第三話 終着地
前回のあらすじ
どうやら俺の過去に関しては絶乱戦無一族が話していたらしい。
奏銉門の家の前に来た。扉が空きっぱなしだ。以前の激臭はなく、閑散としている。誰か片付けたのだろうか。死体もなかった。代わりに墓らしきものがあった。そこには親の名前が刻まれている。ともかく家の中に入ってみよう。この違和感を解決してくれるかもしれない。以前宝玉のあったところに向かった。二年も経っているから埃まみれだ。煙たいが前に進む。やがてその先には地下室があった。降りていくとやはり異臭が漂う。ただの放置しているだけにすぎないというのに。
「灯り……」
奥に何かが光っている。机があり、そこに半永久的に光る鬼火があった。
「手帳……?」
少し傷が入っているが、机の上に手帳らしきものを見つけた。少し捲ると殴り書きではあったが、何か書かれている。絶が書いたのだろうか。読む価値はある。一度外に出て読もう。
外は曇りになっていた。一雨降るか。そう考えながら手帳を読み始めた。
『事態は最悪だ。リーファンも滅もあいつに操られちまった。俺はどうやら免れたようだが、実質人質を取られたようなもんだ。仕方ねえ、俺も操られたふりをするか。ここに思ったことをひたすら言霊にしてこの手帳に記録すれば誰か見つけてくれるだろ。そして事態を回避できる。俺は操られたりしねえ。だがその操ってるクソ野郎の名前は言えねえ。言ったら二人が殺されるし今度こそ俺がやられる。畜生、なんでこんな目に合わなきゃいけねえんだ。全部レインのせいだ。ん? レインのせい? なんでそうなるんだ? あいつは確かにハイレスを仕留め損なったがこれとそれとでは話は別だろ。何か嫌なバイアスがかかってんな。これが増大した結果があの二人か。なるほどな。嫉妬が深ければ深いほどその効力は増す。めんどくせえ。どうやら過去に飛ばなければならないようだ。過去から帰ってきた。あいつがいたよ。鎌鼬を忘れてやがった。だけどやっぱ強えわ。負けた。素直に認めるしかない。いつかあいつは俺たちの暴走を止めに来るだろう。もしかしたらリーファンを殺すかもしれねえ。そんときゃ、俺が命を差し出してでも守るだけだがな。俺は信じる。レインがリーファンを救ってくれるって。これ、見られる時は俺死んでんだろうな。なんか書いてて虚しくなったよ。はあ、またいつか四人で楽しく過ごしたいよ。俺は親を殺した。仕方ねえだろ、俺たち一族の血は絶やさないといけないんだ。絶乱戦無がトップに立たねえと鬼同士の戦争が起こっちまう。痛え、なんだよこれ。なんか俺と滅から玉が出てきたんだが。よくわかんねえし家に隠しておくか。俺確実におかしくなってる。なあ、見てるんだろ、レイン。助けてくれよ。さびしいよ。もう、うんざりだ』
そこで手帳は終わった。
「ごめん……ごめんな……絶……」
俺は、二人を救うことはできなかった。涙をひとしきり流した。それを洗うかのように夕立が降ってくる。
「リーファンだけは、救わないとな……」
絶と滅の宝玉を取り出し、握り締める。これは二人なんだ。
「一緒に戦ってくれ……」
そう言うと、キラリと光ったように思った。
そして、学校時代の思い出が蘇る。
十二歳から十五歳までは狩りの学校で、あらゆる状況の対処法を学んだ。一対多数、不意打ち、夜襲、自然しかない土地へ放り出されたとき、などなど。要はサバイバルみたいなものだ。初めは頭に叩き込んだ、そして最終的に実技に入って行った。
同じクラスに割り当てられたのがあの三人、リーファン、絶、滅だった。
「おはよう、レイン」
「……ああ」
リーファンはガリ勉と言うものだった。いつも真面目にメモを取り、ひたすら学習していた。
「相変わらず元気ないな、講義は退屈か?」
「そういうわけではない」
「そうか、基礎は大事だ。確かに実践で使えなければ意味がない。だが、その実践をするには知識がいる。その知識はここの講義で得られる。だから俺は必死になって入れているんだよ」
と、真面目に語られたが俺にとってはどうでもよかった。そういった態度もまた、あいつの嫉妬を増幅させた原因なのだろう。
「そうだな」
「ういっす、二人とも。鬼どものご到着だぜ!」
鬼の子どもは大体男は元気で、女は慎ましいものだった。奏銉門も例外ではない。
