法を超えてしまった善
子供の頃、母上と市場に行ったらコジキがいた。
老人だ。
ゴザを引き。うつろな目で座っていた。
俺はお小遣いを全部あげた。
老人は無言のまま両手で受け取った。
すると、老人はうつろな目で俺を見る。
俺はしばらくそのままジィと見つめた・・・何秒か数分か分からない。
不自然な時間だった。
「ケビン、いらっしゃい」
母上の声ではっとした。
それで我に返った。
「ケビン、何故、老人の前で立ち尽くしていたの?」
母上はコジキにお金をあげたことを咎めなかった。
「はい、・・・・・・」
言葉に出来なかった。
俺はお礼を言って欲しかったのだ。この感情は浅ましいのか、当然なのか、俺には分からない。
ただ、母上は・・・
「貴方には騎士の素質があるわ。騎士とは行動する者なのよ」
と言ってくれた。
「行動?」
「善は時に法律や身分を超えるのよ。大人になったら分かるわ・・・」
夕食の時、コジキにお金を上げた件が話題になった。
父上を事故で亡くしてからた俺たち親子は叔母夫婦の家に厄介になっていた。
叔母は俺の行為を非難する。
「ケビン、目の前の人を救った気になっているけども、それは一時的よ。私のように財団をつくって抜本的な解決をしなければいけないのよ」
「はい、叔母様・・・」
叔母上夫婦の屋敷は豪華だ。叔母上の全ての指に大きな宝石の指輪があり。首には何重もネックスレスをかけていた・・・・
子供心に重くはないのか?と思ったものだ。
・・・・・・・・・・・
俺は大人になった。父を継ぐように騎士になった。
今、学園のパーティー会場にいる。
学園の警備だ。
「公爵令嬢であることを良いことに、聖女様を虐めるとは何事だ!」
「・・・・殿下、聖女様はこの世界に疎いですから婚約者のいる殿方に近づかないようにと申し上げました・・」
「ええい。言い訳をするな!」
殿下と公爵令嬢は不仲だったな。
異界渡りをされて来たキミコ様が来てから仲は悪化した。
誰も仲裁する者はいない。
そうだ。王族と公爵令嬢だ。
自然と足が動いた。
「ケビン、やめろ。今、陛下が動いている」
「そうだ。ここで止めても公爵令嬢様の立場が良くなる訳でもあるまいし・・な」
同僚達が止めた。
「全く、表情のない女よ!」
「キャア!お止め下さい」
殿下は手の平で公爵令嬢を叩きだした。
俺は肩に掛けられた手を払い。前に進み。公爵令嬢を遮り殿下の前に立った。
「な、何だ。そこの騎士!どけ!」
俺は無言だ。公爵令嬢は床にペタンと座り呆然とみていた。
あのときのコジキの目を思い出した。
メイド達が公爵令嬢を立ち上がらせ退場する間、俺は殿下から殴られ続けた。
「はあ、はあ!お前、邪魔するな!おい、マリーネ!逃げるな!」
殿下が公爵令嬢を追いかけようとしたので、思わず殿下を。
「ギャ、な、何をする!」
ビンタしてしまった。
会場は一瞬で静まり返って。
「ケビンを逮捕しろ!」
「暴行罪、いや、不敬罪だ!」
同僚達に逮捕され。
牢獄に入れられた。
ああ、これで良い。
「謀反人め!食事は具無しスープだけだ!これでも有難いと思え」
牢獄では罵られた。独房だ。
母上が会いに来てくれた。
「・・・母上、すまない。肩身が狭いでしょう」
「いいのですよ」
何故か上機嫌だった。
「あの人もそうだったのよ」
「父上が・・・・」
「ええ、私が高位貴族の令嬢に虐められているところを助けてくれたのが知り合ったきっかけよ」
「そうだったのですか・・・」
「グスン、でもね。でもね・・・そういう人は早死にするか出世するかどちらかよ。今は乱世ではないから・・・・無事を祈るわ」
「おい、面会時間は終わりだ!」
「はい、獄卒様、有難うございます。最後に一言だけ言わせて下さい。ケビン、女神様は見ているわ。希望を捨ててはいけないわ」
「はい、母上」
また、叔母上が来た。
「ケビン、本当に困ったことになったわ。謀反人を出した家門と指を差されているの!」
「申訳ございません」
