第121話 過去編10 〜金髪
幸一はいつものように、何かおもちゃのネタはないものか、と町をぶらついていた。
勢い良く学校に退学届けを出し、会社を興したのはいいがどうも軌道に乗らない。たまに面白い、と子供たちが買っていくだけで、そんなにバンバン売れているわけではない。・・・幸一は、いまさらながら己の無謀さを思い知っていた。このままだと、明に今月分の給料だって払えないかもしれない。
まいったなぁと、頭をガリガリ掻いて再び歩き出すと、ちょっとした人ごみにが目には入った。ベンチのあるところで、特に掲示板みたいなものはなかったはずだ。・・・一体なんだろうか? 幸一は持ち前の好奇心に身を任せ、その人ごみに混じっていった。
「ぅおっと、ちょいとごめんよっと」
人を掻き分け掻き分け、やっと最前列のほうまで来ることができた。さてさて、どんな面白いものが・・・
「んぁ?!」
いや・・・これは・・・面白いっていうか、何と言うか・・・言葉が思いつかない・・・。
幸一の予想通り、視線の先には確かにベンチがあった。木製で、ペンキ塗りたて注意! と書かれた紙だって貼ってないし、目を疑うようなデザインというわけでもない。いたって普通のベンチである。・・・上に寝ているもの以外は。
何の変哲のないベンチに寝ているのは・・・・・金髪の美人さんだった。ザマス口調の教育ママがよくしそうなメガネをしているが、長い時間かけていたためかちょっとずれている。体中には新聞紙が巻かれており、せっかくの美人が台無しになっていた。・・・ってか、ホームレスだったら公園に行けよ・・・。ここって、町中の中央広場だぞ?
・・・・・まぁ、これなら確かに人を集めるわな。こんな外国人の美人さんが町中のベンチでホームレスまがいのことをすれば誰だって注目する。
「・・・ん・・ん・・・」
金髪の美人が目をこすり、ふわぁ〜、と可愛らしいあくびをしながら、むくりと上半身を起こした。と、同時に、腹の部分の新聞紙がパラッと剥がれ落ちた。
「!? いぃッ!!」
驚きの声をあげたのは幸一だけではなかった。それもそのはず、剥がれ落ちた新聞紙の下には金髪美人の白い肌が見えていた。こいつ・・・服着てねぇのか?!
金髪美人は自分の周りに人が集まっていることを不思議に思ったのか、メガネをくいっと直すと周りをきょろきょろと見渡していた。あぁ〜!! そんな動くな!! 動いたら・・・!!
はらり。
「ぎゃぁぁああああああああああ!!!」
胸の部分の新聞紙が落ちる寸前で幸一は飛び出した。自分の服を素早く脱いで美女に羽織らせ、その体を担いで迅速にその場から離れた。・・・人々が何か叫んでいるが気にしない。逃げるが勝ちとはよく言ったものだ。
町の裏通りを爆走している幸一に担がれている美女は、きょとん、とした表情のまま幸一の顔をじっと見つめていた。くっそ〜、こいつ人の苦労も知らないでよぉ〜!! と心の中で不満をぶつけながらも、幸一は走っていた。目指す先は自分の店。走る走る走る。
最後の曲がり角を曲がりきると、自分の店が見えた。周りに人は・・・・・よし、誰もいない。幸一は最後の数メートルを駆け、自分の店に逃げ込むと、とりあえず人目のつかない奥の部屋まで美女を運んだ。
「はぁ・・・はぁ・・・あぁ〜、疲れた」
「・・・・・」
脇に抱えた美女を下ろす。美女は下ろされたままペタン、と座り込み、じっと幸一を見つめたままでいる。・・・美人に見つめられるのも悪くないな、うん。だが、それよりもまず聞きたいことがある。
「んで・・・あんたは何であんなところで寝てたんだ?」
「・・・・・」
「・・・自己紹介がまだだったな。俺は佐々木 幸一、このおもちゃ会社の社長をやってる。あんたは?」
「・・・・・」
「ってか、身包み剥がされたのか? 新聞紙が服って、ホームレスでもなかなか着ないぞ?」
「・・・・・」
美女は幸一の問いかけに答えず、ただ幸一の目ばかりじぃ〜と見つめてくる。・・・ひょっとして、話せないのだろうか? 可能性はある。金髪だし、目は青いし、どう見ても日本人じゃない。日本語がわからない、というのにも頷ける。
まいったなぁ〜、という顔をした幸一は立ち上がり、部屋の隅のほうにあるタンスを開け、ごそごそ、と服を漁る。適当な服とズボンを取ると、飽きずにじぃっと自分のほうを見てくる美女の顔に服を投げてやった。
