第112話 過去編1 〜発覚
「明く〜ん! 遅れるよ〜〜!!」
「あぁ!! 今行くよ!!」
玄関のほうで、早苗の声がした。ちらっと時計に目をやる。・・・7時30分。急がなければ少しまずい時間だ。早苗が慌てるのも頷ける。
明は残ったトーストを口に押し込めると牛乳で流し込み、カバンを担いで早苗の待つ玄関へとむかった。
「早く早く! 遅刻しちゃうよ!」
「わかったわかった。そう急かすなって」
ゆっくりと靴を履き、誰もいない家にいってきますと言い、明と早苗は外に出た。ポッケから鍵を取り出し、ガチャっと閉める。よし、大丈夫だ。
「それじゃ行くか」
「うん!」
す、と明は手を差し出す。早苗は嬉しそうにその手を取ると、冷たい手できゅっと優しく握った。明の手は温かく、その体温が自分の冷たい手を温めてくれるこのときが、早苗の密かな楽しみになっていた。
見てもわかるとおり、明と早苗は恋人同士である。
ここまでたどり着くのには、もちろんたくさんの苦労と勘違いと時間があったわけなのだが、今は割愛させてもらう。
「明君の手って、あったかい」
「そうか? 早苗の手が冷たいんだろ」
「手が冷たい女の人って、心が優しいんだよ?」
「なるほど。納得だ」
そう言って、2人は笑った。
季節は春。明と早苗は桜並木の続く高校への道をゆっくりと歩いて行った。・・・そう、2人は今年からこの桜並木の向こうにある高校に通うことになる、いわゆる新入生だ。2人の通う学校は、普通よりも高い学力を要求されるため、勉強が苦手な明にとっては難関中の難関。早苗に何とか助けてもらい、どうにか合格できたのだった。
麗らかな太陽の光は、並々と続く桜のあざやかな桃色を引き立たせていた。
途中、レジャーシートを担いだ子連れの親子を見かけた。これから花見だろうか?
いつの間にか、早苗が手だけではなく腕を絡めてきていた。そっと寄り添うように、早苗は立ち止まって明のほうへ体を預けた。幸い人はいなかったが、これはこれで少し恥ずかしいものがある。
「おい、遅刻するぞ?」
「ちょっとだけ」
「ったく・・・」
口ではそう言っていても、明も内心喜んでいた。こんな天気のいい日に、こんな綺麗な桜の木の下で、こんなに愛しい人と一緒に居られる。これ以上の幸せなどあるものか。
そよ風が吹いた。ふわっとした柔らかい風だった。早苗の優しい匂いがその風に乗って明の鼻に運ばれた。落ち着く、そしてとてもいい匂いだった。
早苗のほうを見てみる。目を閉じ、本当に幸せそうな顔をして微笑んでいる。・・・今なら、大丈夫かな。
明はそっと顔を寄せ、早苗の唇を・・・・・
「お〜いそこのバカップル、遅刻するぞ〜」
「うぉ!!」
「きゃ・・・!!」
後ろから突然声をかけられたせいで驚き、2人は素早く距離をとった。
「ははは、相変わらず仲がいいなぁお2人さん!」
後ろを振り向かなくても声でわかった。幸一だ。
明と幸一は中学のときからの付き合いで、同じ部活動の仲間で、親友だった。
早苗と付き合い始めたのも、幸一のサポートのおかげといってもいい。幸一が御膳立てしてくれなければ、今頃こうして早苗と付き合うなどということなどなかったのだから。
とまぁ、説明を聞く限りでは、ただのおせっかい焼きなのか? と思わせがちだが、実際は違う。面白いことに目がないだけだ。
エイプリールフールの嘘は学校の先生にまでもつくし、男子の下駄箱に偽装したラブレターを入れるのは日常茶飯事。明の告白のお膳立てをしたのも、単に面白いものが見られそうだから、という単純な理由だった。
早い話、明が早苗と付き合うのはどうでもいいことで、告白のシーンだけ見られればいいかなぁ、などというふざけた動機のおかげで、今の明と早苗はある、というわけだ。
そんなイタズラ好きの幸一も、今や明と早苗にちょっかいを出すことを日課としている。さっきのように腕を組んでいるものならば、どこからともなく瞬時に現れてからかい始める。今日もその日課のせいで幸せなひと時が邪魔されたというわけだ。
「今日は入学式だってのに、ラブラブだなぁ・・・。うらやましいな〜」
「う、うるせぇっつの。ってかお前さ、俺たちの幸せなひと時を邪魔すんじゃねぇよ!」
「へへへ、だって楽しいだろ」
「だぁ〜!!! まったくよぉ!! 早苗! 今度は絶対2人きりでデートだかんな!!」
「う、うん。いっつも幸一君ついてくるもんね。あはは」
早苗の言うとおり、日曜のデートとなれば幸一は絶対についてきた。待ち合わせ場所など、幸一には一言も喋っていないのに・・・不思議なものだ。
さっと携帯電話を取り出し、画面の右上に出る時刻を見て、幸一は叫んだ。
「おい、やばい!! 遅刻するぞ!!」
「何!? ってお前がちょっかいだしてくるからだろ!! 早苗、走るぞ!!」
「え? うん!」
3人は仲良く一斉に走り出した。夢と希望のあふれる憧れの高校へ。
+++++
高校が始まってから一ヶ月ほど経過した。早苗と幸一も同じクラスだったので、とりあえずほっとしたのを覚えている。
ぎこちなかった初日だったが、友達もそこそこできて、今は割と普通の学校生活を送っている。
そんな中の日曜日、早苗から電話があった。今日、明君の家にお邪魔してもいい? お話があるから、と。いつもなら飛び跳ねて喜ぶところなのだが、そういう気分にはならなかった。
・・・いつも明るくて綺麗な早苗の声が、とても真面目で真剣だったからだ。きっと何か大切なことを言いに家に来るのだろう。その大切なことが何なのか、明はまだわからない。だからこそ、不安になるのだ。
一体早苗は自分に何を話すつもりなのだろうか? もしかして、別れ話だろうか?
