第103話 こんなときなのに・・・
いつもならばシリスを中心に何か話題を見つけてみんなで話したりするのだが、あの衝撃的な話を聞いたあとではどうも会話が弾まず、シリスは早々に帰って行ってしまった。
そして、現在は夕食。居間は当然重い空気が渦巻いており、ただテレビの音声だけが空しく流れる中夕食は終了した。
昨日までならば、刹那はここで玲菜の淹れてくれたお茶でも飲みながら、実にのんびりとした時間を過ごしただろう。たまに里奈にいじめられ、そして玲菜が叱りつけるといういつもの流れを楽しむ。そんな時間を過ごすはずだった。
でも今日はここに居たくない。空気が重すぎるのだ。誰1人として口を開かない。いや、開けないのだ。3人とも、この空気の重さのせいで口を開きたくとも開けないのだ。
本当ならば逃げ出したかった。重い空気が渦巻いているこの場から抜け出して気を楽にしたかった。
だが、そうするわけにはいかない。もはやこの2人と過ごせる時間はもうほとんどないのだ。いくら重い空気の中だからと言って、ここ逃げ出してしまって3人出過ごせる貴重な時間をむざむざ捨ててしまえば、後々に絶対に後悔してしまう。
「・・・お風呂入ってくるわ」
里奈が重い空気の中、口を開いた。
「え、あ、はい。先にどうぞ」
「・・・ゆっくり話しなさい。じゃね」
それだけ言い残して、里奈は着替えを取りに自分の部屋へと一旦戻っていった。
居間に残された2人は何か話そうとするが、どんなことを話せばいいかわからずお互い口ごもっていた。・・・里奈がいなくなったことで、逆に雰囲気が悪くなってしまったのかもしれない。わざわざ里奈が気を利かせてくれたのに、何だか申し訳ない。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言で、気まずい空気が流れる。いつもなら話の内容によっては里奈がいる時よりも話すことができるのに、今日は駄目だった。
玲菜と一緒なのに、こんな空気になってしまうのは嫌だった。だから、刹那は勇気を出して話しかけてみることにした。
「あの、さ」
続きがうまく出てこない。故に言葉の組み立てなどできず、思いついた言葉を次々と口に出すことになる。
「やっぱり、行っちゃうんだよな。寂しくなるよ、何か、本当の家族みたいだったからさ。本当に残念だよ」
「・・・・・」
「本当ならさ、行ってほしくないんだ。話だってできるし、他にも色々―――」
「嘘、でしょ?」
「え?」
突然の玲菜の言葉。何のことだか、一瞬わからなかった。
「本当は、私たちがいなくなって嬉しいんでしょ? 一緒になんて、居たくなかったんでしょ?」
さっぱり意味がわからなかった。・・・一緒にいたくない? そんなことあるわけがない。ずっと1人暮らしをしてきた刹那にとって、玲菜と里奈の存在がどれだけありがたかったことか。
それなのに、この家からいなくなるほうがいいと言われる意味が、刹那にはわからなかった。
「だって怖いもんね。人殺しだもの、私たち。いつ殺されるか怖くて仕方ないもんね。さっさと出て行ってほしかった。・・・違う?」
「違う。それは違う」
「じゃあ刹那は、私が人を殺しているっていうことが平気なの? こんなに間近にいるのが苦痛じゃないの?」
「・・・・・」
言葉が詰まる。玲菜の言う通り、人殺しと一緒に暮らすということは普通大変な苦痛と恐怖を共にすることになる。何がきっかけとなって、自分が殺されてしまうかわからないからだ。
それは刹那も同じことだ。刹那も最初、そう思わなかったわけではない。いつ殺されるか、それを考えなかったわけではないのだ。
だが、今は違う。玲菜と里奈は・・・人を殺しているように思えないのだ。半年ほど一緒に暮らしてみて、思ったことがそれだった。
「・・・ほら、答えられない。やっぱりそう思ってるんじゃない」
「違う、玲菜、俺は―――」
「違わないでしょ?! そう思ってるんだったら言えばいいじゃない! やっとこの家から出て行ってもらえるって! それなのに・・・どうしてそんな嘘つくのよ!!」
怒鳴り、玲菜は居間を出て行ってしまった。
怒鳴られた刹那は、しばらく放心状態だった。なぜ玲菜が怒ってしまったのか、理解できなかった。
玲菜と入れ替わりになって、着替えを腕に抱えた里奈が居間に入ってくる。
「あのさ・・・何が起こったのよ。玲菜ちゃん泣いてたわよ?」
「え? でもさっきは怒ってましたよ?」
「ん〜・・・まぁいいわ。とりあえず、何があったのか説明しなさい」
今ほど里奈が頼もしく見えた時がなかった。
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「何やってんだろ、私・・・」
部屋に戻り、玲菜はベッドに顔をうずめて泣いていた。
「もう時間ないのに・・・ケンカしてる場合じゃないのに・・・うぅぅ」
悲痛な言葉が、部屋の中こだましていた。
衝突です。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!