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第120話 過去編9 〜激怒

戸の開く音がした。この手術室に誰かが入ってきたのだろうが、今は関係ない。少しでも早苗の体に残るぬくもりを感じていたかったから、誰が入ってきても構わないつもりだった。・・・そう、この言葉を聞くまでは。


「ったくよぉ・・・めんどくせぇなぁ・・・」


「お、おい! お前なんてこと・・・・」


「だって本当のことじゃないっすか。俺これから彼女とデートなんっすよ?

それなのになんでこんなことしなくちゃいけないんすか?」


明はそっと早苗の体を放し、男2人の声がするほうを振り向いた。・・・作業服を着た男だった。1人は40代のガッシリとした男で、もう1人が金髪でタバコを吸っている自分と同じくらいの年の男だった。


40代の男のほうは明が振り向くなり土下座をし、叫ぶように言った。


「本当に申し訳ありません!! 謝って済むような問題ではございませんが、それでも謝らせてください!! 大変、大変申し訳ありませんでした!!」


土下座して必死に頭を床にこすり付けている男。

明の目には、そんなものは入らなかった。

目の前で煙をプカプカとふかしている金髪の男・・・こいつは、早苗を轢いた・・・あの・・・!!


「あ? なんすか?」


「お前・・・早苗を轢いた・・・・」


「あぁ、俺っす。申し訳ねぇっす」


「おい!! お前いい加減にしろ!! 人1人殺しておいてそんな言い草はないだろう!!」


土下座をしていた男は頭だけ上げて金髪の男に言いかかる。しかし、金髪の男はタバコを一気に吸うと、煙が漏れている口でこんなことを言った。


「先輩〜、大袈裟っすよぉ。『たった1人』っすよ? こんなこと、俺の親父に言えば何とでも揉み消せますよ」


「親父って・・・社長に!?」


「そっす。だから金さえ払えば万事解決ってやつなんすよ。んで? いくら払えばいいっすか?」


・・・いくら払えばいい、だと? この男、今なんて言いやがった? 俺の、俺の早苗を奪っておきながらいくら払えばいいなんて抜かしやがったのかこいつは・・・!!


金髪の男は、歯を食いしばり必死に怒りと戦っている明のことなんてお構いなしに、早苗のいる手術台に近寄り、顔を見つめた。


「お、結構可愛いじゃないっすか。へぇ、いいなぁ。なぁあんた、いくら払ってヤったんすか?」


「・・・何だと」


「金っすよ金。一発いくらでヤったか聞いてんすよ。いいなぁ、10万そこらだったら普通に払うけどなぁ・・・。んで? いくらだったんすか?」


その言葉に、明は激怒した。汚い目で早苗をじろじろと舐めるように凝視している金髪の男の肩をぐっと掴むと、そのまま力に任せて床に叩き伏せた。


・・・お前に、早苗を視界に入れる資格なんてないッ!! 俺の早苗に触れるんじゃねぇ!!!


金髪の男はちょうど仰向けに倒れていたから、明は何のためらいもなく馬乗りになり拳を加えようとした。だが、金髪の男はたいして驚きもせず、ニヤリッと笑って言った。


「殴っていいんすか?」


「・・・・なに」


「俺って、社長の息子なんすよ。俺を殴れば確実に訴えられますよ? 裁判のほうに圧力をかけてもらえば間違いなくあんたを有罪にできる。・・・それでもいいんすか?」


自分が警察に捕まる・・・それは、避けなければならなかった。自分がいなくなれば、刹那を育てる人がいなくなってしまう。早苗の家は論外だし、自分の両親だって反対されたのだから承諾してもらえるわけがない。・・・自分が捕まってしまえば、刹那を殺すことになりかねない。


それに、早苗からも頼まれたじゃないか。刹那を頼むって。お願いされたじゃないか。

だから、俺は今捕まるわけには・・・・・いかない。こいつを殴るわけには、いかない。


「殴れないっすよねぇ。殴っちまえば刑務所に直行すからねぇ。できるわけないっすよねぇ」


「・・・・・・」


「ほら、早いとこ放してくださいよ。苦しいんすから、ほら」


明は力なく俯いて、ゆっくりと金髪の男の体からどいた。男はゆっくり立ち上がるとふっと笑って言った。


「ほら、先輩もいつまで頭下げてんすか。早いとこ行きましょうよ」


「・・・・・」


40代の男は唇をぎゅっと結んだまま、立ち上がった。・・・何かこらえているようだったが、明にはよくわからなかった。


それを見届けると、男はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、病院だということもお構いなしに使い始めた。


「あ〜、もし〜? 秋江〜? 俺だよ俺〜、今さ〜病院〜。え? あぁ人轢いちまってよ〜ほんとまいったぜ〜。えぇ?あいさつだよあいさつ、めんどくてよぉ〜マジだるかったわぁ・・・。