「あれはそのうち、婚約が解消されて、殿下とキミコ様が婚約をするって評判だったから、貴方のやったことは自己満足よ!マーデルは追い出したわ」
マーデル、母上の名だ。追い出されたのを黙っていたのか・・・父の年金があるからアパートには住めるが・・・・貧しい生活を送っているに違いない。
ただ、頭を下げた。これも真理だろう。
しかし。
「やあ、ケビン君、食事は白パンと肉入りスープだ。食べたまえ」
それから数日後、何故か待遇が良くなった。
「俺の名はハッサムだ。覚えてくれ。料理長に特別に作らせたのだ」
「はあ・・・」
そのうち牢獄長がやってきた。いつも威張っている看守達も大人しい。
「ケ、ケビン君、牢を移るよ・・・・」
「はい・・」
移された先は貴族牢だ。
理髪師が来て。
「さあ、身を整えます」
「お願いします」
商会も来て・・・
「ケビン様、服をあつらえます。出来合いの服ですが寸法を合せます。時間がございませんので」
「あの、手持ちのお金はありません」
「いいえ。頂いております」
「母上から・・・」
年金が出ているが、それほど裕福ではない。
「いいえ。至尊の存在、陛下からでございます」
「はあ?」
これは驚いた。陛下は何をお考えになっているのか・・・
湯浴みも用意されて、快適と言っても良い生活を送る。
数日後、王宮に呼ばれた。馬車が迎えに来た。
王宮では陛下と王妃殿下が並び玉座に座り。陛下の隣に王太子殿下、と王子たち。
王妃殿下の隣に王女殿下達が立っていた。
謁見の場には高位貴族たちがいた。公爵閣下とそのご子息たち。マリーネ様もいた。
俺は学園のあのときの警備騎士たちと平伏して陛下の前に並んだ。
これは・・・何だ。理解が追いつかない。何か重大発表があるのか?
陛下が口を開いた。
「うむ。ケビン・ブッカーを尚書に任ずる。役職はゲオルト付だ」
ゲオルト、王太子殿下の名だ。
謁見の場にどよめきが響いた。
「陛下、発言の許可を求めます!」
「うむ。許す」
「わ、私は学園の警備騎士を拝命しております。カータ・ザルツでございます。ザルツ侯爵家出身です。
ケビンは至尊の存在、王太子殿下に手をあげた者でございます!」
「ほお、王太子が殴られたのを卿は防げなかったと?」
「えっ?!」
「そしたら、罰を与えなければな。ゲオルトの護衛騎士も処罰しなければいけないことになるが?」
「・・・いえ、失言でした」
「しかしながら、騎士道不覚悟と思える勤務態度が報告されている。兵卒からやり直すべきだな」
「そ・・・そんな」
「「「陛下、ご再考を!」」」
「他に意見のある者はいるか?」
王太子殿下も声をあげた。
「父上!こいつが私の秘書?嫌です!」
「王命ぞ。陛下と呼べ」
「陛下!ご再考をお願いします!」
「しない。で、ケビンに諮問いたす。聖女キミコについてどう思う?何、ここでの発言は罪には問わない。忌憚のない意見を求む」
ここで俺はやっと顔をあげた。
「・・・陛下に申し上げます。私は学園でお見かけしただけでございます。印象と聞いた話からの判断しか出来ません」
「うむ。それで良い」
「申し上げます。キミコ様の性は善良で、屈託のない笑顔で学園にとどまらず老若男女に人気がございます・・・が・・・私にはその笑顔が怖かったのです」
この世界では平民でも背負う物がございます。しかし、キミコ様はしがらみを感じません。
この王国とはかなり政体や常識の違う国から来られたのが原因と愚考いたします。
婚約者のいる殿方にも声をかけ軋轢が生じていました。
「異界渡りが本人の意思ではない以上これは致し方のないことです。辛抱強く教育を受けて頂くか。隔離して慈善活動や治療、祈りに専念して頂くしかないと愚考いたします」
「うむ。学園で誰かキミコ殿に注意していた者はおるか?」
「軋轢を何とか解消しようとしていたのが、クーパー公爵令嬢でした」
「分かった。ゲオハルト、マリーネ嬢との婚約は解消する。王太子を降り。キミコを支えろ。これは王命だ」
