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第115話 過去編4 〜相愛

新しく住むところは、古びたアパートだった。狭くて壁にシミなどがついているが、風呂もトイレもついている。1人で暮らすには十分な広さだ。家賃は月3万。そこから光熱費とか食料費とか色々上乗せされるから・・・・・えぇっと全部でいくらくらいになるのだろうか?


まぁいい。高くついても、あの家に住み続けるよりはずっとマシなはずだ。バイトも可能な限りは入れておこう。早苗が子供を産むときにいくら金がかかるかわからないから、とりあえず貯金しておかなければならない。


家具は、タンスなど家から持ってきて昨日のうちに全て終わらせた。持ってくると言っても、アパート自体が広くないので置ける家具の数などたかが知れていたが、それでも長年使ってきた家具があるだけで全然雰囲気が違った。


「・・・どうしようかな」


明日からスケジュールびっしりだが、今は特にすることがない。もう片付けも終わったし、部屋を掃除するのもめんどくさい。


これからどうしようかな、思ったとき、明の頭にふとあることが思い浮かんだ。早苗・・・・・両親に何て説明したのだろうか? 早苗があの厳しい両親に学校を辞める、などという相談を持ちかけたことは考えにくい。退学届けを出したのも、たぶん早苗の独断だろうから、親は早苗が退学をしたことを知らないはずだ。


その親に、早苗は何て説明したのだろうか?・・・・・わからない。こればっかりは考えてもわからない。後で早苗に聞いてみるしかないか。


「・・・昼寝でもするか」


やることはない。それに、最近色々なことがありすぎて、精神的にも肉体的にも疲れている。


こういうところで体力を回復しておかないと、正直身が持たない。明日から待っている、激しい労働に備えて、ゆっくり休養することにしよう。


布団はめんどうだから畳んでいない。だからこのまま布団に潜り込めばすぐ眠りに入れる。のそのそ、と布団の中に入り、目を閉じる。ふぁ〜、とあくびの後、すぐに眠気は襲ってきた。


目が覚めたら、そうだな・・・・・早苗に会いに行こう。









「・・・くん」


明の体が、ゆさゆさ、と揺さぶられる。・・・・・一体誰だろうか? この部屋には明1人しかいない。だから、今こうやって明を揺さぶることのできるやつなんて、いないはずなのだ。・・・それならば、こいつは一体誰なのだろうか?


「ん・・・・?」


明は目を開けて、今自分を揺さぶっている人物を確認する。・・・光が眩しい。目の前の人物が少しぼやけている。


「あ、明君・・・・・」


「早苗・・・?」


明を揺さぶっている人物は、早苗だった。・・・そういえば、いつでも連絡が取れるようにと、早苗にだけはこの場所を教えておいたような気がする。すっかり忘れていた。


布団から起き上がり、早苗と向き合うように座り直す。・・・・・ふざけておはよう、と言える空気ではなかった。早苗はとても真剣で、だけど、今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていた。何かあったことは明白だ。


「・・・何があったんだ?」


「・・・私、親から勘当されちゃった、親子の縁を切られちゃった・・・・・」


「え・・・・・?」


「妊娠して、学校辞めたこと話したら・・・・・お前はもう、私の娘じゃない。家から出て行けって・・・・・」


話を聞くと、早苗は両親に今まで起こったことをずっと隠し通してきたらしかった。妊娠のことを疑ったとき、専属の医者に診てもらわず、わざわざ遠い病院に行って検査を受けたのも、両親に悟られないように配慮した結果らしい。


学校を辞めたことも黙っていて、その話を切り出したのも早苗からではなく、学校側から連絡を受けた早苗の両親のほうからだったそうだ。


「ごめんね・・・・明君・・・・・」


「どうして俺に謝るんだよ? 謝るのは・・・・・俺のほうだよ」


事の発端は、全て明の責任と言っても過言ではない。思えば、明の軽々しい行為が全ての始まりなのだ。・・・そう、中学校を卒業したあの日だ。


あの日の夜、明が場の空気に流されず、早苗の体に手を出していなければこんな事態にはならなかったのだ。


挙句、心の底から幸せにしたいと思っていた早苗は、両親から勘当され、周りから後ろ指を指される環境を作り上げてしまった。あの日の明のはずみな行動が、結果自分達の首を絞めているのだ。