「・・・とりあえず、服着てくれ。興奮しちゃうから、なるべく早くな」
「・・・・・」
顔に服が命中したため、メガネがずれていた。くいっと直し、服を着ようと纏っている新聞紙を剥いでいった。
「うぉ!! 待て待て!!」
大声で叫ぶと、美女はビクッと身を強張らせ幸一の顔を見た。
「・・・着替えるのは俺のいないとこでやってくれ。今、茶でも淹れてくるから」
幸一の言葉にこくこく、と頷く美女。それを確認した幸一は部屋から出て行き、台所のほうへと向かった。
ガスコンロに上がったままのやかんには水が入ったままだ。そのまま火を点けると、棚から茶葉と急須を取り出してセットする。あとは湯が沸くのを待つだけだ。その間、部屋で着替えをしているだろう、謎の美女のことについて考えてみる。
とりあえず・・・・・話は通じるだろう、ということは簡単に予想できた。だってさっき、「着替えるのは俺のいないとこでやってくれ」と言い終わったとき、あの美女は頷いてみせた。話が通じないのだったら、さっき自己紹介をしたときのように何も反応できないはずだ。それなのに、あの美女はこくん、と頷いた。日本語が理解できている、と取ってもいいだろう。
それと、これはわかりやすい。彼女は日本人ではないこと。・・・まぁ、これは外見でわかる。そんなに難しい話ではない。
あとは・・・・・自分にとって害となる人間なのか、得となる人間なのか、だ。
もしかしたら、外国でとんでもない事件を起こして日本に逃げ込んだ凶悪犯罪者かもしれない。これは明らかに自分にとって害となる人間に当てはまる。その場合は・・・・・速やかに帰ってもらおう。極力機嫌を損なわないように・・・。間違って殺されないように・・・。
でも、もし悪いやつに騙されて身包みを剥がされ、必死になって逃げてきたのだとしたら・・・。そうだとしたら、さっきの美女は自分に害となるどころか得となる人間かもしれない。・・・うまくいけば、美女の生活を援助してやるかわりに、ここで働いてもらえるかもしれないからだ。
こんな小さな会社には、働かせてください、という就職希望者など来やしない。来たところで、給料を貰えるかどうかわからないからだ。かといって、自分達から何かしらのアクションを起こそうとしても金がない。つまり、これ以上従業員を増やす手立てがないのだ。・・・・・それが、うまくいけば金銭的なアクションを起こさずとも従業員が手に入る可能性が出てきた。
さて、自分にとって害になるのか、それとも得になるのか、いずれにせ―――
ピィィィイイイイイイ!!!!
「のわ!! やべ、沸騰してる!」
考え事のせいでお湯が沸騰してるのに気がつかなかった。素早く火を消し、セットしていた急須にお湯を注ぐ。・・・・・うぁち!! 湯が跳ねた!! あっちぃ〜!!
ちょっとアクシデントはあったものの、急須にお湯を入れることに成功した。次に棚から適当な湯飲みを取り出し、その中にお茶を注ぐ。普通なら蒸らすとか、何かやるはずなのだが、生憎幸一はそういうことはさっぱりだった。お茶の味がすればそれでいいや、そんな感じである。
置いてあったお盆の上に自分の分と美女の分の湯飲みを置き、そのまま美女の待つ部屋へと向かう。・・・服は、着てるよな? がらっと戸を開けたらまだ着替え中でした〜なんてベタなこと、ねぇよな?
部屋の前までたどり着き、一応戸をノックする。・・・しかし返事がない。もう一度ノックしてみる。・・・やっぱり返事がない。まぁいい、入っちまおう。
「お茶持ってきたぞ〜」
中に入ると、・・・・・よかった、ちゃんと服は着てる。服を着た美女は、部屋にあるマンガを読んでいた。日本語がわかっていて読んでいるのだろうか? それとも、ただ絵を見ているだけだろうか?
さて、とりあえずこいつには事情を聞かなければならない。なぜあんなところで寝ていたのか・・・いや、それよりも先に、こいつが自分にとって害になるか得になるのかをはっきりさせたほうがいいか。しかし、こいつが素直に話してくれるだろうか? 嘘をついたり、隠したりするかもしれない。どうすれば本当のことを聞きだせるだろうか?
いや、その前に日本語が話せるかどうか、だ。何をたずねても、日本語が通じなければ文字通り話にならない。仮に通じるとしても、通じないふりをして隠し通されればどうしようもない。一体、どうすればいい・・・?
