強欲
...熱い、腹の辺りが異様に熱い。何故だろうか、そんな思考を、血の回らない頭で回しながら、本能で腹に手を触れる。
「...あ...れ...」
粘ついた液体の感触と、腹が持っていないはずの突起がある。なんだこれはと考え、少し思考、見ればいいという結論に数秒をかけ、腹を見る。
(...ああ、そうだ、刺されたんだった)
なぜ忘れていたのか分からない重大な事実に気づき、またもや数秒かけ、刺された理由を記憶の海から探し出す
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まずは、彼の説明をするべきだろう
今、ナイフに刺され死にかけている彼の名前は天欲総
黒髪黒目、普通以上に顔はよく、頭が良くて運動もできる文武両道。頭の回転も早いし、物覚えはいい、早い話が、天才というやつだった。まあもっとも、歴史に名を遺す本物の天才には劣るし、なんでもかんでもやればできるような人間でもない。どちらかといえば器用貧乏が近いだろう。何でもそつなくこなすが、それ以上には行かない。早熟だがすぐに天井に当たる。それが彼だ。
そんな彼の性格を端的に言うと...強欲な男。救いようのない人間とも言える。昔から彼は、何かを良く欲しがった。テレビで使われたライダーの玩具、便利な道具、かっこいいもの、可愛いもの、そこら辺の綺麗な石、誰かの持っている羨ましい物など、彼の欲を刺激するものであれば全てを欲しがった。赤ん坊や幼稚園ならばともかく、小学高学年に上がってなおそれは変わらず、温厚な両親は総に対して責めれもせず、困り果てていた。それに彼は気づき、こう思う
(このままだと、仲良くなくなっちゃう)
...縁、交友関係、信頼。それもまた、彼の強欲の対象。故に、抑えた。自分がどうにかできる範囲で自分の強欲を満たし、いい子を演じた。企みは成功、いい人悪い人問わず、彼は仲良くなった。容易く失いかねないそれを大事に抱え、不安定ながらも生き続けた。
しかし、人とは無欲に生きることはできない。いずれ限界が来る。
大学に入学し、可もなく不可もないキャンパスライフを送っていた。それから数か月がたったころだろうか、グループを作る授業を行い、気のいい人に出会った。愛想がよく、頭もよくて、優しい人。当然、友人になった。
その友人には彼女がいた。
...理由はなんだっただろうか?顔が良かった、声が良かった、性格が好きだった、もしくは...理由なんてなかったのかもしれない。まあとにかく、溜め込み続けた欲が吐き出されたのがそこだった。結局のところ、これが一番大きかったのだと思う。それを手に入れるのは割と簡単で、友人との縁を切らず彼女を手に入れた。友人を慰め、彼女の自責を止め、愛した。成功した、余りにも綺麗に、そこで味をしめた、甘味を覚えてしまった。きっとここで、失敗するべきだったのに。
時は少し経ち、彼は解放した欲を吐き出し続けた。まるで人の味を覚えた獣のように、例えば...プレミアの着いた限定品を誰かから奪う、人との縁を、洗脳まがいの方法で無理矢理得る、お金を詐欺まがいの手段で稼ぐ、彼女にばれることなく複数の女性と関係を持つ。その無駄にある才で、法には違反しないギリギリのグレーゾーンを渡り歩き、すべてを失うことなく得続けた。しかしその行いはあまりにも強欲で、当然のごとく罰が下る。
ばれたのだ、それも、依存させて手に入れた最初の彼女に、彼から奪った彼女にばれた。精神を不安定にさせ、その隙に奪った彼女は総に依存していた。そんな中出てきた浮気の情報、彼女の思考の行き着く先は容易に想像がつく。
そして今、彼女によって罰が下った。彼の腹には鉄槌が下され、そこから赤色の滝がとめどなくあふれる。死が近い。頭に血が上らず、一々思考に数秒かけているのがその証拠だ。再度、目を元の位置に戻す。霞んでほとんど見えないが、抱きつくように纏わりついている何かがある。微かに見える色と、霞む前の景色から、それが彼女の死体であることがわかる。一途なのだろう、愛した男が死ぬとなれば、自身も死に、後を追いかける決断を取る。そのくらいには。本来彼に与えられるはずだった愛情を奪い取り、それをゆがませ、不必要に増幅させた。その結果がこれだ。
(仕方ない、これは...罰なんだろうな)
そう、仕方がない、これは罰だ。
すべてを得ようなどという強欲な思考に陥り、やってはならないことを行った罰。
だから仕方がないのだ、すべては自業自得。
仕方がない、仕方がないのだ、今ここで彼が...死ぬことも。
(...失う...?命を?物を?得てきたものを?)
