修学旅行の夜 男女混成班
ねぇねぇ、はるきってさ、彼女いるの?
午後十一時のみんなが寝静まった夜。春輝が起きていることに気が付いた冬香は小声で話しかける。びくっとしてから、反対を向いていた春輝がゆっくり振り返る。
いないよ。なんだよ急に
春輝が起き上がって辺りを見回す。両隣の男子4人、反対側の川の字で寝ている冬香以外の4人はぐっすり眠っている。昼間まであんなにはしゃいでいた10人班は、深夜になってすっかり疲れて今起きてるのは2人だけ。なんだか不思議な気持ちだ。時計を見ると午後十一時八分。先生の見回りが十時五十分最終見回りなのは、昨日のホテルで立証済みだ。その当時はみんなで寝たふりをして、クスクス笑いながら過ごしたものだ。
いや、噂なんだけどね…はるきが好きな人が居るって聞いたの
冬香は真っすぐ春輝を見つめる。彼は、顔をそらして答える。
お前には関係ないだろ。ねるぞ
関係なくなんかないよ、いるの? 好きな人
春輝のせかす言葉を遮り、冬香は背中を真っすぐ見つめる。視界はぼんやりかすみ始める。眠いからではなく、目頭が熱くなる。
関係あるよ。なんで男女混成班の案を出したと思う? 私だって、好きな人が居るから賛成したのに、学級委員長のはるきは、なんで賛成したの?
春輝は答えない。それどころか、ゆっくりと扉の方に向かい、鍵を開けた。
ちょっとまってよ!
冬香は慌てて起き上がり、彼の後を追った。
歩いて二人は2階の吹き抜けに出る。シャンデリアが吊るされ、階層を跨いで明かりを提供するそれを背に、二人は椅子に座った。
こんなとこ居たら先生にバレるよ!もどろ?
とうかはわざわざ盗み聞きされるかもしれない部屋で話したかったのか?
春輝の真意がわかった。自分にとっても冬香にとっても、他人に聞かれると班の和を乱しかねない話だと、言われて初めて気が付いた。
俺の好きな人だったか?いるよ。たしかに
心臓が高鳴る。心拍数が上がり、視界の隅が暗く、視野が狭くなるのを感じる。息も荒くなり、呼吸がしづらい。まさかこんな時に発作を起こすとは…どうにか取り繕おうとするが、さらに視界は暗く狭くなり、暗闇の恐怖が彼女を包もうとする。
…い…おい! これ吸え!…ゆっくり吸え
春輝が発作の吸入器を差し出す。視界の9割を暗闇に捕らわれても、口に差し込まれた吸入器を感知した脳が、本能的に吸い込む動作を命令する。
15分後
落ち着いた?
うん、ごめんねこんな幼馴染で
冬香は自虐的に笑い、吸入器を手で転がす。空っぽになったそれは椅子の上をカラカラと転がる。
もう大丈夫、戻ろ?
冬香が促して戻ろうと席を立つ。数歩歩いたところで、後ろから抱き着かれた。春輝の身長は168、冬香は151でかなり身長差がある。春輝に包まれる形だ。
はる、き?
お前だよ好きなのは。混成班に賛成したのも、この班の誘いを受けたのも、渡された吸入器を常時持ち歩いてるのも、お前の為だよ。
え、えぇえ?
っふ、聞いといてなんだよその反応。で、もう戻るか?
ううん、もうちょっとこのまま…
腕の中で春輝の方を向いた冬香はその口にチュっと口づけをする。驚いて固まっている春輝に笑いながら彼の胸に深く顔をうずめた。
はぁ、そこ。何やってるんだ?
文字通り飛び跳ねた二人が声の方を見ると、担任の熊田先生が経っていた。あくびをしながら頭を掻いている。
あ、いやこれはですね…
あ~いいいい。学級委員長さんの顔に免じて見逃すから、早く戻りなさい。
はい、おやすみなさい
二人は吹き抜けの椅子から部屋に戻る。手をつないで、急いで、だけどもゆっくりと歩いて戻った。
赤坂 春輝 (あかさか はるき)
私立伸学園第二進学科2年1組所属の学級委員長。成績優秀、運動神経抜群。まさに文武両道な青年。病弱な幼馴染をずっと気にしている。修学旅行開始時に彼女から渡された緊急時の吸入器はどんな時でも肌身離さない様にしている。
青梅 冬香 (おうめ とうか)
私立伸学園第二進学科2年1組所属の図書委員長。病弱で発作が起きると視界が見えなくなり、呼吸困難に陥る症状を持つ。同級生の学級委員長とは、幼稚園の頃に「結婚してくれ」と、プロポーズをされてから気にしている。修学旅行、男女混成班の発案者は彼女である。




