのはこのためだ。


だが、殺し屋という単語を当てはめてみれば、それらが全て納得いく。武器も、堂々と狙撃できる理由も。堂々と狙ったのは、おそらくこの話を自分にするとき、すぐ殺し屋の存在を信じさせるためだろうし、警察に追われたとしても足元がつかない自信があるからだろう。


「・・・ところで、いつから殺し屋ってやってるんだ?」


「俺の秘書で、シリスっているだろ?」


「あぁ。あんまり面識ないけど、何か関係あるのか?」


「ある。おおありだ。あいつが、この会社の殺し屋を養成してるんだ。いわば、あいつがこの会社の裏の社長なんだよ」


「・・・それ、本当かよ」


「本当さ。ちなみに、ここまで会社を大きくできたのも、あいつのおかげだ。俺なんかより、よっぽど社長に向いてる」


「それは違います。私がしたことはあくまで社長の補佐。ここまで大きくすることができたのは、社長の素晴らしい実力があってこそなのです」


2人しかいない、がらんとしているはずの社長室に、女の声が響いた。この声は・・・・・。


「シリスか。今大事な話をしてるんだけどな」


「それは失礼いたしました。黒羽家に新たな動きがありましたので、報告にと思ったのですが」


「黒羽・・・・・? 早苗の家じゃないか」


そう、今は亡き早苗の本名は、黒羽 早苗。黒羽家といえば、日本で指折りの大富豪だ。


何でも、日本各地に様々な会社を持っていて、金に困るということは決してないらしく、自宅もかなり広い。・・・おもちゃ会社も持っていたはずだが、この間出たデータによればA・B・K社よりも利益は少ないらしい。が、それでも十分な利益を上げている。


その黒羽家の動向を、なぜA・B・K社が探る必要があるのだろうか? おもちゃ会社として、どういう商品を出すのか、という営業的な探りだろうか? それとも、さっき言っていた殺し屋が関係している探りなのだろうか?


「・・・シリス、明に説明してやってくれ」


「はい、かしこまりました。それでは、明さん。これを見てください」


シリスは、手の中に書類を明に手渡した。


中身は・・・・・はっきり言って何を書いているかさっぱりだ。英語で書かれていて、内容が半分も理解できない。わかるとすれば、この真ん中に書かれている棒グラフくらいか。日付は何とか読めるから、これは何とかいけそうだ。


えっと、Marchだから3月か。見てみると、1日から今日27日にかけて、棒グラフがだんだん長くなってきている。これは、つまり多くなっているということだろう。上に向かって長くなっているのだから間違いない。これくらいはわかる。


横についている数字を見てみる。5ずつ多くなってきており、27日には15の目盛りまで棒グラフが上がっている。だが、単位がわからない。センチなのか、メートルなのか、それともリットルなのか。それが書かれていないから、何が多くなってきてるのかまではわからなかった。KILLERと大きく横に書かれているが・・・・・何のことだかわからない。


「それで・・・・・これは?」


「貴方をマークしている、黒羽家専属の殺し屋の数です」


「お、俺を?! 何で?!」


「それは・・・・・わかりません。ただわかることは、黒羽家の殺し屋が貴方を狙っている、ということです。今はまだ様子を見ているようですが、いつ襲撃してくるかわかりません」


「・・・なるほどな。わかった。つまり、俺の周りのやつに危害を加えないために、外国へ飛べっていうことか」


「早い話、そういうことだ。黒羽家の殺し屋は荒っぽい連中ばっかでな、ビルの爆破解体に例えるんだったら、俺の会社のやつらは周りに被害を出さないように最小限の爆薬でビルの重要な柱だけを爆破するが、黒羽家の殺し屋はありったけの爆薬を仕掛けて盛大に解体をやる。周りの被害なんてお構いなしにだ」


「・・・よくわかる例え、ありがとうよ」


「どういたしまして」


明は、腕組みをして悩んだ。


今自分の身の回りには、いつ襲ってくるかわからない殺し屋が付きまとっている。もし、ここで幸一に頼みこんで殺し屋を追い払ってもらったとしても、またやってくるに決まっている。・・・死体に沸く蝿や蛆虫を追い払っても、数分後にまたわらわらと沸いてくるのと同じだ。追い払っても追い払ってもきりがない。


だからといって、自分1人外国へ行っていいものなのか? 明には親戚もいない。それは、自分がいなくなれば刹那をたった1人家に残すことになる。早苗が残してくれた最後の宝物を、無用心に誰もいない家で1人暮らしさせることになる。・・・・・刹那はまだ子供だ。そんなことさせるわけにはいかない。親のいない寂しさは自分が一番よく知っている。だからこそ、刹那を1人暮らしさせたくなかった。


でも、だ。それでも、自分が刹那の近くにいれば、自然に刹那は危険に晒されることになる。シリス今はまだ襲ってこないようなことを言っていたが、それでもいつ襲ってくるのかわからない。いつ刹那が危険な目に合うかわからないのだ。


