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まっつぃ17|現代×ファンタジーお仕事短編集

勇者は正社員じゃありません~世界を救うのは業務委託です~

掲載日:2026/02/21

個人事業主という響きがかっこいいと思う


勇者は、正社員ではない。


 少なくとも、我が社――「ブレイブキャリア株式会社」に所属する勇者たちは、全員が業務委託契約の個人事業主だ。確定申告も、装備の減価償却も、すべて彼ら自身が管理する。


 私はその内勤社員。所属は“クレーム・コンプライアンス対策課”。

 要するに、世界を救う現場で起きた面倒ごとを、書類で片付ける部署である。

 朝一番の電話が鳴った。


「お世話になっております、ブレイブキャリア株式会社、クレーム対応課の相馬でございます」


『……あの、担当勇者が魔王城で動かなくなりました』


 依頼主――某王国立危機管理室の声はひどく疲れていた。


『玉座の間の手前で“もう無理です”と言って座り込んでおります』


「体調不良でしょうか?」


『いえ。“存在意義が分からない”と。昨晩からずっと、焚き火を見つめながら“自分を待っている人がいるはずだ”とか“愛の力で剣が光らない”とか、ポエムのような独り言を……』


 私はキーボードを叩く。案件番号:M-4582。担当勇者:Aランク。時給12,000円。討伐成功報酬あり。聖剣・会社貸与。


「契約書第七条、“精神的負荷が高い環境下における継続業務義務”は任意条項です。撤退も可能です」


『え、でも世界が。伝説の予言では、彼が光を……』


「“世界を救う”は業務内容の通称であり、法的義務ではありません。予言についても、弊社リーガルチェックでは『不確実な将来予測に基づく非公式なガイドライン』と定義しております」


 電話口で絶句する音がした。

 勇者は希望者登録制だ。

 履歴書と職務経歴書を提出し、適性試験と模擬スライム戦を通過すればランクがつく。

 Aランクは、魔王討伐経験二回以上、ドラゴン単騎討伐実績あり。

 Bランクは、四天王クラスまで対応可。

 Cランクは、主に村の害獣駆除。

 だがランクが高いほど、夢を見すぎて壊れやすい。彼らは「選ばれし者」という幻想にコストを支払い、そのリターンを情緒に求めてしまうからだ。


「次の方どうぞー」


 隣のデスクで、新人が通話を受ける。


『ヒロインとの関係が悪化しています』


「詳細をお伺いできますか?」


『“運命共同体”と聞いていたのに、雇用契約上は“現地サポートスタッフ”扱いだと知り、勇者様が『俺たちの絆はビジネスだったのか!』と激昂、現在パーティーが機能不全に……』


 すかさず電話を奪った。


「ヒロイン様は王国所属の契約社員です。当社勇者とは直接の雇用関係はございません。厚生年金の加入区分も異なります」


『でも二人は結ばれる運命では?』


「それは演出上の表現です。プライベートな交際に関しては、業務外の自由行動として、当社の関知するところではございません。ただし、不適切な関係によるハラスメント訴訟が発生した場合、勇者個人が賠償責任を負うものとします」


 最近はコンプライアンスが厳しい。

 “運命”という文言は、誤認を招く恐れがあるため、来期からは“高確率共同任務パートナー”に変更予定だ。

 昼休憩前、一本の外線が入った。


「はい、ブレイブキャリア株式会社」

『……もしもし』


 低く、威厳のある声。バックで骸骨たちがカチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえる。


『魔王だ』


 私はペンを止めた。


「御社名をお願いします」


『魔王城株式会社。ホールディングス化の準備中だ』


 法人化している。


『貴社勇者が、当城に無断侵入し、部下を多数負傷させた。さらに、宝箱の中身が期待したレアリティではなかったと、SNSに悪質なレビューを投稿している。労働基準監督署、および風評被害で弁護士に相談を検討している』


