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第116話 過去編5 〜求婚

明が帰ってくる頃を見計らい、早苗は料理を作り始めた。いつも仕事で疲れている明にできることは、こうやって家事をすることくらいだ。それくらいしか、今の自分にはできない。明の役に立てない。


明は無理しなくていいよ、と言ってくれるが、それだと一緒に暮らしているのではなく、暮らさせてもらっていることになってい、明の役に立つどころか明の足を引っ張ってしまうことになる。・・・そんなのは嫌だった。自分が明の重みになるなんて、絶対嫌だった。


だから、こうしてやれることを精一杯やる。おなかに子供がいるためゆっくりとしか作業できないが、それでも家事はこなせる。できるのだ、役に立てるのだ、自分は。大好きな人に、少しでも尽くせるのだ。


「た、ただいま!!」


「おかえりなさい。ご飯、もうちょっとで出来るから座ってて」


「わ、わかった!!」


「?」


・・・・・何だろうか? 明の様子がおかしいような気がする。いつもは、こんなふうに上ずったような声ではない。それとも、気のせいだろうか? 聞いてみようか。


「明君、どうしたの? 何か、変だよ?」


「い、いや! 何でもないよ!! 何でもない!!」


・・・絶対変だ。何か悪いことでもしたのだろうか? いや、明の性格は自分が一番よくわかっている。明はそんなこと絶対しない。これだけは断言できる。


ちらっと明のほうを見てみる。いつもは大人しく座って待っている明は、今日はなぜかうろうろと部屋の中を歩き回り、そわそわと体を動かしている。これは・・・明の癖だ。緊張しているときは大人しく座ったりすることができず、常に体を動かしていないと落ち着かないのだ。つまり、明は今緊張しているということになる。


こんなに緊張している明を見るのは、中学生のときの告白以来だ。あの時はすごかった。普通は座った状態でするはずの貧乏ゆすりを、立ったまますごい速さでやっていたのだ。それを見たとき、あまりに面白くて真面目な告白の前だというのに、腹を抱えて笑い出してしまったのをよく覚えている。


「・・・よ、と。できたよ〜」


明のことを考えている間に、夕飯はできてしまった。おかずを皿の上に乗せ、居間へと料理を運んできた。・・・今日のは結構自信作だ。上手にできたと思う。


「あ、あぁ」


何だろうと思いつつ、早苗は2人分の茶碗にご飯を盛りつける。

ご飯の盛られた茶碗の1つを明に手渡し、もう1つを自分の目の前に置く。


「今日は私だったね。いただきま〜す」


1日交代という特別なルールの挨拶。それに少し遅れて、


「い、いただき、まっす!」


たどたどしく手を合わせ、夕飯が始まる。


明は・・・何だか恐ろしい手つきで夕飯を口に運んでいた。もう手が小刻みに震えていて、咀嚼しているときも目が泳いでいる。・・・怪しい、怪しすぎる。


何だか奇妙すぎる夕飯を終え、食器を洗う。


明はもうとにかく・・・変だった。ボーっとしてるかと思えば、あ〜、だの、う〜、だの、変な呻き声をあげてみたり・・・。


そんなのがもうずっと続くものだから、今日の食器洗いはあっという間に終わってしまった。食器洗いがこんなに早く終わるのなら、こういう明も悪くないかな、と思ってしまった。


食器洗いが終わると、束の間の団欒を楽しむ。寝るまでの明と過ごすこの時間が、今の早苗にとっては最高の幸福だった。


今日はどんな話をしようかと考えていたそのときだった。


「・・・あのさ、早苗」


「何? 明君」


明は少し頬を赤くして、何やら恥ずかしそうに話しかけてきた。・・・本当に一体どうしたのだろうか? 何かの報告だろうか? でもここまで緊張するほどの報告とは一体・・・?

明はやがて決心がついたのか、口を開いた。


「こんなことになってから言うのもおかしいかもしれないけどさ・・・」


「うん」


「お、俺と結婚してくれないか?」


「はい、結婚します」


早苗は、明がさっきからそわそわしていた理由が、今やっと理解できた。一世一代のプロポーズ、結婚を申し込むのだ。これで落ち着け、と言うほうが無理というもの。


明は今早苗が言ったことを理解できないようだった。だって、口を開けて目をパチクリさせていたから。これではまるで、ビックリ箱を開けて呆けている子供だ。それがおかしくて、早苗はくすっと笑った。


「・・・一応重要な話だからちょっとは悩んでほしいんだけど」


「悩む必要なんてないでしょ? 大好きな明君から結婚してって言われて、断る理由なんてないもの」


「だって、指輪も何もないんだぞ? 本当のこと言うと、指輪がないせいでプロポーズが失敗するかもって思ってたんだけど・・・・・」


「いらないよ。こんな苦しい生活なのに、指輪なんて高価なものを買おうとしちゃ駄目だよ」


それでも、明は納得できない表情をしていた。・・・まぁ、大事なことを指輪もなしにあっけなく了承されてしまったのだから無理もないだろう。


「えい!」


「うわ!!」


そんなことで考え込む明が何だか可愛くて、早苗は明に抱きついた。本当は飛びつこうとしたのだが、腹に子供がいるので抱きつくだけにしておいた。


「ったく・・・」


「えへへ」


明は少し驚いたようだが、やがてそっと早苗の背中に手を回して優しく抱きしめた。





あぁ、今すっげぇ幸せだ、と明は思った。今は金も何もない。住んでいるところだって狭い。仕事の関係で、早苗と一緒にいられる時間だって少なくなった。それでも明は幸せだった。早苗と一緒に居られる時間があるのだから。例えそれが少しの時間であっても・・・。