世間から見れば、明は咎められなければならない存在だろう。暴言を吐かれ、軽蔑されても仕方ない存在だろう。


だから、早苗が謝るのは間違っている。全ては、自分の責任なのだから。


「違う、違うの、明君・・・・・」


「・・・・・?」


「私・・・・・もう、何もないよ。お金も使えなくなっちゃった・・・。明君の役に立てなくなっちゃった・・・・・」


「ば、馬鹿、何言ってるんだよ。そんなこと・・・・」


「明君・・・・・嫌いにならないで・・・・・。何もないけど、嫌いにならないで・・・・・」


早苗は言い終わるなり、手で顔を覆って泣き出してしまった。


早苗の家は大富豪だ。過去に一度、明は早苗を家に送り届けるために家を見たことがあったが、とにかく広すぎる、という印象しか残っていない。右を見ても左を見ても、あるのは3メートル以上ある塀だけ。中の様子はさっぱり見えなかった。


広い土地を持っている早苗の家は、それに見合うだけの金を持っている。早苗はおそらく、両親に勘当されたから、その金を自由に使えないということを謝っているのだろう。だから、あんなに必死になって謝っているのだろう。


・・・正直、なぁんだ、って思った。そんなこと、別に重大なことでも何でもない。ただの早とちりと、勘違いだ。


「・・・あのな、早苗。お前はとんでもない勘違いをしてるぞ」


「・・・・・え?」


明はきょとんとしている早苗をぎゅっと抱きしめて、そのまま言った。


「俺が好きになったのは、大富豪の娘の黒羽 早苗じゃない。金をたくさん持ってる黒羽 早苗でもない。俺の幼馴染で、いっつも俺の隣で笑ってくれて、俺のことを好きでいてくれる早苗が、俺は好きなんだ」


「明・・・君・・・」


早苗は・・・・・泣いていた。抱きしめているから顔はわからないがわかった。声が震えていて、しゃっくりを上げて、自分に抱きついてきているから、わかった。


「大丈夫、大丈夫だから。たくさんの金なんていらない。恵まれすぎた環境もいらない。早苗がいてくれるだけで、俺は幸せなんだ。むしろ、金持ちから普通の女の子になった今の早苗のほうがよっぽどいいよ」


「・・・ありがとう。明君・・・・ありが、とう・・・うぅ・・・」


早苗は今、心の底から安心していた。明は、金持ちでなくなった自分を必要としてくれないのではないか? と、そう思っていた。金があるから、明は自分を好きでいてくれる。


でも、もう金なんてない。だったらもう、明にいらないと思われてしまうかもしれない。


だけど、そんなことはなかった。明は『本当の自分』を必要としてくれた。「黒羽 早苗」の環境ではなく、「黒羽 早苗」という人間そのものを必要としてくれた。今の自分のほうがいいと言ってくれた。自分の家柄から解放された、今の自分がいいと言ってくれた。それが、とても、とても、嬉しくて・・・・・。


「ほら、泣くなって。な?」


「う、うん・・・・・うぅ・・・・・」


「おいおい、泣くなって。ほら、よしよし」


明は泣いている早苗の頭を撫でてやった。保育園の先生が、喧嘩して泣いている子供をあやすように、これだけで、たったこれだけのことで自分は幸せな気持ちになる。今の自分には、明が自分にしてくれること、全てが贅沢だった。


「明君・・・・・私、子供じゃないんだけど・・・・・」


「お、泣き止んでくれたか。じゃあもっと撫でてやる。よしよし、いい子だね〜」


「・・・・・も、もう! 知らないから!」


口ではそんなことを言ったが、本当は嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、また泣きそうになったけど、泣いてしまうとまた明にからかわれるだろうから、明の胸に顔を埋めて誤魔化した。・・・・・明の匂いがする。大好きな人の匂いだ。とても落ち着く、いい匂い。


「ここで一緒に暮らすか?」


早苗は家を追い出されてしまった。ということはつまり、生活の基盤を失ってしまったことになる。金もない、食事もできない、寝ることも出来ない。子供を身ごもっている早苗に、まさか食事もさせず、公園に寝泊りさせるわけにはいかない。


今明が早苗にしてやれることは、こうやって生活できる場を提供することくらいだった。こんな狭い部屋でも普通の生活くらいはできるだろうから、部屋を提供することにためらいはなかった。


「・・・いいの、明君?」


「あぁ、いい。こんな狭い部屋でよかったら、俺と一緒に暮らしてくれないか?」


「・・・・・」


「だめか?」


「・・・ううん。ありがとう、とっても嬉しいよ・・・・・」


早苗は自分を必要としてくれた明に感謝すると同時に、明の気持ちを疑ってしまった自分の心を恥じた。明は、そんな早苗をいつまでも抱きしめていた。





このときからかもしれない。2人の『恋』という感情が『愛』という感情に変わったのは・・・。





これからも「殺し屋」よろしくお願いします!

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