第一話 スペルズフィーズ
前回のあらすじ
邪神は消え去った。世界は再び平穏を取り戻す。あと一つの悔恨を残して。
俺はしばらく平和な日々を送った。何も起きない静かな世界。国と国との摩擦もなく、飢餓もない。何もかもが全て上手く行っている。その中で俺は一つだけ解決できない事にもやもやしていた。そう、リーファンのことだ。俺は一刻も早くあいつを救いたい。だが、奴の居場所を捉えることはできない。センサーの魔術はあくまで魔力を使っている者にしか反応しない。
何が救う、だ。絶と滅を殺しておきながら彼を救うだと? おこがましいにも程が有るだろう、そう思う人もいるのかもしれない。特にあいつは。それでも俺はやらなければならない。俺がやりたいからだ。俺の満足のいかない世界などいらない。誰だってそうだろ。自分の思うようにいかない世界にいても心底満足できるか? 俺にはできないな。
バルコニーにいた俺にクロスが話し掛けてくる。
「折角ここんところ平和なのに浮かない顔してるね。……まあ、事情はわかってる。早く見つかると良いね。そしてあわよくば」
「ああ。そうだな」
比較的話すようになっていた俺だが、また以前のように最近は口数が少なくなっていた。彼女と体を合わせることもない。
「いつか約束したこと憶えている?」
「どの約束だ。色々ある」
「やれやれ。そうね、まずは生きて帰ること。次に無茶をしない。そして、帰る場所はここよ。自分を見失ったら私の元へおいで。何度でも貴方を立ち上がらせてみせる」
「……」
その言葉にハッとする。少し大きく目を見開き、そして暗い顔に戻る。
「すまないな」
「レインってまともに感情が出るようになってから結構左右されてるもんね。夫を支えるのは妻の役目だし、当然なのよ」
「そうか……。なら、妻を支えるのは夫の役目だ。一方的に支えられるわけにはいかない。俺たちは二人で……あっ」
「ふふっ。話すようになったね」
上手くのせられたな。彼女には負けるよ。
参ったと言わんばかりに手を上げ、下げてからこう言った。
「……いつか皆で呑もう。俺、お前、リベルト、ハース。そしてリーファンに絶と滅。皆笑顔でな」
「なら、まずは貴方が笑顔にならないと」
「笑ってやるよ。全てが終わったらな」
「はいはい。じゃあ、終わらせないとね」
「早く終わらせるさ」
一息つき、お互いに抱きしめあった。
数日後、一つの手紙が届く。差出人は光の女王だった。内容は魔力を感じ取った、今すぐ魔術を使いこれを撃破せよとのこと。俺はリーファンだと思ったが、違った。異端の魔術師が魔術で世界中の女を籠絡させようしていた。この屑に対し、俺は容赦なく首を斬り落とした。その首はライトの元へと辿り着く。
もし、これがクロスに影響が出ていたら、首斬りだけでは済まなかっただろう。
「ご協力感謝致します」
「いや、俺の怒りも買ったからな。お互い様だ」
「……ところで、リーファンとの決着は」
「まだだ。探し出せない。どこにいるのか」
内心焦っていた。もしこのまま見つからないまま何十年も過ぎたら、と。
「そうですか……。では、貴方にある一つの魔術を授けましょう」
俺の知らない魔術か。
「センサーよりも上位に位置する、スペルズフィーズ。これで誰がどこにいるのか、名前さえ知っていればすぐに特定できます」
「何故それを今まで教えなかった」
「貴方が教えてほしいと言わなかったからです。今回は特別ですよ。今度からは頭下げてもらいますからね。仮にも私は貴方の先祖なのですから」
「くっ、わかったよ。教えいただきまして感謝します、だ。……さあ、教えろ」
「本当、あの人そっくりですわね」
彼女はにっこりと笑っているが内心イラついているのはわかっている。
「さて、じゃあ始めましょうか。スペルズフィーズを」
「頼む」
彼女は目を閉じ、唱える。
「我の行く先を、汝の行く先にならん。追い求めるは幸、追わずは災。我求むるは汝。……展開せよ、スペルズフィーズ」
唱え終わると辺りが輝き出す。空中に世界地図が現れ、一つの点が現れた。今その点は光の国を指している。
「今のは貴方に対して発動しました。さあ、今度は貴方がリーファンに対しやりなさい」
「ああ」
魔術系なら俺は詠唱しなくても発動できる。
「スペルズフィーズ」
頭の中でリーファンの顔を思い出す。学校に入り立ての頃、演習の頃、そして再開した時、あの無様な戦いの時。
俺はリーファンを、必ず探し出してみせる!
「……! 見つけた!」
その場所は、北にある最果て。
「通称北極。なるほど、確かにここは人は来ない上に常に形が変動している。見つからないわけですわ」
あんな寒いところを一人で……。
「勿論行くのでしょう?」
「ああ、行くさ。だけど、その前にやることがある」
本当にこれが最終決戦だと感じた。もう帰って来れないかもしれない。だから、最後に皆に伝えたいことがある。
「まずは、ありがとうな。あんたのおかげでリーファンを見つけることができた。……それにこの剣も」
エクスカリバーを取り出す。
「本当に俺に与えてよかったのか?」
「私にはこれがありますから」
「……折れているぞ」
その剣の刀身はほとんどなかった。
「道を間違えた時に折ってしまったのです。とはいっても、使えないことはないので」
「あんたには光速があるからな」
彼女はニコッとする。よく笑う奴だな。
「じゃあ、行くよ。……先祖なんだから、少しは応援してくれよ」
「いつでも応援しているわ」
俺も少しだけ微笑んだ。笑う所を見せたのは家族だけだ。俺は身内に甘いな。親がいないから余計なのかもしれない。
「戻った」
今回は術を使わず船で帰ってきた。ライトが用意してくれたものだ。一見、光の国とデグラストルは遠くに感じるが、海を渡ればすぐである。
「おかえり。何か良いことあった? 顔が緩んでいるよ」
クロスに注意され、ギョッとしてしまった。俺が緩んでいたとはな。俺は今かなり隙を作ってしまっている。
「ふぅ……。よし。……ああ、良い事か。そうだな、リーファンを捉えることができたんだ」
「本当⁉︎ 遂に見つけられたんだね!」
「ああ。だから皆に別れの挨拶をしようと思って」
突然の俺の言葉に彼女は青ざめた。
「……え?」
 




