ぼっちキングの初戦闘
先に第3話を公開してました!
すみません!!
冒険者ギルド『鉄の拳と魔法の杖亭』の扉を潜った瞬間、皆人は後悔した。
喧騒、汗の臭い、そして何より「視線」だ。
最新鋭のセンサーが、酒場を兼ねたロビーにいる荒事師たちの視線を鋭敏に感知する。
「……計算外だ。新入り、しかも銀髪の優男は目立ちすぎる」
内心の動揺を隠し、皆人は事務的に受付へと向かった。
受付嬢は、機能美すら感じるほど手際よく書類を捌いていた。彼女の名札には「ミラ」とある。
「ギルド登録ですね? 代筆が必要ですか、それともご自分で?」
「……自分で書けます」
皆人は、軌道上の『兵庫』が数秒で解析を終えた現地の公用語を、淀みない筆致で書き連ねた。名前は「カイト・アモウ」。職業欄には少し悩んで「魔導剣士」と記載した。
「はい、受理しました。では、こちらの魔晶石に手をかざしてください。あなたの魔力適性を測定し、等級を決定します」
ミラが差し出したのは、拳大の透明な石だ。
皆人は「魔力シミュレーター」の出力を最小の1%に絞った。目立ちたくない。平平凡凡とした「Fランク」か「Eランク」で、ひっそりと薬草採取でもして暮らしたいのだ。
しかし、石は無慈悲にも純白の輝きを放った。
「……えっ? 白? 属性なしの純粋魔力……しかもこの密度……」
ミラの手が止まる。周囲の冒険者たちも、その異様な光にざわつき始めた。
『兵庫』の演算によれば、この世界の魔力には必ず「属性」の不純物が混じる。だが、ナノマシンで生成された「擬似魔力」は、物理法則に基づいた純粋なエネルギー体だ。それが、この世界では「聖属性」や「根源魔力」と誤認されるレベルの代物だったのだ。
「……あの、何か問題が?」
「い、いえ! 素晴らしい才能です。本来ならDランクからのスタートも検討されますが、実績がないのでまずはGランクから。ですが、特例として初日の依頼受注を許可します!」
押し切られるようにギルド証(鉄のプレート)を渡された皆人は、逃げるように依頼掲示板へと向かった。
「さて、まずは小手調べだ。一番難易度が低くて、街に近いのは……」
掲示板をスキャンする。
【依頼:リーズ近郊、薬草園を荒らすゴブリンの討伐】
報酬:銀貨2枚。
「よし、これだ。ゴブリン。ファンタジーの定番だな。衛星からの観測データによれば、体高120センチ前後、知能は低いが群れる習性がある。個別撃破なら問題ない」
皆人が依頼書を剥がそうとしたその時、隣からふわりと、この殺伐とした空間には不釣り合いな「花の香り」が漂ってきた。
「あら、あなた。その依頼を受けるの?」
鈴を転がすような声に、皆人の首がギギギと機械のような音を立てて回った。
そこにいたのは、燃えるような紅蓮の髪をポニーテールにまとめ、白銀の軽装鎧を纏った美女だった。腰には豪奢な細剣を佩き、凛とした瞳が皆人を射抜いている。
「え、あ、はい。そのつもりですが……」
「悪いことは言わないわ、一人で行くのはおよしなさい。ゴブリンは狡猾よ。特にその……魔導師タイプの細い子じゃ、囲まれたらおしまいだわ」
彼女はフッと目を細め、皆人を品定めするように見つめた。
(思考:心拍数上昇。瞳孔拡大。アバターのバイタルチェック……異常なし。これは……『見惚れる』という非論理的挙動か。落ち着け、俺は宇宙戦艦だぞ)
「ご忠告、感謝します。ですが、これでも身を守る術は心得ているつもりです」
「ふふ、自信があるのね。私はBランクのエルザ。もしピンチになったら叫びなさい。近くの森で『大牙狼』の調査をしてるから、運が良ければ助けてあげる」
彼女はいたずらっぽくウインクをすると、長い足を弾ませてギルドを出て行った。
