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ぼっちと宇宙戦艦が異世界で  作者: あおおに


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9/21

ぼっちキングの補修

 銀嶺での死闘から数日。

 リーズの街が戦果の噂で持ちきりになる中、皆人カイトは喧騒を避け、人里離れた北の湖畔へと足を運んでいた。そこは、切り立った岩壁と深い針葉樹林に囲まれた、知る人ぞ知る静謐な場所だ。


「……ようやく、一息つけるな」

 カイトは、湖にせり出した桟橋に腰を下ろし、重い溜息を吐き出した。

 目の前に広がる湖面は、鏡のように静かで、遠くの雪山の稜線を鮮やかに映し出している。


『カイト、生体バイタルは安定していますが、左腕部の損傷は深刻です。神経接続の末端にノイズを確認。早急なメンテナンスを推奨します』

「分かってるよ、兵庫。……さあ、始めようか」


 カイトはジャケットを脱ぎ捨て、左腕の義肢を露わにした。

 あのトライホーンの突進を受け止めた際、内部のナノマシン結晶構造が限界を超えて焼き付いている。だが、今回の彼には「最高の素材」があった。


 傍らに置いたアタッシュケースを開くと、そこには青白い光を放つ、純度98%のミスリル原石が鎮座している。

「これを使えば、ただの修理以上のことができるはずだ」


『了解しました。ミスリル原石の分子再構成を開始。ナノマシンを媒介に、神経伝達回路をミスリル合金で置換します。……警告、かなりの痛みを伴いますよ』

「いつものことだ。やってくれ」

 カイトが歯を食いしばると同時に、左腕から火花が散り、青い光が皮膚の下を這うように広がった。


 ミスリルは、この世界の魔力だけでなく、カイトの持つテクノロジーとも驚異的な親和性を見せた。焼け焦げた人工筋肉が剥がれ落ち、代わりに銀色に輝く新たな繊維が編み込まれていく。


 数時間に及ぶ「自己修復」。

 滴る汗を拭い、カイトは新調された左腕を握り締めた。

 以前よりも軽く、それでいて内側に秘めた出力は数倍に跳ね上がっている。


 指先を動かすたびに、ミスリルの細かな粒子が空中の魔力と共鳴し、小さな光の粒をこぼした。

「ふう……。体の方も、なんとか馴染んだか」


 左腕だけでなく、全身の強化骨格の接合部にもミスリルを補強材として組み込んだ。今のカイトは、外見こそ普通の青年だが、その内側は文字通り「銀嶺の要塞」の破片を宿した超人へと変貌していた。


 作業を終えたカイトは、携帯式のコンロを取り出し、お気に入りの豆でコーヒーを淹れた。

 香ばしい香りが湖畔の冷たい空気に溶け込んでいく。


 誰にも邪魔されない、自分だけの時間。

 この世界に来てからというもの、常に戦いと隣り合わせだった彼にとって、この静寂こそが何よりの贅沢だった。

「……いい味だ。『兵庫』、お前もこの風景が見えてるか?」


記録ログとしては完璧に。ですが、カイト。この平穏は、あと120秒で終了する予定です』

「……は?」

 カイトが眉をひそめた瞬間、遠くの森から騒がしい声が響いてきた。

「おーい! カイトー! やっぱりここにいたわね!」


 聞き覚えのある、勝気で通る声。

 カイトが絶望的な気分で振り返ると、森の木々をかき分けて、赤い髪をなびかせたエルザが姿を現した。その後ろには、大きな荷物を背負ったバルカスと、苦笑いを浮かべたセーラも続いている。