頭をひねらせ、どうしようかと考えている幸一に気がつき、美女はマンガを読むのを止めた。
「あ、来ましたか。遅かったですね」
・・・もはや隠すつもりはないらしかった。話し方からして、ちゃんと日本語が通じるらしい。そこら辺の日本人と変わらない、普通の日本語だった。
持ってきたお茶を美女の目の前に置くと、幸一はとりあえず正面に座った。
「あ、緑茶ですか。ありがとうございます」
そう言って、美女はお茶の入った湯飲みを取り、ずず〜っと啜った。幸一が思っていたよりも美女はお茶が好きらしく、しばらく湯飲みから手を離さなかった。
{・・・さて、とりあえず聞くことは聞いておかないとな}
幸一は美女が湯飲みを空にするのを見計らい、事情を聞くことにした。
「んで、お前さんは一体何者なんだ? あんな町中のベンチで新聞紙巻いて寝てるなんて普通じゃ考えられないぞ?」
「私は殺し屋です。自分で言うのもなんですが、腕はいいほうです」
「お帰り願います!」
殺し屋って・・・・・思いっきり害になるじゃねぇか!! と、思う前に幸一は拒絶の言葉を口にしてしまった。はっ、そのこと気がつき、幸一の顔はみるみるうちに青くなっていった。
・・・まずい、下手に怒らせたら俺の命が危ねぇじゃねぇか・・・。殺されるのだけは、何とか避けねぇと。この歳で死ぬのもごめんだしな・・・・・。
「えっと・・・・・その・・・・・帰ってくれないか?」
ってこれじゃ逆効果じゃねぇかぁぁぁああああああ!!! 殺されるっつぅの!!!
だが、美女は別に構わない、と言ったような表情で、幸一に言った。
「お断りします。もう私は行くところもありませんので、ここに住ませてもらいます」
「・・・どういうことだよ」
「私は日本に来る前まではアメリカにいたのです。腕が良かったので業界で有名になり、名前を聞きつけた企業からたくさん仕事もきていたのです。しかし、仕事を高い確率でこなす私を邪魔に思う他の殺し屋の連中が、私を抹殺しようとしたのです」
仕事、というのはおそらく殺し屋の仕事だろう。利益に支障が出たり、人々を権力で苦しめる人間をこの世から抹殺するという、テレビか小説、アニメでしか見たことのないあの仕事だ。
この美女は、依頼された抹殺の仕事を高い確率でこなしてしまう。そのため、依頼する側の企業にとっては利用できる人間ではあるが、他の殺し屋からしてみれば自分たちの仕事を取られてしまう邪魔者だということだ。
確かに、腕が良いほうと悪いほうならば、大半の人は腕の良いほうに仕事を依頼する。その内容が重大なものだったらなおさらだ。失敗したら取り返しがつかなくなるのだから。
つまり、美女がいる限り腕の悪い自分達には仕事の依頼が来ない、と思った殺し屋の連中が同盟を組み、この美女を消そうとしたわけだ。
「って待て。あんた、アメリカから来たんだったら、なんでそんなに日本語が上手いんだ?」
「勉強しましたので」
「・・・わかった。それでどうなったんだ?」
「1対1ならば私も負けませんが、相手はいくら腕が悪いとは言ってもまとまった殺し屋の団体・・・・・逃げるしかありませんでした。連中が撃ってくる弾丸を交わし、迫り来る刃をかわし、何とか海に飛び込んで逃げることに成功しました」
「海って・・・・・まさか、あんた泳いで太平洋を横断したのか?」
「まさか。貿易船の船底にしがみついてですよ。泳いでなんて無理に決まってるじゃないですか」
・・・いや、それでも十分すごいと思うが・・・。
「しがみついたはいいものの、貿易船の行き先がさっぱりわからなかったので、日本に来れたのは幸運でした。ここならいくらでも利益の邪魔になっている人間がいるでしょうからね。腕の見せ所、というわけです」
「ちょっと待て、そんならあんたは何であんな格好であんな所で寝てたんだ? 仕事がごまんとあるんだから、服と寝床くらいはあるだろ」
「いえ、仕事をする前に拠点を確立しなければなりませんから、それを得るためにやったまでです。あの様な格好をしていれば、同情してくれる人もいると思ったので」
・・・それにまんまとはまったわけだ、俺は。
だが、美女の思い通りにはならないだろう。なぜならば、この美女は幸一にとっては害のあるほうに分別されたのだ。この家に置いておくわけにはいかない。
