第二話 ヒステリック
前回のあらすじ
遂にリーファンの居場所を見つけた。そのことを彼女に伝え、そして皆に国を預けるための挨拶に行こうとする。しかし、彼女はとんだ勘違いをしたようで。
「何、それ。どういう、ことなの」
青ざめた状態から一転、茹で蛸の様に真っ赤になる。
「語弊があったな。ひとまず、だ。しばらく帰れねえってことだ。ヘタをすればずっと帰れないかもしれない」
「結局、同じじゃん!」
彼女から怒号を受ける。
「すまない。もう決めたことなんだ」
「帰る場所はここなんだよ! わからないの⁉︎」
「わかっている。わかった上で、だ」
「ずっと黙っていた……けど、もう耐えられない。リーファンのことなんか忘れて私たちと一緒に生きてよ……」
彼女の気持ちは良くわかる。俺は彼女に構ってあげていないから。俺がずっとリーファンの方を向いている限り。
「わかったよ……」
「わかってなんかいない! どうせ行くんでしょ⁉︎ 行けばいいじゃない! もう、いい。もういいから!」
「……っ」
女ってヒステリックを起こすとここまで面倒なのか。だが、原因は俺にもある。冷静に対処せねば。
「行かないの? 早く行けば?」
「クロス……」
バッと抱き締めた。
「何よ!」
背中を叩かれる。痛くはないが、心には痛く、響く。
「約束は忘れない。帰れないかもしれないとは言った。だが、帰るつもりはないとは言っていない。俺の帰る場所はここなんだ。お前なんだ。お前を差し置いて勝手に逝くつもりはほとほとない」
「屁理屈……嘘つき……」
彼女から涙が零れていた。
解放して、彼女の肩に手を置き、言った。
「今までありがとうな」
「うん……」
また誤解を与える前に言わないと。
「これからもよろしく」
「……ん」
そこからは自然な流れでキスをした。だが、その瞬間。
「なあなあ、でっけえ声が聞こえてきたんだが」
魔王がやってきた。
「げっ……う、うわぁ……」
「……はあ。大人の時間だ。失せろ」
「……あー、はいはい、わかったよ」
これで二度目だ。
「さっきはごめんね」
俺は知っている。女はヒステリックを散々起こした後、急に冷静になりめちゃくちゃ謝り出す。
「大丈夫だ」
「本当にごめんね」
「だから大丈夫だと言っているだろう」
「それならいいんだけど……」
「俺の知らないお前が見ることができた。それでいいじゃねえか」
「バカみたい……」
「馬鹿で結構だ」
実際、三歳の息子にしりとりで負けるくらいの馬鹿さ加減だ。
「開き直るなバカ……」
「……」
頭を掻き、ふぅと呼吸を整える。
「俺も悪かった」
「そうだね」
「お前なあ……」
「何?」
涙まじりにニコニコと笑っている。少し怖い。
「……何でもない。それより、リベルトとハースに挨拶しにいく。クロスも来るか?」
「うん、わかった。……(私がしっかりしないと)」
何か小声で呟いている。
「? 最後聞こえなかったが何を言った?」
「なーんでもないよ」
なんだ、ただの独り言か。
「ならば行こうか」
その日の夜。リベルト達の国に行った。革命から数年。街は以前よりも活気溢れるようになっていた。
「んで、おめえは決着のためにしばらく帰らねえってか」
「ああ。だからその間デグラストルを任せたい」
「そいつぁ身勝手な話だなぁ」
「報酬なら払う」
「そうだなぁ……しめて、ぁいだ⁉︎」
舌で唇を舐めていたリベルトにハースが拳骨を頭上に落とす。
「この馬鹿夫。レインと私達の仲でしょう〜?」
彼女の黒い笑いが俺の背筋を凍らせる。
「し、しひゃがぁあ……」
彼の舌から血が大量に飛び出ている。悲惨だ。
「すぐ治るでしょ。人間じゃなくて堕天人だし。えーと、一応聴いておくけどどれくらいの期間なの?」
「わからん。北極には行ったことがないため、術が使えない。ロロに乗って行くため少しは速くなるだろうが、そうだな、よくて片道二日か。それから北極についてからは環境の対応をするための三日。その他諸々込みにすると検討がつかない」
「そっかぁ。ま、大丈夫だよ。仮に何年経っても世界はこのままの状態で維持してみせるよ!」
こいつは変わりなくてどこか安心する。
「さっさと終わらせてこいよ。クロスに寂しい思いさせたら俺許さねえからな」
舌が回復したリベルトが喋り出した。が。
「いつまでも兄貴面すんな!」
クロスの一撃が鳩尾に入る。
「がっ……そ、それきん……し……」
ガクンと跪く。
「お前ら……」
「何?」
「なーに?」
「いや、何でもない」
こういう時の女は怖いな。
「それじゃ、国を頼むぞ」
戻って、デグラストル宮殿。元代理王、現外交官のリオンを再び代理王に仕立てる。
「はい、お任せ下さいませ。緊張状態の十年間も私が代理できたものですし、きっと大丈夫ですよ」
「リベルト達も手伝ってくれるしな」
さすがに女二人の体制はきついものがあるだろうしな。ああ、今まで言っていなかったが、リオンは女だ。
「実質の内政は私がやっているんですからね。外交も務めているのになあ」
「嫌味のつもりかよ」
「一言余計でしたね」
こいつ、わざとだろ。
「……ありがたいとは思っている。俺がほとんど国にいないために」
「デグラストルの王はそんなものだと代々伝えられているので」
「そうか。確かに、その中でも歴代天地の勇者は奔放していただろうな」
「でしょうね。特に一つ前の勇者は最期まで国に帰らなかったらしいですし」
「……」
最期まで帰らなかった、か。
「俺は必ず帰る。それがいつになるかわからないが必ず」
「そう信じております」
「それじゃ、これで」
「いってらっしゃいませ」
そして俺の家族の元へ。これが本当の行く前の最後に交わす会話だ。
「レイド、お前は強く生きるんだぞ」
彼の頭を撫でる。
「……はい」
少し涙目であるが、その目は強い意志を感じる。
「まるで死ぬような言い方はやめなさいよ」
すかさずクロスが突っ込んできた。
「……すまん。そうだな。いつも通りだ、魔王を倒した時も、神龍を倒した時も、皇帝も夢も邪神も、あらゆる時でさえ俺は必ずここに帰ってきた。だから今度も帰ってくる。リーファンを連れて」
「約束、だからね」
「ああ」
俺と彼女は地上に出る。何もない場所だ。
「……」
「なんだ」
浮かない顔をしていた。やはり寂しいものがあるのだろうな。
「抱き締めてほしいか?」
「っ⁉︎ ば、ばか言わないでよね。だ、大丈夫よ。大丈夫。寂しくなんかない!」
体が震えているぞ。声も精一杯出している感じだ。
「はあ……」
そっと俺は彼女を抱き締めた。
「ただし接吻はしない。続きは帰ってからだ」
「ぐぬぬぬ……とんだ焦らしね……」
「悪いな。……行ってきます」
「……えぇ、いってらっしゃい」
彼女から手を離し、一呼吸する。そしてあいつを呼ぶ。
「ロロ!」
待っていたかのように即座に目の前に降り立った。
「ご主人、久々だな」
確かに、帝国との戦争以来だ。こいつもよくあの中を生き延びたものだ。
「お前に頼みがある」
北極に行くことを伝えるとすぐに出発することになった。
「待っていろ、リーファン。今からお前の元へ行く」




