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ぼっちと宇宙戦艦が異世界で  作者: あおおに


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22/23

ぼっちキングと呪いの巫女

 リーズの街に戻った皆人を待っていたのは、以前にも増して多忙な日々だった。

「主様、休む暇もありませんね。ギルドからの指名依頼が溜まっていますよ」

 ロッタが呆れたように笑いながら、羊皮紙の束を皆人の前に置く。


 皆人はソロで魔物の森を掃討し、時にはエルザやセーラたちと組んで、難度の高い遺跡調査をこなした。新型のドローンや光学兵器の調整を兼ねた実戦は、皆人の技量を確実に引き上げていた。

 しかし、皆人の意識の半分は常に、影のネットワーク『兵庫』からもたらされる情報に向けられていた。


『先史文明の遺物を収集し、その特異なエネルギーを復活させようとしている勢力……。カイト、彼らの足跡は、北方の宗教都市『カルル』に集約されつつあります』

『兵庫』の報告によれば、その勢力は古き神「クルルディーン」を信奉し、人知れず信徒を増やしているという。


「クルルディーン、か。聞いたこともない神だな」

『記録によれば、破壊と再生を司る、忘れ去られた先史時代の概念神です。問題は、カルルに入った偵察ドローンが、次々と通信途絶を起こしていることです』


 皆人は眉をひそめた。最新のステルスドローンが捕捉されるなど、ただの宗教都市ではありえない。彼は自らカルルへ赴く決意を固めた。




 カルルは、白亜の石材で築かれた美しい都市だった。だが、街全体を覆う微かな振動——まるで巨大な心臓の鼓動のような違和感が、皆人の肌を粟立たせた。


 門をくぐり、広場へと足を踏み入れたその時、雑踏が割れるように道が拓けた。

「お待ちしておりました。星より来たりし旅人様」

 鈴を転がすような、透き通った声。


 そこに立っていたのは、まばゆいばかりの金髪と、吸い込まれるような碧眼を持つ女性だった。透けるような薄衣を纏い、その容貌は神話から抜け出してきた女神のように恐ろしく美しい。


「俺を知っているのか?」

「はい。偉大なるクルルディーン様が、あなたの到来を告げられました。私は巫女、ナーグル・ディーナと申します」

 ナーグルは敵意を見せるどころか、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「まずはこの街を知ってください。あるじも、あなたをおもてなしするようにと仰っています」

 彼女に導かれ、皆人はカルルの観光に付き合うことになった。活気ある市場、壮麗な噴水、熱心に祈りを捧げる信徒たち。ナーグルは純粋に自らの信仰を語り、皆人にこの街の素晴らしさを説いた。


『胡散臭い……。ですがカイト、生体反応に敵意や殺意は感知されません。彼女は本気で、あなたを歓迎しているようです』

『兵庫』の冷静な分析が耳に届く。


 シャルフィヤの時と同じように、皆人は「色仕掛け」に遭っているのだと『兵庫』は断じたが、女性経験の乏しい皆人には、彼女の純真な瞳が演技だとは思えなかった。いつしか皆人は、彼女との穏やかな散策に居心地の良さを感じ始めていた。