皆人は数秒間、その場に立ち尽くした。
「……Bランク。戦闘力推定値は、ゴブリンの50倍以上か。それにしても……」
皆人は、彼女の歩き方、筋肉の付き方、そして通り過ぎる際の香りをデータとして保存しようとしている自分に気づき、慌てて演算を打ち切った。
「いかん、ぼっち歴が長すぎて、女性免疫が完全にゼロだ」
と言うか、皆人の記憶には女性との交際経験は無い。人格データを提供したのは、まだ20才前だったのだ。その後に皆人がどれだけ女性と付き合ったかは、もう調べ様がない。
街の外、北の森。
皆人は、茂みの影で光学迷彩ドローンからの映像を受信していた。
「ターゲット確認。ゴブリン3体。武装は棍棒と錆びた短剣。風下に位置取り、奇襲をかける」
アバターの身体能力なら、正面から突っ込んでもコンクリートを砕く拳で粉砕できる。だが、皆人は慎重だった。
「杖」の先端にある演算補助ユニットを起動。
「魔力シミュレーター出力3%。火炎属性の周波数をシミュレート。熱源誘導、ロックオン」
皆人は指先を向けた。本来なら呪文を唱える場面だが、彼は脳内のコマンドを「実行」するだけだ。
指先から、ソフトボール大の火球が放たれた。
ゴバッ!!
一瞬だった。
火球はゴブリンのど真ん中で炸裂。爆風がゴブリンたちをなぎ倒す。
皆人は小剣を抜くと、起き上がる前のゴブリンたちに次々とトドメを刺して行った。
超高性能なアバターにはそれなりの剣技がインストールされているが、そんなものも必要としない簡単な作業だった。
「ふむ、問題ないな。精神的動揺も感じられないし」
むろん、そんな不必要なストレスは感じない仕様だ。
ゴブリンたちの身体は魔力として霧散し、後に小指の先程の大きさの輝石を残した。
黒く光沢のある真球だ。
「これが魔石か。ゴブリン・クラスだと、これ1つで銀貨1枚になるんだったな」
日本円に換算すれば、大まかに1000円ぐらいの価値である。
皆人は魔石3個を拾うと、大事に腰のポーチにしまい込んだ。
数少ない彼のアルバイト経験からすれば、これで3000円の儲けとは、信じられない思いだった。
「金銭感覚がバグりそう・・・」
森を出てリーズの街へと続く街道を歩きながら、皆人は脳内でせっせと計算を行っていた。
「移動時間、片道30分。索敵および戦闘時間、約120秒。回収作業、30秒。……合計、約1時間弱か。これで銀貨2枚と魔石の売却分。時給に換算すると、前世の深夜のコンビニバイトより遥かに効率が良いな」
もちろん、これは『兵庫』のバックアップと超高性能アバターがあってこその話だ。普通の新人冒険者なら、ゴブリン3体に囲まれれば命の危険がある。命懸けの報酬としては妥当、あるいは安すぎるくらいなのだろう。
街の門を潜る際、門番が皆人の姿を見て「ほう、もう戻ったのか。怪我もなしか、運が良かったな」と声をかけてきた。皆人は「ええ、まあ」と曖昧に微笑み、再びギルド『鉄の拳と魔法の杖亭』の重い扉を押し開けた。
夕刻に近いギルド内は、昼間よりもさらに熱気を帯びていた。依頼を終えた冒険者たちが酒を煽り、自慢話や愚痴を言い合っている。皆人は最新鋭のセンサーをフル稼働させ、酔っ払いの予測不能な挙動を回避しながら、迷わずミラのいる受付カウンターへと向かった。
「お帰りなさい、カイトさん。……あら、その様子だと、無事に終わったようですね?」
ミラが顔を上げ、驚きを隠さない表情で迎えてくれた。
「はい。依頼のゴブリン3体、討伐完了しました。これが証拠の魔石です」
皆人はポーチから、先ほど回収した3つの輝石を取り出し、カウンターに置いた。ミラはそれを手際よく手に取り、鑑定用のルーペのような魔道具で確認する。