人1人死んだくれぇでなんだっつぅんだよまったくなぁ・・・、ははは。んでよぉ・・・・」














そこで、金髪の男は携帯電話を手放した。いや、落とした、もしくは落とされた、というほうが正しいだろうか。


「・・・・え?」


金髪の男は、一体何が起こったのかわからなかった。ただ、自分の手の中にあった携帯電話はどこかいってしまって、自分は壁に叩きつけられていたことだけはわかった。


つーっと、生暖かい液体が口の中に入った。少し生臭くて、鉄の味がする。味でわかった、これは・・・・


「血!? はぁ!? 何で!? 意味わかんねぇ!! マジ意味わかんねぇ!!」


叫んだと同時に、頬に激しい痛みが走った。考えなくても本能的に理解した。殴られたのだ、と。


理解したと同時に、襟首を凄まじい力で掴まれ、そのまま床に仰向けで叩きつけられた。ガバッと上半身にのしかかられ、馬乗りの形をとられたのだとわかった。・・・・・・誰だ? そう思い自分の上にいる何者かに目を移した。


「人・・・1人、だと? 人が死んだくらいで、だと?」


「え? あ? ・・・・へ? え?」


目の前にいたのは、恐ろしい形相をした明だった。のしかかられているこの重圧感に加え、体全体から感じられる怒り。


馬鹿な、と金髪の男は最初に思った。こいつは殴れないはずなのに、殴れば刑務所に行くことがわかっているはずなのに、なぜ、なぜ殴れる!!


しかもこの俺の顔を!! 俺は社長の息子だぞ!? その俺の顔を、こいつは殴りやがった!!


「お、お前・・・・殴りやがったな、ここ、この俺を殴ったな・・・・。おおお、お前は警察に、ぶは!!」


喋っている途中に右頬殴られ、歯で唇が切れた。殴ったときの威力が大きすぎたのか、口からドクドクと血が流れる。


「返せッ!! 俺のッ!! 早苗をッ!! 俺たちの幸せをッ!!」


「いぎッ!! ッぐ!! うぎッ!! ひぎッ!!」


怒り狂った明の拳が、金髪男の顔面に何度も突き刺さる。右の拳で殴ったら左の拳、そして再び右の拳。これの永遠の繰り返し。


「お前が全部壊したんだッ!! 俺たちの家庭をぶち壊しやがったんだッ!! 今まで必死に築いてきたものが全部めちゃくちゃになったんだッ!! 返せ!! 今すぐ返せ!! 俺の!! 俺のぉ!!」


「ぎッ!! ひぃ!! ぐッ!! ぐぅ!!」


何度も何度も殴られ、金髪男の顔は原型を失くしつつあった。顔のあちこちはない出血で腫れ上がり、口の中が歯によってずたずたになって血まみれになっている。鼻は見事に砕け、大量の血が流れていた。

それでも明は止めない。早苗を奪い、自分達の幸せを踏みにじったこの男を殴るのを止めない。
















「俺の、俺の!! 俺の早苗を返せぇえええええええええええ!!!!!!」


















・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




気がついたときには、ベッドの上にいた。むくっと起き上がって辺りを見回す。・・・どうやら病院のベッドのようだった。


起き上がろうと手をついた瞬間、両手の拳に痛みが走った。見てみると、包帯でぐるぐる巻きにされており、少し腫れ上がっていた。・・・たぶん、骨が折れたのだろう。あれだけ殴ったのだから、折れていても不思議ではない。


「・・・目が覚めたかね?」


声は明の後ろのほうから聞こえてきた。振り向いて見ると、そこにはスーツを着こなした初老の男が後ろで手を組んで立っていた。顔も上品さがうかがえ、どこかの社長のような雰囲気を醸し出していた。・・・社長? まさか・・・


「あんた、まさか・・・」


「・・・息子が大変な無礼を働いたようだ。手術室の息子に代わってお詫びを申し上げたい」


その男の謝罪に、明は誠意というものが感じられなかった。カラクリ人形が何の前触れもなく礼をしている、そんな感じにしか見えなかった。言葉は、ちっとも心に響かなかった。

だから、明は男の謝罪を無視してたずねた。


「手術室?」


「あぁ。君に殴られたためでね。・・・顔はひどいものだった。緊急に手術をしなければショックと出血で死亡すると医者に言われた」


「・・・・・・」


「本来ならば治療費は君に払ってもらって牢屋にぶち込むところなのだが、息子が起こした事故のこともある。今回のことは目を瞑ることにするが、君のほうの問題もこれでチャラにしてもらいたい」


