第122話 過去編11 〜発展
幸一の会社、A・B・K社は、シリスの活躍により目覚しい発展を遂げた。シリスはまず手始めに、どこからともなく資金を集めてき、その資金を使って工場やらビルやらを建てた。そのビルに、幸一の自宅から仕事場を移したのが一番最初の発展だった。
そして、広告やらテレビのCMやらを利用して人手を集め、商品開発部、経理部、製品試験部、営業部、管理部、と様々な部や課を確立させ、会社の中枢をどんどん仕上げていった。
その利益は、今では日本のおもちゃ企業の5本指に入るほどのものになり、日本のほぼ全ての県に店舗を置くようになるまでの成長を遂げた。
ここまで言うと、シリスのおかげでここまで成長できた、と思うかもしれないが、実は違う。いや、もちろんシリスのおかげで倒産寸前の状況は打開できたものの、うなぎ上りの成長は幸一の能力があってこそのものだった。
幸一は、おそろしく先の読める男だった。今年はどんなおもちゃがはやり、どのおもちゃが廃れていくのかを、まるで最初から知っていたかのようにぴたりと当ててみせた。そのおかげで、会社は情報を先取りすることができ、どの会社よりも先に売れるおもちゃを店頭に並べることができた。
それだけではない、幸一自身が発案したおもちゃの60%が社会で大ブームを巻き起こすのだ。奇抜で、奇妙で、斬新で、子供からお年寄りまで幅広く好まれる幸一のおもちゃは、本当に良く売れた。会社の全利益の20%は、幸一が案を出したおもちゃによるものだった。
また、幸一の性格がいいのか、部下からの信頼も厚く、『社長のために!!』と意気込んで働く社員も珍しくなかった。上に立つものが信頼できるから、部下も信じて働いてくれる。上に立つものが本当にすごいから、部下が尊敬してくれる。幸一は、そういった性格の持ち主だった。
企業の頭である幸一の卓越した能力。その社長の右腕であるシリスの行動力。社長を完全に信頼している部下の熱心な働き。そして、製品を購入する消費者の人気。これらが揃ったA・B・K社に、もはや恐れるものはなかった。売って売って売りまくり、どんどん利益を上げていった。企業の全てが、順調に進んでいた。
そんなある日のことだった。秘書であるシリスは、開発部の案を書いた書類を持って幸一のいる社長室のドアを数回ノックした。しかし・・・・・返事がない。いつもなら入っていいぞ、くらいの声がかかるはずなのに、それがない。
「・・・社長?」
怪しく思ったシリスは、ゆっくりと社長室のドアを開けた。・・・中にはいつもいるはずの幸一がいなかった。時間は・・・3時半。昼食には遅すぎるし、夕食には早すぎる時間だ。食事に行ったのではないということは簡単に理解できた。
となれば・・・どこだろう? いつものように会社の中を歩いているのだろうか?
「・・・ん?」
いつも幸一が使っているデスクの上に何か置いてあった。もしかしたら、書置きだろうか?
デスクに近づき、それを確認する。・・・違う、これは書置きじゃない。これは・・・・・
「写真?」
何年か前のものだろう。写真には制服を着た2人の男と1人の女が写っていた。男のほうは誰だかわかる。幸一と、その親友である明。だが、女のほうは誰だかわからない。・・・綺麗な人だ。顔立ちから上品そうな雰囲気が感じ取れ、写真の写りも抜群によかった。どこかのお嬢様だろうか?
