ぼっちキングの昇進
数日後、皆人は再びギルドの門を潜っていた。
前回の「非公式」なオーク討伐とエルザの強力な推薦が功を奏し、彼は異例の速さでDランクへの昇格を果たしていた。ギルドマスターとの面談は、皆人が「あまり目立ちたくない」という意向を汲みつつも、その実力を「有事の際の戦力」として登録することで決着がついた。
「……さて、正式な依頼だな」
皆人の手には、羊皮紙の依頼書がある。
【依頼内容:リーズ近郊、北西の森におけるオーク小規模集団の掃討】
【報酬:大銀貨10枚、および魔石の買い取り】
前回は勝手に狩ってきただけだったが、今回は正規の仕事だ。
「『兵庫』、ルート策定を。前回のデータから、最短で効率的な掃討順路を割り出せ」
『了解。周辺の気流、および魔力密度の残滓を解析……。北西3.2キロ地点に、新たな熱源反応を感知。個体数、推定12。移動を開始してください』
皆人は街を出ると、人目のない場所で脚部のリミッターを一時的に解除した。
「出力12%。慣性制御開始」
地面を蹴った瞬間、彼の体は音もなく加速し、森の木々を弾丸のような速さで縫っていく。ナノマシンで強化された動体視力が、高速で流れる風景をスローモーションのように捉えていた。
目標地点に到着するまで、わずか数十分。
そこには、前回の3体よりも一回り大きく、粗末な革鎧を纏ったオークの分隊がいた。
彼らは略奪したと思われる家畜の肉を囲み、下卑た声を上げて笑っている。
「……ターゲット確認。『兵庫』、射線軸を固定しろ。今回は『効率』を最優先する」
『承認。周辺環境への被害を最小限に抑えるため、収束型プラズマ弾の使用を推奨します。アバターの手のひらに電磁場を形成してください』
皆人は右手をオークたちへ向けた。
空気中の自由電子が強制的に集束し、パチパチと青白い火花を散らす。
「ターゲットロック……発射」
閃光が走った。
それは魔法というよりは、精密誘導されたレーザーに近い。
オークたちの中心で小規模なプラズマ爆発が起こり、超高温の熱波が一瞬にして彼らの生命活動を停止させた。防具も、強靭な筋肉も、数千度の熱の前では無意味な物となった。
『戦闘終了。経過時間、2.4秒。討伐対象12体、全ての生命反応消失を確認』
「……ふぅ。やはり、この出力だと『戦い』にすらならないな」
皆人は煤けた地面に転がる魔石を回収した。これで依頼は達成だ。あとは街へ帰り、エルザにでも捕まる前に宿でゆっくりと明日の予定を立てるだけ……。
だが、その時。
高度300メートルに滞空させていた広域監視ドローンから、警告信号が飛んできた。
『警告。カイト、不測の事態です。現在の戦闘地点から北へ4キロ。渓谷の奥深くに、大規模な「人工構造物」および高密度の生体反応を検知しました』
「人工構造物? 廃墟か何かか?」
『いいえ。熱源構成、および排泄物の堆積量から推測されるのは……オークの「集落」です。推定個体数、200以上。さらに、通常のオークを遥かに凌駕する魔力反応――「オーク・キング」級の個体が確認されました』
皆人は眉をひそめた。
ギルドの資料によれば、この近辺にオークの集落は存在しないはずだった。あったとしても数十体規模のキャンプだ。200体以上となれば、それはもはや「災害」に近い。
「……放置すればどうなる?」
『計算中……。集落の拡張速度から見て、10日以内にリーズの街、および周辺の農村が略奪対象となる確率は87%です。現地の防衛戦力では、甚大な被害が出るものと推測されます』
皆人は空を見上げた。
本来なら、ここで一度引き返し、ギルドに報告して大規模な討伐隊を組むのが「冒険者」としての正解だろう。だが、自分の速度でも、報告して戻ってくるまでに数時間はかかる。その間に、オークの斥候が自分たちの仲間の死体を見つければ、集落は警戒態勢に入り、近隣への被害が早まる可能性もある。
「……『兵庫』、現在のアバターの全エネルギー残量は?」
『内蔵型縮退炉は安定稼働中。現状の出力なら、連続戦闘で340時間は維持可能です』
「なら、報告の手間を省こう。ここで根こそぎ片付ける」
『……了解しました。非効率な報告プロセスを排除し、直接解決を選択。戦艦「兵庫」の戦術教本に基づき、集落制圧作戦を開始します』
皆人の瞳の中で、網膜ディスプレイが戦闘モードへと切り替わる。
彼は地面を蹴り、オークの集落がある渓谷へと向かって、影のように滑り出した。
渓谷の奥は、地獄のような光景だった。
切り立った岩壁に囲まれた広場には、無数の丸太小屋が並び、不浄な臭気が立ち込めている。
広場の中央には、一際巨大な、体高5メートルはあろうかという巨漢が鎮座していた。
全身を黒い体毛に覆われ、大規模な魔力の奔流を放つ「オーク・キング」だ。その周りには、魔法を操るオーク・シャーマンや、重装甲を纏ったオーク・ジェネラルたちが控えている。
彼らは、これから始まる「狩り」の準備をしているようだった。
錆びた剣を研ぎ、棍棒を振り回し、下品な雄叫びを上げている。
「……さて、パーティーの主役の登場だ」
皆人は崖の上から、その軍勢を見下ろした。
普通なら絶望するような数だが、彼の計算回路に「恐怖」という文字はない。
「兵庫、兵装展開。全天候型自律攻撃端末を4基射出。ターゲットはシャーマンおよびジェネラル級を優先」
『了解。出力設定、15%まで開放。……カイト、少し「派手」にやりますか?』
「ああ。こいつらには、自分が何を相手にしているのか理解させる暇も与えなくていい」
皆人が指を鳴らす。
彼の背後の空間がわずかに歪み、銀色の浮遊物体が4つ、高速で射出された。
それらは空中で複雑な軌道を描きながら、集落へとダイブしていく。
「ギ、ギガァ!?」
見張りのオークが空中の異変に気づいた瞬間、その頭部がプラズマの弾丸で消し飛んだ。
それが開戦の合図だった。
4基の端末は、まさに死神の鎌だった。
超音速で飛び回りながら、オークたちの急所を正確に射抜いていく。
むろんオークたちには、その速度に付いていく能力はない。
オークたちが混乱に陥り、武器を手に右往左往する中、皆人は崖から垂直に飛び降りた。
「重力制御、着地衝撃吸収――」
ドォォォォンッ!!
