表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

船引警部の恋愛相談

作者: 砂虎

捜査一課の警部として多忙な日々を送る船引太郎が次郎の家を訪れるのは

難しい事件にいきあたり天才的な推理力を持つ弟の協力を求める時と相場が決まっていたが

その日の要件は珍しく仕事ではなくプライベートだった。


「恋人と喧嘩した?兄さん、ここは恋愛相談所じゃないんですよ」


意気消沈した兄に次郎は困惑顔だ。

まぁ男兄弟の恋愛相談なんて大抵の人は困ってしまうだろう。

その恋愛が遊びでなく結婚まで見据えた真剣交際ならなおさらだ。


「何を言うか、一昨日も配信で相談に答えていたじゃねぇか」


船引次郎の職業はVtuber。

バーチャル探偵王子、天海士郎の中の人である。

登録者数は驚異の200万人超え。

人気の秘訣は国内外の様々な未解決事件の真相を解き明かす推理ショーで

そのあまりの的中率からバーチャルなのにリアル名探偵コナンと称されるほどだ。

とはいえ現実世界は米花町のように毎日都合の良い殺人事件が起きるわけではない。

週3,4回のペースで行われる配信の多くは普通のVtuberと同じゲーム実況や雑談配信で

視聴者からの人生相談への回答は定番コンテンツの一つになっている。


「あれは仕事ですから。

 僕としては好きなゲームの実況中心でやっていきたいんですが

 新しいマネージャーさんが兄さんばりの熱血で来年のライブまでに新しいファン層を開拓しようと

 やたらと相談配信とコラボ配信をやらせたがるんですよ」


「あぁ重大発表配信見たよ。まさか自分の弟が武道館でライブするとはな。とんでもない世の中だ」


「僕だってそう思ってますよ。

 初期に組まされたユニットのボーカルがあそこまで人気が出てしまうなんて。

 あと当たり前のように配信見てないで下さい。家族に見られるとかほんとに無理なんで」


「お袋はライブ最前席で応援すると言ってたぞ」


次郎は目を手で覆って天を仰いだ。


「とにかく助けろ。そもそも明美と付き合えたのはお前の助けがあったからだぞ。

 だったら今回も俺を助けるのが筋ってもんだろう」


「何なんですかその暴力団まがいの理屈は。そもそも女性との付き合いなんて………」


途中まで言いかけた次郎は思い出したようにパソコンを操作して一枚の画像をプリンターから出力した。


「何だそりゃ」


「兄さんの問題を解決する推理クイズですよ。

 明日の配信で取り上げようと思っていたネタですがちょうど良かった。

 自力で解けるか試してみて下さい」


「解くって何を」


「画像だけでもピンと来る人は多そうですが一応背景を説明しますね。

 これは僕の視聴者の一人が送ってきた相談です。

 彼は大学のミステリー研究会に所属する青年なんですが恋愛下手で3ヶ月と交際が続いたことがない。

 どうして俺は駄目なんだと同じサークルの友人に嘆くと恋愛の秘訣としてこの画像を渡されたが

 何が言いたいのがさっぱり分からないので教えてくれとのことでした」


太郎はプリントされた紙を手にとって眺めた。

画像はフリーの素材サイトとして有名な「いらすとや」の絵を組み合わせて作ったもののようで

太陽の光の下で三匹のサルが仲良く並んでいる。

特徴的なのはサルの上にそれぞれ✕、✕、◯の記号がつけられていることだ。


「……おそらくこの記号は重要なんだろうな」


「ですねぇ。そのままだと恋愛の秘訣にならないので」


毎度のことだが次郎は謎に苦悩する兄をニヤニヤ楽しんでいる。

畜生め。誰のせいで苦労してると思ってるんだ。


そう毒づきながらも太郎はひとまず思案をめぐらせる。

まず気になるのは✕、✕、◯の部分だ。

3つのうちで1つだけが正解ということか?

数学系の雑学で3択の中から自分の選ばなかった選択肢の外れを1つ教えてもらった場合

最初に選んだ扉以外を選ぶと正解率が上がるというモンティ・ホール問題なんてものがあったな。

モンキーとモンティー、似てるといえば似てるが太陽の意味が分からない。

太陽と猿、そういえば孫悟空は太陽の光に照らされた石から生まれたんじゃなかったか。

しかし孫悟空なら猿が三匹なのはおかしい、一匹は悟空の猿にするとして残りの二匹と猪八戒の豚と沙悟浄の河童であるべきだ。

おそらくどちらも関係ない。モンティホール問題や西遊記が恋愛の秘訣だなんて聞いたこともないし。


「おい次郎、ヒントをよこせ」


「兄さんいつも言ってるでしょう。分からなくても考え続けることが推理力向上の秘訣だと」


「そうしたいのは山々だがな。2時間後に明美と食事の約束をしてるんだ。

 電話の前で頭を下げに下げて取りつけたチャンスだ、ここでヘマったら本当に別れることになってしまうかもしれん。

 これが恋愛の秘訣だというんなら今すぐ習得せにゃならんのだ」


「仕方ありませんねぇ。ヒントは修学旅行です」


「修学旅行?」


「えぇ。住んでいる地域によってはヒントにならない場合もありますが僕らの場合はこれが答えに近いヒントになりますね」


日本固有の地理が関係しているということか。

ともかく太郎は自分の修学旅行先を一つずつ思い返していく。

高校はカナダ、中学は京都。小学生の時は………


「日光っ!!太陽は栃木の日光東照宮を意味していたのかっ!!

 そこで三匹の猿となったらもう一つしかない、見ざる聞かざる言わざるの三猿だっ!!」



三猿の起源は遠く古代エジプトに遡ると言われている。

これがシルクロードを経由して中国の「不見・不聞・不言」の教えと結びつき日本に伝播した。

なおこの三猿の概念は欧米人にも立派に通用する。

明治維新後に日本の土産物として三猿の置物が西洋で流行したことによるもので

英語では「Three Wise Monkeys」の名で知られている。



「それじゃあ頭の上にある記号は………」


「見ざると聞かざるに✕、言わざるに◯がついていますね。

 つまり女性のことをよく見て髪型の変化などに気づいてあげる。

 話は適当に流さずにちゃんと聞いてあげる。

 そして自分からは余計なことを言わない。これが恋愛の秘訣というわけですね」


次郎はチラと兄の顔色をうかがう。

クイズの答えは確かに有用で恋愛だけでなく人付き合い全般に有効なものだが

ありきたりで平凡でもある。こんなもので納得してくれるだろうか。


しかしその心配は杞憂のようだった。

太郎はふーっと息を吐き出すとそのままドアへと向かう。


「帰るんですか?」


「あぁ。その視聴者に感謝のメールでも送っておいてくれ。

 すごく参考になったよ。本当に、余計なことは言うもんじゃないよなぁ」


「そういえば喧嘩の原因を聞いてませんでしたね。

 一体何を言って怒らせたんですか?」


「言わねぇよ。余計なことは言わない、それが秘訣だろ」



そうとも言ってなるものか。

恋人が弟の演じるVtuberの大ファンなことに嫉妬してライブに行くのに反対したのが

喧嘩の理由だなんてことは墓場までの秘密にしておくに限るというものだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