ぼっちキングの始動
「女子会キャンプ」という未曾有の任務を完遂し、リーズの街へと帰還した皆人を待っていたのは、英雄のような扱いと、心地よい疲労感、そして「この世界で生きていく」という確固たる決意だった。
エルザやミラたちとの交流は、孤独な漂流者だった皆人の心に、この惑星を「ただの滞在地」ではなく「第二の故郷」にするための火を灯したのだ。
キャンプから戻った数日後。皆人は街の安宿の一室で、愛機『兵庫』のホログラムを起動させていた。
「『兵庫』、状況を整理する。この世界での俺の立ち位置を安定させるために、二つの軸で動く。一つは、有事の際の絶対的防衛拠点。もう一つは、街での社会的地位を盤石にするための生活拠点だ」
『了解しました。カイト、現在の私の自己修復率は12.8%。周辺の魔力濃度を活用したナノマシン再構成により、通信衛星の限定的な復旧と、中距離地質スキャンの再開が可能です』
「よし。まずは、あの『魔魚のいない湖』だ」
先日のキャンプの際、皆人は『兵庫』のスキャンである特異な場所を発見していた。北方の山岳地帯のさらに奥、険しい断崖に囲まれたカルデラ湖だ。そこは強力な結界に近い磁場が発生しており、狂暴な魔魚や魔獣が近づけない「空白地帯」となっていた。
「あそこに『家』を建てる。表向きはただの隠れ家だが、中身は俺たちの司令基地にするぞ」
拠点を開発するには、莫大な資金と材料が必要だ。この世界の通貨だけでなく、ナノマシンのエネルギー源となる高純度の「魔石」も欠かせない。
皆人は、本腰を入れて「資金稼ぎ」を開始した。
冒険者ギルドでの皆人の評価は、あの一件以来、爆上がりしていた。
「あの『氷の受付嬢』ミラを笑顔で帰還させた男」
「最強の女剣士エルザが認めた野外活動の達人」
そんな噂が独り歩きし、彼のもとには高難度の討伐依頼だけでなく、貴族たちからの「安全な野外演習の引率」という奇妙な高額案件まで舞い込むようになった。
「……カイトさん、またこの依頼ですか? 『公爵家のご令嬢に、森で最高の一杯を飲ませる任務』。報酬は金貨三十枚です。討伐依頼より高いですよ」
ミラが呆れ半分、羨ましさ半分といった表情で書類を差し出す。
「背に腹は代えられないよ。それに、森の静かな場所を知ることは、俺の拠点探しにも役立つからな」
皆人は、依頼をこなしながら、密かに『兵庫』のパーツとなる特殊鉱石を回収し、同時に軍資金を蓄えていった。
時には「デザート・ロック・エイプ」の群れを一人で瞬殺し、その魔石を闇ルートを通さず正規に売却。あまりの効率の良さに、ギルド内では「歩く災害対策局」とまで呼ばれ始めていた。
数ヶ月後。
人跡未踏の湖畔に、一軒のログハウスが姿を現した。
外観は、この世界の木材を贅沢に使った、温かみのある北欧風の平屋だ。エルザたちがいつ遊びに来ても怪しまれないよう、あくまで「趣味の別荘」という風情を醸し出している。
だが、その「見えない所」には、地球の科学の粋が凝縮されていた。
外壁の内側には衝撃吸収カーボンナノチューブ層が仕込まれ、ドラゴン級のブレスにも耐えうる強度を持つ。
床下には『兵庫』のサブプロセッサが鎮座し、半径50キロの索敵網を維持。
暖炉は薪を燃やしているように見えるが、実際は高効率の魔力変換炉となっており、煙突からは有害物質を一切出さないクリーンな排気を行う。
窓ガラスは景色を透過しつつ、外からは一切中が見えず、さらにホログラムディスプレイとして機能する。
「……完璧だ。見た目は完全に『スローライフを楽しんでいる冒険者』の家だな」
『カイト、浴室の自動洗浄システムと、水洗トイレ(バイオ分解式)の設置も完了しました。この世界の王族でも味わえない快適度です』
「ああ、それは重要だな。……さて、次は街の拠点だ」