「……エルザ。どうしてここが分かった」

「あんたの考えそうなことなんてお見通しよ。一人でこそこそ腕の治療でもしてるんだろってセーラが言うからさ」

「正確には、『カイトさんなら、一番景色のいい場所で自分を甘やかしてそう』って言ったのよ」


 セーラが茶目っ気たっぷりにウィンクする。

 カイトは天を仰いだ。

「……せっかくの休日が」

「固いこと言いっこなしだぜ、カイト! 今日はな、お前に最高の『礼』をしに来たんだからよ!」


 バルカスが、背負っていた巨大な樽をドスンと地面に置いた。

「礼?」

「そう。いつもあんたには、コーヒーを淹れてもらったり、飯の心配をしてもらったり、果ては命まで救ってもらってるからね」

 エルザがニヤリと笑い、自分の背後に隠れていた一人の少女を前に押し出した。


「紹介するわ。私の古くからの友人で、王都の三ツ星ギルドで腕を振るっていた一流の料理人――ロッタよ」

 そこにいたのは、自身の体ほどもある大きなリュックを背負った、栗色の髪の少女だった。


 彼女はカイトを見ると、深々とお辞儀をした。

「初めまして、カイト様! エルザさんからお話は伺っております。銀嶺の暴君を退けた英雄に、最高の食事を献上するために参りました!」


「いや、英雄だなんて……」

 戸惑うカイトを無視して、ロッタは手際よく焚き火を組み、巨大な鍋と見たこともないような調理器具を並べ始めた。

「さあ、カイト! あんたは今日は何もしなくていいわ。そこで座って、大人しく『もてなされ』なさい!」


 エルザに肩を掴まれ、無理やり特等席(倒木で作ったベンチ)に座らされる。

 そこからの光景は、圧巻だった。

 ロッタの包丁さばきは、もはや武技に近い。

 バルカスが持ってきた樽の中身は、最高級の熟成肉と、王都直送の新鮮な野菜。


 ロッタが楽しげに魔法の火加減を調整する。

 やがて、湖畔にはコーヒーの香りを塗り替えるほどの、芳醇で暴力的なまでに食欲をそそる香りが立ち込めた。

「お待たせしました! 本日のメインディッシュ、『銀嶺の恵みと薬草の赤ワイン煮込み』、そして『熟成肉ステーキのトリュフソース添え』です!」


 カイトの前に並べられた料理は、芸術品のような美しさだった。

 一口、ステーキを口に運ぶ。

(……なんだ、これは)

 噛んだ瞬間、肉汁が弾け、体内のナノマシンが驚喜するほどの高密度なエネルギーが全身を駆け抜けた。ただ美味しいだけでなく、蓄積していた疲労が霧散していくのが分かる。


「美味い……」

 思わず本音が漏れると、ロッタは顔を輝かせた。

「良かったです! カイト様の体は、少し特殊なエネルギーを欲しているようでしたので、スパイスの配合を調整したんです」


「……お前、ただの料理人じゃないな?」

「ふふ、料理は科学であり、魔術ですから!」

 エルザとバルカスは、すでに樽酒を開けて盛り上がっている。


「カイト、食え食え! 今日はあんたが主役なんだ。俺たちがこうして笑ってられるのも、全部あんたの左腕のおかげなんだからな!」

 バルカスがカイトの肩を叩く。その力強さは、以前よりも信頼に満ちていた。


 セーラがカイトの隣に座り、静かにグラスを傾ける。

「カイトさん。あなたはいつも、自分を削って誰かを助けてばかり。……たまにはこうして、誰かに甘えることも覚えないと、その左腕みたいに焼き付いちゃいますよ?」

 その言葉に、カイトは少しだけ視線を落とした。


「……そうかもな。『兵庫』、どう思う?」

『……推奨します。精神のデフラグには、他者との交流と良質な栄養摂取が不可欠です。それと、カイト。……そのステーキ、私の分も分析用に少し残しておいてください』

「お前、食べられないだろ」


 湖畔に笑い声が響く。

 夕闇が迫り、焚き火の光が四人の顔を暖かく照らし出した。

 一人で静かに過ごすはずだった休日は、騒がしくも温かい、忘れられない宴へと変わっていた。


 カイトは、新しくなった左腕を見た。

 人工皮膚下の大部分をミスリルに置換された腕は、月光を受けて静かに呼吸している。

 この腕は、もう自分一人のための武器ではない。

 この騒がしい仲間たちの背中を守り、共に明日に進むための力なのだと、彼は改めて実感していた。


「……さて。これだけ食わせてもらったんだ。次の任務も、きっちり働かないとな」

 カイトがそう呟くと、エルザがワイングラスを掲げた。

「その意気よ、便利屋さん! でも、まずはその皿を空にしてからね!」


 夜は更けていく。

 湖畔に吹く風は冷たかったが、カイトの胸の奥には、どんな高性能なヒーターよりも温かい火が灯っていた。

 その後、数時間が経過して……


 宴もたけなわ、バルカスは焚き火の横で盛大な地響きのようないびきをかき始め、セーラもエルザの肩を借りて微睡んでいる。

 カイトは一人、静かになった桟橋に戻り、夜空を見上げていた。

『カイト、提案があります』

「なんだ、『兵庫』」

『今回入手したミスリルと、ロッタ殿の調理技術から得たデータを統合した結果、あなたの左腕に新たな機能を追加できる可能性が出てきました。名付けて……「魔力共鳴式・過負荷オーバーブースト」モードです』

 カイトはふっと笑った。


「……休養中だってのに、お前は相変わらずだな」

『私はあなたのパートナーですから。……カイト、あなたはこの世界で何を成したいですか? 艦の修復? それとも……』

 カイトは、眠っている仲間たちを振り返った。


「そうだな。……とりあえずは、この騒がしい連中が、明日も笑って飯を食えるように。そのために、この腕を磨き続けるだけだよ」

 遠くの森で、夜鳥が鳴いた。

 カイトの新しい左腕が、決意に呼応するように、一瞬だけ鋭い銀色の光を放った。


 今回の休息で得られたもの:

 左腕ミスリル・カスタム: 出力300%向上。魔力干渉を中和する特性を得た。

 一流料理人のコネ: ロッタが専属契約を申し出たそうな顔でこちらを見ている。

 心のデフラグ: 完了。

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