早苗だって、明に負けず劣らず幸せだった。友人達と会話することだってなくなった。体だって、子供がいるのだから無理に動かすことができない。明も、帰ってくるのは夜遅くだ。町へ出かけることだって滅多に無くなった。それでも早苗は幸せだった。明と一緒に生きているから。例え離れていても、心は繋がっているから・・・。







+++++







■■■■■




『木下君・・・・・。君、明日から来なくていい』


『え?』


『君、履歴を偽っていただろう。先生が偶然来て、全部お話してくれたよ。・・・金が欲しいのはわかるが、履歴を詐称するようなやつはここで働かせたくない。外部に漏れでもしたら、客足が途絶えてしまうかもしれないしね』


『・・・・・』


『正直、君のように働いてくれる人がいなくなるのは惜しいのだが・・・・・いたしかたないことだ。店と店員、秤をかけずともどちらが重いかわかるだろう』


『・・・わかりました。今日で出て行きます。今までお世話になりました』


『それと、もうこの町で働けるとは思わないほうがいい。学校中退者という半端物だし、履歴に嘘をついた前科もある。どの店も、たぶん雇ってくれんだろうね。私が言いたいのはそれだけだ』


『ご忠告、ありがとうございます』




■■■■■





「はぁ〜・・・・・まいった。全滅かよ」


公園のベンチに座り、明は求人誌を片手にため息をついた。自分が早苗を妊娠させ、それが原因で高校を中退したことが町全体に広まってしまい、今働いている仕事が全てクビになってしまったのだ。


今まで自分が働いてこれたのは、履歴を偽っていたからだ。幸い、自分は周りより少しだけ大人っぽい。服装で誤魔化せば何とかなると思ったら、案の定仕事にありつけた、というわけだ。


だが、働いている店に先生がやってきたことで全てが水の泡になってしまった。・・・くそっ、せっかく軌道に乗ってきたのに・・・。


「とりあえず・・・・・」


読んでいた求人誌をゴミ箱み投げ入れ、明はいったんアパートに帰ってこれからのことを考えることにした。もうあたりも暗いし、このことを早苗に報告しなくてはならない。


ここで1人だらだら考え込むよりも、早苗と相談したほうがいいアイディアが生まれるような気がした。・・・できることなら早苗に余計な心配をかけたくないのだが、こればっかりは仕方ない。自分1人ではまともな考えが浮かぶわけないのだから。


ポケットに手を突っ込み、明はとぼとぼと歩いて家路についた。





+++++





「・・・・そう。仕事、辞めさせられちゃったんだね」


「・・・あぁ」


早苗は悲しそうに腹をさすってそう呟いた。・・・もうかなり大きくなっている。もう1ヶ月も経たないうちに出産予定日だそうだ。もうじき生まれてくるというときに・・・・・こんな状況。仕事がなく、金のあてがないという、このありえない状況。


「・・・ごめん」


居たたまれなくなって、明は謝罪した。・・・こんなことになってしまったのは全部自分のせいなのに、責任を取ることができないかもしれない。何とかすると約束したのに、それが嘘っぱちになってしまうかもしれない。そう思うと・・・謝らずにはいられなかった。


いっそのこと、早苗の苦しみもまとめて背負うことができたらいいのに、と明は思った。全ての発端は自分のせいなのに、結果早苗に迷惑をかけてしまっている。何も悪くないのに、苦しみを背負わせてしまっている。


「ごめんな」


もう一度謝る。許しがほしいわけではない。ただ、早苗に謝らないといけないから、だから頭を下げなければならない。


「・・・どうして謝るの?」


「色々、苦労かけてばっかりで。俺、自分が情けなくて・・・」


「・・・謝ることなんてないよ明君。それより、これからのことを考えなきゃ」


「・・・あぁ」


「しっかりして。明君がちゃんとしてくれないと、もう私たちだめになっちゃう」


早苗が心配そうな顔をして、ぎゅっと明の手を握ってくる。・・・だめだ、と明は思った。

ただでさえ苦労をかけている早苗に、心配事を押し付けてはだめだ。もっと自分が頑張らなければならない。早苗にはもう十分支えてもらっている。その分、自分も早苗を支えなければならない。


そうだ。今は自分を卑下している場合ではない。そんなことをしている間に、どんどん状況は悪くなっていく。早くこの状態から抜け出さなければ・・・この生計は崩れてしまう。


「そうだな、俺が頑張っていかないとな」


「うん。できれば、私も働いて明君のお手伝いができればいいんだけど・・・」


「気持ちだけもらっておくよ。・・・よし、何かやる気出てきた」


やっぱり、早苗の力は偉大だ。さっきまで落ち込んでいたのに、今は違う。早苗と、今はまだ腹の中にいる刹那を守らなければという気持ちが溢れてきている。


やってやる。何も求人誌に載ってる店だけが働き手を募集しているわけじゃない。1件くらい、人1人雇ってくれる店だってあるはずだ。


明日は町の店、全てを駆け巡ってみよう。働ける場所が見つかるまでずっと。


早苗の顔を見つめながら、明はそう思ったのだった。




これからも「殺し屋」よろしくお願いします!

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