ぼっちキングと呪いの巫女
リーズの街に戻った皆人を待っていたのは、以前にも増して多忙な日々だった。
「主様、休む暇もありませんね。ギルドからの指名依頼が溜まっていますよ」
ロッタが呆れたように笑いながら、羊皮紙の束を皆人の前に置く。
皆人はソロで魔物の森を掃討し、時にはエルザやセーラたちと組んで、難度の高い遺跡調査をこなした。新型のドローンや光学兵器の調整を兼ねた実戦は、皆人の技量を確実に引き上げていた。
しかし、皆人の意識の半分は常に、影のネットワーク『兵庫』からもたらされる情報に向けられていた。
『先史文明の遺物を収集し、その特異なエネルギーを復活させようとしている勢力……。カイト、彼らの足跡は、北方の宗教都市『カルル』に集約されつつあります』
『兵庫』の報告によれば、その勢力は古き神「クルルディーン」を信奉し、人知れず信徒を増やしているという。
「クルルディーン、か。聞いたこともない神だな」
『記録によれば、破壊と再生を司る、忘れ去られた先史時代の概念神です。問題は、カルルに入った偵察ドローンが、次々と通信途絶を起こしていることです』
皆人は眉をひそめた。最新のステルスドローンが捕捉されるなど、ただの宗教都市ではありえない。彼は自らカルルへ赴く決意を固めた。
カルルは、白亜の石材で築かれた美しい都市だった。だが、街全体を覆う微かな振動——まるで巨大な心臓の鼓動のような違和感が、皆人の肌を粟立たせた。
門をくぐり、広場へと足を踏み入れたその時、雑踏が割れるように道が拓けた。
「お待ちしておりました。星より来たりし旅人様」
鈴を転がすような、透き通った声。
そこに立っていたのは、まばゆいばかりの金髪と、吸い込まれるような碧眼を持つ女性だった。透けるような薄衣を纏い、その容貌は神話から抜け出してきた女神のように恐ろしく美しい。
「俺を知っているのか?」
「はい。偉大なるクルルディーン様が、あなたの到来を告げられました。私は巫女、ナーグル・ディーナと申します」
ナーグルは敵意を見せるどころか、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「まずはこの街を知ってください。主も、あなたをおもてなしするようにと仰っています」
彼女に導かれ、皆人はカルルの観光に付き合うことになった。活気ある市場、壮麗な噴水、熱心に祈りを捧げる信徒たち。ナーグルは純粋に自らの信仰を語り、皆人にこの街の素晴らしさを説いた。
『胡散臭い……。ですがカイト、生体反応に敵意や殺意は感知されません。彼女は本気で、あなたを歓迎しているようです』
『兵庫』の冷静な分析が耳に届く。
シャルフィヤの時と同じように、皆人は「色仕掛け」に遭っているのだと『兵庫』は断じたが、女性経験の乏しい皆人には、彼女の純真な瞳が演技だとは思えなかった。いつしか皆人は、彼女との穏やかな散策に居心地の良さを感じ始めていた。
「ナーグル、教会長がお呼びです。例の御仁を連れてくるようにと」
突然現れた神官の言葉に、ナーグルは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに皆人を振り返った。
「行きましょう。あなたなら、きっと教会長とも分かり合えるはずです」
案内されたのは、大聖堂の地下にある巨大な儀式の間だった。
重厚な扉が閉まると同時に、室内の空気が一変した。床に刻まれた幾何学模様が赤黒く光り、どろりとした闇が壁を伝い落ちる。
「……っ! ナーグル、離れろ!」
「えっ? なに、これ……?」
格子状の闇が、不気味に二人を包み込む。
ナーグルも当惑している。だが、上部の回廊から見下ろす教会長の冷笑が、すべてを物語っていた。
「見事だ、ナーグル。おかげでこの『特異点』を捕らえることが出来た。今、ここを呪いの結界で封じた。その男を信徒とするための生贄が必要だ。……お前の命をな」
