第105話 最後の朝
翌日、朝食の場は昨日の夕飯と同様静まり返っていて、誰1人口を開こうとしなかった。
・・・玲菜は結局、昨日居間を出て行ったっきり部屋にこもったままだった。一晩中泣いていたのか、目が赤くなっていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
偶然目と目が合っても、玲菜は何も言わず目を逸らしてしまった。・・・玲菜とこんな気まずい関係になってしまうなんて嫌だった。できればちゃんとした形で別れたい。
昨日気がついた自分の気持ちを反芻させながら、刹那は心を落ち着かせる。決めたこととは言え、緊張はする。
・・・大丈夫だ、ちゃんと言える。落ち着け、そう難しいことじゃない。伝える、ただそれだけだ。
「玲菜、あんた荷物はいいの?」
唐突に、里奈が口を開いた。
「・・・うん」
「それなら、これ食べ終わって食器片付けたら行きましょ。いつまでもいたらずるずるいっちゃうから」
「・・・うん」
会話はもう終わりらしかった。再び、沈黙が居間を包み込む。
黙々と食べているうちに、朝食は全て片付いてしまった。いつもよりずいぶん早い朝食だった。・・・それもそうだ。いつもはもっと楽しく喋りながら食べるのだ。誰とも話さず、ただひたすら食べていればこんなものだ。
食器を片づけ、いつものようにテレビを見る。・・・今日はお茶が出なかった。別になんてことないのだが、いつもあるものがないというのは何だか寂しかった。
「さて、準備でもしてくるわ。玲菜、あんたもよ」
「・・・・・」
「玲菜?」
「・・・うん、わかった」
沈黙のあと、玲菜はいすから立ち上がり、里奈と一緒に居間を出て行ってしまった。
残された刹那は、1人テレビを見ていた。緊張を紛らわすためである。
自分が今からしようとしていることは、本当にすべきことなのか、と自分自身に問いかける。別にしなくとも結果は変わらないかもしれないし、やらないほうが本当はいいのかもしれない。
刹那は緊張するのが好きなわけではない。むしろ嫌いな部類に入る。今からすることはとても緊張することだ。つまり、刹那は嫌いなことをわざわざやるというわけだ。
そんなことしなくてもいいんじゃないか? 緊張するのが嫌いならやめればいい。ただ今までありがとう、と感謝の言葉を述べて、別れればいい。それが一番ではないのか?
「・・・違う」
口で心の声を否定する。
仮にその通りにしてみよう。するとどうだ? 玲菜とは結局ケンカ別れになってしまうではないか。お互い気まずいまま、心に錘をぶら下げたままさようならを言うことになる。
それでいい? いいわけなどあるか。ここで逃げ出してみろ、一生後悔するにきまってる。
やるのだ。覚悟を決めろ。何、別に死にはしない。ちょっぴり、ほんの少しだけドキドキするだけだ。大丈夫さ。
自分自身を励まし、そのときを刹那は待つ。
最後に2人が顔を出しにここへとやってくるその瞬間を、
刹那はただひたすら待っていた。
+++++
「玲菜、準備はできた?」
私服を詰めたバッグと、黒い日本刀を片手に、里奈は玲菜の部屋の前に来ていた。
「・・・・・」
玲菜は里奈の言葉には返事をせず、ただ枕をぎゅっと抱いていた。その様子は、まるで何かつらいことを堪えているように見えた。・・・わかる。妹のことだ、姉である里奈にはわかる。この家と・・・刹那と別れたくないのだろう。
「・・・仕方ないでしょ。つらいのは」
「・・・うん」
「楽しかったことは、いつまでも続いていくわけじゃないの。特にあたしたちに限ってはね。こんなつらい思いをするのも、あたしたちが殺し屋だから。・・・仕方ないのよ」
「・・・・・」
何も言わず、玲菜はぎゅっと強く枕を抱いた。
「・・・こんな」
「?」
「こんなつらい思いするくらいなら・・・私」
「・・・・・」
「ごめん、何でもないよ」
「・・・行きましょ、刹那に顔見せて、それから帰りましょ」
こくり、と玲菜が頷き、私物の入った大き目のバッグを両手に持つ。・・・もうこれでいつでもこの家を出られる。あとは、刹那にさようならを言うだけ。
言いたくない。でも、言わなければならない。交差した2つの気持ちが胸の中に溢れてきて、何だか泣きたくなった。
{せめて最後くらい笑顔で・・・}
そう思い、玲菜は眼尻をぬぐい居間へと向かった。
刹那が待っている場所へ。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!