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第117話 過去編6 〜誕生

あれからは大変だった。

勢いよく町へ飛び出したまではいいものの、やはりこの辺鄙なところで人を雇ってくれるところなどなかった。


就職難・・・大氷河期、である。


今までの運が良すぎた、と言っていい。

高校中退という事実を隠し通せたのも、その店がありえないくらいの人手不足だったからだ。・・・言うなれば、猫の手も借りたい状態だったのだ。


だが、そんな人手が不足している店は決して多くはない。新人を雇うどころか、社員ですら解雇させなければならないこの時代を生き抜くには、やはり明には厳しすぎた。


感情だけで動いていた明に対し、社会は甘くなかった。どんなに雇ってくれと頭を下げても、店員に無下に断られるだけ。

駆けずり回るように探し回っても、求人をしている店なんてありはしない。


・・・自分は愚かだったと、そう思わざるを得なかった。軽率な行動が、結局自分の首を絞める結果になっている。さながら、舞台の上で客を笑わせているピエロのような気分だった。


だが、明は今の状況を決して後悔していなかった。本当に早苗が好きだったから、世界中の誰よりも早苗のことを愛していたから、だから明は諦めなかった。希望の灯を消さなかった。


朝から晩まで必死にバイト先を探した。この頃毎日走り回っていて疲れているのに、ただひたすら探して回った。


土下座だってした。思い出したくもないようなことだってやった。


でも、そこまでしても社会は明を認めてくれなかった。誰1人として、明を雇ってくれる人はいなかった。


そんな状態が続き、調子の良かった最初のころ貯蓄していた金もだんだん少なくなっていった。借りているアパートの家賃だって、大家にもう3か月も待ってもらっている。・・・このままいくと、間違いなく路頭に迷ってしまう。つまるところの、ゲームオーバーだ。


絶望に悩み、もう八方塞がりの中・・・その日はやってきた。









「はぁ・・・」


深いため息をついて、アパートまでの道のりを歩く。・・・もう何度目になるかわからない。これだけ息を吐いているのに、体のストレスが逆に溜まっているというのはどういうわけなのだろうか。


今日もだめだった。もう・・・どうすればいいのかわからない。こんなに探しているのに、仕事の1つも見つけることができない。自分がこんなに無力だとは・・・思わなかった。

帰ったら早苗に謝ろう。無力でごめんって、何もできなくてごめんって、そう謝ろう。






アパート前までたどり着き、ドアノブに手をかけたそのときだった。






部屋の中から・・・泣き声がした。早苗のじゃない。もっと小さくて、弱くて、ちっぽけな、でも大きな泣き声。これはまさか・・・。


慌ててドアを開け、バタバタと音を立てて中へ入る。


「さ、早苗・・・!!」


「明・・君・・・」


弱々しい笑顔を見せる早苗。腕には・・・赤ん坊。


「遅かったじゃないか。奥さんとっても頑張ってたのに手も握ってやらないで・・・」


声をかけてくるのは隣の部屋のおばさん。・・・たぶん、この人が赤ん坊を・・・刹那を取り上げてくれたのだろう。


「あの、ありがとうございます。本当になんて言ったらいいか・・・」


「べっつにいいわよこれくらい。困ったときはお互いさまだしね。・・・さぁって、邪魔者は去りますか。あんたは奥さんに何か言ってやんな」


朗らかに笑って、おばさんは部屋を出て行った。・・・今度、改めて礼に向かおうと思った。


「早苗・・・」


「明君、はい・・・抱っこしてあげて」


言われるまま、早苗の腕から刹那を預かる。・・・柔らかかった。とても柔らかくて、温かかった。ちょっとでも力を入れれば、たちまち壊れてしまうくらい、ちっぽけで、弱い存在だった。


「は、はは、は・・・」







・・・どうしてだろうか。






嬉しいはずなのに・・・どうしてだろうか。






笑ってるはずなのに、たぶん今が人生の中で一番幸せなはずなのに・・・






どうして・・・泣いているんだろう。






涙が、止まらない。






「っ・・・く、はぁ・・・・っく」






嗚咽を隠すことなく漏らし、情けなくしゃっくりをあげて明は泣いた。

・・・守っていかなければならない。この存在を。

自分と早苗の間に誕生したこのかよわい存在を、自分は必死になって守らなければならないと思った。


何がだめだ。何が無力だ。そんなこと、初めからわかっていたことじゃないか。自分ができることが少ないことなんて百も承知だ。


でも、そんなのは諦める理由になんかならない。だめだってやらなければならないのだ。やらなければ守れない。守るということが義務だ。


・・・親としての、義務だ。


「さな・・え・・・っく・・・俺、がんばる、から・・・っはぁ・・・」


「うん・・・」


「絶対・・・絶対・・・っ、守っ、て・・・みせるから・・・ひっく・・・」


「うん・・・」


「何とか・・・する、から・・・っ、ぅ・・・絶対、何とか・・・するから・・・」


「うん・・・」


早苗はうん、としか言わなかった。全てわかっているようだった。

ただじっと明を見つめて、笑っていた。






・・・とても幸せそうな表情で。







+++++







刹那がこの世に誕生してから2週間が経った。


いきなり泣きだし、早苗の母乳を飲み、おむつを取り替えてもらい、そして眠りにつく。刹那の毎日は、それの繰り返しだった。


早苗はそんなサイクルにも嫌な顔1つせず、むしろ喜々として積極的に刹那の世話をしていた。

もちろん可愛がるのだって忘れていない。おでこ、ほっぺた、鼻の頭、もうとにかく刹那の顔じゅうにキスをしていたのが印象的だった。・・・明が少しだけやきもちを焼いてしまったのも頷ける可愛がり方だった。