「ナーグル、教会長がお呼びです。例の御仁を連れてくるようにと」

 突然現れた神官の言葉に、ナーグルは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに皆人を振り返った。

「行きましょう。あなたなら、きっと教会長とも分かり合えるはずです」


 案内されたのは、大聖堂の地下にある巨大な儀式の間だった。

 重厚な扉が閉まると同時に、室内の空気が一変した。床に刻まれた幾何学模様が赤黒く光り、どろりとした闇が壁を伝い落ちる。


「……っ! ナーグル、離れろ!」

「えっ? なに、これ……?」

 格子状の闇が、不気味に二人を包み込む。

 ナーグルも当惑している。だが、上部の回廊から見下ろす教会長の冷笑が、すべてを物語っていた。


「見事だ、ナーグル。おかげでこの『特異点』を捕らえることが出来た。今、ここを呪いの結界で封じた。その男を信徒とするための生贄が必要だ。……お前の命をな」

「えっ……? 教会長、何を……クルルディーン様は、そんなことは……」

 ナーグルの顔から血の気が引いていく。


「黙れ。古き神の復活には、深い絶望と供物が必要なのだ」

 赤黒い鎖がナーグルの体に絡みつき、彼女の生命力を吸い取り始めた。彼女は苦痛に顔を歪めながらも、皆人を助けようと必死に手を伸ばす。


 その光景を見て、皆人の心の中で「カチリ」と何かが切り替わる音がした。

「……なるほどな。やっと話が分かりやすくなった」

 皆人は、頬の筋肉を弛ませて笑った。


 複雑な政治工作や、美少女による誘惑は苦手だ。だが、悪党が正体を現し、力でねじ伏せようとしてくる展開なら、皆人の得意分野だ。

「アスピス、出力最大。呪詛干渉を中和しろ」

 皆人の左腕に装着された『擬似祈祷力場発生装置:アスピス』が黄金の光を放つ。物理的な防御だけでなく、精神干渉や呪術をも弾き飛ばす絶体の盾だ。


 ガラスが割れるような音と共に、室内を満たしていた呪いの重圧が霧散した。

「な、何だと!? 我が結界を無効化するだと!?」

「次は俺の番だ」

 右肩のユニットが展開し、七色の集光パネルが周囲の光子を強制吸引し始める。


「収集光子砲:プリズム・レイ、照射」

 一点に凝縮された破壊の光が、教会長の立つ回廊をなぎ払った。大音響と共に石材が爆ぜ、教会長は瓦礫と共に床へと転げ落ちた。


「ナーグル、今のうちにここから出ろ! こいつらは最初からお前を利用していたんだ!」

 皆人は瓦礫の山へと歩み寄りながら、呆然と座り込むナーグルを説得した。


 しかし、彼女は首を振った。

「……違う。そんなはず、ないわ。だって、私はあの方の声を聞いたのよ。あの方は、私たちを救うと……」

「目を覚ませ! そいつがやろうとしているのは、救済じゃない、ただの虐殺だ!」


 皆人が手を伸ばしたその時、瓦礫の中から不気味な低音が響いた。

「……ク……クルルディーン……様……力を……」

 教会長だったものが、ズルリと立ち上がる。

 その肉体は見る間に膨張し、皮膚が剥がれ落ちて乾燥した革のようになり、背中からは腐った肉の翼が生え出した。


「お、おやめください、教会長!」

 ナーグルが制止しようと駆け寄るが、変貌した怪物はその大きな手で彼女を無慈悲に吹き飛ばした。

『グオオオオオオオッ!!』

 立ちふさがるのは、もはや人間ではない。

 全高5メートルを超える、巨大な「アンデッド・リッチ」。


 その眼窩には、かつてブラウスウェイト領で見た、あの憎悪に満ちた赤い光が灯っていた。

「……また、これか」

 皆人はプリズム・レイを再充填しながら、奥歯を噛み締めた。


 悲鳴を上げるナーグル。咆哮を上げるアンデッドの巨躯。

 カルルの地下深く、再起動を待つ先史の闇が、今まさに口を開こうとしていた。




『グオオオオオオッ!!』

 地下儀式の間を揺るがす咆哮。教会長が変貌したアンデッド・リッチは、その腐った腕を振り上げ、目にも留まらぬ速さで皆人へと叩きつけた。


 皆人はアスピスの力場を瞬時に前方へ集中させ、衝撃をいなす。

「チッ……! プリズム・レイ、再発射!」

 最大出力の熱線がリッチの胸部を貫通し、背後の壁まで消し飛ばした。だが、勝利を確信した皆人の目の前で、信じられない光景が広がる。


 貫かれた巨大な穴から、ドロドロとした腐肉が泡立ち、一瞬で欠損箇所を埋め尽くしたのだ。

「高速再生だと!? しかも、さっきより魔力密度が上がってやがる……」


 リッチは再生した腕で、近くに倒れていたナーグルを再び掴もうとした。

「させない!」

 皆人は全速力で駆け寄り、ナーグルの細い手をつかんで力任せに引き寄せた。


『カイト、地下構造の崩落が始まります! 地上へ脱出してください!』

『兵庫』の警告が鳴り響く。皆人はパニックで呆然としているナーグルを抱きかかえ、光子スラスターを吹かして垂直移動を開始した。


 地上へ躍り出ると、そこはさらに悲惨な状況だった。

 大聖堂を突き破り、巨大なリッチが姿を現すと、平和を謳歌していた住民たちは絶叫を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。