3人とも、とっても幸せそうに笑って写っていた。明は女の肩を抱き、女は顔を赤く染めていて、幸一はその後ろから楽しそうに笑っていた。この写真を見れば、どんな人だろうと顔に笑顔が浮かんでしまうだろう。そう思ってしまうくらい、その写真に写っている3人は幸せそうだった。
キィと、ドアが開く音がした。振り向いてみると、そこには幸一がいた。幸一は、シリスの姿に一瞬驚いたようだったが、シリスが自分のデスクの上の写真を見ているとわかると、ふっと笑顔を浮かべるてゆっくりとシリスに近寄った。
「それ、高校のときの写真なんだよ。3人仲良く、綺麗に撮れてんだろ?」
「社長。どこへ行っていたのですか?」
「早苗ちゃんの墓参りだよ。一周忌だったんでな」
「・・・早苗ちゃん、と言いますと?」
「あぁ、その写真に写ってるだろ。明の・・・・・奥さんだよ」
少し寂しい目をしながら、幸一はイスに座り、ネクタイを緩めた。いつもだったら、だらしないです、と注意するのだが、それよりも先にシリスは幸一に聞きたいことがあった。
「・・・その女の方とのご関係は?」
「ただの友達だよ。いや、ただのじゃないか。親友だ。大切な親友だった」
「・・・そうですか」
なぜかはわからない。だが、それを聞いて、シリスはほっとしたような安堵感を覚えずにはいられなかった。
「2人のおかげで、俺は学生生活を楽しめるようになったって言ってもいいだろうな」
「そんなに良い方たちなのですか?」
「まぁな。お前は明とあんま面識ないから、わかんないかもしんないけどな。いいやつだよ」
幸一はイスに体を預けると、懐かしむような表情をして、ゆっくりシリスに語りかけた。
「楽しかった。明と早苗ちゃんと過ごした毎日がすげぇ楽しかったんだ。明とは小さい頃からの知り合いだったんだけどよ、早苗ちゃんとは中学校で知り合ったんだ。
入学のときに可愛いなって思って話しかけたら、予想以上に面白い女の子でさ。あまりに面白いから明に紹介してやったんだ。そしたらよ、あいつらおかしいんだ。顔赤くして、何も言わないんだよ。
こりゃ面白いことになってきたって思ってな、俺がちょっと仕組んでやったらカップル誕生ってわけだ」
遠い目をして、幸一は微笑んでいた。・・・思い出しているのだろうか?
幸せで満ち溢れていて輝かしいあの頃を、幸一は思い出しているのだろうか?
「高校受験のときはすごかったな。俺の成績はまずまずだったんだが、明がちょっと駄目でな。私立のほうに行くしかないんじゃないかって言われてたくらいなんだ。
でもあいつ、早苗と同じ学校に行くんだ、って言ってすげぇ頑張ってな、見事合格しちまった。下から数えたほうが早い成績だったやつが、進学校に合格だぜ?
俺も俺で進路なんて全然でよ、進学校にでも入れば何とかなるって思って2人と同じ学校を受験したんだ。ま、そんなことで、俺たちは3人揃って高校に入学できたんだ。
・・・俺、すっげぇ嬉しかった。またこいつらと一緒に過ごせるんだって思ったら、すげぇ嬉しくなってな。高校生活が輝いてたんだ。今まで生きていた中で一番生きてる、って感じがした時間だった。・・・・・あいつらが、学校辞めるまではな」
「え・・・・・?」
「明が早苗ちゃんを妊娠させてな、学校を辞めて暮らすって言い出したんだ。信じられるか? 高校生になって半年も経ってないうちに辞めていったんだぜ? 信じられないだろ? おかしいだろ? 普通じゃないだろ? でも、あいつらは高校を辞めたんだよ。俺を置いてな。
俺は、あいつらが辞めてから高校生活がどうでもよくなっちまった。運動会も文化祭も、全然楽しくなくてな、クラスのやつらとも何だかうまくやれなかった。話しかけてくるやつもいたけど、どうでもよかったんだ。
俺は、あいつらと一緒の高校で暮らしたかったんだ。あいつらと楽しく馬鹿やってればそれでよかったんだ。だから、それ以外のことがどうでもよくなっちまった」
幸一はそこでいったん話を区切った。2、3回深呼吸をして、再び話し始める。
「あいつらが学校を辞めて一年くらい経った頃だ。勉強なんてさっぱりだから学校を辞めて会社を興そうとしたんだ。色々準備して、いざ開店するってところで・・・・・早苗ちゃんがトラックに跳ね飛ばされて、死んだんだ」
幸一は・・・・・悲しみと怒りが混じりあったような、そんな表情を浮かべた。この表情は・・・・・悔やみに似ていた。どうしようもない後悔、取り返しのつかないようなことをしてしまったあとの表情に、それは良く似ていた。
「話しを聞いたんだ、明に。早苗ちゃんを殺したやつは・・・・・謝らなかったんだ。