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・ちょっと泣きそうになったので、それ以上の想像は止めておいた。
でも、本当に何の話だろうか? ん〜、と唸っていると、玄関のほうから声がした。・・・早苗が来たのだ。
明はすぐに玄関へ早苗を迎えに行った。早苗はちょっと申し訳なさそうな顔をして明に言った。
「ごめんね、明君。急に電話したりして、忙しくなかった?」
「いや、大丈夫だよ。早苗が来るんだったら例え俺が重傷の怪我を負ってたって家で待ってるよ」
「・・・そのときは救急車呼んでね。お願いだから」
明の冗談に突っ込む早苗は、特におかしな様子ではなかった。少なくとも、これから別れ話を切り出そう、という重い雰囲気ではなかった。・・・ならば、何なのだろうか?
明は早苗を居間に通して座布団の上に座らせ、自分もまた同じように座布団の上に座った。
「それで、話っていうのは?」
明が先に話を切り出した。早苗は視線を下に落として口をつぐみ、言おうか言わないか迷っていた。
時折ちらっと明のほうを向いては、また視線を下に戻す。それを何回も繰り返して5分くらいが経過した。でも、明は早苗を急かすようなことはしなかった。ここまで言うのを躊躇しているのだ。無理に急かしてはいけない。・・・そう思ったからだ。
そしてさらに3分が経過した頃、早苗は決心したのか口を開いた。
「あ、あのね、明君」
「ん? どうしたんだ、早苗」
「あの、ね・・・・う」
「う?」
だッ!! と早苗が駆け出した。駆け出した先は、トイレだった。戸を開けて中に入り、バタン!! と勢い良く閉めたあと、うぇぇ・・・、という声が聞こえてきた。
明はパッと駆け出し、早苗の入っているトイレのドアを叩いて叫ぶようにして言った。
「さ、早苗!! 大丈夫か!!」
「う、うん、大丈夫・・・・。少し待ってて・・・」
その後も、しばらく早苗の苦しむような声が聞こえてきた。
何だ? と明は思った。家で何か悪いものでも食べたのか? と最初は思ったが、早苗の家に限ってそんなことはありえない。コックは一流だし、食材も一品だ。傷んでいるものを使うなんてありえない。
ならば、体調か? ・・・おそらく当たりだろう。食べ物じゃないとすれば体のほうに問題があるとしか思えない。でも、体調が悪かったらわざわざ自分に会いに来るはずがない。電話などで済ますはずだが・・・。
ジャーッと音がして、早苗がトイレから出てきた。はぁ、とため息をつき、明に近づいた。そして、今度こそ言う。
「あのね、明君」
「何だ?」
「できちゃったの」
「何が?」
「あ、赤ちゃん」
・・・・・・はい? 何だって?
「・・・・・ごめん、もう一回」
「できちゃったの」
「何が?」
「赤ちゃん」
「誰の?」
「明君と私の」
きょとん、という効果音がたぶん一番明にふさわしいだろう。早苗の言葉が耳に入るなり、口を開けて、鳩が豆鉄砲を食らったような目でじぃっと早苗を見つめているのだ。まるで、そう、宝くじで一等が当たった瞬間のような、仰天の極みのような、そんな感じ。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」
少しの間のあと、明の絶叫が響き渡った。
と、いうわけで過去編スタートでございます。
明と早苗と幸一の過去、おもちゃ屋A・B・K社設立などなどです。
コメディから外れ、ちょいとシリアスなお話になってきます。ご了承ください。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!