第二話 皆を超えていく
前回のあらすじ
聖都へと再び赴いた俺。いつものごとく一族の家に泊まり込みに行く。ただ、その前に一つやっておくことがあった。俺はそのために奏銉門に行く。
「洗濯物、入れたぞ」
レインが家を出てすぐのことだった。銀鬼が洗濯物を取り込んだ後、台所に行き、金鬼に報告する。
「ありがと。折角だから今盛り付けたもの居間の机に置いといて」
「任せろ」
「昼は大したことないけど夕食は豪華にするわよ。レインのためならね」
「あいつあんまり食わねえがな。ったく、お前も親バカだな」
「まあいいじゃん」
そして彼ら四人は昼食を取ることにした。蒼鬼は掃除を一時中断し、紅鬼は庭の剪定していたところを呼びかけた。
鬼の一族は暇を知らない。必ずそれぞれに役目がある。
「なんか、昔を思い出すな。前にあいつが来た時はそんなに感じなかったけど。そうだよな? 紅鬼」
蒼鬼の隣に座っている紅鬼は一度箸を置き、話した。
「そうですね。懐かしい気分です」
「……昔の話でもするか。お前たちもあまり覚えてないだろう」
「珍しいね、銀鬼がそんなこと言うなんて」
「金鬼、お前もしたくはないか?」
「もちろん、やる。いい機会だしね」
目を瞑って、銀鬼は話し出した。
レインがこの家の近くの川に流れて来た時のことだ。二人は不思議に思い、家に連れ込んだ。汚れまみれとなっていた彼を洗い、蒼鬼の服を着せた。彼はあまり話すことはなかった。心を開かないという感じだ。何があったのか、と聞いても何も答えることはなかった。数日経っても親が現れることはないし、また彼自身も帰りたいとは一言も言わなかったため、ここで育てることにした。
「今日からお前は俺たちの家族の一員だ。……いいよな?」
そう銀鬼が言うと彼は無言で頷き、差し伸ばされた手を取った。
「ただ、家族になった以上役目がある。まだお前は幼いからそこまで無理なことはさせない。基本的なことだけだ」
一年が経ち、ようやくレインは言葉を発するようになった。それまで彼がしていた役目というのは、読書と勉強だった。ひたすらそれらに明け暮れていた。また、蒼鬼達ともコミュニケーションを取るようになっていた。彼にとって、初めての友達であり、また家族である。何も話し合わないことはあり得ない。
「今日から父上が修行ってのをやるんだってさ。俺とお前と紅鬼もやるみたい」
「……」
「もし厳しく感じたら、やめてもいいと思いますけど」
「だめだ紅鬼。こいつはやめることなんざできない。やめたら追い出されるぞ」
「でも……」
「紅鬼、お前レインにだけ優しすぎないか? 俺の心配とかしないのかよー」
「別にそういうわけでは」
「あーあれかぁ。レインのこと好きなんだろー!」
「ち、違います!」
「何焦ってんのさ。レイーン! 紅鬼がお前のこと」
「あわわわ」
好きなんだってさ、と言おうとした彼の頭を鷲掴みにした銀鬼。
「何を遊んでいる。修行を始めるぞ」
「は、はい父上……」
「レインもいいよな?」
「……わかりました」
まず初めに剣の持ち方だった。木刀ではあるが、立派なもので普通の人間の子どもでは持てないくらいの重さだ。しかし、鬼は人間の数倍の力があるため、子どもも例外なく持てる。
「いいか、剣の持ち方次第で戦況が大きく変わる。下手な持ち方では簡単に武器破壊をやられるし、敵の攻撃に対応しづらい」
三人ともそれには合格し、次に素振りへと入った。一日三百回だ。それを一週間続ける。
「ぐへぇ、もうヘトヘトだ」
二百回近く振った時、蒼鬼はその場に倒れこんだ。
「やめるか?」
「ま、まだまだやれます」
「兄上は体力ないですね。レインは余裕のようですよ?」
紅鬼の心ない煽りが蒼鬼を駆り立てた。
「んだとぉ⁉︎ やってやろうじゃねえか!」
「……うるさい」
「ふふ」
そしてその日の目標を達成し、金鬼が夕食の呼びかけをした。
「お疲れ様だ三人とも。だが、これはまだ修行といっても遊びだということを忘れるな。一週間後にはただの素振りではなくフォームの確認をしながら一日千回をする。休憩はなしだ」
「……面白い」
「まじかよ」
「(レイン、かっこいいな)」