謝罪の言葉に全然心がこもってなくて、人が死んだのに、自分が人を殺したってのに、なんとも思わなってなかったんだ。
だから、明はキレたんだ。掴みかかって、馬乗りになって、顔が変わるくらいにぶん殴ったんだ。悔しかったんだよ、明は。こんなやつに自分の一番大切な人を殺されたのか、って、悔しくて悔しくてたまらなかったんだ。
でも、悔しかったのは明だけじゃない。俺だって悔しかった。明と同じくらい悔しかった。ふざけんな、こんなの何だよ、って思った。あんなやつが生きてていいのかって、人を殺しておいて、いけしゃあしゃあとしてるやつが生きてる世の中なんておかしいって、そう思った。こんなゴミが生きてる世の中、間違ってるって心から思ったよ」
幸一は立ち上がり、シリスから写真と一緒に書類を受け取ると、にこっとシリスに笑いかけた。
「少し埃が被った昔話はこれで終わりだ。さ、仕事すっかな。んーと、今日は新作のおもちゃの試作ができる日だっけな。ちゃんと売れるか心ぱ―――」
「社長」
幸一の言葉をシリスの言葉が遮った。シリスの声からは、真剣さが感じ取れた。そのことから、これから話すであろうことは、とても重要なことであることが容易に予想できた。
「・・・なんだ?」
「実は、本業である殺し屋を再開しようと思いまして」
「・・・そっか。んで、出て行くのか? この会社から」
「いえ、拠点はここと決めましたから移動はしません」
「そうか。それじゃおもちゃ屋のほうも手伝ってくれるってことだよな」
幸一は笑いながら言ったが、シリスは無表情のままだった。笑っていた幸一も、シリスの雰囲気がおかしいことに気が付き、表情から笑みを消した。
「・・・つまり?」
「私に、一つ考えがあります。聞いていただけるでしょうか?」
「・・・何だ、言ってみろ」
「社長・・・この会社で、殺しをやりませんか?」
「ふざけんな」
幸一は一言そう言って、イスから立ち上がった。そして、無表情でこっちを見つめているシリスを睨みつけ、言った。
「この会社はおもちゃ屋だ。殺し屋じゃねぇ。子供に夢を提供する会社だ。殺し屋なんてできるわけ―――」
「しなければならないのです。子供に夢を提供するのならば、なおさらです」
幸一の言葉を遮って、シリスが言った。・・・シリスは、何が言いたいのだろか? おもちゃを作る会社で殺しをやるなど、聞いたことがない。
表ではおもちゃを作って子供に夢を与える。裏では殺し屋を派遣して人を殺す。・・・どう考えてもおかしい。殺し屋をやることは、今までやってきた『夢を作る』ということをぶち壊すことに繋がる。それなのに、シリスは夢を作るのだったら殺しもやらなければならない、と明らかに矛盾していることを言う。一体どういうことなのだろうか?
「先ほど社長がおっしゃられていたでしょう。ゴミが生きてる世の中など、間違っている、と」
「それがどうした」
「間違っているのです、そんな世の中は。今、世界はゴミで溢れています。ゴミは掃除しなければなりません。世の中に悪影響を与えるものは取り除かなくてはなりません。だからこそ、私たちが掃除するのです。取り除くのです。エゴの塊を排除し、世の中を一掃し、綺麗にしなければならないのです」
「言っている意味がわからない」
「ゴミが溢れれば、その被害は今私たちが夢を与えている子供たちにも及びます。犯罪に巻き込まれたり、ゴミに感化されて犯罪を起こす可能性が出てくるのです。
・・・早苗さんのような人が、この先増えないとも限りません。そのような人を増やさないためにも、失ったことで悲しむ人を増やさないためにも、私たちが掃除しなければならないのです」
「・・・・・・」
幸一は、何も言い返せなかった。早苗を失った悲しみを受けたのは、何も明だけではないのだ。幸一だって、心に傷を負った。親友が死んだのだ、殺されたのだ、命を奪われたのだ。葬式の日は、悲しみよりも怒りがこみ上げてきたことも事実だ。許せない、こんなにいい子の命を奪うなんて、絶対に許さない。あの日は、震える拳を握り締めて、そう思ったものだった。
そして1年経った今でも、その思いは変わっていない。許せない、絶対に許せない。その強い怒りだけは、どうしても収まらなかった。
よく、悲しみは時間が癒してくれる、ということを耳にする。確かにその通りだ。当初は、もう2度と会ったり、3人で馬鹿やることもできなくなったのだと、悲しみに明け暮れた。目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなった。
