第102話 どうしたの?
・・・わかっていたことだった。遅かれ早かれ、この2人がこの家を出て行ってしまうことは。
シリスの言うとおり、2人はもうこの家にいても意味はないのだ。たった今、刹那の無実は証明されてしまったのだから。
玲菜だって里奈だって、仕事だからこの家にやってきた。私情で来たわけではないのだから、仕事の期間が終了すれば撤収するのは当たり前のこと。
そう・・・これは自然なことなのだ。
「・・・・・」
すでに落ち着いた玲菜が、今度はシリスの言葉によって呆然とする。先ほどの刹那のように、思考が凍りついたみたいな、そんな感じだった。
「玲菜お嬢様?」
怪訝に思ったシリスが、黙ってしまった玲菜に声をかける。
「え、あ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって・・・」
笑ってそう言うが、その取り繕った表情はごまかせなかった。明らかに動揺している。この家から出ていくことを。
「シリスさん、その・・・たまには遊びに来てもいいですよね? ここまでお世話になったんだし、たまに刹那の顔も見たいし・・・」
気がついたように、玲菜がそう言う。・・・がしかし、
「玲菜お嬢様、それはできません。刹那様の容疑が晴れた以上、無用な接触は避けるべきです。刹那様は今回のことを忘れ、ごく普通の一般人として生きていくほうがいいのです。私たちが係わってしまっては、台無しです」
言うことは一理ある。いや、一理どころかそれこそが正しいと言っても過言ではない。
刹那はもともと殺し屋のことなど知らない普通の人間だったのだ。その刹那がその存在を知ったのも、全てはABK社の不手際のせい。・・・もっとも、これはABK社のせいではなく、誤報を流した情報屋のほうに問題があるのだが。
いずれにせよ『被害者』の刹那が、これ以上殺し屋と関わるのは好ましくないのだ。もともと出会うはずも関わるはずもなかったのに、このままずるずるとこの関係を保ってしまってはいけない。
「シリスさんの言う通りね。そんなのわかりきってるじゃないの。どうしてそんなこと言い出すのよ?」
「・・・・・」
里奈の問いに、玲菜は答えない。先ほどと同じように、固まってしまった。
「と、いうわけです。お2人とも、この家から撤収させたいと思うのでよろしくお願いします。ただ、時間をください。1日か、2日ほど。心の準備も必要なようですから」
シリスは玲菜を見ながらそう言った。・・・シリスが玲菜を見るその目は、何だか悲しそうに見えた。どうしてそんな目で玲菜を見ているのか、刹那にはわからなかった。
「・・・玲菜、ちょっといい?」
里奈が真面目な表情で玲菜に呼びかけた。
「・・・え? あ、うん。いいよ」
「それじゃ来て。シリスさん、ちょっとお願いします」
「かしこまりました」
シリスにその場を任せ、里奈は玲菜を連れて居間の外へと出て行った。
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「どうしたの? どうしてそんなに落ち込んでるの?」
居間の外へ出るなり、里奈は玲菜にそう言った。
だって、これはあまりにおかしい。いかに慣れ親しんだ家だからと言って、ここから出ていくだけでこんな放心状態になるくらい落ち込むなんていくらなんでも変だ。普通ならばありえない。
「玲菜、何か言わなきゃあたしもわからないよ。言ってごらん?」
「・・・・・」
里奈がそう玲菜に促すが、玲菜は答えようとしなかった。
「あなた、刹那のこと好きなんでしょ?」
「!?」
今までうつむいていた玲菜が、里奈の言葉に驚き顔を上げた。それを見て、里奈はやっぱり、と言いたげな顔をして続けた。
「あいつと別れたくないんでしょ? だからそんなに落ち込んでるんでしょ? 違う?」
「・・・・・」
「でも無理よ。あたしたちは殺し屋なの。人を殺してるの。そんな人間が、まっとうな人生送れると思う? かたぎの人間と結ばれていいと思う?」
「・・・・・」
「それに刹那もよ。あいつも、いくらなんでも人を殺した人間と一緒に人生過ごしたりしたくなんてないわよ。本当はあたしたちのことを軽蔑してるかもしれない」
「・・・・・」
「あたしたちが結ばれていいのは、人殺しの十字架を一緒に背負ってくれる人だけ。それはやっぱり同業者じゃないとダメ。普通の人間だと背負いきれないのが目に見えてるからね。あんたも、刹那に迷惑かけたくないでしょ?」
「・・・うん」
「それなら諦めなさい。わかった?」
「・・・・・」
玲菜は答えなかったが、里奈はそれを肯定したのだと受け取ると、1人居間へと戻って行った。
「・・・・・」
1人廊下に取り残された玲菜は虚空を見つめ、切なげな表情を浮かべていた。
雪が降ってます。寒いですね〜。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!