「えっ……? 教会長、何を……クルルディーン様は、そんなことは……」
ナーグルの顔から血の気が引いていく。
「黙れ。古き神の復活には、深い絶望と供物が必要なのだ」
赤黒い鎖がナーグルの体に絡みつき、彼女の生命力を吸い取り始めた。彼女は苦痛に顔を歪めながらも、皆人を助けようと必死に手を伸ばす。
その光景を見て、皆人の心の中で「カチリ」と何かが切り替わる音がした。
「……なるほどな。やっと話が分かりやすくなった」
皆人は、頬の筋肉を弛ませて笑った。
複雑な政治工作や、美少女による誘惑は苦手だ。だが、悪党が正体を現し、力でねじ伏せようとしてくる展開なら、皆人の得意分野だ。
「アスピス、出力最大。呪詛干渉を中和しろ」
皆人の左腕に装着された『擬似祈祷力場発生装置:アスピス』が黄金の光を放つ。物理的な防御だけでなく、精神干渉や呪術をも弾き飛ばす絶体の盾だ。
ガラスが割れるような音と共に、室内を満たしていた呪いの重圧が霧散した。
「な、何だと!? 我が結界を無効化するだと!?」
「次は俺の番だ」
右肩のユニットが展開し、七色の集光パネルが周囲の光子を強制吸引し始める。
「収集光子砲:プリズム・レイ、照射」
一点に凝縮された破壊の光が、教会長の立つ回廊をなぎ払った。大音響と共に石材が爆ぜ、教会長は瓦礫と共に床へと転げ落ちた。
「ナーグル、今のうちにここから出ろ! こいつらは最初からお前を利用していたんだ!」
皆人は瓦礫の山へと歩み寄りながら、呆然と座り込むナーグルを説得した。
しかし、彼女は首を振った。
「……違う。そんなはず、ないわ。だって、私はあの方の声を聞いたのよ。あの方は、私たちを救うと……」
「目を覚ませ! そいつがやろうとしているのは、救済じゃない、ただの虐殺だ!」
皆人が手を伸ばしたその時、瓦礫の中から不気味な低音が響いた。
「……ク……クルルディーン……様……力を……」
教会長だったものが、ズルリと立ち上がる。
その肉体は見る間に膨張し、皮膚が剥がれ落ちて乾燥した革のようになり、背中からは腐った肉の翼が生え出した。
「お、おやめください、教会長!」
ナーグルが制止しようと駆け寄るが、変貌した怪物はその大きな手で彼女を無慈悲に吹き飛ばした。
『グオオオオオオオッ!!』
立ちふさがるのは、もはや人間ではない。
全高5メートルを超える、巨大な「アンデッド・リッチ」。
その眼窩には、かつてブラウスウェイト領で見た、あの憎悪に満ちた赤い光が灯っていた。
「……また、これか」
皆人はプリズム・レイを再充填しながら、奥歯を噛み締めた。
悲鳴を上げるナーグル。咆哮を上げるアンデッドの巨躯。
カルルの地下深く、再起動を待つ先史の闇が、今まさに口を開こうとしていた。
『グオオオオオオッ!!』
地下儀式の間を揺るがす咆哮。教会長が変貌したアンデッド・リッチは、その腐った腕を振り上げ、目にも留まらぬ速さで皆人へと叩きつけた。
皆人はアスピスの力場を瞬時に前方へ集中させ、衝撃をいなす。
「チッ……! プリズム・レイ、再発射!」
最大出力の熱線がリッチの胸部を貫通し、背後の壁まで消し飛ばした。だが、勝利を確信した皆人の目の前で、信じられない光景が広がる。
貫かれた巨大な穴から、ドロドロとした腐肉が泡立ち、一瞬で欠損箇所を埋め尽くしたのだ。
「高速再生だと!? しかも、さっきより魔力密度が上がってやがる……」
リッチは再生した腕で、近くに倒れていたナーグルを再び掴もうとした。
「させない!」
皆人は全速力で駆け寄り、ナーグルの細い手をつかんで力任せに引き寄せた。
『カイト、地下構造の崩落が始まります! 地上へ脱出してください!』
『兵庫』の警告が鳴り響く。皆人はパニックで呆然としているナーグルを抱きかかえ、光子スラスターを吹かして垂直移動を開始した。
地上へ躍り出ると、そこはさらに悲惨な状況だった。