しかし、今は違う。もう戻ってこないのだ、と踏ん切りをつけることができた。早苗の死と向き合い、戻れない過去に未練を残したりはしなかった。
そう、悲しみは癒えた。だが、怒りはどうしても収まらない。どうしても、親友を奪ったやつへの復讐心の炎が消えない。1年以上経っているこの瞬間でもだ。思い出すだけで、決して消えることのない怒りの炎が燃え上がってくる。
「私が殺し屋になった理由は、両親が麻薬中毒者に殴り殺されたことからでした。私の両親は、厳しいながらも優しい人たちでした。温かい人たちでした。殺されていいはずの人間ではありませんでした。私は思いました。こんなことがあっていいのか、と。ゴミに大切な人が奪われる世の中など存在して許されていいのか、と」
「・・・・・」
「別に殺し屋になるつもりはありませんでした。殺せればよかったのです。今のように、証拠も何も残さず、殺す必要もなかったのです。殺したあとは、どうなっても構いませんでした。
そして、私はついに両親を奪った中毒者を殺すことに成功したのです。長年の恨みと怒りが、殺した瞬間になくなりました。両親の仇を取ったのだと、思いました。しかし、そのあとに残ったのは、罪悪感と虚しさだけでした。確かに、怒りは消えました。長年の恨みを晴らすことができました。ですが、それだけだったのです。復讐心しかなかったのに、それを消してしまった私には、もう何も残っていませんでした」
シリスは、自嘲気味に笑いながら話を続けた。
「おかしいですよね。あんなに殺したい殺したいと思っていたのに、いざ殺してみたら・・・怖くなってきたんですよ。自分が人の命を奪ったんだって。殺したんだって。自分は、人殺しなんだって。そう思ったらですね、怖くて怖くて震えが止まらなかったんです。
いっそ、警察に逮捕されたらいいって思いましたよ。人殺しをした私に相応しい罰を与えてくれれば、どれだけ楽になれたことかって。しかし、幸か不幸か警察は現場に残された証拠では、私にたどり着くことはできませんでした。
自首することも考えました。警察が見つけてくれないのだったら自分から楽になろうって。でも・・・おかしいんです。楽になりたかったのに、今度は捕まるのが怖くなってきたんです。
矛盾ばかりの自分に嫌気がさしましたよ。人を殺したことを苦しむのも嫌、捕まるのも嫌。自殺すら怖くてできない。情けなかったです。こんな怖がりの自分が、よく人を殺せたものだと思いました。
私は考えました。ベッドの中で震えながら、自分はこの後どうすればいいのかを必死で考えました。そして、答えにたどり着いたのです。殺し屋になる、という答えに」
シリスの瞳は真っ直ぐだった。過去を話していたときの瞳とはまるで違う。生気が満ちたような、そんな瞳だった。
「私のように、どうしても殺したい相手を殺した後、後悔する人が出てくるかもしれない。やらなければよかったと、思う人が出てくるかもしれない。罪を償うことなく、一時の感情で背負ってしまった十字架に一生苦しむ人が出てくるかもしれない。
私は、その人たちの代わりに人を殺すことを決意したのです。本来犯すはずではなかった人々の罪を、私が犯すことを決意したのです。私1人身代わりになって、人を殺すことによって穢れる人の数が少しでも減ればいい、と、そう思ったのです」
幸一は、黙ってシリスの話を聞いていた。表情ひとつ変えることなく、真剣にシリスの話に耳を傾けていた。
シリスが決断したことは、社会的に許されるべきものではない。いくら人のためになっているとはいえ、人の命を奪っているシリスは罰せられなければならない存在だ。人を殺していいのは、『法律』だけだからだ。人が人を殺してはいけないのだ。
幸一はシリスを非難したりはしなかった。詭弁だと言って、人の命を奪っているシリスを罵ったりしなかった。ただ、シリスの瞳を見つめているだけだった。幸一の表情からは何も伺えない。無表情のまま見つめているからだ。幸一が何を思ってシリスを見ているか、わからなかった。
長い沈黙のあと、幸一の口がゆっくりと開いた。
「お前の言いたいことはよくわかった。・・・俺は、お前がやってることが間違ってるっては思ってない。躊躇なく、人のために穢れていくお前は正しいと思う。社会がどう思うか別にしてな。
でも、所詮は他人事だろう? お前のやってることは、見ず知らずの他人のために自分の手を汚しているだけにすぎないんだ。自分のためになんてこれっぽっちにもならないし、誰かに認められるわけでもない。それなのにどうして、お前はそこまでして他人の罪を受け入れるんだ?」
