第四話 お別れ
前回のあらすじ
俺の過去を、学校時代を振り返る。
一ヶ月が過ぎた。思えばあっという間だった。何の苦にもならなかった。あいつらの苦しみに比べれば。
それはともかく時間に余裕があるのはいい事だな。以前なら帝国が攻めて来ていたかもしれなかったしな。
「おう、レイン。もう時間は過ぎたぞ。時々嫁さんと子どもも来てたぜ。肉の差し入れくれた。理解ある人だよなあ。お前の我儘について来てくれてる」
「彼女には悪いと思っている。全て終わったら、一緒に暮らすさ」
「まあ、それならいいんだけどよ。……で、何か得るものはあったのか?」
「得るものはない。無くなるものもない。それがこの鍛錬の成果だ。事実は変わらない。落ち込んだりしても何も変わらない。常に前を向いて上へと目指す」
「ふっ……それが得たものじゃねえか。お前は変わることができた。さあ、レイン。嫁さんが待ってるぜ」
「ああ、またいつか立ち寄るよ。ありがとうな」
家を出ようとすると紅鬼が走ってきた。
「待って……ください……はあ……はぁ……」
「どうかしたのか?」
頬は走って興奮したのか紅くなっている。
「私……」
「?」
「私は貴方のことが好きでした」
告げられた言葉は予想外のものだった。
「……そうか。ありがとう」
「だから……必ず生き延びてください。生きて、クロスさんを大事にしてください。じゃないと私、許しませんから」
「言われなくても生き延びるさ。……また会おう、紅鬼」
「ようやく言えたんだね。成長したもんだね、紅鬼」
金鬼さんが台所から出てきた。
「母上……」
「届かなくても想いは伝えることはできる」
「そうですね……」
「やれやれ、俺を省けにして話を勝手にしてるとはな」
「師匠」
「で、なんだ? くだらない恋愛沙汰か?」
「くだらないって、あんたねぇ」
「鬼に恋愛など必要ない。しても悔いるだけだ」
「そうかもしれませんけど……」
「銀鬼、それあんたの昔話でしょ。確かに光の国の……」
「ああ! もういいよ! 俺が悪かった!」
師匠の珍しい部分が見られて少し笑ってしまった。
「では、俺はこれで……ふっ……」
「レインに笑われているわよ」
「くそっ……まあいい、とにかくまた遊びに来い。皆いつでもお前を待っているからな」
「必ず」
この屋敷ともしばらくはお別れだな。
一ヶ月ぶりのデグラストル。もはや懐かしいというレベルだ。たかが一ヶ月というのに。
「おっかえりー!」
やたらと元気なクロスに出迎えられる。
「久しぶりだな。元気そうで良かった」
「元気も元気よ。別に一ヶ月まるごと会えてなかったわけじゃないからね。三日に一回はあっち行ってて一晩中あなたのこと見てたからね」
「そ、そうか……」
何だか恐ろしい。彼女の性格はこれだったか?
「お、帰ってきたな。土産とかはあるのか?」
次に来たのは魔王だ。早速土産を欲するとは中々にしたたかだ。
「聖都名物鬼饅頭だ。皆の分もあるぞ」
「ありがとな! レイド! 一緒に食おう!」
「魔王早いよー!」
前よりも一段と仲良くなっているな。レイドはまだ三歳というのに既に走っている。
「ふぅ……お父様おかえりなさい。僕我慢してたよ!」
「よく頑張ったな。偉いぞ」
よしよしと彼の頭を撫でた。
「レインが父親だ……ぶふっ……」
「何がおかしい」
「ぃ、いや、なんか、昔と全然違うというか」
笑いながら言うなよ、下品だぞ。
「クロスお前な……変化は誰にでもあるものだぞ。お前だって変わっている」
「そうだけどさ!」
「それはおいといて。夕食の準備をしよう。今日は久々に皆で食べる。リオンも呼ぼう」
着々と夕食の準備は執り行われた。今回は俺が手塩をかけて作った。
「お母様、何か話ありませんか?」
「んーなんだろ、面白い話なかったかな」
「クロス、以前俺はお前の過去も聞きたいと言った。聞かせてくれないか?」
「あー……ちょっと重たい話になるけど」
「俺は構わない」
「私も大丈夫ですが……」
「僕も問題ないよ」
魔王も無言で頷いている。というより食べるのに夢中である。
「そうね、じゃあ、話すかしら」
「私は俗に言う虐められっ子だったの」
彼女が孤児院にいた頃。年齢は六歳くらいの時だ。男女に差が出てくる頃であるこの時期に、クロスは他より多少胸が大きく、背も高かった。そのせいもあって、女子からは嫉妬の対象、また男子からはイジメの対象になった。
「やーい! でか女! こっちまでおいで!」
そう言いながら男の一人は石を投げ彼女に当てた。額からは血が噴き出す。
「っ……」