ひょっとしたら、ほんの些細なことで殺されてしまうかもしれない。・・・そんなのはごめんだ。この美女には悪いが、出て行ってもらおう。
「そうですか、この家には住ませていただけないのですね」
「!? な、何で・・・?」
「殺し屋は読心術ができますので、無防備な心ではない限り、考えていることがわかるのですよ。もちろん、あなたが私を追い出そうとしていることも・・・・・ね」
「・・・・・・」
「そうであれば仕方ありません。あなたはここで死んでもらわなければなりませんね」
「な、なんで・・・・・!!」
「殺し屋の存在・・・・・つまり、私が日本にいることを知ってしまったので。不本意ではありますが、自分の命には代えられません。ここで口封じをさせていただきます」
言うなり、美女はゆらり、と立ち上がった。幸一を見ている美女の目には殺意が込められており、まず間違いなく自分を殺すだろう、ということが手に取るようにわかった。
普通だったら、命を狙われているのだからすぐにその場から逃げるはずなのだが、幸一はそうしようとはしなかった。いや違う。しようしないのではなくて、できなかったのだ。
体が・・・・・動かない、この美女から、逃げれない。小さな針が全身に突き刺さるような感覚、それが邪魔をしているのか、体がぴくりとも動かなかった。
これが、本物の殺気。逃げたくとも逃げられないこの感覚は、蛙が生きたまま蛇に丸呑みされるときと同じかもしれない。脱出したくとも脱出できない。生きたまま、恐怖を味わいながら、ゆっくりと死んでいくしかない。おそらく今の自分の顔は、恐怖のあまり歪んでいるだろう。目の前に死に、恐怖しているだろう。
そんな中、美女は言った。一言だけ。
「もう一度確認のため聞かせていただきますが・・・・・この家に置いてもらっても構いませんね?」
「・・・どうぞ」
幸一だって、死にたくはない。だから、気が付いたときにはそう答えてしまっていた。
幸一の承諾を得ると、美女は今まで出していた殺気を収め、柔らかい笑顔になった。・・・・・まるで、こうなるとわかっていたかのように。
「ありがとうございます。その代わり、家賃のほうはしっかりと払わせていただきますので」
「そうしてもらえると助かる。こっちは明日にも会社が潰れそうなんでな」
「? どういうことですか?」
「言葉の通りだ。この会社・・・・・おもちゃが全然売れなくて困ってんだよ」
ため息をつきながら、幸一は美女に言った。こんなこと、言ったところでどうにもならないのだが、言わないと殺されそうなので大人しく言うしかなかった。
美女は幸一の言葉を聞くと、腕を組んで考えるような格好を取った。
「・・・経営が続けにくい状況なのですか?」
「まぁ、早い話そういうことだ。社員が1人いるんだけど、そいつにだけは給料を払ってやりたいんでな」
「ちょっと商品と仕事場を見せてもらっても構いませんか?」
「まぁ、別にいいけど」
幸一は腰を上げると、下に向かって人差し指を指した。
「ここが仕事場だ」
「・・・は?」
「だから、ここが仕事場なんだよ。そこの棚に彫刻刀があるだろ。それで仕事してんだよ」
美女は、幸一の言っている棚に目をやった。・・・なるほど、確かに彫刻刀がある。今時、誰も使っていなさそうな古臭い彫刻刀だ。仕事で使っていると幸一から聞かなければ、ずっと棚の中で眠っているだろうと思うくらいに、それは古びていた。それに、刃の部分が錆付いている。ちゃんと木を彫れるかどうかも怪しい代物だった。
軽く眩暈を覚えながらも、美女は幸一に言った。
「・・・商品を見させてください」
「わかった。・・・・・ん〜・・・・・ほらよ」
がさごそと、幸一はポケットの中を探り、手にしたものを美女に手渡した。
それは・・・・・綺麗にできた木製のひよこだった。塗装はされておらず木目が出ていたが、しっかり磨かれており、艶も出ていた。・・・なるほど、この出来ならば店頭には並ぶだろう。機械ではなく、手作りというのならばなおさらだ。珍しいもの好きだったら適当に買っていくだろう。
と、美女はおかしなところを見つけた。ひよこのお尻の部分から、細長い紐が伸びているのだ。・・・なんだ、これは?