「なんか言ったか? 紅鬼」
「いいえ、何も言ってません」
その日の夕食は最近仕入れ出したという海の魚であった。厚みがあり、普段食べている川魚より香ばしく弾力のあるものだった。
更に数年が経過し、レイン達が十歳になった時だ。既に修行は中段階に入っており、演習が行われるようになっていた。所謂寸止めというもので、斬る直前で試合が終わるものだ。フォームが崩れるたびに中断し、少しの休憩と集中の入れ直しで半日以上が過ぎた。
「基本はおぼつかないが実践となると蒼鬼のがレインより上だな」
レインはいつも二人に負けていた。
「ふふん、天性ってやつだな。やっぱり俺のが強いな!」
「……難しいものだ」
「大丈夫ですか?」
「気にするな……」
「そうだぞ、紅鬼。戦場において他人の心配は死に至る。愚の骨頂だ。その考えは捨てろ」
「はい……」
一日の稽古の終わりに三人は銀鬼と試合する。もちろん手を抜いてやるが、それでも銀鬼は相当の実力者であるため、三人とも一瞬で負ける。この一瞬で決まるものを回避することこそがこの演習の狙いである。
「さて、今日は終わりだ。レインは夕食後、俺の部屋に来るように」
「はい」
夕食を食べ終え、彼は銀鬼の部屋へと入った。
「お前、手加減してないか?」
「いいえ……」
「もしそのようなことがあったらその首をはねるぞ」
「……」
「正直に言え。今のは冗談だ。が、そこまではいかないが其れ相応の罰は与える」
「手加減をしました」
「やれやれ、ぬるい奴だ。言っただろ、甘い考えは捨てろとな。たとえ家族であっても容赦なく叩き潰せ。もちろん、俺にもだ。非情になれ。戦では命取りだ」
「……はい」
「明日、お前には真剣勝負をする」
「……!」
その名の通り、本物の刀で勝負することだ。一歩間違えればどちらかの命が失う。または両方とも。
「今日はゆっくり休め」
次の日、その真剣勝負が行われる。
「おいおい嘘だろ? レイン死んでしまうぞ……」
「レイン……」
「どの道貴方達もその時が来ます、レインは少し早くその時が来ただけ」
これに関しては金鬼も見ることにした。
「母上……でも、でもいくらなんでもこれはひでえよ!」
「それが鬼の生涯です。私も同じことをやって来ました」
「あ、あいつは鬼じゃ……」
「黙ってなさい!」
あまりの迫力に押される蒼鬼。
「兄上、今は、じっと見ているしかないのでしょう」
「くっ……」
「行くぞ、レイン」
「……いつでも」
銀鬼はその日、全力で彼に殺気を向け、突きを放った。見ていられない、と蒼鬼が目を背けた瞬間。レインはそれをガリガリと金属音を立て、受け流した。
「すごい……」
紅鬼のその声でちらりと見た蒼鬼。同じく凄いと感心した。
次に攻めたのはレインだった。振りかざし、落とした。当然ではあるが、受け止められ、鍔迫り合いとなる。押し切られたレインは蹴られる。
「ごふっ……」
そしてそのまま意識を失った。
「まだ早すぎたか」
「父上、やりすぎではないでしょうか……」
「そうだよ、無茶苦茶だ、こんなの」
「……すまなかった」
彼は目覚めると、謎の罪悪感に苛まられ、突如家を飛び出した。それを知らない四人はいつも通りの生活をしていた。
街に出た彼は人間の居住区に入る。市場を見て、様々な食べ物を見て美味しそうだな、とは思うが金がなく、諦めた。
よそ見していたため、人とぶつかる。その相手は俗に言う悪ガキというもので喧嘩を売ってきた。
「ったくどこに目をつけてやがるんだ!」
「悪かった……」
「あ? んだよその態度はよ! それに何だよその髪型! ふざけてんのか!」
「っ!」
その右目を隠した髪を悪ガキが払い顔面目掛けて殴ろうとした瞬間、呪いが悪ガキの目に入る。
「あっ……がっ……なんだよ、これ……」
身体中の神経が動かなくなり、ついには喋ることもできなくなった。最終的に脳が焼き切れ、身体中の穴から血が飛び出した。
「……またか」
以前も同じことを起こしたことがある。一人で街を歩いている時、人間が同じ現象を起こしたのだ。その時、絶乱戦無一族は報告を受けすぐに飛びこんできたが、今度はどうだか。
「やはりこの額にあるものは人間のみ殺す……俺の意思ではない」