そう、失う。彼は失ってしまう。一度の過ちで、今まで得てきた何もかもを、挙句の果てに、持っていて当たり前な命という物さえも
「...ふざ...ける...な...!」
なぜ失わなければいけない?罰だとして、なぜ命までもを失わなければならない?なぜ自分が罰を受けねばならない?なぜすべてを無為にしなくてはならない?なんで、どうして、なぜ自身が被害を被らねばならない?
(いやだ!全部!全部俺のだ!道具も人も命も縁も感情も悲しみも苦しみも怒りも喜びも嬉しさも欲も草も土も岩も鉄も機械も空も雲も床も空気も酸素も口も目も髪も足も腕も臓物も全部!この世にある何もかも全部!全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!俺の!俺のだ!)
狂ったように同じ言葉を綴る。否、狂っているのだ。頭には血が全く上らず、失血の末に熱は冷たさを持ち始めた。何も残らない頭の中で、痛みと失うことへの恐怖から狂ってしまった。ただひたすらに、本能のままに、欲望のままに錆びついた脳を無理矢理回し続ける。理由はない。とにかく、失いたくはないから、いやだからだ。そう、嫌なのだ。いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだい
「見つけた」
「...え?」
声が聞こえた。鈴の音を転がしたような透き通る声だった気がするし、凛々しく、芯の通った声だったような気もする。その声が聞こえた瞬間、光が目を刺す。血が失せ、五感の機能を失っていた五感が急速に治り、唐突に入ってきた微かな光を手で遮る。数度の瞬きを行い、手をどけて前を見る。
最初に見えたのは、黒と淡い青。理解には数秒を要することなく、それが岩と苔のような何かであることに気づく。
「あっ腹!...無事だ」
またも数秒を要さず、自身の異常がどうなっているのかを思考し、見る。
傷はない。ただ、服に刺された跡のようなもはある、が、肉体にはなにもないし、不調はない。むしろ、最近の中では相当に良い調子といえる。自身の肉体の調子を確認し、少しの運動をした後、危険はないだろうと後回しにしていた周囲を見る。
綺麗な正方形の形をした場所で、洞窟...というよりは、遺跡や迷宮などが近しいだろう。ゲームなどでよく見るような、The迷宮。壁や地面、天井の岩...レンガなのだろうか?まあともかくその溝からは、謎の光る苔や鉱物が見え隠れしている。
唐突に変化した場所、死ぬはずだった命の回帰、血の回っている頭、傷のない体、現実味のない光景...割とオタクだった彼の頭の中に、ひとつの馬鹿げた可能性が浮かぶ。そんなはずはない、何せそれは、架空の話だ。しかし、有り得ないとも言い切れる話でもない。もしそれが本当ならば...そんなことを考えていた時、不意に音が聞こえた。粘ついた何かが、思い切り地面に跳ねたような音。その音の方向に、目を向ける
...サッカーボール程度のサイズ、青い液体、真ん中の方にピンク色の何かが浮かんでいる。その液体は粘ついていて、球体を維持しているが、定期的にドロドロになり、思い出したように元に戻る。およそ自律した生物ではあるはずのないそれは、ぐにゃぐにゃと形状を変え、そこにいた。彼の知るそれとは少し違うが、間違いない。ぷるぷるとしているその何かは
「スライム...っえ?ま、まさか...これっ...!」
そう、彼は今、世界中のほとんどが経験していないであろうそれを経験している。世界中で話題となり、ひっきりなしに物語が綴られているそのテーマ。
その名は...
「異世界...転移...!?」
天欲総は、異世界への転移を果たした