自分にも、この会社の殺し屋のように戦える力があれば刹那を守ってやれる。でも、そんな力はどこにもない。明は殺し屋としての訓練を全く受けていない、至って普通の人間だからだ。そんな戦闘力のない人間がいたところで、刹那は守れない。何もできず、刹那を殺させてしまうかもしれない。明らかに、自分は刹那を危険に晒す存在だ。・・・・・邪魔なのだ、自分は。


「・・・栄転するよ。そのほうが、刹那にとっては安全だろ」


「・・・そうか、わかった。シリス、色々準備を頼む」


「かしこまりました」


シリスは一礼すると、明と幸一を残して社長室を後にした。手際のいいシリスのことだ。外国への連絡先、航空機の手配、外国支店の周りかた等のマニュアル作成などを、1時間ほどで済ませてくれるだろう。


「外国に行っても、念のためうちの殺し屋を派遣させて、お前の周りを監視させることにするよ」


「あぁ、ありがとう」


「・・・やっぱり、刹那君のことが気がかりか?」


「まぁな。まだ中学生だぞ? 1人暮らしさせるのにはちょっと抵抗があるよ」


「大丈夫だろ。ずっと1人で暮らしてきたお前の子なんだから、しっかりやるさ」


「・・・それでも、俺と同じ境遇にはしたくなかったよ」


「・・・・・」


幸一は、明に何も言うことができなかった。何を言っても、慰めにならないような気がした。


幸一だって、明の事情を知っているから、こんな大切な時期に2人を引き離したくない。誰が好き好んで、息子が中学に入学する直前に親を海外へ栄転させるものか。


だが、引き離さなければならないのだ。明と刹那のことを思ってこそ、明を海外へ飛ばさなければならない。


本当は一緒に居させてやりたい。家族が一緒に暮らすという当たり前のことを、どうしてこの男だけ味わうことが許されないのか、と憤りを感じた。


「家に帰る。このこと、刹那にも伝えないといけないし」


「あぁ・・・わかった」


片手をあげて幸一に挨拶をし、明は社長室を出て行った。







+++++







「じゃあな〜、俺外国行ってくっからいい子にしてんだぞ〜」


「はぁ?」


家に帰り、うきうきと上機嫌に入学式の準備をしている刹那に、明はそう切り出した。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! どこの世界に、中学校1年の息子をほったらかしにする親がいるんだよ!」


必死になって刹那は抗議の声をあげた。・・・この頃の年代はまだ親が必要だ。そのことを、刹那自身もわかっているのだ。1人でなど、生きていけないと。


「そう言うな、色々と事情ってもんがあるんだよ。な? いい子だからわかってくれ!」


軽く、本当にそこら辺のコンビニにでも行くように軽く、明るく明は続ける。真面目に刹那と話すことも考えたが、本当のことも言うこともできず、そしてもっともらしい言い訳さえも思い浮かばなかった以上、そんなことをしても意味のないことのように思えた。


だから、こうやって明るく別れることを明は選んだ。この年齢で親のいない生活を余儀なくされる刹那に、『怒り』と『寂しさ』を柱にして生きてもらおうと考えた。・・・かつて自分が、両親を呪って生きてきたときのように。


「わかるわけないだろ! 事情ってなんだよ!」


「ガキは知らんでいいんだよ。これは大人の問題なんだからな」


「何だと・・・」


「おっと、そろそろ時間だ。ほらよ」


そう言って、あるものを刹那に投げ渡す。ぶっきらぼうに、さもどうでもいいように。


「通帳・・・?」


「あぁそうだ。毎月金は振り込む。うまくやりくりして何とか生き延びるんだな」


「ふざけんなクソ親父!」


手にした通帳を叩きつけ、刹那は明に掴みかかろうとする。

明は刹那の手をするっとかわし、そのまま玄関へと逃げた。


「それじゃあな。達者で暮らすんだぞ〜はははは」


「待てよ! 話は終わってねぇよ!」


追いかけてくる刹那を尻目に、明は外に止めてあった車に乗り込み、そして発車させた。


「いっつも家に居ないでよ!! 挙句の果てに外国に行くって何だよそりゃ!! ふざけんなよ!! あんたは俺を・・・俺を何だと思ってやがるんだぁあああああああああああ!!!!」


だんだんと遠ざかっていく最中、明は確かに刹那の心の叫びを聞いた。いつも家を不在にし、散々寂しい思いをさせた刹那の気持ちを、明は受け止めていた。


自分も・・・結局両親たちを同じだった。散々苦労させておきながら、自分を捨てたあの汚らわしい両親たちを同類だった。


早苗との約束を思い出す。俺は刹那をちゃんと見てやれなかった。孤独にさせてしまった。一緒に居てやれなかった。約束を・・・守ることができなかった。


「すまん・・・刹那・・・俺を、許してくれ」


頬を伝う大粒の涙を拭い、絶対に届かない言葉を呟く。


涙は、明がA・B・K社に着くまで止まることがなかった。





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