だが彼女は抵抗しなかった。する価値もない。結局どうしようが再び同じようなことが起きるのであれば無駄なことはしない。そう彼女は決めていたのである。
「んだよつまんねえな!」
こうやって飽きられた方が速やかに事態は収束する、そう考えていたのだ。だが、この日はそうはいかなかった。
「だったらこうだ!」
座っていた彼女を蹴り付けた。
「イタッ!」
その後イジメ集団がのしかかって殴る蹴るのオンパレードだったのだ。
「痛いよ……」
「おい!」
そんな中、叫んだ子どもがいた。そう、幼きリベルトである。無駄に正義感の強い彼は虐められている子を見捨てるわけがなかった。
「ハースから聞いたぜ。おめえらみっともねえな。だせえよ。女の子虐めて何が楽しいんだ? もっと面白いもの見つけてみろよ!」
「うるせぇ! これが最高なんだよ! 部外者はどっかいけ!」
殴りかかって来た子どもに対しリベルトはその拳に自らの拳をぶつけた。
「いっだぁあああ!!!」
リベルトは自身の拳こそがこの孤児院で最強だと信じていた。だからへなちょこな殴りなど壊してやる、と。
「ざまあねえな!」
「くそが! おい、逃げようぜ! 今度はこうはいかねえ!」
「小物くせえなぁおい。大丈夫だったか?」
痣だらけの彼女を見て、いや、大丈夫じゃないか、と呟いた。
「ありがとう……」
「いや、俺の方こそ遅くて悪かった」
「ううん、止めてくれただけでも」
「おーい、リベルト、終わったの?」
「おう、やり遂げたぜ。ハースも伝えてくれてありがとうな」
「もっちろーん! 先生も呼んできたからあいつら終わっちゃったんだぜー!」
「本当ざまあねえ。でさ、クロスだったっけ。これからは俺たちも一緒に遊ぼう。そしたらあいつらも寄ってこないしもっともっと遊べる時間が増える」
「いいのかな……」
「当たり前だよ。私も女の子の友達できて嬉しいから。それにリベルト暑苦しいし」
この二人を見て、自分も強く生きよう、そう心に誓った。
「とまあ、簡単に言うとこんな感じよ」
「イジメか……」
周囲は想像以上にどんよりしていた。
「あぐ、ごめんね」
「いや、いいんだが。……そうか、リベルトが兄貴面するのもこういうのがあったからこそか」
「あいつには世話になったしね。ああ、私を虐めた奴らどこかでノコノコと生きてんだろうなあ。殺してやりたいわ」
「物騒ですよお母様」
「いや、殺すのは俺の役目だ。たとえ過去の出来事とはいえ俺の嫁に手を出したわけだからな」
「この夫婦こえぇよ!」
思わず大声を上げてしまったリオン。はっと気付き、赤面する。
「じゃあ、私の恋愛話?」
「……若干興味ある」
何故だかムズムズしてきた。もし過去に俺以外と付き合っていたとしたら? などというくだらない発想が俺を苛ませる。
「んー過去にいた時なんだけどね、三人の前にいきなり強い人が現れたの。その人は私たちを導いてくれたり、強くしてくれたりしたの。思わず初対面なのに惚れてしまって……ってなんか恥ずかしくなってきてしまった。……私の考えと似てたし。効率は大事だし……。優しくしてくれたし……」
段々と声が小さくなってきた。
「と、とにかく一目惚れよ! 悪かった⁉︎」
「それって俺じゃないか?」
「そうよ!」
今度はうわぁ、なんだこの夫婦。いちゃつきやがって。と周囲がそういう目を向けてくる。
「しかし、そういうのならリベルトも似たようなものではないか。彼は?」
自分で言ってて悲しくなってくる。
「あいつは生理的に無理」
と、キッパリと突っぱねた。ホッと安堵してしまった自分を責める。
「よくわからんな」
「じゃあ初恋は? 誰なんだ?」
今度は魔王が発言した。
「こいつ……」
と、隣の俺を指差してくる。周囲は再びうわぁ、となる。やめろ、その目をこちらに向けるな。
「も、もういいだろ」
「お母様面白かったです」
息子め、楽しんでいるな。
思えば、俺は複数の女性に好かれているのかと今更自覚する。恐らく滅のあの態度もそうだったし、紅鬼は伝えてくれた。ライトはよくわからないが。そしてクロスか。今となってはかけがえのない家族だ。天涯孤独だった俺を救ってくれた。彼女も同じだったのかもしれない。
「さっさと食べて寝るぞ。子どもは寝る時間だ」
「はーい」
「今日はなんだか無駄に疲れてしまった」
「確かにね」
寝室。久しぶりに二人で寝ることにした。レイドは魔王と一緒に寝ている。
「ねえ、あの時みたいなこと、する?」
「あれは疲れるからやめておく。……が、お前が求めるならしなくもない」
「そう、じゃあ、しましょうか」
これは寝られないパターンだな。諦めてなすがままに身を任せた。
 