「言いましたよね? 私は、他の人が私と同じようにならないようになればそれでいいのです。そのためならいつ死んでも構わないし、どんなに苦しい殺されかたをされても構いません」
「死ぬのが、怖くないのか? 他人のために死ぬのがなんとも思わないのか?」
「はい。恐怖はありません。いつ殺されたって、構いません」
それを聞くと、幸一の真面目な表情が一変し、いきなり笑い出した。声を上げて、ははは、と。
シリスは幸一の行動が理解できなかった。どうしてこんな真面目な話をしているのに、自分がどれくらいの覚悟を持っているか話しているのに、なぜこの人は笑っているのだろう? それが、さっぱりわからなかった。
「どうして笑うのですか?」
「いや、お前らしいなって思ってよ。なんていうか、熱心だなって。特に、自分を犠牲にしてまで役に立ちたいってとこがな」
そう言うと、幸一は座っていた椅子を回転させ、シリスのほうへ体を向けて再び話しを続けた。
「でもな・・・自分を犠牲にして、それで助かった他人がどう思うか、考えたことがあるか?」
「? それは、ありがたいと思うのではないのですか?」
「そうだな、そう思うかもしれない。でも・・・自分のせいで死んだって、そう思って苦しみながら生きるかもしれないな」
「・・・え?」
自分のために犠牲になって、死んで・・・そして助かった人間がどういう結末を迎えるのか、幸一は知っていた。
早苗が身を呈してまで助けた男の子は・・・目の前で起きた惨劇のせいで口が利けなくなってしまった。
自分のせいでトラックに撥ねられ、そして耳障りな骨の砕ける音とありえない量の血を見たという多大なストレスがトラウマとなり、そうなってしまったそうだ。
もちろん命には代えられない。声と命、どちらが大切かは明白だ。生きているだけマシという考えもある。
だが、早苗という犠牲の上で生きながらえた男の子の人生は楽しいものにはならないだろう。自分が早苗を殺してしまった、と思いこんでしまっているためだ。例えそうじゃないと周りが言っても、おそらく男の子は聞き入れない。
犠牲が成した命の結果が・・・これだった。
「悲しいな、犠牲っていうのは。助けたほうは死に、助けられたほうは重いものを背負って生きていかなくちゃならない。誰が救われるんだっていう話だ。・・・俺の言いたいことが、わかるか?」
「・・・・・」
「自分を犠牲にしてまでっていう考えは止めろ。それだと誰も救われない。お前が生きないと、『救われたほう』は『救われない』んだ。・・・生きろ、何をやるにしてもそれが一番だ」
「・・・はい」
しょぼくれていたシリスの頭に幸一の手が乗せられ、そのままわしわしと撫でられる。・・・少しだけ気持ちがよかった。
「・・・なってやるよ、殺し屋に」
「社長・・・・・?」
幸一がどういうつもりで殺し屋になると言ったのかはわからない。1人孤独に手を血に染めていくシリスを憐れに思ったからかもしれないし、幸一自身がシリスの考えに賛同したのか、どっちかはわからない。
でも、1つだけ確かなことがある。幸一の言葉が耳に入ったとき、シリスは自分の胸が熱くなるのを感ことだ。心臓がいつもより早く動いているのだけど、どこかほっとするような感じがする。
シリスは、この気持ちが一体どういうものなのか、わからなかった。今までにない、温かい気持ち。それも、幼少のころ両親と暮らしていたときとはまた違うものだ。これがどんな感情を表しているのか、さっぱり理解できなかった。
理解できなかったけど、胸の中の気持ちを言葉にして幸一に言ってみることにした。今は、そうすることが一番正しいような気がした。
「社長・・・・・」
「んぁ? 何だ?」
「・・・えっと、その、ありがとうございます」
「なぁに、気にすんな」
・・・何だか自分の気持ちと少し違うような気がしたが、言葉にして伝えることができたので良しとする。
「でも社長・・・・・本当によろしいのですか?」
「あぁ。ただ、お前とはちょっと人を殺す理由が少しだけ違うけどな。未来を作る子供たちを脅かすやつらを掃除するために、俺が汚れる。例え間違ってると言われようとも、俺は絶対やり遂げてみせる。絶対明るい未来を築いてみせる」
そう言った幸一の目は、自分が今から間違っている道に進もうとしているのにも関わらず輝いていて、まるで夢を追いかける純粋な子供のような目をしていた。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!