では、明のは可愛がっていないと言われればそうでもない。早苗に負けず劣らず、明も刹那を可愛がった。


柔らかい刹那のほっぺをつついたり、足を撫でたり、いないいないばーをしたり、とにかく色々なことをして可愛がった。・・・親馬鹿、という言葉がふさわしかった。


ただ・・・あれから仕事は一向に見つからなかった。誰も雇ってくれなかった。今の事情を話しても、同情してくれるだけで雇うことはしてくれなかった。


貯金はもう底をつき、大家からもこのアパートから追い出されようとしている。・・・逃げ場のない戦場で、武器も持たず戦っている気分だった。どうあがいても、どう頑張っても、殺されて終わり。そんな絶望的な気持ち。


でも、明は諦めてはいなかった。これくらいでへこたれてたまるか、と奮起し、何度も何度も同じ店へ通って毎日頭を下げた。どんなに罵声を浴びせられようと、物を投げつけられても、明は決してその行為を止めようとはしなかった。


・・・刹那が生まれたからだ。もう、逃げ出すことは許されないし、逃げたくもなかった。

打開しなければならない。この状況を打破し、金を得なければならない。そうしなければ守れない。刹那を守れない。


しかし、社会は熱意と気合で何とかなるほど甘いものではない。奮い立たせた気迫を持っても職を手に付けられない。


日に日にやつれていく明。見かねた早苗が、『そのこと』を提案したのはあくる日の朝だった。







「明君、大丈夫?」


「あ、あぁ・・・大丈夫。絶対何とかするから・・・」


「お仕事のほうじゃなくて・・・明君の体調のほう。顔色、すごいことになってるよ」


早苗に言われて口ごもる。・・・最近体の調子が悪いのは明も感じていた。

迫りくる破滅への危機感。どうにもならないこの状況。守らなければならないという義務感。それらが明の体を蝕んでいた。


早苗に言われて虚勢を張ろうとしたが、できなかった。そんなことをしても無駄だ。自分のことを世界で一番知っている早苗に隠し通せるわけがない。


「・・・実はもう、本当にやばい」


「体のほう?」


「いや、精神のほうだ。河原の石を全部積み上げろって言われてるみたいだよ。何回やってもだめでだめで・・・いつか報われる時がくるのかなって」


疲れ果てたような声で、そう明は言った。

早苗はしばらく口をつぐみ、そして笑顔で言った。


「出掛けよう、明君」


「出掛け、る?」


「うん。この子も、そろそろ外に出してあげたいし、色々見せてあげたいの。この町の風景とか、歩いてる人とか、走ってる車とか」


「でも仕事探さないと・・・」


「明君、そんな体調で街中歩きまわって、それで倒れちゃったらどうするの? 明君が倒れちゃったら、それこそ本当におしまいなんだよ?」


「それは、そうだけど・・・」


「それに体調より、精神のほうが疲れてるんでしょ? だったらなおさらだよ。気分転換しないと、息が詰まっちゃうよ」


早苗が言うことは正しい。やることが全て駄目で疲れ切っている明に今必要なのは、少しの休養だ。体力も精神力も、無限にあるわけではない。使えば使うだけ擦り減っていく。


それらは休養することで回復していくものだが、明に限ってはそうではない。減っている量が一般人とは比べ物にならないほど多いのだ。回復の量は、当然その消費に追いついていない。


早苗はそんな明を気遣ってこの提案をしたのだ。毎日使い続けているのだったら、たまには休んでもいいんじゃないか、と。


「行こ。ね? 明君」


「・・・そう、だな。うん、わかった。行こう、刹那に色々見せてやろう」


「うん、よかった。せ〜っちゃん! お出かけだよ〜」


「ぅあ? あぅ〜あ〜」


刹那は手足を伸ばし、何のことやらわかっていないような顔をした。・・・こういうのも可愛らしい。無邪気、という言葉がぴったりだった。


「天気もいいし、家族みんな一緒だし、今日はいい日だね、明君」


にっこりと微笑みかけてくる早苗につられて、明も笑って答えた。


「あ、笑った」


「え?」


何の事だか一瞬わからなかった。


「明君、最近笑ってなかったから・・・よかった。笑ってくれて」


「・・・ごめん」


「謝らなくていいの。ほら、行こ?」


「あぁ。行こう」


・・・温かいぬくもり。今明はそれを感じていた。


愛した女と、子供。この2つが揃えば、この世のどんなことよりも素晴らしいぬくもりを得ることができることを、明は今知った。



だから、これからも守ろう、と思った。



自分に温かすぎて涙が出るくらい優しい気持ちを与えてくれるこの2人を、一生かけて守っていこうと、そう思った。




これからも「殺し屋」よろしくお願いします!

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