「『兵庫』、軌道上からのレーザー掃射は可能か!?」

『不可能です、カイト。アンデッドは意図的に密集地帯へ移動しています。今攻撃すれば、住民に甚大な被害が出ます。直撃は避けなければなりません』


 計算高いリッチは、逃げ惑う人々を肉の盾にするように、街の中央広場へと躍り込んだ。

 皆人は空中で歯噛みした。アスピスの防御フィールドを全開にし、リッチの放つ毒霧が周囲に広がるのを防ぐのが精一杯だ。


「プリズム・レイ、狙撃モード! 収束率を上げろ!」

 皆人は群衆を傷つけないよう、リッチの関節や頭部をピンポイントで射抜く。だが、何度頭部を蒸発させても、数秒後には醜悪な顔が再生される。


 リッチの再生能力は、街全体から吸い上げている「信仰」という名の魔力によって、ほぼ無限に供給されているようだった。

「これならどうだ!」

 皆人はプリズム・レイを展開していた右手を元に戻し、腰に帯びた先史文明の遺物——高周波振動剣を抜いた。青白い光を帯びた刃が、リッチの巨大な腕を切り落とす。


 しかし、巨体から繰り出されるパワーは圧倒的だった。リッチの尾が皆人の脇腹を掠め、アスピスの力場越しに衝撃が骨に響く。

「く……っ、このままじゃ押し切られる……!」





 その時だった。皆人の背後で、膝をついていたナーグルが、震える手で自らのペンダントを握りしめた。

「……ああ、偉大なるクルルディーン様……。もし、あなたが本当に慈悲深き神であるならば……この惨劇を、お止めください……」


 それは、神を呪う言葉ではなく、純粋な祈りだった。

 本来、リッチを強化しているはずのクルルディーンへの祈り。だが、彼女の口から漏れる祈りの言葉は、かつてシャルフィヤが見せた、あの聖なる輝きと全く同じ周波数を帯びていた。


『これは……!? カイト、ナーグル・ディーナのバイタルから、特異な浄化波動が検出されました。アンデッドの魔力供給を阻害しています!』

 ナーグルの周囲から溢れ出した白銀の光が、リッチの足元へと広がっていく。


『ギ……、ギギ……アアアッ!?』

 リッチの動きが、目に見えて鈍くなった。再生速度が落ち、腐った肉がボロボロと崩れ始める。

「ナーグル……お前……」

 彼女は涙を流しながら、それでも祈りを止めなかった。自分が信じてきた神の「別の側面」——破壊ではなく、静謐なる安らぎを引き出したのだ。


「最高のチャンスだ……ありがとう、ナーグル!」

 皆人は推進力を最大まで高め、一直線にリッチの懐へと飛び込んだ。

 高周波振動剣の刃が、リッチの胸部中央——魔力の核が集中する「心臓」の部位を深く断ち割る。

 肉が割れ、どす黒い核が露出した。


 皆人はそこへ、右腕のプリズム・レイの銃口を直接押し当てた。

「これで、おしまいだ!」

『臨界出力——ゼロ・距離射撃!!』

 七色の閃光が、リッチの内側から爆発した。

 再生が追いつかないほどの高熱と光子が、アンデッドの細胞ひとつひとつを焼き尽くしていく。


 リッチは断末魔の叫びを上げる余裕もなく、眩い光の中に溶け、やがてカルルの空へと塵となって消えていった。

 静寂が戻った広場で、皆人は激しく肩で息をしながら、剣を収めた。


 人々は遠巻きにこちらを見つめ、何が起きたのかを測りかねている。

 皆人はゆっくりとナーグルのもとへ歩み寄った。

 彼女は力尽きたように座り込み、消え去った教会の主たちがいた場所を見つめていた。


「終わったよ、ナーグル」

 皆人が手を差し伸べると、彼女は少しだけ怯えたような、それでいて救われたような複雑な顔で彼を見上げた。

「私は……私は、何を信じれば良かったのでしょうか……」


 その問いに答えられるほど、皆人は人生経験が豊かではない。

 だが、彼女の祈りが皆人を救ったことだけは確かだ。

 彼は黙って、彼女の震える手を握った。


 カルルの街に、本当の意味での夜明けの光が差し込み始めていた。

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