「・・・構わないさ。それならあんたともあんたの息子ともこれっきりだ。早いところ、俺の前から消えてくれ。そんで、もう二度と俺の前に現れないでくれ」


「・・・・・」


男は最後に頭を下げると、そそくさとその場を後にした。

ガランとした病室に1人残された明は、窓の外の景色をただぼぉっと見つめていた。・・・これから、どうしようか、と考えながら。


そのとき、廊下のほうからバタバタと誰かが走っているような音が聞こえてきた。音はだんだん大きくなってきたから、おそらくこの病室に向かってきているのだろう。

息を切らして飛び込んできたのは、幸一だった。腕にはすやすやと寝ている刹那が抱かれている。・・・・・早苗のことで頭がいっぱいになっていたせいか、刹那のことが頭からすっかり抜け落ちていた。


「幸一・・・・・刹那をありがとう」


「あ、明!! 早苗ちゃんは!?」


「・・・死んじまったよ。医者に手遅れだって・・・」


「・・・そうか」


明の力ない答えに、幸一もまた力なく返答した。

しばらく沈黙が流れ、明はぼそっと呟いた。


「・・・みんな、俺から離れていっちまった」


「・・・え?」


「親も、家も、学校も、早苗も、みんなみんな俺から離れていっちまったよ。もう俺には・・・何も残されてない。もう・・・駄目だ・・・」


「・・・・・」


何か言ってやろう、と思ったが、何も言えなかった。最愛の女が死んだ明に、なんて声をかけてやればいいかわからなかった。・・・そもそも、自分が気の利いた一言を明に言ってやったところで、どうにもならないことは明白だった。


悩んだ末、幸一は明に言った。気の利いた言葉なんかじゃないが、こう言うしかなかった。


「・・・今は、そんなこと言ってる場合じゃないと思うぞ」


「・・・・・」

「今は仕事探して刹那君を養わないといけないだろ? 赤ん坊ってのは、ちょっとのことですぐ死んじまう。早く働いて飯を食わしてやんないと―――」


「わかってる。わかってんだ。・・・でも、仕事がもうないんだ。この町の隅から隅まで探したけど、見つからないんだ。高校を中退した俺を雇ってくれるとこなんて、もうこの町にはないんだよ・・・」


「じゃ、じゃあお前今まではどうやって?」


「嘘ついてた。俺ってけっこう大人っぽいって言われてるだろ? 簡単に騙せた。でも、それがばれて、クビになっちまって、それが町中に広まって・・・」


「・・・・・」


「もう八方塞なんだ。家に帰っても、うちには刹那を養う財産なんてない。早苗の家もだめだ。早苗が親と大喧嘩して、飛び出したんだ・・・」


「それじゃ、お前今まで早苗ちゃんと・・?」


「アパートに住んでた。でも、仕事がないから家賃が払えない。もう、出るしかないんだよ・・・」


明の顔から、光が消えた。もう、何もできない。刹那をしっかり育てるという早苗との約束も果たせない。それどころか、自分も食べていけるかどうかさえもわからない。


ははは、と明が力なく笑った。笑いは口から漏れただけで、表情はまったく笑っていなかった。


・・・幸一は明の顔を見て、『あのこと』を明に伝えようと思った。うまくいくかはわからないが、明はもう八方塞だ。切れそうなロープでもいいから逃げ口を示してやらないと、間違いなく死ぬ。


「明、実は俺、学校辞めて会社起こそうと思うんだ」


「・・・・え?」


「おもちゃ屋だ。子供に夢を与えるおもちゃ屋を立てるつもりなんだ。よかったら、お前も手伝ってくれなねぇか? 誰も手伝ってくれなくてな、働き手がいねぇんだよ」


誤解のないように言っておくが、幸一は明を哀れに思って会社を建てると言ったわけではない。前々から計画していたことを、ただ明に伝えただけで、明のために会社を起こそうとしているわけではない。


・・・そう、決して違う。幸一は、子供たちに笑顔を届けるためにおもちゃ屋をやろう、と思ったのだ。それは明の子供、刹那も例外ではない。刹那に笑顔を届けるためには幸一に仕事を与えなければならない。・・・だから、明のためではない。刹那のためなのだ。


「人手が足りなくて困ってんだけど・・・どうだ?」


ずっと俯いていた明が、顔を上げた。八方塞の明にとって、幸一の誘いはこの上なくありがたいものだった。・・・うまくいけば、刹那を・・・


明の目に迷いはなかった。道ができたのだ。進むべき道が。迷いなんて、あるわけがなかった。進むしかない。道はこれしかないのだから。


「・・・働かせてくれ」


「そうこなくっちゃな」


握手を交わす2人と2人。

骨折の痛みなど、気にならなかった。

進むべき道を得た明にとって、希望はそれほど大きなものだったから。

これからも「殺し屋」よろしくお願いします!

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