大聖堂を突き破り、巨大なリッチが姿を現すと、平和を謳歌していた住民たちは絶叫を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「『兵庫』、軌道上からのレーザー掃射は可能か!?」
『不可能です、カイト。アンデッドは意図的に密集地帯へ移動しています。今攻撃すれば、住民に甚大な被害が出ます。直撃は避けなければなりません』
計算高いリッチは、逃げ惑う人々を肉の盾にするように、街の中央広場へと躍り込んだ。
皆人は空中で歯噛みした。アスピスの防御フィールドを全開にし、リッチの放つ毒霧が周囲に広がるのを防ぐのが精一杯だ。
「プリズム・レイ、狙撃モード! 収束率を上げろ!」
皆人は群衆を傷つけないよう、リッチの関節や頭部をピンポイントで射抜く。だが、何度頭部を蒸発させても、数秒後には醜悪な顔が再生される。
リッチの再生能力は、街全体から吸い上げている「信仰」という名の魔力によって、ほぼ無限に供給されているようだった。
「これならどうだ!」
皆人はプリズム・レイを展開していた右手を元に戻し、腰に帯びた先史文明の遺物——高周波振動剣を抜いた。青白い光を帯びた刃が、リッチの巨大な腕を切り落とす。
しかし、巨体から繰り出されるパワーは圧倒的だった。リッチの尾が皆人の脇腹を掠め、アスピスの力場越しに衝撃が骨に響く。
「く……っ、このままじゃ押し切られる……!」
その時だった。皆人の背後で、膝をついていたナーグルが、震える手で自らのペンダントを握りしめた。
「……ああ、偉大なるクルルディーン様……。もし、あなたが本当に慈悲深き神であるならば……この惨劇を、お止めください……」
それは、神を呪う言葉ではなく、純粋な祈りだった。
本来、リッチを強化しているはずのクルルディーンへの祈り。だが、彼女の口から漏れる祈りの言葉は、かつてシャルフィヤが見せた、あの聖なる輝きと全く同じ周波数を帯びていた。
『これは……!? カイト、ナーグル・ディーナのバイタルから、特異な浄化波動が検出されました。アンデッドの魔力供給を阻害しています!』
ナーグルの周囲から溢れ出した白銀の光が、リッチの足元へと広がっていく。
『ギ……、ギギ……アアアッ!?』
リッチの動きが、目に見えて鈍くなった。再生速度が落ち、腐った肉がボロボロと崩れ始める。
「ナーグル……お前……」
彼女は涙を流しながら、それでも祈りを止めなかった。自分が信じてきた神の「別の側面」——破壊ではなく、静謐なる安らぎを引き出したのだ。
「最高のチャンスだ……ありがとう、ナーグル!」
皆人は推進力を最大まで高め、一直線にリッチの懐へと飛び込んだ。
高周波振動剣の刃が、リッチの胸部中央——魔力の核が集中する「心臓」の部位を深く断ち割る。
肉が割れ、どす黒い核が露出した。
皆人はそこへ、右腕のプリズム・レイの銃口を直接押し当てた。
「これで、おしまいだ!」
『臨界出力——ゼロ・距離射撃!!』
七色の閃光が、リッチの内側から爆発した。
再生が追いつかないほどの高熱と光子が、アンデッドの細胞ひとつひとつを焼き尽くしていく。
リッチは断末魔の叫びを上げる余裕もなく、眩い光の中に溶け、やがてカルルの空へと塵となって消えていった。
静寂が戻った広場で、皆人は激しく肩で息をしながら、剣を収めた。
人々は遠巻きにこちらを見つめ、何が起きたのかを測りかねている。
皆人はゆっくりとナーグルのもとへ歩み寄った。
彼女は力尽きたように座り込み、消え去った教会の主たちがいた場所を見つめていた。
「終わったよ、ナーグル」
皆人が手を差し伸べると、彼女は少しだけ怯えたような、それでいて救われたような複雑な顔で彼を見上げた。
「私は……私は、何を信じれば良かったのでしょうか……」
その問いに答えられるほど、皆人は人生経験が豊かではない。
だが、彼女の祈りが皆人を救ったことだけは確かだ。
彼は黙って、彼女の震える手を握った。
カルルの街に、本当の意味での夜明けの光が差し込み始めていた。