「勇者は業務委託であり、当社との間に雇用関係はございません。投稿内容も個人の見解です」


『しかし貴社の名刺を持っている。インボイスの登録番号も貴社の住所だ』


「ブランド使用許可契約です。登録番号は、あくまで決済代行上の便宜を図ったものに過ぎません」


 電話口で舌打ちがした。


『……そもそもだ。“世界征服”がなぜ悪と定義される。これは正当なM&Aと事業拡大の範疇だ』


「それは歴史的経緯に基づく通念でして。弊社も『悪』という表現は差別的であるとして、社内規定では『競合他社(非友好的)』と呼称しております」


『我々にも労働環境改善の努力はある。週休二日制だ。残業代も、暗黒魔力で満額支給している』


「四天王の離職率が高いと聞きますが」


『成果主義だ。KPIが未達成なら、物理的に消去される。それだけのことだ』


 私は一瞬、同情した。

 魔王もまた、巨大な構造の被害者なのかもしれない。株主(邪神)からの圧力は、勇者の聖剣よりも鋭いのだろう。

 午後、魔王城の件で勇者本人とオンライン面談を行った。

 画面に映る青年の顔を見ながら、ふと、昔の自分を思い出した。

 就職活動の頃、私は「世界を変えたい」と本気で言っていた。

 社会構造の歪みを是正し、理不尽を減らし、努力が報われる仕組みを作るのだと。

 だが入社三年目で気づいた。

 世界は“変えるもの”ではなく、“処理するもの”だということに。

 夢は企画書に書けば却下され、理想はコスト試算で否定される。

 残るのは、現実と折り合いをつける技術だけだ。

 だから私は、この部署にいる。

 画面の向こうで、ボロボロの鎧姿の青年が覇気なく笑う。背景には、血のついた聖剣が、まるで映えるインテリアのように飾られていた。


「……倒しても倒しても、次の魔王が出るんですよ。俺、選ばれし勇者なんですよね? 世界の夜明けを連れてくる、唯一無二の存在なんですよね?」


「更新契約ですから。あと、唯一無二という文言は独占禁止法上の懸念があるため、契約書からは削除されています」


「俺は、何のために戦ってるんでしょう。伝説にあるような、人々の笑顔や、平和な明日なんて……どこにもない」


 私は少し考えた。


「あなたは“世界を救っている”のではありません」


「え?」


「あなたは、依頼を受け、対価を得ている。それ以上でも以下でもない。笑顔や平和は、その業務に付随する、いわば副産物、あるいは福利厚生のようなものです」


 青年は黙る。


「世界の構造は、あなた一人で支えるものではありません。王国も、魔王も、我々も、それぞれの利害で動いています。英雄譚を期待するのは、コストパフォーマンスの観点からも推奨されません」


「……事務の人って、冷たいですね。もっとこう、熱い激励とか、神の啓示とか、ないんですか?」


「あいにく、弊社には神託課という部署はございません。あるのは法務と経理だけです」


 だが本当は、知っているのだ。

 世界は物語ではない。

 契約と利害と予算でできている。

 そして、その冷たい歯車を回すために、彼のような「夢見るバカ」が血を流していることを。


「撤退しますか?」


 しばらくの沈黙の後、勇者は鼻をすすり、震える手で画面上の「承認」ボタンを押した。


「……延長で。三か月。次の請求書、消耗品費でポーション代落とせますか?」


「承知しました。ただし、領収書は『上様』ではなく、正確な宛名が必要です」


 夕方、社内会議。


「最近、“やりがい搾取”との批判が増えています。特に、勇者が死の間際に見る『走馬灯』が未払い労働時間にあたるのではないか、という指摘が」


 部長がため息をつく。


「“世界を救う”という表現は、次期パンフレットから削除だな。コンプラがうるさすぎる」


 代替案は、“持続可能な秩序維持業務”。

 “やりがい搾取”という言葉が飛び交う会議室で、私は黙って議事録を取る。


 やりがいを売り物にしているのは、勇者だけではない。

 この会社も、王国も、魔王城も。

 そして、この国のほとんどの企業も。

 違うのは、剣を持つか、名刺を持つかだけだ。

 勇者は命を削る。

 私たちは時間を削る。

 どちらが健全かは、誰も検証しない。

 退勤間際、デスクに小さな封筒が置かれていた。

 差出人は、今日の勇者。

 中には、ボロボロに欠けた聖剣の破片と一枚のメモ。


『やっぱり、折れました。これ、伝説の鍛冶屋じゃないと直せないらしいんですが、経費で落ちますか? 紛失扱いで請求してください』


 私は天井を仰ぐ。

 聖剣は会社貸与。紛失は全額自己負担。

 伝説の鍛冶屋への発注は、外注費として稟議書が三枚必要になる。

 だが折れた原因は、契約書にも、条文にも、見積書にも書いていない。

 ――心が、先に折れた場合の扱い。

 私は請求書を作成しかけて、一瞬だけキーボードの手を止めた。

 彼の「夢」の残骸を、数字だけで片付けるのは、今の私には少しだけ重すぎた。

 私は備考欄に一行、追記する。


『業務上の不可抗力(想定外の物理耐性を持つ敵対勢力による損壊)と判断。会社負担で修理、またはリビルド対応』


 翌朝、魔王城株式会社からメールが届いていた。


『次期四天王募集について相談したい。できれば、元・勇者で、現実をよく理解している人材を。前任者は“世界征服の果ての虚無”に耐えられず、実家に帰ってしまった』


 私は静かにコーヒーを飲む。

 勇者も魔王も、派遣も法人も。

 世界は今日も、契約で回る。

 だが、契約書に書かれていないものまで、すべてを数値化できるわけではない。勇者が最後に流した涙の塩分濃度が、経費精算書に載ることはないように。

 少なくとも私は。

 内勤社員として、世界の裏側を知っている。

 だからこそ、思うのだ。

 ――世界を救うより先に、まず労働環境を救え。

 受話器を取る前、ほんの一瞬だけ思う。

 もし私があのとき、夢を捨てなかったら。

 もし剣を持つ側に回っていたら。

 私は、折れていただろうか。

 それとも――

 電話が鳴る。


「はい、ブレイブキャリア株式会社、クレーム対応課の相馬でございます」


 今日もまた、誰かの“英雄譚”が、冷ややかな労働問題として、私のデスクに積まれていく。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

世界を救うビジネスは、たぶん一作では語りきれません。

もし読んでくださった方が少しでも「続きが見たい」と思ってくださるなら、ぜひコメント、レビュー等お願いします!


他にも多数ファンタジー短編を書いてます!

コチラから↓

https://ncode.syosetu.com/s0717k/


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