第一話 再開
温泉街に来た俺は、街の入り口近くにある宿に泊まった。
こじんまりとした所だが、一人で使うには十分だった。温泉に行こうと外に出る。
「お、おい、あんた」
突然声をかけられた。
「……なんだ」
振り返ったら、あの三人がいた。
「やっぱりレインか! 久しぶりだな!」
「……奇遇だな」
「髪切ったんだね」
以前俺の髪は背中の半分ぐらいであったが、今は肩ぐらいで済ましている。髪を止めていた妹の遺品のリボンは、今は腕につけている。
「……久しぶりね」
「ああ、久しぶりだ、クロス」
クロスは挙動不審である。震えていた。
「ほら、クロス!」
「ひゃっ!」
うう、と呻きながらこちらに来た。そして俺の手を掴む。
「……?」
「え、あ、う」
「どうしたのだ? ……具合でも悪いのか?」
ズイっと顔を近付けると余計にこんがらがりだす彼女。
「ほらがつんといきなさいよー!」
何かまくし立てるハースであるが、本当に何なのだろうか。
「うぅ……いいわよ、覚悟決めてたんだから」
「覚悟……?」
「レ、レイン。……私と、私と結婚して下さい!」
「……」
それは突然だった。俺と結婚、だと。何を言っているのだ。
「本当に具合悪いのか?」
「あ、やっぱりだめ、だよね。いきなり結婚とか……。じゃ、じゃあ付き合うからってのはどどどどうかな……いや、それもおかしいよね……え、えっと」
あたふたしてとてもいつも落ち着きのある彼女とは思えなかった。
「本気なのか?」
「いきなりごめんね……でも、私は本気だから」
彼女は精一杯やったと思う。だが、俺は返事が見つからない。唐突に言われてどう返事をしろと。
「……好きにしろ」
何を思ったのか知らないがいい加減な事を口走ってしまった。うまく伝えることができなかった。
「え、えっと、好きにしろってことは、良いってことなんだよね⁉︎」
「あ、ああ……迫るな……」
国に戻ったとして、王の在位につく。しかし、女王のいない王はひたすら女どもに狙われるであろう。大して親しくもない女とは結婚するのは流石の俺も断りたいところ。ならば、彼女を妻とすれば。そのようなこともない、そして彼女は聡明だ。きっと力になるかもしれない。
「ちょっとまてえええい!」
リベルトが俺たちの間に入った。そしてこちらに向かってこう言った。
「好きにしろだぁ? んな中途半端な事言ってんじゃねえよ! クロスは本気で言ったんだ。だからレイン、お前も本気になれ!」
暑苦しいな、こいつ。
「どういうことだ」
「お前の本心を聞きたいんだよ。そんな受け流すような言い方じゃ俺は認めねえ!」
「お前はクロスの父親か。いや、父親ってこうなのか?」
「それはどうでもいい。そんなことよりお前の本心はなんだ! クロスと結婚する気はあるのかどうなんだ!」
どうなんだ、と言われてもだな。俺にはわからない。ただ隣に置くというだけというのはやはりまずいものか。
「俺は……」
本気でぶつけられたのなら、こちらも本気でぶつけ返すのが当然だ。
「俺は、……クロスのプロポーズを受ける。これは本心だ」
何というか、気恥ずかしいな。感情とはこういうものなのか。
「ありがとう、レイン」
彼女は涙目だった。いや、もはや泣いている。
「おっしゃ、クロス、やったな! レインもそれでいいんだよ! 始めからそうしろ!」
「はぁ……」
何だか疲れてきた。
「よし、じゃあ二人が無事結ばれたことで……」
何を言い出すかと思えば。
「レイン! 俺はハースと結婚するんだぜ!」
「……」
まあ、そうだろうとは思っていたが。クロスは二人に先を越されて焦っていたのだろうか。それよりもリベルトが二年前より更に暑苦しくなっている。
「いえーす!」
何なのだ、この三文芝居は。はやくこの空気から抜け出したい。
「ふふっ、周りからはなんて思われるだろうね」
早速腕に絡みついてくる彼女。
「……ベタベタするな」
「ごめん、ちょっと調子に乗り過ぎた」
あの頃のクロスはどこにいったのだろうか。それとも俺が知らないだけで元々こういう性格なのだろうか。
「とりあえず、温泉に浸かりたい。話は積もっているだろうが、それは後だ」
「レイン! そうと決まれば混浴だぜ!」
まったく、呆れる。
「……断る」
「ガーン!」
ガーン、と言う人を初めて見たぞ。
彼らを置いて、さっさと温泉のところに向かうが、クロスは既についてきた。中々やるな。
「結婚式、いつやる?」
「今聞かれても困る……」
どうせなら、王国でやりたいものだが。いや、何を考えているのだ、俺は。腑抜けている。あの空気に毒されたか。
「ま、とりあえず温泉入ってからだね! また後で!」
すっかり元気になった彼女は急ぎ足で行った。
「やれやれ……」
俺もまた、脱衣所に行く。
「いやあ、まさかレインに会えるとは思わなかったよ」
結局、リベルトは混浴を諦め、男風呂にいる。
「ああ、俺もだ。案外世界は狭いものだな」
「クロスがな、次に会ったら告白するだの言ったときはびっくりしたよ。どこでそんな進展あったんだ?」
お前たちこそと言いたかったところだが、質問で質問を返すわけにはいかないため、答えることにした。
「……雪山と神話の世界のはじめ少しくらいのときくらいしか二人きりではなかったが」
「あ、わかった、雪山だ。雪山でお前なんかしただろ」
男の裸の付き合いというのは、何とも言い難いものだ。何故こういう話になる。もっと建設的なものがあっていいものではないのか。
「なんだったかな……そうだ、彼女が寒いと言っていたから、コートをあげた」
「ほうほう。でもそれだけじゃあないよな」
「……他になにかあったか? ……もしかしてあれなのか」
「あれ?」
「ああ、それでも寒そうだったから、密着したんだよ。密着したらしたでガタガタいっていたがな」
「あっはっはっ! こいつは傑作! お前最高! てかなんで気づかねえんだよ、そんなことしたら吊り橋効果になるに決まっているじゃねえか」
「そういうものなのか? 俺には感情というのがよくわからない。他人の感情など尚更だ」
「そ、そうか。まあ、鈍感ってことにしておいてやるよ!」
早くこの場から抜け出したいところだ。いや、リベルトから逃げたい。
さっきまで笑っていたリベルトは突然真顔になった。
「……クロスを幸せにしてやれよ。そうじゃないと、俺が許さねえから」
やはりこいつクロスの親か兄弟何かか。
「……嫌でもそうするさ」
その言葉でまたリベルトは笑顔になった。よくわからない奴だ。
「そうか! なら安心だな!」
「……付き合いきれん。俺はもう出るぞ」
「はいはい……わかりましたよ。俺はもう少し浸かってるからさ」
浮き足立っている暇はない。俺には俺のやるべきことがある。
風呂を出た後、合流した俺たちは自然と俺とクロス、リベルトとハースという二人一組になっていた。
「これからもよろしくね!」
最初の頃とは思えない明るさであった。
「……頼む」
楽しみが一つ増えたとしておこう。そうすれば、このよくわからない感情も、納得できるようになるはずだ。