集落の中央、オーク・キングの目の前に、皆人は轟音と共に着地した。
衝撃波で周囲の小屋が吹き飛び、オークたちがドミノ倒しのように転がる。
砂塵の中から、無傷の皆人が立ち上がる。
「……悪いな、お前たちの予定はキャンセルだ」
「ウ、ウガァァァァッ!!」
オーク・キングが怒りに狂い、手にした巨大な戦斧を振り下ろす。
重戦車の一撃にも等しいその破壊力が、皆人の脳天を直撃する――かに見えた。
パシッ、と。
皆人は左手一本で、その戦斧を受け止めていた。
「……質量、ベクトル、共に予測範囲内だ」
アバターの強化骨格が軋むことさえない。出力15%の皆人にとって、キングの怪力も「そよ風」に等しかった。
「お返しだ。『兵庫』、右拳に振動波を収束」
『完了。分子結合、破壊開始』
皆人の右拳が、オーク・キングの腹部に吸い込まれた。
ドッ……という鈍い音。
次の瞬間、キングの巨体が背後の岩壁まで吹き飛び、めり込んだ。それだけではない。超高速振動を与えられたキングの肉体は、内側から細胞が崩壊し、絶命する前に「霧」となって霧散し始めた。
「「「…………!?」」」
周囲のオークたちが、信じられないものを見る目で硬直した。
自分たちの絶対的な王が、見たこともない貧弱な種族(人間)に、一撃で消し飛ばされたのだ。
「『兵庫』、残党処理。逃走を許可するな。一匹残らずだ」
『了解。広域殲滅モードに移行。……「全天候型レーザー雨」、照射を開始します』
皆人の周囲に、無数の小さな光の球が浮遊する。
それらが一斉に、四方八方へと細い光の糸を放った。
「ギッ……」「アガ……」
悲鳴すらが短い。逃げようとしたオークも、岩陰に隠れたオークも、ナノマシンの熱線から逃れる術はなかった。
数分後。
そこには、静寂だけが残っていた。
かつてオークの集落だった場所は、今や冷たい灰と、無数の魔石が転がる墓場と化していた。
「……終わったか」
皆人は深く息をつき、アバターの出力を通常モードに戻した。
視界に表示されるキルカウントは234。
冒険者の集団が総出で挑んでも、数日はかかるであろう規模の集落を、彼はたった一人で、コーヒー一杯を飲むほどの時間で消滅させたのだ。
『カイト。魔石の回収予定数は……膨大です。アバターのストレージ容量を圧迫するため、高純度のものを選別することを推奨します』
「……そうだな。これ全部持ち帰ったら、今度こそギルドがひっくり返る」
皆人は、夕日に染まり始めた渓谷を眺めた。
自分の力。
それがこの世界の秩序をどれほど歪めてしまうのか、彼は改めて思い知らされていた。
しかし、その一方で、守るべき「平穏」のためには、この力を振るうことに躊躇してはいけないのだという、奇妙な決意も芽生えていた。
「……帰ろう、『兵庫』。今夜は、少し高い酒を頼んでも罰は当たらないだろう」
『了解。エルザ氏との接触によるドパミン放出の再発に備え、精神安定プログラムを待機させます』
「……それは必要ないと言ったはずだ」
皆人は、大量の魔石を背負い、静まり返った森を街へと向かって歩き出した。
その背中は、もはや単なる「冒険者」のそれではなく、この世界に舞い降りた「異界の守護者」の威容を微かに帯びていた。
翌日、ギルド。
「……カイトさん、これは、一体……」
受付のミラが、震える手でカウンターの上の魔石を指差した。
それは普通のオークの魔石ではない。黄金色に輝く、オーク・キングの証だった。
「ええ。依頼の場所の少し奥に集落があったので、ついでに片付けてきました」
「……『ついで』、ですか?」
「はい。ついでです」
皆人の平然とした言葉に、ギルド内は不自然な沈黙に包まれた。
だが、その沈黙はやがて、地鳴りのような歓声と驚愕へと変わっていくことになる。
「規格外の新人」の名が、王都にまで届くのは、もはや時間の問題だった。