湖畔の基地が整うと、皆人はリーズの街の商業区に、こぢんまりとした、しかしセンスの良い一軒家を購入した。
ここは、ミラやエルザ、ギルドの仲間たちと交流するための「表の家」だ。
「カイト! 良い家じゃない! 庭で焚き火ができるスペースがあるなんて、あんたらしいわね」
引っ越し祝いに駆けつけたエルザが、豪快にエールを煽る。
「街の中にいても、火の粉が見えないと落ち着かなくてね」
皆人は笑って答える。この家の地下にも、実は湖畔の基地と直通する「量子通信機」が隠されているのだが、彼女たちがそれを知る必要はない。
ミラも、少しリラックスした表情で部屋を見渡していた。
「……カイトさん。あなたがこの街に腰を据えてくれて、少し安心しました。……また、あのキャンプに連れて行ってくれますか?」
「ああ、もちろんだ。今度はもっと『科学的な』……いや、もっと『魔法のような』快適な時間を約束するよ」
深夜。来客が去り、静まり返った街の自宅。
皆人は、修復が進んだ『兵庫』のインターフェースに向き合っていた。
『カイト。資金の投入とレアメタルの供給により、兵庫のメインシステム、レベル3まで復旧。これより「軌道上にある残存物」の回収シークエンスが可能となります』
画面には、夜空の彼方、大気圏外を漂うマザーシップの破片が映し出されていた。
「……よし。この惑星での生活基盤は固まった。次は、俺たちがここに来た『理由』と、この星に眠る未知のエネルギーの正体を探るぞ。……エルザたちとの楽しいキャンプを守るためにもな」
皆人の瞳には、冒険者としての余裕と、科学者・技術者としての鋭い光が宿っていた。
彼の手には、新しく開発した「魔力と科学を融合させた多機能ツール」が握られている。
「さて『兵庫』、明日の予定は?」
『午前中はミラさんの依頼で、不眠症に悩むギルド長の部屋の「環境改善(アロマと音響)」のコンサルティング。午後はエルザさんと新型ポーションの開発(という名の飲み比べ)です』
「……相変わらず、忙しくなりそうだ」
皆人は苦笑しながら、夜のリーズの街を眺めた。
かつては「謎の惑星」でしかなかったこの地が、今は愛おしい拠点へと変わりつつあった。
リーズの街の喧騒は、今日も変わらない。冒険者ギルドの片隅で、私は冷えたエールを喉に流し込みながら、カウンターでミラと談笑している「彼」を盗み見ていた。
カイト。
この街に現れてから、私の「常識」というやつを片っ端から叩き壊してくれた男だ。
最初に彼を見た時の感想なんて、ひどいものだった。
「どこぞの良家の坊ちゃんが、騎士ごっこに飽きて迷い込んできたのか?」
それが本音だった。線が細く、肌は焼けていない。顔立ちは整いすぎていて、戦場よりも夜会の方が似合いそうな優男だ。
何より鼻についたのは、その装備だ。身に纏っている服の生地、腰に下げた出所不明の武器、背負った荷物……どれもこれも、見たこともない素材で作られていて、しかも一点の曇りもない「新品」だった。
冒険者にとって、新品の装備は「経験の浅さ」の象徴だ。どこかの商人のドラ息子か、貴族の落としだねが、親の金をふんだんに使って揃えた高級玩具にしか見えなかった。
「一週間もすれば、血の匂いと泥に耐えかねて泣きべそをかいて帰るだろう」
仲間たちとそんな賭けをしていた自分を、今なら殴ってやりたいくらいだ。
評価がひっくり返ったのは、すぐのことだった。
彼が一人で請け負ったゴブリンの群れ、そして遭遇したオークの討伐。報告を受けて現場に向かった私は、そこで言葉を失った。
死体の山。それも、一撃で急所を貫かれた鮮やかな手際だ。
それなのに、それを為したカイトは、返り血一つ浴びていなかったと言う。