「父上!」
「次の王太子は功績、性格、成績、全てを考慮して決めるものとする」
「「「「御意にございます!」」」」
貴族達が色めきたった。
これから後ろ盾になっている王子を王太子にするための苛烈なレースが始まるのか・・・
俺はゲオハルト殿下付の尚書になったが、やることは特にない。
スゥ~と人が離れたのは騎士あがりの俺でも分かる。
「まあ、ゲオ様~、王太子降りたの?」
「グスン、キミコ、君に婚約を申し込む・・・」
「あ、デービット様、音楽会開いて頂くのでしょ」
「君の世界の楽曲を再現するよ」
「待って、キミコ・・・」
キミコ様は気の多い方だ。
そのうち、キミコ様は王都の女神教会に行くことが決定になり。
「聖女服地味だわ・・・」
ゲオハルト殿下は無役の王子になった。皆、学園でも手の平を返すように噂をするようになった。
「婦人に手をあげた王子だよ・・・」
「誰も、婚約者に名乗りをあげないのですって」
俺が咳払いをすると。
「ゴホン!」
「まあ、忠義の騎士ケビン様よ!婚約者候補がいっぱいいるって、私も立候補しようかしら」
「さすが、ケビン、私も助けようとしたのだが先を越された君の英雄譚を聞きたい」
さすがに断る。
「多忙でして、殿下、参りましょう。紳士淑女は噂を本人の前でさえずってはいけない」
「グスン・・・ケビン・・・」
そのうち、俺はゲオハルト殿下付の秘書を外され王宮の尚書省付になった。
ゲオハルト殿下には老執事がつき。
地方に婿入りになるようだ。
王宮に出仕する前に休暇をもらった。
久しぶりに帰宅した。母上はあれから叔母夫婦の家を出てアパートに引っ越したのだ。
「ケビン!無事で良かったわ。グスン、グスン」
「母上、心配をかけました」
「お金は足りているから仕送りはいらないわ」
母上の手料理を満喫していたら、叔母上が来られた。
「ケビン、財団の理事になって。真の忠義の騎士と評判よ」
「失礼、今、母上の手料理を満喫しております」
あいからず叔母上の指は豪華な指輪で飾っている。
慈善財団を否定しないが・・・叔母上の財団は否定する。
「断ります」
「上手く行かないのよ」
「それは、人が多すぎではないですか?」
フウ、何とか帰そうとしたら・・・・
貴族の馬車がアパートの前に止った。
あれは・・・・
「邪魔するよ。クーパー公爵ダビンである」
「マリーネ・クーパーでございます」
「ヒィ、公爵家・・・」
「ご婦人、失礼だが、ケビン殿に用事があるのだが?」
「はい、退散します!」
「まあ、公爵家の方?」
仕方ないのでアパートに入れた。
「すまない。食事時だったのは知らなかったのだ」
「フフフフ、どうぞ。ケビンが来るから張り切って作りすぎたのです」
「う、美味い。これはお世辞抜きだ。これは・・・西方のスープ・・・」
「はい、西方のザビ子爵家出身ですわ」
食事を振る舞った。
公爵令嬢も食べている・・・いいのか?
「お義母様、ケビン様の好きなスープ・・・レシピを教えて頂ければ・・・」
「いいわ。後で渡すわ」
「うむ。娘に庶民の生活を体験させたい・・・いや、失礼した」
「良いのですよ。どなたか平民で好きな方がおられるのかしら」
「・・・それは・・・」
用件を言わない。だから聞いて見た。
「公爵閣下、何故来られたのですか?何か御用があったと思うのですか?」
「ふむ。逆に聞くが、何故、君は私の元に来なかった?褒美をもらえるとは思わないのか?」
「それは長くなります」
「いい。聞こう」
子供の時に出会った老コジキの話をした。
「・・・・あの時、お礼を言って欲しくて老コジキの前で立ち尽くしていた私を恥じたのです」
「うむ。合格だ」
「何が合格でしょうか?」
「君は26歳、婚約者無しだったな」
「はい・・・」
「マリーネとは8歳差か。うむ。許容範囲だ」
意味が分からないが、何故かマリーネ嬢は母上のところに通いで料理とか家事をならいに来ている・・・・
最後までお読み頂き有難うございました。




