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【短編小説】地獄少女

掲載日:2025/12/15

 ぐっしょりと春の雨に濡れたシャツが肌にひっつく。

 不愉快だ。

 しかしこれからの時間より不愉快ではないだろう、とため息をつく。

 重たいものが鳩尾のあたりに固まっている。覚悟を決めてドアを引く。


 中には既に先輩が待っていた。

「よっ」

 本を閉じてこちらを見た先輩は軽く手を上げた。

「っス」

 首だけを動かして挨拶に応じる。

 おれはため息を吐く。

 なぜなら先輩はブスだからだ。

 絶妙なブスだ。

 どのくらい絶妙かと言うと、まずは小さ過ぎない頭蓋骨をはじめとする全身の骨格だ。華奢過ぎず強靭過ぎない印象を与える。

 それに目だ。小さ過ぎず離れ過ぎず、黒目がちと言えばそうだが取り立てて美しいと言う感じでもない。

 唇も厚過ぎず薄過ぎず。鼻も高過ぎず低過ぎず。

 つまり減点法でも加点法でも平均値をギリギリ越える感じの、絶妙なブスだった。


 

「この世はさァ、地獄だよね」

 はじまった。先輩の語りだ。

 クソのような時間が始まる。帰りたい。だが帰れない。おれは自分を恨むしかできない。

「まぁ、先輩にとってはそうスね」

 おれは俯いて続きを促す。

 時よ進め。先輩はブスだ。

「なんでアタシかね」

 今日は3年五組の加藤と、体育科の大久保だよと先輩がおれに流し目を向ける。おれはそれを床に受け流す。


 キン、と金属バットが硬球を弾く音が響く。三月の薄明かりが季節外れの暖かい風と共に部室を舞いちらかす。

 先輩がブスでなければ最高のアオハルシチュエーションだ。誰もが羨む制服の思い出だ。

 でも先輩はブスだ。

 それも最低な超能力を身につけたブスだ。

「また見えたんスか?」

 お愛想、ご機嫌伺い。なんだっていい、とにかく早く先輩との時間から解放されたい。

「そうさ。あいつら、わたしで抜きやがったのさ」

 慣れたもんだよ、とでも言いたげに先輩は笑うが実際に処女かどうかは分からない。別に分かりたくもない。おれに対してそんな貫禄を見せたところでなんになるのだ。


 先輩はわざとらしく大きなため息をついた。

「馬鹿だね、男ってのは。射精をガマンするのに、円周率を唱えたりお母さんのことを考えたりするんだって?」

 アンタはどうなんだいとでも聞きたいのだろうが、先輩におれの手淫事情を開チンするつもりはない。

 そのつもりは無いが、先輩は知っている。おれが先輩で抜いたことも、その先輩が持っている能力で。

「モテるのも困るもんだ」

 やれやれと両手を広げて笑う姿は地底のラフレシアかと思えた。


 別におれだって先輩で抜いた訳じゃない。

 単に寸止め用にちょうど良かったのだ。促進もしなければ萎えさせもしない。ただそのタイミングを間違えたことが何回かあった。

 結果的に先輩で抜いてしまったと言うだけで、別に先輩で抜きたかった訳じゃない。

 だがその回数が10を越えたあたりで先輩の方から声をかけられた。

「黙っててやるから、部室についてきな」

 最初は何かわからなかった。

 飲酒喫煙に校内窃盗と、隠れてやってる小悪事には思い当たることが多かった。仕方なしに先輩の後について行くと、先輩の能力の話をされた。

「アンタがアタシで抜いてるって言い触らされたくなかったら、たまにでいいから呼び出したら付き合いな」

 押して、忍ぶ。

 それからおれは度々、先輩に呼び出されてはこの部室に顔を出している。


「あの」

 それってどう見えているんですか?

 先輩はラフレシアの花びらをしまうと、両手で口を覆い隠してグフフと笑った。まるでショクダイオオコンニャクのようだった。

「アンタらの頭の右上にね、出るんだよ。誰でも何回抜いたか」

 まるでゲームみたいだろ?そう言うと、先輩は再びラフレシアに戻った。

 それを見ているおれは、いまカンナビスが欲しかった。限界が近い。酒じゃあ無理だ。違う世界へ旅立ちたい。

「ふーん、アンタは……これはAV女優だね。それと、保健室の緑川!もうちょい趣味が良いと思ってたよ」

 最近じゃアタシは使わないのかい?と笑う先輩をゴルゴ13にやっつけて貰うには幾ら払えば良いのだろうか。


「だけど、いやなもんだね。そう言うのがわかっちまうってのは」

 先輩は急にうつむいた。 

「アタシだって年頃なのにさ」

 窓を背にして俯く先輩の顔面は暗く、初秋に見る枯れた巨大向日葵のようだった。

「まぁ、いいんだけどさ」

 キラリと光るものが落ちた。気がする。

「アンタ、アタシを抱いてくれるかい?」

 おれは両手を思い切り握りしめて床を睨みつけた。できれば穴が空いて欲しい。おれを落として有耶無耶にして欲しい。

 だが穴は開かない。

 おれは部室の真ん中で俯いているだけだ。

「そうかい」


 キン、と金属バットが硬球を打ち返す音が響いた。

 ポン、と間抜けな音がして先輩は飛び散って死んだ。そうやって飛び散る植物をおれは知らなかった。

 細かい肉片になった先輩は、射精防止に使うのには適さなくなった。

 帰ったら何で抜こう。

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