「うるさいよ絶。おはよ、レイン、リーファン」
かつての滅は普通に話していた。あの時のように無言が多いことはなかった。
「ああ、二人ともおはよう。レイン、お前も少しは挨拶したらどうだ」
孤立していた俺を話しかけてきたのはこいつらだったのだ。
「すまん……お、おはよう」
「めっずらしいな! あのレインがだぜ!」
絶が俺の肩に腕を絡ませてきて、暑苦しい。
「はあ……」
「講義始まるわよ。席につこうよ」
彼女の合図でへいへいと言いながらそれぞれの席についた。
やがて二年が経ち、俺たちはほとほどに仲良く、遂に実技へと移った。実技は四人一組だ。もちろん俺はこの三人とだ。
「なんだかワクワクするな」
「ようやくって感じだぜ」
「体力の消耗はひかえてよね」
「……」
一年間これらを乗り越え、そしてこれからもずっとこいつらと一緒に生きていくんだろうな、そうやって思っていた。
しかし、現実は叶わせてくれなかった。あの事件が起きたせいで。
与えられた実技訓練はハイレスの討伐。最近、街に餌を求め繰り出してくるらしい。それを止めるため、俺たちに課せられたのだ。これを達成すると卒業の資格が与えられる。この日の天候は最悪だった。半年以上もも経つと使いこなれた剣は錆びつつある。手入れする道具などない。それが悲劇をもたらした。
また、段々訓練の疲れか皆ストレスが溜まっていた。鬱憤は常に俺に当てられた。
「お前はいいよな。全くもって余裕だからな」
「お前のせいで俺の手柄はなくなったんだよ!」
「なんでそんなに強いの……?」
俺の本来の力を見せてしまったばかりに俺への嫉妬が募らせた。無言もまた彼らの苛立ちを増幅させたのだ。
そして、あの時が来た。
ハイレスは鳥類でもかなりの大きさで人間の約五倍。人食いでもある。木々が生い茂る中での戦闘は非常に厳しいものだった。三人は俺の援護に回った。俺より実力がないと悟っていた彼らは俺任せになっていたのだ。
俺は失敗した。錆びた剣、雨に濡れたハイレスの羽毛。その二つはざりっと嫌な音を立て滑らせてしまった。そのまま奴の回し蹴りを喰らう。
「ぐふっ……」
「ちっ! 一回撤退だ!」
「くっそぉ、最悪の天気だぜぇ!」
「おい、レイン。なんだあのざまは。もう少しでハイレスを殺せただろ!」
「リーファン……やめようよ……」
「っ……!」
「確かにさぁ、あんなヘマするとは思えなかったぜ」
「絶も何言ってるの⁉︎」
「お前のせいで失敗だ!」
「みんな落ち着いて……」
「落ち着いてられるかよ、滅! お前だってこんな失敗は嫌だろうが!」
「それは……」
「……ああ、俺が悪い。すまなかった……」
「けっ、謝れてもねえ」
「主席ができないんだから俺たちもできねえってか⁉︎ 笑わせるなよ!」
「そうだ、俺たちがやるんだ。お前なんかに頼らなくてもな! そうだよな⁉︎ 滅⁉︎」
「っ! 私も、やる……」
「みんな……」
再びハイレスが目の前に現れる。
「いいタイミングじゃねえ……か⁉︎」
空間の歪み。
「おい、どうなってんだよ!」
「何が起きている……ぐ‼︎⁉︎」
「レイン助けて……」
「皆! どうなっているんだ一体……」
手を伸ばそうとしたが頭痛に襲われ、気絶した。それからは以前思い出した時と同じだ。
学校は三人を死亡扱いにした。俺は卒業後、誰にも来なさそうな森で彷徨った。
俺は三人を救いたかった。
過去に飛ばされ、何もかもなくなっていた俺はクロスらと出会い、次第に忘れかけていた。しかし、再び過去で三人と会って確信した。まだ機会はあると。だが、最終的に救うことはできなかった。それでもリーファンだけはこの手で元に戻したい。だからこそ、この宝玉達よ、一緒に戦ってくれ。俺の独りよがりかもしれない。でももう無闇に考えないし迷わない。目指すはたった一つ。
絶乱戦無の家に帰ると早速鍛錬へと取り掛かった。課せられたのは一ヶ月無食無言で精神統一すること。俺の部屋は何もない。蒼鬼が掃除していたのはそれが理由だ。
「それじゃあ、一ヶ月お願いします」
「ああ……強制ではないから耐えきれなくなったらやめることだ」
「必ず成し遂げますよ。俺は覚悟を決めたから。何もかも超えていく。それが、俺の目指した道の終着地ですから」