「……傷一つない、綺麗な魔石ですね。火属性の魔力反応があります。魔法で一撃でしたか?」
「ええ、まあ。運よく不意を突けました」
皆人の回答に、隣で聞き耳を立てていたベテラン風の冒険者が「へっ、魔法使いの坊ちゃんが前衛もなしにゴブリンを焼いて来たか。景気のいい話だ」と鼻で笑った。だが、ミラは真剣な表情で書類に筆を走らせる。
「カイトさん、これは立派な戦果です。魔石の買い取りを含めて、報酬は銀貨5枚になります。それと、初日の依頼を完璧にこなしたということで、ギルドの評価点も加算しておきますね」
【今回の収支データ】
基本報酬: 銀貨2枚
魔石売却(3個): 銀貨3枚
合計: 銀貨5枚
ジャラリ、と手渡された革袋の重みに、皆人の指先が微かに震えた。これが、この世界で自分の力(と科学の力)で稼いだ最初の対価だ。
「ありがとうございます。……あの、これでもう帰っても?」
「はい。ですが、もしよろしければ明日のために、もう一段階上の依頼を予約していくことも可能ですよ?」
ミラの営業スマイルに一瞬心が揺れたが、皆人は首を振った。今日のところは、この「異世界情緒」を処理するだけで、脳の演算リソースが限界に近い。
「あら、本当に無事だったみたいね」
背後から響いたのは、出発前に聞いたあの鈴を転がすような声だ。振り返ると、そこには紅蓮の髪をなびかせたエルザが立っていた。彼女の鎧には薄っすらと返り血が付着しており、激しい戦闘を終えてきたばかりであることを物語っている。
「エルザさん。お陰様で、何とか」
「何とか、ねぇ。その涼しい顔を見る限り、私の心配は取り越し苦労だったかしら」
彼女は皆人の腰にある小剣と、汚れ一つないマントに目を留めた。Bランクともなれば、相手の立ち居振る舞いからある程度の技量を察するのだろう。彼女の瞳に、先ほどのような「子供を見る目」ではなく、微かな「好奇心」が混じる。
「カイト、と言ったかしら。あなた、どこで魔法を学んだの? その魔力の扱い、並の学府出じゃないわね」
「……独学です。辺境で、少し特殊な師匠についていました」
(嘘ではない。軌道上の『兵庫』の頭脳はある意味、世界最高の師匠だ)
「ふぅん、秘密主義ね。まあいいわ。生き残ったならお祝いよ。どう、これから一杯? 奢ってあげるわ。新人の初仕事を祝うのは先輩の義務だしね」
(思考:アルコール摂取によるアバターの機能低下リスク……0.02%。社交的メリット……計測不能。だが、ぼっち歴20年の経験則によれば、ここは『受ける』のが正解か?)
「……お言葉に甘えてもいいでしょうか。ただし、お酒はあまり強くないので、果実水で」
「あはは! 本当に優等生なんだから。いいわよ、マスター! こっちにエールと、この坊やに一番いい果実水を!」
エルザに肩を叩かれ、皆人はたじろぎながらも、酒場の喧騒の中へと引きずり込まれていった。
宴は、皆人にとって未知のデータの連続だった。
エルザが語る「大牙狼」との死闘、冒険者たちの荒っぽい笑い声、そして石造りの建物に染み付いた古い油の匂い。
(分析:この世界の人間は、常に死と隣り合わせだ。だからこそ、今この瞬間の生を謳歌しようとするエネルギーが、演算予測を上回る……)
宿に戻り、簡素なベッドに体を投げ出した皆人は、天井を見つめた。
「……悪くないな」
独り言のように呟くと、彼は『兵庫』とのリンクをスリープモードに移行させた。
明日の予定は、まだ決まっていない。だが、この見知らぬ天井の下で、彼は確かに「カイト・アモウ」としての一歩を踏み出したのだった。




