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夜の公園

作者: 通りすがり

仕事を終え帰宅していた太田は、いつも通り同じ時間に自宅の最寄りの駅に降り立った。時刻は午後10時を少し回ったところ。駅から自宅までの20分ほどの道のりを、疲れた足を引きずりながら歩いていると、突然、腹部に鈍い痛みが走った。

「うっ…」

思わず呻き声が漏れる。家まではまだ10分以上かかる。冷や汗が滲み、痛みの波がひっきりなしに押し寄せてくる。なんとか歩を進めるが、一歩進むごとに痛みが強くなり、ついには耐えられないほどの激痛に変わった。

「もう、ダメだ…。どこかトイレは?」

そう思ったとき、ふと、この先に公園があったことを思い出す。確か、公衆トイレがあったはずだ。平時なら、薄暗く汚い公園のトイレなど絶対に使う気にはならないが、今は一刻を争う状況だった。太田はなりふり構わず、公園へと駆け込んだ。

入り口からすぐの場所に、目的のトイレが見えてきた。安堵と嫌悪がないまぜになった複雑な感情を抱えながら、太田は迷わずトイレの個室へと飛び込んだ。用を足し終え、ようやく一息ついたその時、微かに物音が聞こえた。

「…?」

ズボンを上げかけていた手を止め、耳を澄ます。すると、足音と話し声のようなものが聞こえてきた。外の様子を確認しようにも、個室の窓は高すぎて外は見えない。音だけを頼りに、太田は息を潜めて聞き耳を立てた。足音はゆっくりと近づいてきて、トイレの前で止まった。

何やら声が聞こえる。微かでかすれた、女の声。

「…たすけて」

太田の心臓がどくりと跳ねる。誰かが困っているのだろうか? だが、外の状況が全く分からない。もし助けに出て行って、危険な目に遭ったら? 葛藤していると、外の気配がぴたりと消えた。

しばらく待ってみたが、やはり何の音も聞こえない。いつまでもここにいるわけにもいかない。太田は意を決して、個室からそっと顔を出した。誰もいない。トイレの中も、外も、不気味なほど静まり返っていた。

「気のせいだったかな」

太田は自分にそう言い聞かせ、トイレから出ると、家路につくため歩き出した。ただ、数歩歩いたところで、なんとなく背後が気になり振り返った。

すると、先ほどまで誰もいなかったはずのトイレの入り口に、人影が立っているのが見えた。周囲の闇に溶け込むような、ぼんやりとしたシルエット。それが女性であることは、かろうじて見て取れた。

「えっ…」

太田は思わず声が漏れた。恐怖で一気に体中に鳥肌が立つのがわかる。あれは明らかに人間ではない、まずい、逃げなければ。そう思うのに、恐怖で体が思うように動かない。ようやくぎこちなく歩き出した太田の背後から、足音が迫ってくる。太田が振り返ることさえできないでいると、その足音はすぐ耳元で止まった。

「た・す・け・て」

かすれた声が囁く。太田が恐る恐る振り返ると、そこには青白い若い女性の顔が、自分の目の前にあった。

太田は絶叫とともに走り出した。



翌日、太田はあの公園についてインターネットで調べた。すると、数年前にそのトイレの裏で若い女性の遺体が発見されたという記事を見つけた。女性は心臓に持病があり、目立った外傷もなかったため病死と判断されたらしい。記事には女性の写真は載っておらず、あの霊がその女性なのかは分からなかった。ただ、もしかしたらその女性が死後も助けを求めているのかもしれないと、太田はぞっとした。

数日後、太田は再び夜道を歩いていた。あの公園の横を通りかかると、あの日聞いた「助けて」という声が脳裏に蘇る。病死した女性の霊なのだとしたら、死んだ後も苦しんでいるのだろうか。そう思うと気の毒になったが、自分にできることは何もない。太田はそのまま通り過ぎようとしたが、ふと、トイレのあたりで何かが動いたのが見えた。太田はもう見たくないという気持ちだったが、目は自然とその動くものを追っていた。それはあの日見た女性のシルエットに似ていた。太田はそれを見て走り去った。それから、毎日その道を通る度々にその女性の霊を見かけるようになったが、ただ見かけるだけで、それ以上のことは起こらなかった。



それからさらに数日後、残業でいつもより1時間遅い帰宅となった太田は、公園の近くまで来たところで、赤色灯を点滅させたパトカーや救急車が数台停まっているのを目にした。大勢の警察官が辺りを捜索している。野次馬の一人に聞くと、夜道を歩いていた女性が男に襲われ、助けを求める声を聞いた通行人が助けに入ったため、女性は無事だったが、犯人は逃走したとのことだった。その野次馬は、被害者の女性がパトカーに乗っていると教えてくれた。

太田は興味本位でパトカーに目を向けた。後部座席に若い女性が乗っているのが見える。そして、その顔が見えた瞬間、太田は驚愕し、その場に立ち尽くした。

その顔は、太田が忘れようにも忘れられなかったあの霊の顔と全く同じだった。

女性はパトカーから降り、警察官に付き添われて近くに停まっていた救急車へと向かってくる。太田のすぐそばを通り過ぎようとしたその時、女性はふと足を止め、太田をじっと見つめ、悲しげな表情で言った。

「今日は遅かったのね」

太田は、自分が体験したことの意味を全く理解できなかった。その後のニュースで犯人の男が捕まったことは知ったが、それ以上のことは何も分からなかった。

そして、太田が夜にその公園を通りかかっても、二度とその女性の霊を見ることはなかった。

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