「・・・? これは?」
「あぁ、引っ張ってみてくれ」
言われたとおり、美女は紐を引っ張った。
『ピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨ』
カッチン、という音の後に、可愛らしい鳴き声がひよこから聞こえてきた。
「・・・・・」
「可愛いだろ。作るのに苦労したんだぜ?」
「ありきたりですね。手作りというのには驚きましたが、この程度ならばそこらにゴロゴロ転がっていますよ」
「・・・マジかよ」
「大マジです。これなら売れなくて当然、今日まで会社が潰れなかったのがおかしいくらいです」
美女にはっきり言われた幸一は、大分落ち込んだのか、部屋の隅で小さくなっていた。・・・まぁ、これくらい言わないとこの現状は覆せない。現実を知らず、無知なまま行動を起こせばいずれ倒産してしまうことになるのは目に見えている。
だからこそ、今目の前に叩きつけられている現実をしっかり見据えて、今後どうするかを考えていかなければならない。
美女はため息を一つついて、幸一に言った。
「・・・仕方ありませんね。ひとまず殺し屋としての仕事は後回しです。店が軌道に乗るまで、私が手伝いましょう」
「げ!!」
『手伝う』という単語を聞いた幸一は、勢い良く振り返り、ものすっごく嫌な顔をして美女を見た。
幸一が嫌がるのも無理がないのかもしれない。殺し屋が店員のおもちゃ屋に、客が来るものか。・・・いや、さすがに殺し屋だということは伏せるだろうが、それでもかえって邪魔になりそうな気がする。人手が欲しいと言っても、殺し屋の人手なんてあんまりだ。
そんな顔を向けられた美女は、じとっと恨めしそうな目で幸一を見た。
「・・・・・げ、ってなんですか? げ、って。失礼ですね」
「だってお前・・・・・」
「心配無用です。私は殺し屋・・・依頼してくるのは大半が大手企業の人間です。どのようにすれば会社が大きくなるのかは、あなたよりも知識があります」
・・・いまいち納得がいかなかったが、了承するしかないようだ。もう一度文句を言おうものならば、殺されるかもしれない。下手に断れるわけがなかった。
それに、本人だって詳しいと言っているのだ。うまくいけば、倒産寸前のこの会社も軌道に乗ることくらいはできるかもしれない。
人生の中で一番つらい思いをして、これからどうすればいいのだろうか? という絶望を抱いている明に、希望を与えることができるかもしれない。
「・・・わかった、よろしく頼む。えぇっと・・・・・」
「シリスと申します。今年で16になります」
今年で16ということは・・・・・この美女、シリスは幸一よりも年下ということになる。
はっきり言おう。全然16歳に見えない。出てるところが出てるし、引っ込んでいるところが引っ込んでいる。
雰囲気が大人っぽいし、メガネが知的な雰囲気を醸し出している。絶対自分より年上だと思っていた。そう思うくらい、大人っぽかった。
16歳といえばまだまだ成長期の中だ。大人の体へと確立するまでまだ大分時間がある。ということは・・・まだ成長して、さらに大人っぽくなるということになるのだろうか?・・・将来の姿が非常に気になる。どんな大人になるのだろうか?
「・・・大人びてんな、俺より年上だと思ってたよ」
「よく言われます。去年から胸もお尻も身長も大きくなってきて、外でお酒を飲んでいても何も言われませんでした。・・・まったく。本当に失礼な連中でした」
「・・・そうか、そらよかったな。俺は佐々木 幸一。この会社、A・B・K社の社長だ。ちなみに17歳でお前より年上な」
「そうですか、それでは社長と呼ばせていただきます。よろしいですね?」
社長・・・。幸一は今までそんな偉そうに呼ばれたことがなかったためか、少しその呼び方には抵抗があった。一応肩書きは社長だが、そんな風に呼ばれるほどの実績は出していない。そんな風に呼ばれても、いまいち実感が沸かない。
名前で呼んでくれれば一番なのだが、果たしてこの女が大人しく呼んでくれるだろうか?
「できれば名前で呼んでくれないか? 社長なんて呼ばれたことないから、正直自分だってわからんかもしれない」
「これから企業を大きくするというのに、そんなことではいけません。もっと威厳を持ってもらわなければ困ります」
「秘書みたいなことを言うな、あんたは・・・」
「秘書ですか・・・。それでも構いません。そうなれば、なおさらなことです。社長とお呼びしなければなりません」
「でもなぁ・・・」
「何と言おうと、私はあなたを社長と呼ばせていただきます。よろしいですね?」
「・・・・・」
どうやら、これ以上幸一が言っても無駄なようだった。シリスに何と言っても時間が過ぎていくばかりで、話が一向に進展しないような気がしたので、幸一は渋々その呼び方に了承することにした。
「わかったよ。まぁ・・・よろしくな」
「よろしくお願いします、社長」
こうして、幸一の家に年下の殺し屋が住むことになったのだった。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!