あんなにピカピカだった「新品」の装備は、相変わらず新品のように輝いていたのだ。それは彼が戦わなかったからじゃない。敵に指一本触れさせないほど、圧倒的な実力差があったということだ。
「……あんた、一体何者なんだい?」
そう問いかけた時の、彼の困ったような、それでいてどこか超然とした笑みが忘れられない。
それから、彼と一緒に飲む機会が増えた。
そこでまた、私は彼に対する認識を改めさせられた。
カイトという男は、驚くほど「品」が良い。
私たちのような荒くれ者が集まる酒場でも、彼は決して声を荒らげないし、酒癖も悪くない。何より、女性に対する接し方が、この世界の男たちとは根本的に違っていた。
扉を開ける時、椅子を引く時、飲み物を注文する時……さりげなく、それでいて押し付けがましくない所作で、私たちを「女性」として立ててくれる。
ミラなんて、最初はあんなにツンケンしていたのに、今じゃ彼がギルドに来るたびに頬を染めて、報告書をチェックする指先が震えている始末だ。
私だってそうだ。長年剣を握り、男勝りに振舞うことが生き残る術だった私に、彼はごく自然に「レディ」として接する。その扱いの心地よさに、ついついエールが進んでしまう。
「やっぱり、こいつはどこか遠くの国の大貴族の隠し子か何かなんじゃないか?」
そんな説が、私やミラの頭の中で真実味を帯びて膨らんでいった。あの品の良さは、付け焼刃で身につくものじゃない。血筋が、育ちが、彼をそうさせているのだと。
……けれど。
あの「キャンプ」とやらに同行して、その推測はまたしても木っ端微塵に砕かれた。
貴族? 冗談じゃない。
あんなに手際よく、迷いなく森を切り拓き、火を熾し、見たこともない道具を使いこなして最高の拠点を作り上げる貴族がどこにいる?
重い荷物を背負いながら、一歩一歩が獣のように無駄がなく、自然の機微を読み取って「不便」さえも娯楽に変えてしまうあの手腕。
魚の捌き方も、天候の読み方も、獲物を仕留める時の容赦のなさも……それは「高貴な教育」を受けた者の動きじゃない。もっと過酷な、それこそ世界の果てで生き抜いてきた者だけが持つ、本物の「サバイバリスト」のそれだ。
豪華なログハウスのような拠点を魔法(本人は『科学の粋』なんて変な言い方をしていたけれど)で建てたかと思えば、一方で焚き火の煙に目を細め、泥臭い川魚を美味そうに頬張る。
洗練されているのに、野性的。
理知的かと思えば、全裸で魔物と戦うような無茶もする。
……もう、わけがわからない。
ミラの言う通り、彼はミステリアスな魅力に溢れているけれど、それを暴こうとするのは野暮ってものかもしれない。
貴族だろうが、異邦人だろうが、あるいはこの世界の外から来た迷い人だろうが。
私の目の前で、美味しいポトフを作って笑い、仲間のピンチには音もなく駆けつけ、誰よりも「この惑星」の空気を楽しもうとしている。その事実に嘘はない。
「カイト、あんたの正体を当てるのは、ドラゴンを一人で狩るより難しそうだね」
空になったジョッキを置き、私は小さく笑った。
かつては「頼りない優男」に見えていた彼の背中が、今はどんな大盾よりも頼もしく見える。
いいさ、もう。
彼は「貴族の落としだね」でもなければ、「謎の賢者」でもない。
カイトは、カイトだ。
私が認め、信頼し……そして、ほんの少しだけ特別な感情を抱いている、私の大切な仲間。
さて、次の一杯は、あの湖畔のログハウスで飲むことにしよう。
彼ならきっと、私の好みのつまみと、とびきり居心地の良い椅子を用意して待っていてくれるはずだから。
「……あ、ミラ、悪いけどカイトとの次のキャンプ、私の護衛枠で予約入れといて。有給? そんなの、剣で勝ち取ってやるわよ」
酒場の喧騒の中、私は自分の頬が少し熱くなっているのが、酒のせいだけではないことを自覚しながら、新しい依頼書を手に取った。