最悪の事態となった。目撃者は多数。逃げ惑うか通報しようとするものばかりだった。
「ちっ……」
その知らせが一族に入り、現場に駆けつけた。
「申し訳ございません、私の監督不行届でした」
「頼みますよ、銀鬼さん。聖都代表の一角でありますし、仏の顔も三度までということわざもあります……」
必死に謝る二人を見て、俺は何やっているのだとレインは更なる罪悪感に襲われた。
「帰るぞ、レイン。事後処理は他のやつがするそうだ」
街といっても、ここはスラム街に近い。管轄はそれ専用のものがある。また、今件に関しては、悪ガキの知名度もあり、近所はほとほと困っていたようである。むしろ死んで欲しいと思われたくらいだ。結果論ではあるが、レインがやったことはある種の正義かもしれない。尚、悪ガキの親類はいないらしい。
「勝手にいなくならないでくれ。心配だ」
「ごめんなさい」
何故? どうして? 彼は何故俺に向かって怒らないんだ、むしろ何故そういう悲しそうな顔をする、そう考えたレイン。
「もう二度と繰り返しはさせないからな」
「しかしうちの評判は悪くなったでしょうね」
「気にするな金鬼。評判などどうでもいい。……すまなかったな、レイン。冷たくしたように感じてしまって、それで家を出たのかと」
「そんなことは……」
「お前は家族なんだ。ずっとここにいろ」
「……」
「とにかく明日からいつも通りに戻る」
「……はい」
そして更に二年が過ぎた。厳しい鍛錬を終え、もはや体は傷だらけとなっていたレインは少し前にはなかった気迫が現れてきた。
「長い期間だった……だがこれで最後の仕上げができる。剣を取れ、レイン。そして俺たち三人に打ち勝て」
「三対一……!」
「そうだ、必ず一対一とは限らない。あらゆる状況でも冷静に対処できてこそ、戦場を生き延びることができる」
「わかりました。俺は……やります」
だが、勝負はすぐに決まった。レインはなすすべもなく三人に敗れたのだ。
「???」
「やはり厳しいか……」
「まあ、仕方ないよ父上」
「修行してきたのはレインだけではありません、私たちも同様」
「とりあえず強さはわかった。だが、これ以上教えることはない。これからどうする、レイン。このまま俺たちの家族なら、役割は……特に決まってはないな」
「……俺、もっと強くなります。だから、学校に行く。一人でも如何なる状況に耐えられるよう、狩りを学びに」
「そうか、まあ、お前がその答えを出したなら止めない。……それと、レイン。お前がいつかここから出て行くときに言いたい事があった。お前は俺たちの子ではないことはわかっているだろう。だが、お前は鬼ではないことは知らなかったはずだ。お前は人間だ。だが、人間の中でも強い人間だ。それは誇っていい」
「鬼ではない……」
「さて、俺はお前を見送る準備とその学校とやらへの資金を調達する。蒼鬼、紅鬼、最後なんだ、レインとしっかり遊べ」
「ああ」
「わかりました」
その後、三人は珍しく戯れた。
「また会おうぜ、レイン」
「ありがとう……」
鬼二人は少し寂しそうではあったが、いつかまた会えると信じて微笑んだ。
「……そうだな」
「準備はいいな?」
「ええ、今までありがとうございました。……行ってきます」
「辛くなったら俺たちのことを、あの修行の日々を思い出せ」
「……」
一族の言葉を受けながら、背中で彼は応えた。その姿はもう、十二歳という若さには見えなかった。そして少しだけニヤッとし、こう言った。
「次は、皆を超えていく」
「結局、レインは人間じゃなくて天地人だった。あの理不尽な修行に耐えることができたのも、天地人あってこそだな」
時は元へと戻る。
「まあねぇ、俺も最後らへんはついていけなかった。それでもまだあいつは伸び幅があったからな、鬼なんかよりずっとつええよ」
「まだ強さを求める彼は、どうしてもやらなければならない事があるのでしょうか……」
「気にしても仕方ないよ、紅鬼」
「やることは変わらない、ただ繰り返し鍛錬を積み重ねるだけだ。さ、飯は終わりだ。作業の続きをしよう」
「ああ!」
珍しく長く書きました。




